デルフィ2 私の望むもの
パーティを組んで五ヶ月程経った時、ヨハンが言った。
「申し訳なさが凄い」
「何がですか?」
あまりにも唐突過ぎて何がなにやら。
「一緒に冒険者してるわけじゃん」
「えぇ」
「戦闘任せてるわけじゃん」
「はい」
それがどうしたのだろうか。最初からそういう分担なのだ。ヨハンが魔力を提供し、私が魔力を使う。
「俺、何もしてないよね」
「……いや?」
私にはヨハンが何を言いたいのか分からない。何もしていないというのは絶対に無い。そもそもヨハンがいないと私は何も出来ないのだ。
「え?」
だから、なぜそこで疑問を返すのかも分からない。
「……俺、何もしてないよね?」
改めて聞いてくるが、そんな事は無い。
「魔力はくれるし索敵してるじゃないですか」
「索敵? あんなもん直接戦闘してるわけじゃないよね」
「それで無駄な戦いは避けられますし、準備と心構えが出来るから索敵は大事ですよ」
「うーん、なんかでも、こう、違うんだよなぁ。あれはこう、索敵って感じじゃなくて、自己保身って感じだから」
巻き込まれないよう、いち早く逃げるために身に付いただけと言う。
「それでも索敵は索敵です。私はヨハンさんほど上手に魔物を見つけられません」
ヨハンは自己評価が低い。ヨハンと冒険者をしていて、不便を感じた事が無いのが不思議なくらいなのに。
「まぁいいや、それは置いといて」
「良くないですが」
「置いといて」
「はい」
とにかく話を進めようというつもりらしい。このあたりはお互いの価値観の違いなので、押し問答である。
「俺としてはデルフィに負担を掛けすぎるのもよくないので、今まで二人で交互にやっていた事を、改めて分担をしようと思います」
「はぁ」
「あれ、反応が薄い。まぁいいや。まず食事は俺が作ります」
……それはつまり。
「もしかして私の作る料理は不味かったのでしょうか」
「なんでそうなるの!? 違うからね!?」
ヨハンは「移動中の食事なんて殆ど保存食レベルだから誰が作っても変わらないから!」と言っているが、本当のところはどうなのだろう。
私は別に負担を感じているわけではないので、完全に分担を分ける必要は無いと思うのだが……と考えて、「あぁ、なるほど」と頷いた。
そう言えば他の冒険者と依頼を受けていたとき、「殆ど何も出来ないんだから、せめて料理とか雑事くらいはしろ」と言われていた。だからヨハンと組んだときも最初は私が率先して作ろうとしていた。そうしたらヨハンも「何で?」という顔をして。
多分ヨハンも私と同じだったのだろう。
それはともかく、最初の日はそのまま一緒に料理を作り、料理の分担は私が、いやいや俺が、というやり取りの末、交互に行う事で納まったはず。……それがヨハンには気に入らなかったようだ。
「じゃあ一緒に作りましょう。そうしたら負担は半分です」
どちらも「雑事は自分がするべき」という意識がある。なら二人ですれば良いのだ。そう提案すると、ヨハンは手を目に当てて「天使かよ」と呟いた。
「そうじゃなくて、戦闘するほうが圧倒的に消耗するんだから、ただ見ているだけの俺に何か仕事をくださいってだけの話なの」
言わんとすることは分かる。自分もその立場だったのだから。だが納得は出来ない。
きっと私の考える「魔力を与える」とヨハンの考える「魔力を与える」の認識の差が広いのだろう。
ヨハンは何も疲れないしただ触ってるだけで、前と殆ど変わらないと言うけれど、魔力欠乏症の私にとっては死活問題だったのだ。
考えている私を見て、ヨハンは納得したと勘違いしたのか、
「というわけで作っておきました」
と、料理を取り出した。
「いつの間に!?」
一体どのタイミングで作ったのだろうか。魔物が近くに居る時は匂いで釣られてしまうため作れないはず。
私が頭に「?」を浮かべていると、ヨハンは「その驚く顔が見たかった」と笑った。
これはヨハンの中で決定事項なのだろう。反論しても無駄なのだと、私は速やかに白旗を上げたのだった。
このように、ヨハンは日々の依頼をこなしていく中で次々と提案してくれる。俺が暇だから。俺がやりたいから。俺がしたいだけ。と言いながら。
実際は私を気遣っての事なのだろう。ヨハンが提案し、実際にやってくれるからと言って、それを当たり前に思ってはいけない。
彼が優しいだけ。もしもヨハンが私に見切りをつけてしまったらと思うとゾッとする。
だから、私もなるべくヨハンの負担にならないようにしようと思うのだ。
「それで」
話はそれだけではなかったようだ。
「そろそろ、そのヨハン『さん』っての止めてくれないかなぁなんて」
「というと?」
「俺とデルフィって殆ど同い年じゃん。それで敬語を使い続けるのって、面倒じゃない?」
「……そう、でしょうか」
「これからも長い付き合いになるんだからさ、堅苦しいのは無しにしたいんだ」
ドキリとした。ヨハンは私と長い付き合いになると考えている。約半年間共にして、そうしても良いと考えてくれている。
「長い付き合い……に、なるんだよね? 俺捨てられないよね?」
黙った私を見て不安になったのか、ヨハンは不安そうに首を傾げた。
「……うん」
私もヨハンとは長い付き合いにしたい。ヨハンが居なければ、私はただの赤字娘なのだから。
「そうだね。ヨハン」
よろしくと笑いかければ、ヨハンは安心したように笑って頭を撫でてくれた。
「よろしく。デルフィ」
力の抜けた柔らかな顔。少しごつごつした手が優しく髪を撫で、温かな魔力が伝わってくる。
なんとなく顔を見ているのが恥ずかしくなって、思わずヨハンの胸に顔を埋め、グリグリと頭を動かした。
魔力を貰うと温かくて幸せな気持ちになる。
だけど、きっと。
この顔の熱さは、魔力を貰ったからだけじゃない。
ヨハン・エインズワース。
彼は私が望むものをくれる。
彼は私の欲しい言葉と信頼をくれる。
彼は私を頼ってくれる。幸せをくれる。
彼は……ずるい。