変身、そして動き出す歯車
「あぁー、終わったぁ……」
マスターは椅子に座ったまま大きくノビをした。たった今、現在生き残ってるプレイヤー全員との連絡が終わったのだ。
「お疲れ様でした」
渡し人が机の上になにか温かい飲み物を置いた。
「お疲れ様でした……って、そもそも君がちゃんと説明してたらこんな事態にはなってないんだよ?」
「私はきちんと説明したつもりでしたが?」
「だーかーらー、あれでわかるやつがいたら連れて来い、っーの。僕でもあれじゃ無理だ」
そこでマスターは何かに気づいた。
「まさか君、主催者に選ばれなかったからって僕に嫌がらせしてる?」
渡し人は答えなかった。しかもその顔は肯定してるようにも否定してるようにも見える。マスターはそれを見て、諦めたように言った。
「ふーん、答える気ないならいいけどさ」
そう言ってマスターは机の中から飴を取り出し、口に含んだ。渡し人が思い出したように口を開く。
「それにしても、あの人狼には驚きましたね。自分がすでに1人食っていたことを知ったら、すぐに死のうとするなんて」
「それが今の普通の人間の反応だよ。自分のしてしまった罪に慄いて、それをしたことによる責任から逃れようとして死を選ぶんだ」
「それでも、自分の願いが1つだけ叶うと知らされたら突然やる気になりました。やはり人間は欲の固まり、ということでしょうか」
「本当にそうかな?」
マスターの言葉に渡し人が怪訝な顔をする。マスターは笑みを浮かべながら、口の中の飴を噛み砕いた。
「あの子の場合、願いは願いでも自分のための願いじゃない気がするんだ」
ーーー
例のスマートフォンはブックオフで15000円で売れた。さすが最新機種、ナイス臨時収入。でもすぐになくなっちゃうんだろうなー。
ホクホク顔のまま寮に戻ると、俺は今は空となっている部屋に入った。なぜならこれから一度変身してみるからだ。人狼がどんな外見なのか知りたいしね。
とりあえず服は全部脱いだ。だって人狼がサイクロプスみたいに巨大化するやつなら着てる服全部ダメになるじゃん。……床が抜けるかも? 大丈夫、ここ1階。人来ない? 大丈夫、鍵はちゃんと閉めてある。あとこの寮にはマスターキーは無い。準備は万端だ。
よし……。頬を両手でパン、と叩いて気合を入れる。
「デ・コード、人狼!」
すると痛みとは違う感覚が体中を駆け巡った。まるで体中おかしくなっていくような、そんな感じが……!
「あっ……うぐっ……」
そんな中、真っ先に変化し出したのは耳だった。丸かった耳が少しずつ上がっていくと同時に三角形に変化していき、最終的に頭の上へと落ち着いた。
次に全身に灰色や黒色の毛が生えていき、体中を包み込んだ。さらにお尻の辺りがむず痒くなってきた。見ると骨が出っ張りだしており、尻尾を形成しようとしていた。そしてそこそこの長さになると、その新しくできた尻尾も灰色と黒の毛で覆われていった。
「はぁ、はぁ……」
しばらくするとだんだん体にかかってた違和感が消えていった。終わった……のか?
これ以上の変化がなさそうなことを確信して、鏡で自分の変身姿を確認してみる。その姿は……
「不格好な狼男……って感じか?」
頭で耳以外変わってる所は特に見当たらなかった。もう少し犬……もとい狼っぽくなるかと思ったのに。不格好、って言ったのはこの辺だ。
手と足は人間と同じ5本指のままだったが、裏に肉球があったり、丸く尖った爪が指の先から生えてたり、とここは狼らしい特徴が現れていた。威力は……あの怪物ボコボコにできたくらいだから相当な物だと予想。
歯も犬歯の部分が大きく伸びていた。まるで吸血鬼みたいに。……吸血衝動は起きないけど。これで相手の肉を引きちぎって喰らうのか……憂鬱だけど背に腹は代えられない。
全身に生えた毛は割合として灰7:黒3ぐらい。あと最初見た時は灰色と黒だけだと思ったが、よく見ると胸の辺りが少しだけ白っぽかった。……よーく見るとだよ?
そして最後に後ろでは尻尾がゆらゆらと動いていた。これは自分の意思で動かすことができるようだ、当然といえば当然だけど。
あと、人狼は2足歩行だったのか、立っていて辛いことはなかった。いや、小説とか映画によっては変身後、4足歩行になる場合もあるからさ。
とりあえず、このくらいの変化なら服を着てても大丈夫そうだ。俺は爪に引っ掛けないように注意深く服を着ていった。
ここで問題発生。尻尾が引っかかってズボンがうまく履けないのだ。尻尾のためだけにズボンに穴開けたり、買うのもあんまりだしな……。しょうがない、ちょっと腰パン気味に履くことで解決。アメリカでやったら警官飛んでくるらしいけど、ここは日本だから勘弁してくれ。
「えーと、戻る時は……エン・コード、人狼!」
すると尻尾が一瞬で縮みはじめ、耳も徐々に丸みを取り戻してきた。そしてあっという間に鏡の中には元の見慣れた小鳥遊信乃の姿があった。
「戻る時は変な感触がないんだな……」
俺は自分の顔を触りながらつぶやいた。
ーーー
場所は変わって東京は新宿・歌舞伎町。ここでも1つの戦いが幕を開けようとしていた。
「ねーちゃん、どこまで逃げんだよ。もう諦めな?」
裏通りの暗い路地で明らかに危ない道を渡っている風貌の若い男がイラつきながら同じくらいの年の女を脅している。ここまでは普通に想像がつき、実際に起きてそうな光景。
しかしおかしい点が1つ。周りの、大通りを含めた道に人の姿が1つもないのだ。
つまり、この路地には結界が発動していたーーー!
「デ・コード!! 灼熱小竜!」
男がそう叫ぶと、男の皮膚が全て黄色い鱗に覆われていき、顔も細長くなり爬虫類特有の顔へと変貌していく。手の指が2本になり、爪が黒く変色しながら長くなっていく。そして最後に生えてきた尻尾の先から赤い炎が燃え出した。
「あわわわ……」
女が男の変わった姿に怯えたように後ずさりする。しかし後ろには壁、行き止まりだった。男が勝ち誇ったように言う。
「おいおい、怖くて戦う気にもなれねぇか?」
すると女が恐怖のあまりか、おかしなことを言いはじめた。
「うう……本当に戦わないとダメなんですか?」
「はぁ? 何言ってんのお前?」
男が呆れたように手を広げる。
「た、例えば手を組んで別の相手と戦う……とか?」
「いつか裏切るとわかっていてか? ふざけんな!」
怒りに反応しているかのように、男の体の周りに炎が発生し始める。
「はぁ……ダメですか……。こうなったら仕方ないです」
覚悟を決めたからか、先ほどまで怯えていた女の表情が変わった。
「デ・コード……迷宮内牛!」
女の髪型がロングからショートへと変わっていき、その代わりに黒く、立派な角がこめかみから2本生えてきた。同時に体中の肌が熱を帯びたかのように赤くなり、顔も牛のように角ばった物に変わっていった。そして何もない所を叩くとヒビが入り、そこから黒く大きな斧が現れた。
「うらぁぁぁ!」
男が周りに生まれた炎を自分の身体にまとわせて女にむかって突進していく。それを女は斧を盾にして、正面から受け止めた。そして意外そうに言った。
「あれ、この程度ですか? ビジュアルのわりには強くないですね」
「んだと!?」
男が慌てて女から飛び離れる。女の持っている斧には傷1つついてなかった。
「どんだけ固てぇんだ、その斧!」
「知るわけ、ないでしょう!」
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで女が振り回した斧は男の左腕を正確に捉えて切り飛ばした。
「ぐ……! て、てめぇ!」
男は目に涙を溜めながら切られた左腕をおさえて女を睨みつけた。
「……手を引いてください」
女は斧をぶん、と振って言った。
「私はやたらめったらに殺したくないんです」
「ふ……ふざけてんじゃねぇぞこのアマァ!!!」
男が怒りに任せて再び体中に炎をまとって突っ込んでくる。女もそれに応えるように斧を構えた。
「ごめんなさい。私もここで死ぬわけにはいかないんです」




