魔女の熱〜い個別指導
【キャラ紹介】
エド:主人公。千年前から生きている不老の魔法使い。三百年ほど探し続けた不老の魔女アイラに出会うが、その人生を終わらせるように頼まれる。
愚痴とツッコミが多い。
アイラ:約五千年生きている不老の魔女。名前を変えながら、歴史に名を残してきた実力者。千年ほど自らを封印していたところを、エドに叩き起こされる。
エドに人生の最期を託す契約を強引に取り付け、終活の旅に出る。尊大で奔放。
イリス:賑やかし要員。
シーラ:アイラの侍女。
「アイラさん!」
イリスが開いたガイドブックのページを指差しながら駆け寄って来た。
「この近くに湖を見渡せる展望台があるみたいなんです。行きません?」
「湖を見渡せる、か。良さそうだな」
アイラさんが俺をチラリと見た。
「ちょうどいい場所があったぞ」
ちょうどいいって何のことだ?
彼女の真意はわからないが、彼女はそのままイリスに引っ張られて行ってしまった。
いやいやいや、イリスよ。
ここに危ないものがないとわかった途端に、観光気分かよ。ミーハーすぎる。
「ちょっと待て!イリス、どうしてガイドブックなんて持ってるんだよ」
俺の問いに、彼女は悪びれもせず答えた。
「いい思い出を作るのは、旅の基本でしょう?」
「危険な魔法や技術がないか見るためについてくる、って言ってただろうが」
「それとこれとは両立できます!」
「そういう問題じゃ——」
「いいじゃないか。私もどれほどのものか見たい。いくぞ」
イリスはその言葉に飛びつく。
「人気のデートスポットで、ベルが鳴らせるそうですよ」
「なんでこのメンバーでデートスポットに行って、ベルなんか鳴らさなきゃならないんだよ!」
「ベルはいいとして、展望台は私も見てみたい」
「ですよね!今日は水に落ちたり、散々だったじゃないですか。一つくらいいい思い出が欲しいですよね!」
***
『ようこそ!!伝説の魔女アレクシアの郷へ』
展望台の入り口にはこう書かれた巨大なアーチがあった。
「なんだこれ?」
アイラさんがその文字を怪訝な表情で見つめる。
俺は顔を引きつらせながら、取り繕う言葉を紡ぐ。
「ま、まあ、アレクシアは賢帝を支えた魔女として、今でも結構有名ですから」
そう言いながらも、嫌な予感しかしない。
なぜなら彼女が有名な理由はただ一つ。
彼女は、世界の全てを手に入れた賢帝が、唯一手に入れることのできなかった恋慕の相手だからだ。
階段を登り、展望台に着くと、一面にハートの装飾が施されていた。
やはり、こうくるか。
湖を見下ろす展望台の淵には、引き紐のついた金色のベルがかけられている。
例によってイリスは駆け寄る。
「なになに、『この地は賢帝マクシミリオンとあの伝説の魔女アレクシアが出会った運命の場所です。この久遠のベルを鳴らした二人は、二人の愛にあやかって、時を超えて永遠に結ばれる!かも』ですって。」
「なんで私とマクシムが恋人みたいな話になってるんだ?」
「さあ、なんででしょうね……」
背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じる。
「二人の愛にあやかるってありますけど、そもそもあれって、賢帝の一方的な——」
「まあまあまあ、いいじゃないのか?色んな捉え方があって。それより、景色を見よう!!な?」
俺が日記を世に出したことで、賢帝の赤裸々な恋心が世間に広まってしまった。申し訳なかったと、今では思っている。
けれど、そこに書かれていたのは100%賢帝の言葉だ。
あんな恥ずかしいものを、処分しなかった賢帝にも責任がある。
うん。8:2で賢帝の責任だ。
∴(ゆえに)俺は悪くない!
「あれ?アイラさんは賢帝の日記読んでないんですか?」
イリスは無邪気に尋ねる。
「あの日記か……」
「日記の存在は知ってるんですか?」
「ああ、あれが無くなった日のあの子の取り乱し様と言ったら……」
「無くなった?」
「あの子は晩年に離宮へと移ったんだんだが、その引っ越しで日記を失ったんだ」
「賢帝でも、そんな引っ越しあるあるに引っかかるんですか!?」
「誰にでも起こりうる恐ろしい事態だ。あの子も真っ青な顔で必死になって探していたが、結局見つからなくてな。数日寝込んでいた」
「うわ、そんなに?」
「よっぽど、人には見せられないことが書いてあったのだろう」
嘘だろ!?賢帝が処分しなかったわけじゃないのか!?
いや、でも、引っ越しあるあるを見越して、自分で持っていかなかったのは、やはり賢帝の責任だ。
やはり俺は悪くない!
「だけど賢帝は、意外とあの日記をアイラさんにこそ読んでほしいと思っているかもしれませんよ?」
「私に?なぜだ?」
「いぃいぃ……イリス!ここでベルを鳴らした相手とは、永遠に結ばれるんだと」
俺は裏返りそうになる声を抑えながら、言葉を捻り出した。
「ゼフ君と来たらどうだ?」
「え?顧問はこんな嘘くさいご利益信じるんですか?」
イリスが眉間に皺を寄せて俺を見た。
「それに、永遠はオプションでいいって話しましたよね」
「オプションなんだから、つけられる時につけとけよ!」
「いやぁ、でも……。こんなもののためにゼフ君にきてもらうのもなぁ」
シーラが説明書きを見ながら口を開いた。
「イリスさん、ご覧ください。『一人で鳴らすあなたにも、きっとハッピーエンドが待ってます』ともありますよ」
ナイスアシストだシーラ!
「えぇ〜薄っぺらいご利益だなぁ」
俺だってこんな薄っぺらいご利益信じてない。
だが、イリスには賢帝とアレクシアのことは忘れて貰わないと!
「いや〜。広くて気持ちいいな。こんな場所で鐘の音が響いたらさぞいいだろうな〜」
「じゃあ顧問が鳴らせばいいじゃないですか?」
「それは確かにイリスさんに理がありますね。言い出しっぺが責任を取るのが常道かと」
シーラ!そこでハシゴを外すのか!?
せっかくなら、アイラさんと鳴らせば永遠に結ばれて、彼女を失うこともないなんてことは……?
そんなヤケクソな理論を考えながらアイラさんを見ると、彼女は俺たちの会話など聞いていない様子で、目の前に広がる湖を見ていた。
「広いな。これなら死人は出ないだろう」
そう聞こえた気がした。
いや、確かに彼女はそう言った。
恋人の聖地で、どうして死人が出るとか出ないとか考えてるんだよ、この人は。
「エド、お前飛べるか?」
「え?飛ぶって……」
こういう時のこの人は、絶対に無茶なことを考えてる。
しかも無茶の対象は、だいたい俺だ。
「……もしや俺にここからダイブしろと!?」
彼女は顔をしかめた。
「何を言っている?空中で姿勢を制御できるかと聞いている」
「あぁ、浮遊魔法ですか?まあ、浮かぶくらいなら……」
「よし、湖の中央へ出ろ」
「いきなり何です?」
ダイブという予想は外したが、嫌な予感はなおも継続している。
「先ほどの話を聞いて、確認したいことがあるんだ」
「先ほどの話って?」
「マクシムの魔法修行のことだ。いくぞ!」
そういうとアイラさんは展望台の柵を蹴って空中に飛び出した。
イリスとシーラは二人して楽しそうにガイドブックを読んでいる。
嫌な予感はするが、行くしかないのだろう。
湖の中央、湖面から十数メートルのところで俺たちは止まった。
「あの程度、簡単にできてもらわねば困る」
「なんでアイラさんが困るんです」
「お前は、私を終わらせるのだろう?」
「あ……」
それを聞いて、胸がずしんと重くなった。
「お前、もしかして、魔力は強いが制御が荒いんじゃないのか?」
「いや、そんなことは……」
「そういえば、私の封印を崩すときも、一度失敗していたな」
彼女はそう言って眉を寄せた。
「いや、あんな状況初めてでしたし!あれは仕方ないでしょう!?」
「まあ、私を終わらせるのに複雑な技術までは必要ない。要は速度だ」
「アイラさんを終わらすって、具体的にはどんな方法を考えてるんですか?」
「火球だ」
「……焼き尽くすってことですか」
「ああ、落下や切断のような体が残る方法では命が潰える前に回復してしまう。全身をくまなく一気に消失させる。それが肝要だ」
「もしかして、自分でも試されました!?」
「当然だ。だが、意識が途切れ、魔法が中断された瞬間に回復が始まり、最期を迎えることはできなかった」
「……」
何やってんだよ、この人。
冷静にその時の様子を報告する姿に、背筋が冷たくなった。
「だから外部からの力が必要だ。ちょっとやってみてくれ」
「え!?今ここで、あなたを焼くんですか?」
「まずは練習だ」
そう言ってアイラは指先に小さな魔法の炎を灯す。
「この炎をできるだけ早く巨大化させろ」
「嫌ですよ。あなたを終わらせる魔法を披露するなんて」
「これは契約だ。契約相手に疑義が生じたら確認するのが基本だ」
「俺は契約自体に疑義を申し立てたいんですよ!」
「お前も懲りんな。では選べ。ここで契約の有効性を示すか、契約を破棄して私の前から消えるか」
「破棄したら俺は、湖の藻屑と散るんでしょう!?」
「御託はいい。選べ」
俺は周囲を確認する。
足元遥か下には水。空は広い。ここなら特大火球を作っても被害はないだろう。
ただし、彼女に怪我をさせたくない。
「……わかりました。少し離れていてください」
俺は指先に炎を灯した。
「——燃え盛る炎よ、我が魔力を糧にして、天をも焦がす巨球となれ!」
蝋燭の灯程度だった炎がみるみる膨れ上がり、瞬く間に俺の身長を超えた。
俺がそのまま指を上へと上げると、頭上に巨大な火球がうねりながら燃え上がった。
周囲の温度も一気に上がる。湖からは霧のような湯気が上がり始めた。
俺は炎を消してから彼女を見た。
「どうです?」
「……それがお前の本気か?」
その表情は、俺が期待したものとは違った。
「それだと私の回復速度を上回れない。熱いだけの焼かれ損だ」
「じゃあ、一体どれくらいのスピードで?」
「見てろ」
そういうと彼女は、両腕のバングルを外した。
「アイラさん!それ外したらダメなやつです!魔力が暴走する恐れが——」
「大丈夫だ。広い場所で周りに人はいない。何か起きても死人はでまい」
さっきの死人云々ってこれ!?
いや、待て。周りに人は居ないって言うけど、俺は?
彼女はそのまま平然と指先に炎を灯した。
「いくぞ」
次の瞬間、爆風が周りを飲み込んだ。
俺は反射的に防御魔法を展開した。
あとほんの少しでも遅ければ、全身丸焦げだっただろう。
今だって、防御魔法の表面が真っ赤になってどんどん溶けていく。
俺はその内側に二枚三枚と防壁を張るが、それもどんどん溶かされていく。
信じられない熱量だ。突き刺さるような熱さが、防壁をこえて伝わってくる。
湖の水は爆風で吹き飛ばされ、俺たちの下だけ水位が下がっていた。
俺は必死に防御魔法で耐え続ける。
七枚目の防壁を重ねた時、炎がふっと消え、あたりに静けさが戻った。
アイラさんは平然とした様子で浮かんでいた。
「このくらいの火力と爆発力が必要だ」
「危ないじゃないですか!死にかけましたよ!」
「そのための魔法だからな」
「俺を殺してどうするんですか!?」
「お前はこの程度じゃそうはならん」
その言葉は正直嬉しかった。
「あ、ありがとうございます」
「それに、これくらいで終わるなら、お前はそれまでだったということだ」
いや、この人は俺の力を信じているのか、いないのかどっちなんだ?
その時、展望台から声が響いた。
「何してるんですか!?」
イリスが叫んでいた。
彼女の前にはまだ防御魔法が張られている。
その横で、防御魔法に守られていなかった鐘台がまる焦げになっていた。
「イリスさん、お気をつけください」
シーラがイリスを庇うように自分の方へと引き寄せる。
ガシャーン。
焼けた鐘台から、鐘が落ちたのだ。
そのまま湖の方に落ちていく。
ゴーン。
ゴーン。
ゴーン。
崖の岩に当たりながら、鐘は鳴り響く。
「……鳴ったな」
あれは、鳴らしたに入るのだろうか。
「一人で鳴らせば、ハッピーエンドが待っているんだったな」
「え?」
俺は口を開けたままアイラさんを見た。
「私のハッピーエンドはお前が保証しろ。あの鐘のご利益は当てにならん」
どうやら俺は、あの鐘よりは信用されているらしい。




