行きすぎた正義
「おい、一般人相手にあの姿を見せるのは御法度じゃないのか?」
廃校舎から出ると入口側の壁に寄りかかっていた少年が声をかけてきた。感じる、彼も「ラビッドファング」の参加者だ。
「別にいいよ。あいつらは口外しない、って自信があるから」
「そうだよな。あんなに痛めつけられてたらな」
僕は驚いた。あの時、あいつらと僕以外の気配は感じなかった。それに近くにはこの校舎と同じくらいの高さの建物は無い。
「……どこから見てたんだい?」
「近くの展望台から」
彼は全く悪びれることもなく言った。確かにこの近くに展望台はあるが、ここからギリギリ見えるか見えないかという微妙な距離の所にある。望遠鏡があれば見えたかもしれないが、あそこにはなかったはずだし彼もそのような物は持っていない。ということは……
「……変身して見てたのかい?」
「いや? 友達から借りて見てた時に、偶然見つけたんだ」
……深く考えすぎたか。確かに今日のような快晴なら、友達を誘って天体観測をしに行く人もだろう。ここなら同じ東京でも、都心とは比べものにならないほど大量の星が見える。その友達がたまたまラビッドファングの参加者だった、ってだけだ。そう自分に言い聞かせる。
「で……君はそれを知ってどうするんだい?」
「もちろん通報したさ。『建物の中に人が3人倒れてる』って」
「それは困るなぁ? それじゃああの3人が助けられてしまう」
「何が悪い」
「悪いよ。あいつらは自分の親がえらいから、って他人のことなんか考えず好き勝手生きていた連中さ。そんな奴らに生きている資格は無い」
「……決めるのはお前じゃなくて警察じゃないのか?」
「ダメだよ、警察じゃ。父親から賄賂送られて、事件そのものがなかったことになる」
そうやってあいつらが薄ら笑いを浮かべながら警察署を出てきたのを僕は何度も見てきた。無念そうな警官や刑事達の顔も。
「例えば何やってんだあいつら」
「傷害6件、窃盗3件、覚せい剤2件、恐喝1件」
強姦や殺人が無いだけまだマシだった。しかしあいつらのことだ、ほっとけばいつかはやっただろう。
「殺人や強姦はやってないんだな」
彼は言った。やはり考えることは同じだったか。僕は肯定の意味で頷く。
「でもいいのか? あのまま死んだらお前はあいつら以下になるぞ?」
確かに世間の一般常識は「殺人>窃盗・傷害」である。しかし……
「いいのさ。あいつらは人の姿をした人以下の存在だ。この世に生まれてきたこと自体が間違いだった。そんなやつらを消しても大した罪にはならない。それどころかそれ以上の犯罪が起こることを阻止した功労者、といって欲しいね。あいつらなら普通にやるだろうから」
「……俺からみたら、あいつらよりもあんたの方が危険人物だよ」
僕はため息をついた。こんな審美眼のないバカなやつもこの国をダメにするのだ。
「君とは意見が合わないみたいだね。僕の名前は『黄金鷲』。君の名前は?」
「俺の名前は……『人狼』」
そう彼が呟いた瞬間、僕は結界を発動した。
ーーー
マスターからの連絡のあった翌日から俺は街を散策するようにした。理由はもちろん自分以外のプレイヤーを探すためだ。今のところ成果は出てないけど。
ある日……というか今日。俺はちょっと遠出をして、田舎の方にきていた。「人のいる所に行っても見つからないなら、あえて人のいない所を探してみよう」という逆転の発想だ。
……にしても、人いなさすぎ。ここ東京だよ? まだ午後3時台だよ?
「結界なくても全然人に見られる気がしないな……」
時刻表を見ればバスは1時間に1〜2本ペース。家はまばら、というかほとんど畑。念のためもう1度言っとく。ここ東京。
「……さっさと探すか。デ・コード、人狼!」
相変わらず妙な違和感が体中を襲う。数分後、そこには人間の代わりに半人半獣の奇妙な生き物がいた。
「……どうせならもう少し狼らしくなれよなー」
停留所に貼り付けられた鏡を見て、俺はため息をついた。わかってるけど、改めて見ると凹むんだよ……。
とはいえ、能力は優秀。俺は音もなく林の中へ走り始めた。
約3時間後、俺は学校を見つけた。けれど教室の中に全然机が無い所を見ると、もう廃校になっているようだ。ま、あの家の量なら、こうなるのも当然だろう。
すると黒い車が音もなく校舎に横付けされてきた。見た目からしてめっちゃ高級車。それから降りてきたのはイマドキの不良少年×3とスーツを着た運転手×1。簡単に言うとこの「親の金使って、好き勝手やってるボンボン3人組とその父親の部下1名」だ。
その集団に俺は違和感を感じた。誰かはわからないけど……間違いない、あの中にプレイヤーがいる。俺は遠くから彼らの動きを追った。
男たちは4階の「多目的ホール」だった部屋に入っていった。その様子を見届けた俺は隣の教室に入り、壁にできていた小さな穴から彼らを見ることにした。
「おい、東郷。話ってなんだよ?」
リーダーとみられる、金髪の少年が不機嫌そうに運転手に話しかけた。どうやら運転手の名前は「トウゴウ」というらしい。たぶん漢字で書いたら「東郷」になると予想。しかし当の東郷は何も答えない。イラついたように鼻ピアスをした別の少年が叫んだ。
「おい、何か言えよ!」
「デ・コード、ガルーダ」
東郷の手が、鳥の足のような3本の指に変わり、スーツからは赤く大きな羽が生える。それと同時に目がどんどん横にずれていき、顔中が羽とは違い黄色、というより黄金色の羽に覆われて行く。そんな中、顔の中で唯一羽が生えてなかった口が前にとんがっていき、黒く硬く大きな嘴に変わった。その姿はまさに「黄金の鳥人」である。
「と……東郷! な、なんだ、その姿は!?」
「……間違いだらけのこの世を正すための姿ですよ、おぼっちゃま」
そう言って東郷は自分のそばにいた少年を黒い爪で切り裂いた。
「え……?」
切り裂かれた少年は自分に何が起きたのか理解できないまま、意識を失い倒れた。
「な、な……」
「お前達のような人間はこの世に生まれるべきではなかった」
「う、うわぁぁあ!」
ポケットからサバイバルナイフを出して、鼻ピアスの少年が叫びながら突っ込んでくる。
「短絡的ですね。そんなチンケな物が通用するとでも」
そしてそのまま刺された。
「え、あ、あぁっ……!」
自分のやってしまったことに気づき、鼻ピアスはその場で腰を抜かしたように尻もちをついた。
しかし東郷は刺されたナイフなどなんでもないように鼻ピアスの頭を革靴で踏みつけた。
「と、東郷! お、お前なにやってるのかわかってんのか!?」
金髪が震えながら叫ぶ。本人は去勢をはっているつもりなんだろうが、あれだけ震えてたら台無しだ。
「わかってますよ? この世のゴミを排除してるんです」
「ゴ、ゴミ!? この俺をゴミだと!?」
「自分の力では何もできない、親の力を使っても世の中に迷惑しかかけない者をゴミと言って何がおかしいのですか?」
日頃、親のすねばかりかじっているやつにはある傾向がある。それは普段目をそらしている「自分の力では何もできない」という事実を言われれば言われるほど、平常心をなくし激昂すること。そしてこの金髪もその例にもれなかった。
「ふざけんな、この運転手風情がぁ!!!」
「……神の贖罪」
東郷の背中の赤い羽1つ1つが逆立ち、刃のように鋭くなると走り込んできた金髪に向かって次々と打ち出された。
「ひ、ひうわぁぁあ!!」
吹き飛ばされた金髪は大量の羽によって壁にそのまま打ち付けられた。そして残りの羽は足元に転がっていた少年達にも飛んでいき、その体を刻み続けた……。
羽が全て床に落ちたとき、茶色だった床は少年達の血で赤く染まっていた。
「エン・コード、ガルーダ」
そうつぶやきながら東郷は元の姿に戻った。よく見るとスーツに羽用に特注したのか開閉式の穴があった。……特注のスーツ作れるなんて、部下も相当な金もらってるんだな……ってそれどころじゃない!
東郷が部屋から去るのを見届けるとすぐに俺は多目的ホールに飛び込み、3人に近寄った。全員出血多量だが、まだ辛うじて息はある。俺は携帯で119番をした。もちろん救急車要請。でも退院してすぐに御用になるだろう。だってポケットに入ってたもん、アレが。白いヤーツが。
持ち去って処分してあげるほどお人好しじゃないんで俺は。ちゃんと受けるべき罰受けてください、と心の中で言って、俺は東郷を待ち伏せするために開いてた窓から飛び降りた。狼の身軽さ、なめんなよ?
ーーー
ガルーダ、インド神話で書かれている炎のように光りかがやき、熱を発する神鳥。その光量・熱量は周りの神々が怖れ、褒め称えてその出力を落としてもらうよう頼んだほど。
奴隷にされていた母親を救うため、交換条件として提示された神界にある秘薬「アムリタ」を取りに行き、守っていた神々をボコボコにし、無事奪取。下からの報告を受けた神々のトップ「インドラ」からの襲撃もあっさりと退けた、といわれている。
ーーー
赤い羽が勢いよく飛んでくる。俺は校舎の中にあった下駄箱を盾にして避けようとした。すると校舎に入った瞬間、さっきまで勢いよく飛んでいた羽が突然その場で止まって落ちた。
よし、なんかわからないけどチャンスだ! 俺は玄関から飛び出したが、すでに黄金鷲の姿はなかった。
「ふふ、甘いねー、人狼。そんな簡単に攻撃を受けてくれると思ったかい?」
頭上から声がする。見ると予想通り赤い羽を使って器用に飛んでいた。空飛ぶなんて、卑怯すぎるわー!!
「それにしても、『神の贖罪』の避け方を知ってるなんて、君、本当は側で見てたね?」
いや、偶然なんだけど……。そうでーす、本当は隣の教室から見てました。
「やっぱりそうか。だからここに来た時から変な感じがしていたのか」
ええ、おっしゃる通りです。俺が原因ですよ。
「僕の『神の贖罪』は僕の視界内にある対象物を、羽が相手の血を吸って重くなり飛ばなくなるか、僕の視界から外れるまで切り刻む。つまり、接近戦でしか勝負できない君は僕に負けるしかないのだよ」
……丁寧に教えてくれたよ、あの羽の構造。避けたの偶然なのに!
でも、避け方知ってても確かに今のままじゃ負けるしかないよな……。無闇に羽の中へ突っ込んで、たどり着けたとしても相手は確実に空中へ逃げる。人狼の力を使っても垂直の壁を走ることは不可能だし、屋上から飛びかかろうとしても、それより高く飛ばれてしまったらおしまいだ。
相手の視界に入らず、さらに空を飛んでる相手に気づかられることなく攻撃を当てるって……銃とか弓矢とかこの校舎の中にあったっけ?
「では、攻撃する気がないのでしたら、こちらからいかせてもらいましょう」
黄金鷲が羽を逆立てながら空から降りてきた。俺は慌てて校舎の中に逃げこんだ。
「……ここまで来れば大丈夫か……」
ちらりと窓から校庭を見たが、黄金鷲の姿は無い。どうやらあいつも校舎の中に入っているようだ。
「来ない内に対策考えないと……」
まず、空中への逃走経路を塞ぐ方法だが、それは簡単に思いつく。天井の低い室内で戦えば良い。さっきの少年3人を切り刻んだ下りを見ている限り、「神の贖罪」には壁を壊すだけの威力はないから、「天井壊して、上の階に逃走」という手は使えないだろうし。そういう意味ではこの校舎は最適だ。
これで攻撃を当てられるけど、もっとも厄介なのはあの羽だ。あいつに攻撃できる範囲ならどこまでも追いかけてくる赤い刃。討たれる前に相手を討つ、ある意味最高の防御方法だ。
確か特徴は「黄金鷲の視界内にある対象物を、羽が血を吸って重くなり飛ばなくなるか、視界から外れるまで、切り刻む」だよな? なんか弱点ないのか?
しばらく必死に考えてると1つの案を思いついた。でも、それを実行できるだけの道具がまだこの校舎内に残ってるのか?
「……考えてても仕方ねぇよな。探すか……」
ーーー
「ようやく見つけましたよ、人狼」
この部屋にはめずらしく机がいくつか残っていた。閉校する最後まで、ここで授業をやっていたのだろうか。
「意外に時間かかったな」
「上から順に探していったからね。まさか上がってすぐの2階にいるなんて思わなかったよ」
「へぇー。ま、あんたが無駄骨折ってくれてたおかげで羽対策が思いついたよ」
やけに強気だ。だがその強気もどこまで続くか。
「なら、見せてもらおうか! その対策とやらを!!」
羽を次々と逆立てて発射する。すると人狼は近くの机の下から、水が大量に入った鉄製のバケツを取り出した。
「な!?」
「うりゃああ!!」
人狼はバケツの中に入っていた水を羽に向かってぶちまけた。すると水がかかった瞬間、尖ってたはずの羽が急激にしおれ、地面に落ちていった。
「湿って動かなくなるなら、血も水も同じだよなぁ!!」
「くっ……まだです! この本翼がある限り刃は無限に……!」
「じゃあ、本体も水かぶっとけ!」
「がっ……!?」
人狼は教卓の下からもう1個バケツを取り出すと僕に向かっても水をかけてきた。神の贖罪を撃つ準備をしていた僕はそれを避けることができず、真っ正面からそれをかぶった。すると逆立っていた羽が濡れたせいで次々としおれていった。
「これでしばらく『神の贖罪』は使えないよな!」
「くそっ……!」
「さぁ、お前が苦手な"接近戦"とやらを始め……がっ!?」
「誰が苦手、だって?」
容赦無くガラ空きの腹に右ストレートを食らわせる。人狼は簡単に吹っ飛んだ。
「調子乗ってんじゃねぇぞ、このゴミが。変な知恵使わないでさっさと食われればいいんだよ」
そのまま顔を踏みにじる。しかし人狼はくるりと体を回転させ、足首を噛んできた。
「うぐっ!」
「……ひぃくしょくひょうふつのきば、にゃめんひゃねぇじょ」
「た、ただでは転ばない、ということですか!」
足を振ってなんとか振り落とす。すると距離をとった人狼が唾を吐きながら言った。
「あぁー……覚悟してたけどやっぱり気持ち悪りぃな、他人の肉食うのって」
「そんな甘っちょろいこと言ってるヒマあるんですか?」
トドメを指そうと走り出した瞬間、右脚に激痛が走り、僕はその場にうずくまった。ぐっ、さっきの噛み傷か!
「言っただろ? 肉食動物の牙、なめんじゃねぇぞ、って」
背後に人狼の気配がする。こいつ、いつの間に近づいた!?
「相手に気づかられることなく背後をとるのは、狩りの基本なんだよ。知らないわけないよな?」
次の瞬間、人狼の爪が僕の背中を深々とえぐっていた。
ーーー
「社長、お客様がいらっしゃってます」
「ん? 今日は来客が来る予定はなかったはずだが」
「いや、裕章様のことで話があると……」
私は額を押さえながらため息を吐いた。
「……また裕章が何かやらかしたのだな」
「そこまでは。とにかく話がある、と言って入ってしまったのですが……いかがしましょう」
「わかった、会おう。いつもの所だな?」
私は応接間の扉を開けた。そこには犬の仮面をかぶった男がいた。
「……裕章について、何か御用でしょうか」
「いや、ちょっとしたご報告です。裕章さんがあなたの部下である東郷さんに襲われ、近くの病院に搬送されました」
「な……!?」
すぐに東郷の顔が脳裏に蘇った。彼は気弱だったが、自分の仕事に誇りをもっており、しっかりとした芯をもった男だった。そんな彼がなぜ……!
「彼は変な正義感を持ってましてね。裕章さんはこの世の害にしかならない、と言って殺そうとしてましたよ」
「彼は……東郷はどこにいるんだ!」
「ここですよ」
男が風呂敷をとりだした。そしてその包みを解くと中から東郷の首が、ゴロリと転がって出てきた。私は悲鳴をあげそうになったが、必死の思いで堪えた。
「偶然見てしまったら、襲いかかってきましてね……。口封じのつもりだったのでしょうが、この通り、返り討ちにしました」
「……何が目的かね」
ただ殺すだけなら、このように首をもってくる必要はない。つまり何かしらの要求を飲ませるために持ってきたに違いない。男は首をしまうと、そのままそれをもって、窓際に歩きながら言った。
「なに、簡単です。裕章さんとその友人方にちゃんと罪を償って欲しいのです。……あなたが揉み消した物含めて」
「……もし断ったらどうするつもりだね?」
男はふりかえり、人を食ったような笑みを浮かべながら言った。
「ご子息も東郷と同じことになってもらうだけです」
そして男は強化ガラスの窓を簡単に叩き割り、飛び降りていった。すぐに窓際に駆け寄ると、別の建物に飛び移っていく男の姿が見えた。
「社長! どうなされましたか! なにか大きな物音が……」
SP達が慌てた様子で部屋に入ってきた。私は汗を拭きながら言った。
「いや、大丈夫だ……。それより頼みがある」
ーーー
「ああ〜、緊張したぁ……」
俺は獣化を解き、誰も近くにいない河川敷で横になっていた。「飄々としたダークサイドの人間」の演技なんてやったことないから疲れんだよ……。正解かどうかもわからないし。
というか、なんであんな超大企業の社長の息子なんだよアイツ!! そりゃあ、全力でスキャンダル潰しにかかるわな!
「……それにしてもこれのインパクト、やっぱり絶大だったな」
俺は荷物の中から東郷の首をとりだした。この首、実は偽物。本物の死体持っていけるわけないじゃん!! そんなことしたら俺、人間として終わってるじゃん! いや、食ってる時点ですでに終わってるんだけどさ……。
プラスチックケースに書かれてた「結界玉、実はこんな使い方もあります」を参考にしてちょちょいと作ってみたんだが、これがかなりのハイクオリティ。見分け方は臭いの有無、なんだけど見た目のインパクトでしゅーりょー、だよな。
俺は首を地面に落とした。地面に触れた瞬間、首は粉々に散っていった。
1週間後、あのバカ息子とみられる少年が覚せい剤取締法違反で逮捕された、というニュースがあった。その他余罪についても追求する、という風に紹介もされている。
どうやらあの人は要求という名のお願いを守ってくれたようだ。ただ、自分の息子だってことは伏せてたけどね。




