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5000年を生きた魔女の終活(に付き合わされる俺1002歳)  作者: ドナイ ショウ


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9/14

それぞれの夜の過ごし方

散々本を運ばされた図書館での一日が終わった。


宿に戻った俺は、部屋で、一冊の本を開いた。


『賢帝マクシミリアン——隠された日記 エリク・モンベッツォ著』


三百年前に俺が見つけて現代語に訳した本だ。

そういえば、以前アイラさんは『訳者の日記を見つけたら公開してやる』と息巻いていた。

まあ、幸いにも俺は日記をつけていない。俺の物臭もたまには役に立つ。


アイラさんの取扱説明書代わりになると思って持ってきた本だが、今日は、別に調べたいことがあった。


傀儡の侍女シーラ、異次元空間の倉庫、そしてその中にある石の情報処理システム。


こんな目立つものが、賢帝の日記に書かれていないはずがない。

賢帝はあれをどのように扱っていたのだろう?

しかし、何度も読み返したはずのこの日記に、そんな記述などあっただろうか?

俺は自分の記憶を疑いながら、慎重にページをめくっていった。


すると、あった。


第九章 長日の月 十九日

彼の方の研究室を訪ねたおり、彼の方は余を見るや、瞬く間に倉庫を開き、何かをその奥に隠された。

隠した物を尋ねても、余には明かせぬと言う。その言葉に、深い失意を覚えた。

そのような余を哀れんでか、彼の方は一言だけお告げになった。

「明後日まで待て」

明後日は、余の生誕の日である。ならば、もしやあれは……。

望外の喜びである。


第十三章 初雪の月 二日

夜更けまで研究室に留まっていると、例のごとく侍女が茶を運んできた。

思えば、あの侍女が眠るのを一度として見たことがない。

それはさておき、研究室を辞した際、廊下で彼の方と行き合った。

おろした御髪が少し乱れており、昼間とは違う美しさを醸し出している。

夜半まで研究に励んだ甲斐があったというものだ。


第二十一章 幽暗の月 二十八日

倉庫に収められた石のいくつかが割れたので、その取り替えを頼まれた。

あの方が余に頼み事をするのは、まことに珍しい。

聞けば、今日は侍女が用を果たせないらしい。

いや、侍女よ。お前はもう十分に用をなしている。褒めて遣わそう。

その後、彼の方から礼にと茶に招かれた。これを僥倖と呼ばずして何と言おう。


俺は本を閉じた。


倉庫のことも、シーラのことも、石のことも、全部書いてあった。

今読めば、石とシーラのつながりもわかる。

問題は書き方だ。アイラさん以外の扱いが雑すぎる。


「賢帝ってなんなんだよ……」ため息をつきながらふと窓の外を見る。

「あれ?イリスだ」

表通りに、見慣れた後ろ姿があった。

そういえば夕食の時に、麦の酒が大好物だと言っていた。

きっと今から飲み直しに行くのだろう。

若者らしい。


俺はイリスの背中を見送った。


***


イリスは宿を出ると、大通りを抜け、そのまま丘を下っていった。


夜になっても酒場の周辺は騒がしい。

だが彼女はそのすべてを通り過ぎた。

やがて丘の麓近くに大きな建物を見つけると安堵した表情で走り寄った。


牛舎だった。あたりを見回して、人がいないことを確認する。

次の瞬間、彼女は躊躇なく柵を越えた。


中では、何頭もの牛がすでに藁の上で眠りについている。その一頭に近づき、頭の横に膝をついた。


「お願い、牛さん、起きて!」

牛の肩に腕を回して、強く揺する。

「五分でいいから、起きて〜」

抑えられた声で、祈るように囁く。


牛がゆっくりと目を開ける。

真っ黒いつぶらな瞳が眠そうに彼女を見上げた。


「良かった!ごめんね。できるだけ早く終わらせるから」


そういうと彼女は牛の正面に回り、牛の頭部を左右から包み込むように両手を当てた。

そして目を瞑り唱える。


「我は御前の慈悲を乞う者なり。どうか地にある我が声を、これなる聖獣を通し、お拾いください」


牛の黒い目に金色の光が宿る。


「こちらイリスです。御前、聞こえますか?


御前!ついに見つけました!五千年生きているという女で——


え?はい……、元気です。


はい。食べてます。


時間ですか?夜の八時半ですけど……。


いえ、時間外なんて気にしてません。御前のためなら寝る間も惜しんで——


わ、わかりました。これが終わったらすぐ寝ます。


え?ゼフくんですか。元気だと思いますけど。


いえ、最近は連絡とってません。


大丈夫ですよ!こんなことですれ違うあたしたちじゃありませんから」


牛が眠たそうに瞼を閉じそうになる。


「ああ、牛さん!もう少し頑張って!


御前、牛がもう寝てしまいそうです。手短に報告しますね。


対象は神殺しの可能性が高く、監視に値します。魔法の域を越える技術と自立式の傀儡を持っています。


ええ、予知にあった年齢条件にも合います。


あの傀儡が量産されれば、単体の神殺しでは済まないかもしれません。

天界に対して、戦争を仕掛けることも可能かと」


そこまでいうとイリスは黙った。

そして、真剣な目で、何度か頷いた。


「わかりました。あたしはここに残って彼女を監視します。


はい。それは、大丈夫です。気づかれていません。

いえ、むしろよくしてもらってるくらいで……。


うーん。お菓子をもらったりですかね」


牛が眠気に抗えず、頭を藁の上に置いた。


「あぁ、牛がもう限界です。通信を終了します。


ええ。御前もお体にお気をつけて。


それでは、また」


その言葉と共に、牛のまぶたがピッタリと閉じた。

「牛さん、ありがとう」

それだけ言うと、イリスは静かに牛舎を後にした。


***


「アイラ様、髪を解きましょうか」

「頼む」


宿で一番いい部屋の机でアイラは本を読んでいた。

シーラはアイラの髪を下ろし、櫛で綺麗にすいていく。

「その本は面白うございますか?」

「ああ、存外面白い」

アイラは上機嫌でページを繰る。

「そうだシーラ、千年ほど前にシア川河口にあった港町の名前、わかるか?」

「不凍の動脈シアでございますか?」

「今は凍るようになったんだ。この千年で寒冷化があったらしい」

「なるほど。千年前の地理情報ですと、河口の港町はコッペですね」

「そうか。コッペか」

「大きな灯台があり、多くの船が立ち寄る良港だったようです」

「灯台の他に何か名物はあるか?」

「魚料理が有名です。それと、川で魚を取るクマを模した木彫りの置物が人気の土産物だったようですよ」

「ほぉう」

「それが何か?」

「いや、この本がますます面白くなってきた」

「今の話で、でございますか?」

「ああ」

「コッペについての本でございますか?」

「いいや。魔導を最初に考えたやつの本だ」

「魔導ですか」

シーラが机に置いてある魔導ランプを見ながら言う。

「千年前には、夜がこんなに明るくなるなんて想像もいたしませんでした」

「ああ、便利になった。この千年は、私が生きてきたどの時代よりも変化が大きいかもしれないな」

「そうですね。アイラ様のお気持ちもこの千年でずいぶん変わられたようですね」

「私が?」

「はい。マクシミリオン様を亡くされた直後のアイラ様は、それこそご自身も早く終わりたいと思い詰めているようでございました」

「そうかもしれないな」

「あの頃に比べると、今のアイラ様はずいぶんとお元気そうに見えます」

「ああ。千年経ったんだ。考えも整理できた」

「それなのにどうして、いまだに終わりを求めていらっしゃるのです?」

アイラが本から視線を上げて、机の前にかけてある鏡越しにシーラを見た。

「私はもう自分の人生に満足している。いつ終わっても構わない。だから、もし終わらせられる機会を見つければ、躊躇はしない」

「その機会が、エド様だったのですか?」

「ああ。あいつの魔力は強力だ。あいつなら私を終わらせられる」

「魔力の強さなら、マクシミリオン様も相当のものをお持ちでした」

「あの子は息子だ。我が子に自分を終わらせろという親はいない」

「あの方をいつまでも子供扱いするのは、アイラ様の悪い癖です」

「親にとって子供は幾つになっても子供なんだ」

「けれど、いつまでも4歳児のように扱われて、マクシミリオン様も拗ねていらっしゃいましたよ」

「拗ねるのは、子供だからだろう」

「……そうでございますね」


アイラは再び本に目を落とした。

シーラの持つ櫛が、スルスルとアイラの黒髪を滑っていく。


「エド様は契約通り、アイラ様の最期を引き受けてくださいますでしょうか?」

「さあな。あいつのことだから、最後は嫌になって契約を破棄するかもな」

「そうなると、困りますね」

「だから、保険はかけてある」

「そのことは、エド様もご存じなのですか?」

「隠してはいない。理解しているかは知らん」

そう言ってアイラは、またページを繰った。

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