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デルフィ4 私の幸せ

 早いもので、ヨハンとパーティを組んでから三年以上。

 その間に私の魔力欠乏症の事やヨハンの体質の事も調べた。

 魔力欠乏症は突発的と慢性的に分かれており、前者は普通の人が魔力を使いすぎになることで発生する。時間経過や魔力薬を用いれば回復する。

 私の欠乏症は後者で、いくら魔力を注ごうが注ぐそばから抜けていく。治療の方法は確率されていない。というのも、二億人に一人の確率でしか発生しないらしく、数が少なすぎるため、有効な治療方法が見つかっていないらしい。

 だが、私など可愛いものだったのだ。

 ヨハンの体質は、魔力不出病と呼ばれており、その確率はなんと五億人に一人。今まで数人しか症例がなく、その何れも子供の時に亡くなっているらしい。

 二億人に一人で治療法が無いのだから、五億人に一人の病気に治療法があるわけもなく。

 そして人口一億人程度のこの国で、二億人に一人の魔力欠乏症と五億人に一人の魔力不出病の人間が接触するなんて偶然が私たちの他に起きるはずもない。

 もしかしたら今後、魔力欠乏症と魔力不出病の人間が一箇所に集められるかもしれないが、それはまだまだ先の話だろう。少なくとも私たちに影響はない。

 さて、病気の話はここまでにして、私たちの話に移ろう。

 何度か他のパーティと共闘したことで、冒険者の間で私の評価は上がる一方、ヨハンの評価は落ちていた。

 普通なら私と同じように評価が上がるはずなのに、何故下がるのか。彼等の言う間違いを私は何度も指摘しているのに、おかしいではないか。

 ヨハンの評価はこうだ。

『ヨハン・エインズワースはデルフィ・シエンシー以外に魔力を提供しない魔力タンクで、戦闘にも参加しない、行軍は遅い、ただの足かせである』

 全く馬鹿な話だ。そのヨハンとパーティを組んでいる当事者の言葉を無視し、伝聞は面白おかしく、尾ひれを付けながら広がっていく。

「いえ、貴方は勘違いをしています。私がこうやって動けるのは、全部ヨハンのおかげなんです」

 そうやって否定しても、「あぁ、優しいデルフィはこのような役立たずにも目をかけ、育てようとしている。何故自分の無能を知りながら彼女に付いていくのか。僕にはその恥知らずな行為が理解出来ない」と、ほざくのだ。

 私にはお前の考えが理解できない。

 そしてヨハンもそれを否定しない。だから周囲が付け上がる。

 ヨハンの気持ちも分からないではない。私だってヨハンが居なければ役立たずのまま。評価されるに値しない。赤字娘から何も変わっていないのに、ここまで評価されている事が異常なのだ。

 だけど、私の気持ちも分かってほしい。

 自らのパートナーが貶されている。それがどれだけ悔しいことか。

 私は誰よりもヨハンを評価している。なのに、それが誰にも伝わらない。

「役立たずにも気を掛けている」

 黙れ。

「身の程を知れ」

 黙れ。

「彼女のそばに相応しくない」

 黙れ。

「まだ冒険者が出来ると夢見ているのか」

 黙れ。

「欠陥品」

 黙れ。

「そろそろ現実を見たら?」

 黙れ。

「みっともない」

 黙れ。

 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。

 表面上はにこやかに。けれど心の中は荒んでいく。

 役立たずなんかじゃない。

 身の程なら知っている。

 何故他人が相応しいかどうかを決める。

 夢を見るなとでもいうのか。

 お前の目がおかしいだけだ。

 誰よりも現実を見ているからここにいる。

 他人を下げおろす行為の方がよほどみっともない。

 誰も気付いていない。誰も気にしていない。ヨハンの事など、誰も見ようとしていない。見下して当然と思っている。

「デルフィ、大丈夫か」

 私は綺麗な人間ではない。誰にでも優しく接してあげられるような聖人じゃない。

 そんな私を、ヨハンは心配してくれている。

 好き。ヨハンが好き。

 好きな人への不当な評価は嫌い。

 好きな人への心無い言葉を聞いて、一体誰が「そうですね」と言えるだろう。

「……ギュー」

「しないから」

 弱い私は、ヨハンに頭を預ける。ヨハンは戸惑ったように両手を挙げている。

 昔のように撫でられはしない。だけど、ヨハンの胸に頭を預けるだけで荒んだ心が癒される。

 私は弱いし、ずるい。

 悪口を言われているのはヨハンなのに、ヨハンが一番辛いはずなのに、私はヨハンに寄りかかる。

 本当は、私がヨハンに寄り添わなければいけないのに。




 そんなことが何度もあって、ついに私は爆発した。

 切っ掛けは、とある男の一言だった。いかにもその場の雰囲気に合わせて言ったかの様な一言。

「俺だったらもっとデルちゃんの役に立って、もっと幸せにしてあげるのに」

 カッと血が沸騰したように頭が熱くなった。

 言った男の事を、私は知っている。覚えている。よく覚えている。

 お前が言うか! それを!

 魔力タンクを主な仕事としている冒険者。

 私に魔力を満たせなかった男。その後に共にした魔力タンクの誰よりも扱いにくい魔力と、誰よりも少ない譲渡量。

 他の誰かだったらまだいい。

 彼らは自分の魔力タンクという仕事に誇りを持ち、満たせないながらも一度は限界まで譲渡してくれた。その後、私の魔力タンクは無理だと謝ってくれた。

 だが、コイツは違う。魔力タンクに遣り甲斐も誇りも矜持も思いやりも何も持っていない。

 そんな男がヨハンの何を知っている。

 たとえ周りの空気に合わせただけだとしても、一番最初に私を赤字娘と侮り、最もお金が必要な時期に仕事を奪ったお前が!

「貴方は馬鹿ですか」

 お前は、お前だけは。

 ヨハンを見下すことを許さない。

 ゴウッと、私から魔力が迸った。

 私の役に立つ?

 すぐに放り投げた男が?

 一番苦しい時に何もせず、あまつさえ塩を塗りこんだ男が?

 私を見た目でみすぼらしい餓鬼と蔑んだ男が?

 ほんの少し、子供にも劣る魔力量を送って仕事をした気になった程度の男が?

 赤字娘と嘲った張本人が?

 真っ先に見限った奴が?

 ヨハンよりも貢献し、私を幸せに出来るとでも?

 これは傑作だ。あまりにも馬鹿な言葉に、作り笑いが心に沈んだ。冷えた笑いが心に満ちる。

「馬鹿にするな」

 馬鹿を見やり、さらに魔力が溢れ出す。

 男はその魔力をぶつけられると思ったのか、顔面を蒼白にしている。よく見れば膝が笑っているではないか。

 この程度で怯えるような馬鹿がヨハンを見下していたのかと思うと、さらに腹が立つ。私の中の魔力が轟々と煮え滾っているかのようだ。

 ――ポフ。

 頭に柔らかな衝撃。

「デルフィ、落ち着け」

 誰かは言わずとも分かる。

 頭に手を置かれ、魔力を流される。そんなことが出来るのは一人だけ。

 煮立つように魔力が抜け出している頭から、蓋をするように魔力を流されている。

 沸騰した魔力を冷ますように、柔らかな魔力が流れてくる。

「ヨハン……。でも」

 ヨハンは「そんなことより」と前置きをして、

「また、倒れるぞ」

 落ち着かせるように、一撫で、二撫で。小さく「ありがとうな」と呟かれれば、私はどうしようもない。

「そうやっていつもいつも……。はぁ、ヨハンは気にしないんだね。少しは気にしてくれないと、私が馬鹿みたい」

 いつもそうだ。ヨハンは気にしない。いつも通りだと言って。

 そんなヨハンにも、私は少し怒っているのだけども。惚れた弱みか、強く怒れない。

 いつもの喧騒が嘘のようにシンと静まり返っている。

 こちらも、このままで済ますわけにはいかない。

 一歩二歩と集団から距離を取り、一言だけ前置きをして、

「私は何も変わっていません。あの時のままです」

 私の真実を告げる。何度も言った事ではあるが、今ほど効果的な場面は無いだろう。

「だから、今の貴方達と組んだところで、赤字娘のままですよ」

 ヨハン以外の魔力は使えない。ヨハンに会えなかったらとっくに死んでいただろう。外に出るのは簡単な話ではない。なにより、年齢を重ねれば重ねるほど魔力欠乏症の症状は重くなる。

 ヨハンを一目見ると、「今度は何を言い出すのか」と心配するような目をしている。

「私はヨハンが居るから、ここに居られます。ヨハンが居なかったら、とっくに死んでいます。だから」

 もう一度チラリとヨハンを見る。

 釘を刺すように。周囲の全員に。そしてヨハンに。

 ほんの少し、目に魔力をこめて。

「私を幸せに出来るのは、ヨハンだけです」

 私の真実。

 私はヨハンがいないと駄目。

 生きることも難しい。仕事をするのも難しい。ヨハンに触れられるのが気持ち良い。ヨハンと話すのが心地良い。

 私の考えるこれからに、ヨハンの存在は不可欠。

 ヨハンが好き。魔力をくれるからじゃない。

 ヨハンが好き。そう思いながらヨハンを見れば、自然と笑みがこぼれた。





 その後。

 デートをして、久しぶりにヨハンの膝の中。ギューっとされて幸せ絶頂。

「デルフィ。俺はデルフィが大好きだよ」

 そんな状態で、耳元で。

 ゾクゾクと背筋が震えた。

 ギューっとされた腕に力が入る。

 緊張してるんだね。ほら、心臓もドキドキ言ってる。

 おかしいんだ。さっきの方が、よっぽどリラックスしていたよ。

 でも、それは私も同じ。嬉しくて、幸せで、ドキドキしてる。私の音もヨハンに伝わっているのかな。

「間違えないように言うけど、この好きは愛しているって意味だよ」

 間違えないよ。だってさっき、結婚しようって。そんな気持ちが無ければ、とっさにそんな言葉が出てくるわけないもの。

「うん」

 私も。

「デルフィが好きです」

 私も。

「ヨハン・エインズワースは、デルフィ・シエンシーを愛してます」

 全身でヨハンを感じながら、愛を囁かれる。

 前言撤回。幸せにはまだ続きがあったようだ。

「うん。私も、好き」

 多分、まだまだ続きがあると思う。

「恥ずかしながら、多分、結構前から」

 少し気まずそうな、ヨハンの告白。

 ……そう思ってくれるよう、頑張ったんだから。

 だから私も、精一杯の力を籠めて。

「ヨハンが大好き。ずっと前から」

 やっと、ここまで来たんだ。

 煌々と輝く赤髪を翻して。

 お互いの顔が、少し近づいて。

 少し硬い唇に、口付けた。





チュッチュさせたいだけだった。


これにて『唯一無二の蓄電池』は終了です。

活動報告にわりとどうでもいい人物設定載せます。


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