デルフィ3 二年目の自爆
二年が経った。
私は昔に比べれば随分成長したと思う。二年前までは三歳差の妹(当時十二歳)よりも身長が低かったと言えば、いかに子供体型であったか分かるというもの。妹の方が姉に見られた時は心底落ち込んだものだ。
私は今十七歳。
昔とは違い、年相応まで成長している。
この急激な成長を見てヨハンは「やっぱり身体の中の魔力濃度が関係してるのか」とブツブツ呟いていたが、私にはサッパリ分からない。
さて、先ほども言ったが、ヨハンと出会ってから二年経った。
それだけ時間が経てば、一年半前の気持ちを自覚し、理解するには十分すぎる。
ヨハンの事が好きだ。
混じり気の無い気持ちである。
確かにヨハンの魔力で満たされると妙に幸せな気持ちに満たされるし、気持ちがいい。なんなら少しえっちな気持ちになる時だってある。
が、それはそれ。これはこれ。
それらの事とは分けて十分考えた結果が、ヨハンが好きだという結論なのだ。
魔力をくれなくても、ヨハンが好き。出来ればヨハンにも私を好きになって欲しい。
ヨハンの気持ちは良く分からないが、最近昔のように膝の中でギューをしてくれないので、少しは意識してくれていると思いたい。
私としても、膝の中でギューは色々と危険なのだ。全身で私の身体を包み、頭を撫で撫で、背中からヨハンの鼓動を感じ、流れてくる魔力で身体を満たし、ヨハンの匂いに包まれ、さらに耳元でヨハンの声がする。
破壊力が高すぎる。私としても滅多に出来ることではない。
だが、それゆえに、たまにはご褒美としてギューしてほしい。
昔おねだり出来たのは、ヨハンが私を子ども扱いしていたからだ。
宿のベッドに身体を預け、空中にヨハンと書く。
「ヨーハーン、エインズ、ワース」
……空中に字を書く。
ヨハン・エインズワース。
……空中に字を書く。
デルフィ・エインズワース。
「なんちゃってー! なんちゃってー!」
恥ずかしくなって書いた文字を掻き消すように手でこする。当然何も無い空間を消すも何もないのだが。
「あ……」
くらりと来た。
馴染み深いものであったが、久しく感じていなかった、魔力欠乏。
宿に着いた時点では明日の朝までは平気なくらいの魔力が残っていたはずだ。
「なん、で」
考えられるのは、感情の高ぶり。魔力の制御が甘くなっていたのか、それとも感情が漏れを大きくするのか。
思い出すのは少し前の事だった。
ヨハンを守りきれず、彼が怪我をした。
ヨハンに怪我を負わせた魔物に怒り、自分のふがいなさに涙した。
その時にハッキリと、いつもよりもかなり多くの魔力が抜けていくのを感じたのである。
だから感情によってバケツの穴が広がるのでは? というのがヨハンの仮定。それはおそらく正しい。
そして今回の感情の高ぶりの原因と言えば……。
……ただの自爆。
ヨハンが聞けばさぞかし可哀想なものを見る目をするだろう。勿論原因をヨハンに話す気は無いし、誤魔化すつもりだ。
久しぶりの魔力欠乏は相変わらず酷いものだった。グルグルと吐きそうになるほど目が回り、キーンと耳鳴りがし、身体の芯が冷えていく。かつてはこれを毎日のように経験していたのだから、随分忍耐力があったのだなと思う。
なんとか部屋から這い出て、今にも気を失いそうになるのを必死で耐える。少し進む毎にフッと意識が遠くなり、唇を噛んで我慢する。
「デルフィ!」
随分遠くから慌てたような声が聞こえた。
身体が支えられ、魔力が流れてくると同時に吐き気と耳鳴りが収まる。じんわりと身体の中心が温まり、支えられた場所が魔力とは別の温もりを感じた。
共同風呂から上がったところだったのだろう。ヨハンの体はいつもよりも温かかった。
「デルフィ、来たときには残っていたよな。十分残ってるって言ったよな」
怒っている。当然だ。残っているはずの魔力が無くなり、こうして迷惑をかけているんだから。
「あはは。はい」
「笑い事じゃない。で、なんでこうなってるんだ?」
……いや、多分ヨハンは迷惑をかけられているなんて思っていない。
「……内緒」
「デルフィ」
「……」
「デルフィ」
「……ちょっと興奮しただけだよ」
「興奮? あぁ、今日の討伐の事でも思い出してたのか。確かにあれは凄かったが」
「(違うんだよなぁ)」
都合のいい勘違い。だが、勘違いしても仕方ない出来事だったのだ。
私達は普通に討伐をしていただけだが、そこに乱入者が現れた。
ある程度相手に傷を負わせ、とどめの一撃を繰り出そうとした時、私達の周りに影が落ちた。
何だろう? 思わず頭上を見上げると、そこには巨大なドラゴンがいた。
「「は?」」
二人でポカンとしながら見ていると、そのドラゴンがふらりと傾き、遠くのほうへ墜落した。
ドラゴンが通った後はポツポツと血の跡が付いており、負傷していることは間違いなかった。
その後遠くから、ドラゴンの咆哮もかくやと勝鬨の声が聞こえ、あぁ、英雄が誕生したのだと理解した。
二人で「「なんじゃありゃー! なんじゃそりゃー!」」と叫んだのは言うまでも無い。
ドラゴンを見ることなど人生で一度あるか無いかである。それが討伐の瞬間を見たのだから、私とヨハンの興奮は尋常ならざるものだった。
私は魔力を見えるほどの濃度で頭から垂れ流し、ヨハンと手をとってピョンピョンと跳ね回っていた。
その垂れ流した量と来たら普段涼しい顔をしているヨハンが、「ちょっと吸い過ぎじゃない!? 落ち着けデルフィ!」と叫ぶほどだった。
「……なるほどね。時間が経って多少冷静になったとは言え、今日くらいは余分に魔力を入れとくんだった。ごめんな」
「……謝らないでよ。これは私が悪いんだから」
「いいや、よく考えれば分かったことだ。よし、これからは寝る前に魔力補給しよう」
ヨハンが提案してくる。寝る前にヨハンと触れ合え、語り合える時間が出来たと考えれば断る理由は無い。
「……ギューってして?」
多分、この時想像以上に弱ってのだろう。
どうせなら昔のように、膝の中でギューっとして補給して欲しいと思ったらそのまま口をついた。
「おっふ。いや、ギューはしなくていいだろ」
小さな声で何かを呟くヨハンだったが、私の耳には届かない。
ただ、ヨハンから流れ込む温かい魔力に安心して、ゆっくりと瞼が閉じていった。
これは余談であるが、次の日の朝、私は「やらかしたぁぁぁ!」と、ゴロゴロ悶絶していた。




