魔女の終活、始めました
第一話はこちらから:『こんなところで魔女爆誕』
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屋敷に戻った瞬間、俺は尻餅をついて床に倒れ込んだ。
足には見知らぬ女が絡みついている。
アイラさんとシーラは倒れ込む俺の腕からするりと抜け出した。
「そろそろ離してくれ」
足元の女に声をかけると、彼女はハッと顔をあげて、部屋を見回した。
そしてシーラを見つけると、飛びつくようにその手を握った。
「あなたから古代魔法の痕跡をビンビン感じます!どういうことですか!?」
シーラが、訳がわからない様子でアイラさんの方を見ている。
「あいつは何を言ってるんだ?」
まだ床から立ち上がれずにいた俺に、アイラさんの声が降ってきた。
「いや、何なんでしょうね、いったい」
「……違う。訳せ」
そうだった。彼女は現代語がわからないんだった。
「えっと、シーラに古代魔法の痕跡があるとか、なんとか言ってます」
「あいつは、お前の知り合いじゃないのか?」
「いや、知り合いなのは男の方で、彼女は知りません」
「お前にすがりついてきた女だぞ?」
「全く知らない人間です」
俺は、立ち上がって、シーラに夢中になっている女に声をかけた。
「ちょっと、いいか?」
「今、忙しいんで、後にしてください」
いや、ここは俺の家だし、そっちが勝手についてきたんじゃないか。
負けてはいけない。こちらも迷惑そうな表情を隠さず、ずいと迫った。
「あんた、誰なんだ?」
彼女が目を細めて、じっとりとした視線で俺を観察した。
「あなたこそ誰です?」
俺は深く息を吐き、恭しく右手を差し出した。
「これは失礼しました。私はエドヴァルド・ラノフと申します。ようこそ我が家へ」
彼女は握手には応えず、口を大きく開いた。
「あなた!もしかして、失踪した名誉顧問ですか!?」
……そこじゃない。
***
「アレクシア記念魔導研究所、古代魔法研究室のイリス・マイヤーズです」
ダイニングへ移ると、彼女はようやく名乗った。
「ヨハンさんからの依頼で、転移魔法の痕跡を調べてました」
「それであいつも、あそこにいたのか」
魔境の跡地で、イリスの後ろから走ってきたヨハンを思い出す。
「お前も転移魔法が使えるのか?」
古代語で話しかけるアイラさんの方を、イリスが驚いて見た。
どうやら今日の俺は、通訳に徹するしかなさそうだ。そう思った時だった。
「やっぱり、見られちゃってますよね」
イリスが古代語で喋った。
「この言葉……わかるのか?」
驚く俺に、イリスは平然と答える。
「顧問も今、喋ってますよね」
「いや、俺は……」
ここで、俺の年齢のことがバレたらややこしいことになる。
なんと答えるべきか逡巡していると、アイラさんの声がした。
「イリスと言ったか。お前は、いくつなんだ?」
イリスの表情に小さな動揺が映った。
「アイラさん!?女性に歳を聞いちゃいけないって言ってませんでしたっけ!?」
「女同士は問題ない」
「そんなわけ——」
「23です」
「って、あっさり答えるんかい!」
「若いな。なぜ帝国語を解す?」
「あたしの専門は古代魔法です。言葉がわからなければ話になりません」
なんだ。こいつは俺たちとは違ってリアルタイムの古代語話者じゃなかったようだ。
「なぜ転移魔法を使える?」
アイラさんが再び口を開いた。
「それは……」
イリスは目を伏せた。
「私の研究は、古い魔法を調べることなので……まあ、色々と知る機会がありまして」
「そんな雑さで、焚書にまでなった禁忌魔法の記録を見つけられるのか!?」
「実際に使えてるんだから、機会はあったということです!」
彼女は言い切った。なんとなく怪しいが、二回見ただけで使いこなせるようになった人間だっている。
「まあ、そういうこともあるか」
俺は、それ以上考えるのをやめた。
「それで、あんたがここへついてきたのも転移魔法の調査のためか?」
「あぁ……それはちょっと違います」
「じゃあなんだ」
「ヨハンさんが、魔境は誰かの魔法だったんじゃないかと言ったんです。それで、古代魔法の探知を試しました」
そういえばあいつは、昔から抜けているようで、勘だけは鋭かった。
「そしたら遠くに強力な反応が見えて、走って行ったら、このお姉さんがいて……」
「それで、後先考えずについてきたと?」
「はい」
「人前で、禁忌魔法まで使ってまで、なぜ俺たちに執着する?」
「……この機会を逃したら、生きた古代魔法をもう見つけられないと思って、追うことを優先しました」
「お前、莫迦だな」
アイラさんがくすくすと笑う。
「捕まれば一生監獄だと聞いたぞ」
「人に裁かれることは、恐れていません」
道義よりも、研究をとる研究者か。いるんだよな、こういうやつ。
「何の研究をしている?」
「アナスタシアの理論の復元を試みています」
「……ほう」
アイラさんは淡々と続けた。
「で、復元はできたのか?」
「魔力による情報の転写と保存までなら」
「……」
アイラさんが黙り込んだので、俺が続きを引き受けた。
「あの理論は異端だ。あんたが信じてるほどいいもんじゃない」
「そんなことありません。理論ではさらに、その情報を使って魔力に自分で判断させることも示されて——」
「絵空事だ。空想を語るだけなら誰にでもできる」
その言葉に、イリスはふんと鼻から大きく息を吐いて黙り込む。
沈黙の中で、部屋の空気が重くなっていった。
しばらくして、シーラが静かに口を開いた。
「お茶が冷めてしまいましたね。入れ直しましょう」
イリスはまだ憤然と、机の一点を睨んでいる。
「イリスさん、お砂糖は一つでしたっけ?」
「あ、はい……」
俺たちは誰も口を開かないまま、お茶が運ばれてくるのを待っていた。
そこへシーラがお茶を淹れて戻ってきた。
イリスは、もう自分への尋問は終わったとばかりに、今度はシーラへの質問を始めた。
「シーラさん、あなたは魔導具なんですか?」
「わたくしは、傀儡でございます」
「くぐつ?」
イリスが目を丸くする。
「傀儡って、畑を耕したり、鉱山で荷物を運んでた、あの傀儡?」
「おい待て、そんなもん聞いたこともないぞ」
「顧問、本当に研究者ですか?三千年ほど前までは、割と一般的だったんですよ」
「専門外だよ!便利そうなのに、なんで今はないんだ?」
「人間を使った方が安かったからです」
「……嫌な理由だな」
イリスは、シーラをまじまじと見ながら続けた。
「でも……シーラさんは、魔力で動かすだけの傀儡と違って、話せますよね」
「はい。音声でのやりとりにも対応しております」
「随分と自律的な傀儡ですね。ん?自律って……」
そこまで言うと、イリスの顔から興奮が引いていくように見えた。
「シーラさん!さっき、私のお茶に入れるお砂糖は一つかって確認しましたよね?なぜです?」
「最初にお茶をお入れした際、イリスさんはお砂糖を一つ入れましたから」
イリスが黙った。
「これって、さっきあんたが言ってたことじゃないか?」
「ええ。でも、理論には可能性が示されているだけで、こんなものが作られていたなんてどこにも……」
イリスは再びシーラに向き直った。
「あなたはいつ作られたんです!?」
「アイラ様がわたくしを作ってから、千八百年ほどでしょうか」
「二千八百年だ。お前は千年ほど寝ていたんだ」
アイラさんが、さらりとシーラに伝えた。
「なるほど。二千八百年ほど前だそうです」シーラもさらりと訂正した。
「二千八百年前……」
イリスは額に手を当てた。顔から血の気が引いていくのが見てとれた。
「……計算は合います」
へ?
「アナスタシアが理論を提唱したのが三千年ほど前。その後少しして、彼女が作られた……」
「やっぱり計算は合います!!」
イリスは目を輝かせていた。
二回目!
そして驚くの、そっちなのかよ!
しかし、その直後、イリスは慌ててアイラさんを見た。
「シーラさんを作ったアイラさんって、あなたですか?」
「そうだ」
「ええええ〜!!」
やっと気づいたか。
そう、本来一番驚くべきなのは、そこなんだ。
ここに平然と座っている魔女は、太古の時代から五千年を生きる——
「じゃあ、あなた、アナスタシアの継承者なんですか!?」
「継承?」
アイラさんが眉を寄せた。
「私がアナスタシアだ」
イリスが固まった。
俺も固まった。
そのまま、目を見開いてアイラさんを見た。
「「ええええええええ!?」」
「うるさい」アイラさんは顔をしかめ、ティーカップをテーブルに戻した。「いや、だって、あたしは理論の継承者を探していたんです」
「本人だと不都合か?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
イリスはお茶を一気に飲み干し、少し息を整えた後、さらに質問を続けた。
「じゃあシーラさんは、アナスタシアが作った傀儡……?」
「私を呼び捨てにするな。そして今の私は、アイラだ」
イリスには、その言葉は聞こえていない。彼女の顔から再び表情が消えていく。
「他にもいるんですか?シーラさんのような傀儡が……」
「いいや」
「作り方は誰かに教えましたか?」
「教えたって誰も理解できなかった」
「記録は?」
「書いていたが、今も残っているかはわからん」
「管理、していないんですか!?」
「二千八百年も前のことだ。管理なんて無理だ」
「いいえ。それが作った者の責任です!」
イリスは一喝した。
「あなたは、自律式の傀儡の潜在的な危険を、わかってないんですか?」
「危険かどうかなんて使い方次第だ。何だってそうだろう」
「他のものとは桁が違います。悪用されれば、神をも滅ぼしかねません」
「お前だって理論を復元したと言ったじゃないか。お前も神を殺す気か?」
「あたしが、理論を復元したのは、使うためじゃありません!」
「目的もないのに復元したのか?莫迦なだけでなく、暇人でもあったか」
「あたしは、あの理論で何ができるのか、知っておきたかっただけです。危険な可能性があるものが、無防備に転がっている状態なんですよ?」
「……なるほどな」
アイラさんは椅子の背から体を離し、テーブルの上で両手を組んだ。
「考えてみれば、私は何も整理してこなかった。昔の研究も、道具も、そのまま放ってきたものが山ほどある」
アイラさんは、しばらく黙って何かを考えていた。
俺は嫌な予感がした。
「エド——」
「嫌です」
「まだ何も言っていないぞ」
「言われる前に断っておこうと思いまして」
「お前に決定権はない。旅に出るぞ」
「あんまりだ!」
「私の残してきたものを、一度全部見て回る」
俺はあなたの人生を終わらすことにもまだ完全に同意してないのに、なんだって終活のド定番みたいな旅に付き合わされるんだ。
「まで行くつもりですか?」
「最終的には、オワラ諸島のメイ島を目指す」
「大陸の南の最果てから、さらに海を隔てた向こうへ!?」
「私の故郷だ」
「何ヶ月かかると思ってるんですか?」
「気長に行くぞ。それとも早く『終わり』にしたいのか?」
「……」
「あたしも行きます」
そうだった。こいつの存在を忘れていた。
「別に構わん。私は自分のすべきことをするだけだ」
「こんなややこしそうな研究オタク連れて行くんですか!?」
「研究オタクとはなんですか、失礼な!」
「お二人とも、すでに会話が弾んでいらっしゃいますね」
「確かに仲がよさそうだな」
「どこを見たらそう見えるんですか!?」
「お前らやはりそういう関係なのか?」
「そういうって?」
イリスが眼をしばたかせた。
「私は、男女の痴話喧嘩に巻き込まれるのはごめんだ」
飛んだ誤解だ。俺が割って入る。
「いやいやいや、違うって言ったでしょう!?」
「セレナーデも?」
「歌ってません!」
「セレナーデって?」
「あんたには関係ない。そしてあんたと俺も、何の関係もない。そうだよな?」
「はい、今日初めて話しました。それに、顧問は黒髪の女性にしか興味がないって話ですから、あたしのことも……」
そう言ってイリスは、アイラさんの髪を見た。
「あ……察し……」
「察さんでいい!それに、その話、誰がしてたんだよ?」
「そんなことはいいんです!」
「そんなこと!?俺の名誉の問題だ」
「何より、あたし、故郷に婚約者がいます!こんな人と浮気してたなんて思われたら、婚約者に申し訳なさ過ぎます」
「……こんな人?」
「わかった。面倒を起こさないのならそれでいい」
アイラさんは、肩を振るわせ笑っていた。
「シーラ、こいつが面倒を起こしそうだったらすぐに摘み出せ」
「面倒とは、イリスさんが二股をかけた末に、エドさんおよび婚約者さんと修羅場になるということですか」
「……。違う。厄介なこと全てだ」
「かしこまりました」
アイラさんは、俺たちを見回すと笑顔になった。
「よし決まりだな」
何一つ決めた覚えはない。
「まず、情報を集める。それから大陸を南下し、最後はメイ島まで船で渡る」
「何ヶ所も行くんですか?」
「当然だ。五千年分あるんだぞ」
俺はうなだれる。
「俺に拒否権はないんですよね」
「ああ、決定事項だ」
「ちょっと待って、アイラさんって五千年生きてるんですか!?」
「わたくしも、アイラ様の正確な年齢を初めてお聞きしました」
イリスは身を乗り出してアイラさんへと迫る。
「五千年ってどういうことです?」
「千年寝てたから厳密には四千歳だ」
「まず、千歳を超えてる時点でおかしいんですよ」
いや、千歳を超える前から十分おかしいだろう。
「あなた本当に人間ですか?」
「人間だ!人をなんだと思ってる」
イリスの興味は、一気にアイラさんに向けられたようだ。アイラさんは耳を塞いでシーラの後ろに隠れた。
こうして俺とアイラさんとエトセトラのかしましい終活の旅が幕を開けた。




