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5000年を生きた魔女の終活(に付き合わされる俺1002歳)  作者: ドナイ ショウ


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終わりがあるから楽しいのです

図書館での情報読み込み作業は、シーラの調整を繰り返しながら一週間続いた。


「情報の取得量の最低ラインは超えたと思います。大きな偏りは見られません」

俺は昨日から、シーラとさまざまな会話を交わし、彼女の現代語の出力に問題がないか確認していた。


「そうか。では、最終チェックだ」

そういうと、アイラさんは、一冊の本をシーラに手渡した。

「シーラ、この本を現代語に訳せるか?」

「はい。『『魔法界を根底から覆す。そんな野望を抱え北の果てコッペからやってきて——』」

「ちょいちょいちょい!アイラさん!シーラに何を翻訳させてるんです!?」

「私も古い文献を翻訳してみようと思ったんだ。モンベッツォを見習って。それができるか確かめたい」

だめだ、この人は俺に日記がないとわかって、別の方法で賢帝の仇討ちをするつもりだ。


「ひとまず今は、シーラの現代語レベルのチェックだ。イリス、翻訳が自然か聞いてやってくれ」

「はい」

「では、続きから。『そんな野望を抱え北の果てコッペからやってきて、いく年月が経っただろう。私はついに——』」


「俺、ちょっと外でナチョでも食ってきます」

「そんな時間はないぞ」

「え?」

「シーラのチェックが終わったら、ここを発つ」

「……次は、どこへ?」

「オクタムーアの森だ」


***


俺たちは、昇降機で丘の麓の駅まで降りてきた。

一週間世話になった図書館とも今日でお別れだ。


麓の駅からは街の外に向かって街道が伸びている。

「オクタムーアでは何を?」

「あそこには長く住んだからな。ほったらかしてきたものも多い」

「ではメメントになるものもありそうですね。アイラさんの転移魔法で行きましょう」

「いや、歩いて行かないか?」

「え?」

「この千年で変わった世界を、ゆっくり見てまわりたい」

「オクタムーアまで数日はかかりますよ」

「昔はみんな歩いてた」

「坂があっても、昇降機があるとは限りませんよ」

「まあ、シーラとお前がいればなんとかなるだろう」

「……おぶれってことですか?」

「なにか魔導具があるんだろう?」

「そんな便利な魔導具ありませんよ!」

無茶苦茶だ。


「歩いて行くなら、この街道先に美味しいアイス屋さんがありますよ!」

イリスがご機嫌に語り出した。

「イリスさんは食べ物のことをよくご存知ですね」

「牧場があって、とれたての牛乳で作ってるんです。早く行かないと、売り切れちゃいますよ」

イリスが足早に歩き出した。

シーラもそれに続く。


俺たちは後に残された。

さっきのアイラさんの言葉は、意外だった。

この前まで人生を終わらせたいと言っていたのに、今はこの世界に興味を持っているようだ。

少なくとも、旅を楽しんでいる。

もしかして、気が変わったのだろうか?


「なんだ?」

彼女の顔を見ていたことに気づかれた。

「いや、その……」

俺は前を向いて頭をかく。

「アイラさん、このままずっと旅を続けましょうよ」

「ああ、そのつもりだ。オワラまではまだ遠い」

「そうじゃなくて、人生を終わらす必要なんてないじゃないですか」

「いや、必要なんだ。終わりがあるから旅も楽しめる」

「どういうことです?」

俺は彼女を見た。

「私の人生は、ずっと終わりが見えなかった。だから自分の人生を終わらせる準備をするなんて、考えたこともなかった」

アイラさんは先を行くシーラとイリスを見て、目を細めている。

「この旅は、私にとってはかなり贅沢なご褒美だ。楽しまないと、損だろう?」

そう言うと、彼女は足早に進み始めた。

少し先には、イリスとシーラが楽しそうに歩いているのが見える。

けれど、俺の足は重くなり、やがて止まった。


彼女の背中がどんどん遠ざかっていく。

「待ってください!」

俺の声に彼女が振り向いた。

少し気だるい表情が浮かんでいた。


「生きていれば、その楽しさがずっと続くんですよ!」

咄嗟に言葉が口をつく。けれど彼女は首を傾げて問い返した。

「そうじゃなかったから、私を探してたんじゃないのか?」

「……じゃあ、これから、今から楽しいことを探しましょうよ!」


しばしの沈黙の後、彼女が口を開いた。

「それは違う」

彼女の視線はまっすぐと俺に向けられている。

「終わりがない人間にとって、『今から』なんて言葉がどれほど厄介か、お前も知っているだろう。今何かを始める理由なんてないんだから」

俺は目を伏せ、何も言えなくなった。

「私はそれを何千年も続けて、“今”への興味をどんどん失ってしまった」


彼女が岩から出てきた時、彼女はこう言っていた。

『終わりのない時間に連れ戻された』

その言葉の意味も、重さも、俺にはまだわからない。

俺は彼女の五千年をまだ知らない。だったら——


「俺、この旅を通して、あなたの人生を理解します。あなたの最期を引き受けるか決めるのは、それからでもいいでしょう?」

「先延ばししてどうなる?それに、破棄には代償が伴うんだぞ」

「それでもいいです。あなたを探すのに三百年を費やしました。俺にとってあなたは、代償分の価値があります」

「三百年も探していたのに、肝心の私の願いは聞かないんだな」

呆れた顔で彼女が言った。


俺はふと賢帝の日記の一節を思い出した。

『余は時折、思う。余が彼の方の望みに応えることをやめてもなお、彼の方は余を傍に置かれるのだろうか、と。

されど、それを確かめる勇気はない。

ゆえに余は、ただ彼の方の為に働き、傍に在るに値すると示すほかない』


賢帝は彼女のそばにいるために、彼女のために働き続けた。

けれど、俺が同じようにすれば、彼女を永遠に失ってしまう。


ふぅ。

重い息が漏れた。

気がつくと、自分の手を見つめていた。

中指にあるはずの魔法の鎖は、今は見えない。

けれど俺は、完全にこの鎖に絡め取られてしまっている。

なんとも厄介な契約を結んでしまったものだ。


「エド、置いていくぞ」

その声で現実に引き戻された。

彼女は俺を待ってくれていた。

「今行きます」

俺は駆け寄り、並んで歩き出す。


彼女の五千年を知った後、俺はどんな答えを出すのだろうか。

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