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エルデ、渦中へと誘われ……

 


 ――― それは、極めて個人的な事柄にして、世界の趨勢を決める決断。



 それまでの深く重い思考の深淵からの脱却が齎したモノ。 『神命』を受けて、怯む心を叱咤した結果、私は困難な状況を戸惑う事無く受け入れた。 



 ――― 為すべきを成す。



 昨夜のアーガス修道士様とのお話合いにて、何となくだけど、この世界を破壊するような事が、今も粛々と進行している事を理解した。 すなわち、私が忌避する無残な末路に至る道を踏み越える為に、為さねば成らないと云う事。 ならば、私は抗うだけだ。


神命(・・)』については、そのついでと云う感覚すらある。 とても、個人的な感情で、とても表には出せない。 大義名分として、ソレは存在すると云う感じ。 そうしなくては、私の未来に於かれている、惨憺たる結末は回避できないと、そう感じたのだから。


 逃げ出すばかりでは、どうしても回避できない状況が既に其処に在る。


 たとえ、一人で逃げ出したとしても、破壊的世界の終焉は私を捕らえて離さないだろう。 その結果、どんな悲惨な末路を迎えるか、判ったモノではないわ。 逃げを打たず、敢えて戦うのも、手段の一つと云う事ね。


 とても利己的で我利が優先された覚悟。 でも、用意された選択肢がそうなんですもの、それに抗うと決めた私には、『大いなる意思の在処』も『崇高な使命』も、『神命』すらも、ついで(・・・)でしか無い。 神聖聖女たる資格を持つ者としては、有り得ない位に『俗』な心の在り方。 でも、その位の方が、この先の困難に対処する心持としては、良い様な気がする。


 神聖聖女たらんとしても、全てを救う事など出来はしない。


 私が、たんなる男爵令嬢…… いいえ、市井の遊民であれば、全てを救うなどと世迷い事を言ってのけたのかもしれない。 しかし、高位貴族令嬢…… 侯爵令嬢として教育された私には、どうしてもそんな世迷い事が現実化できるとは思えなかった。


 切り捨てる事も有る、救えないモノも有る。 それ故、救えるモノは全力で救うのだ。 オクスタンス様には申し訳ないけれど、私には大聖女などと云う高位の聖職に値する人品骨柄を保有していない。 私の手の届く範囲は、両手を広げた程。 視界に入った方々のみ…… だから。


 だけど、その範囲に入ったからには、手を出さずにはいられない。 心の赴くまま、この世界の危機とやらに対処する事は、私の『無残な死から逃れる』と云う目的とは合致する。 


 だから、私は、マリー様からの願いを受け入れた。



 ―――― § ――――



 それは、アーガス修道士様とお話合いが有った日から、数日後の事。 学習院のフェルデン侯爵家のサロンに私は呼び出されたの。 どうも至急と云う事で、本来ならばもっと時間を取ってからだった筈の事が急遽決まったらしかった。


 文書館に居た私の元に、先触れの使者としてケイト様がいらっしゃったの。 とても、顔色が悪い。 余程の事態が進行していると想定されたの。 大体、私が文書館に居ると云う事すら、そんなに知られてはいないと云うのに、真っ直ぐに此方にいらしたと云う事は、あちら側で私の動向を良く観察しておられたと云う事ね。


 うん、判った。 監視は行われていると…… ね。


 蒼い顔のケイト様が、マリー様のサロンへと誘う。 文言がとても、切羽詰まっているのが判るのが、何となく滑稽に思える程。 それ程迄の状況とは? 疑問が飛び交う、私の頭の中。 ケイト様は勿論、公の場所では、会談の内容など教えてなどくれないわ。 極秘と云う事ね。


 では、その様に。


 サロンに到着する前に【隠遁】の術を編む。 堂々とサロンに入室するには、ちょっと悪目立ちが過ぎる。 気配は消さずに居たので、ケイト様はそのまま私を案内した。 この辺の呼吸は流石だと思う。 なにはともあれ、何事も無くフェルデン侯爵家のサロンに到着。


 そのまま、サロンの扉を開き中へと入るの。 人の目につかぬ様にとの、マリー様の思召し。 


 本来なら、きちんと来意を口上し、中から入室許可を貰わなくては成らないのだけど、” 極秘 ” にとの思召しの為、結構な不作法とは知りつつ、口上なく入室したのよ。 ケイト様からも、その旨は伝えられて居たし、彼女にしても私の後を無言で付いて来たんだから、本当に『緊急』 且つ 『極秘』 と云うのは間違っていなかったと思う。


 サロンの中では、少々焦り気味のマリー様が、待っておられた。 ご挨拶も早々に、着座を求められ、周囲の侍女達を遠ざけられる。 なにやら、とても不安気な表情を浮かべられているのよ。



御従姉(お姉)様、問題が持ち上がりました」


「どうされたのですか? お呼出しの方法が、相当に状況が逼迫していると感じられましたが?」


「ええ、本当に、その通りなのです。 呼び出しを受けました。 時間は、本日午後の茶会の時間。 つまり、あと四刻ほど後」


「どちら様からでしょうか?」


「『煌びやかな方々』と云えば、お判りになりますでしょうか。 呼び出しの理由は、おおよそ見当がつきます。 兄上があの集団から離脱した後、実務に長けた方が少なくなりました。 高貴な方の御意思を、現実に落とし込む事が難しくなりつつあります。 また、その高貴な方の御側には、現実を鑑みられない理想ばかりを囀る瑠璃色の鳥が侍っております。 そして、今回も、貴族社会の常識から逸脱した御考えを述べられ、それを高貴なる方が支持された…… と考えられます」


「……それはまた、大変な事に巻き込まれてしまったのですね。 ケイト様の顔色が悪いのもそのために御座いましょうか?」


「此方をご覧ください」



 そう云って、一通の招待状の形を成した、命令書を提示されたの。 封緘は第一王子の封蝋。 御色は青。 殆ど、勅命という設えに成っているのよ。 読めと云われたから、内容を精査する。 まぁ、色々と理由は書いてあったけれど、簡単に云うとケイト様をヒルデガルド嬢の傍付として召し出すとの思召し。


 えっと、馬鹿? 馬鹿なの? 貴族社会の常識から逸脱した命令は、慣例から拒否できるのよ。 強弁を振るったところで、その慣例は無視する事は出来ない。 そして、この命令は最初から無理筋の命令と云える。 王宮の教育官様がコレをご覧になったら卒倒ものよ。


 だって、そうでしょう? 見捨てた『寄り子』の令嬢を、見捨てた家の令嬢の側付にって、どういう事?  その上、既にファンデンバーグ法衣子爵家は『寄り親』変更の意思を示し、フェルデン侯爵家の『寄り子』となっているのよ?  今更……でしょう?



「これは、いけませんね。 常軌を逸している。 ですが、コレも又第一王子令とも云える文言の数々。 さて、マリー様。 どの様に御考えでしょうか?」


「御従姉様、わたくしはケイトを護りたいのです。 あの煌びやかな集団にケイトを渡してしまうと、彼女の能力を遣い潰されてしまいます。 なにか問題があった場合、家格の都合上…… 彼女一人に責が負わされてしまうのは必定。 そんな場所に彼女を送るなど、わたくしは矜持に掛けて出来ません。 ” 寄り親家 ” として、” 寄り子家 ” の者の安全を護るのは、貴族の矜持であり義務でも有ります。 ケイトを伴い、きっぱりとお断りする所存なのです」


「それが、第一王子殿下の命令であろうとも?」


「無茶な命令を御諫めするのも、臣下の責務の一つかと。 しかし、私は若年。 お願いに御座います、御従姉様。 どうか一緒に……」


「可能なのでしょうか?」


「はい? それは、どのような意味なのでしょうか?」


「わたくしの立場は、マリー様もご存知の通りにございます。 正令嬢たるマリー様に、閉ざされた場所にて、御助言は出来ますでしょうが、高貴なる方々の前に立つには、些か身分に不都合が……」


「御従姉様、ご招待状を良くご覧ください。 そして、現在の御従姉様のフェルデンでの地位(扱い)を思い出して下さい」



 再度、招待状に目を落とす。 そこにはハッキリと『()()()()()()()()()』に対して呼び出しを掛けている。 がしかし、特定の人物を指しているモノでは無かった。 あぁ、()()()()()か。 彼方の招待状に綴られている『宛名』の ” 隙 ” を、突くのね。 マリー様もやはり貴族家の令嬢。 既にそのような思考をキチンと身に付けられていると云う訳なのね。


 安心したわ。 でも、少々不安でもあるわ。 確かに相手の不備を見つけた慧眼は、素直に称賛に値するものだけど、それでも、まだまだ詰めが甘い。



「あちらは、『()()()()()()()()()』宛てに『この招待状』を、綴られて居られますね。 更には、ケイト様を、マリー様の言質を取ってから召し出したいと、そう云う意味合いの言葉すら綴られておりますわね。 ですが、マリー様、それではまだまだあちらの意図を挫く事はできますまい。 ケイト様を同道されますと、半分は了承したモノと受け取られかねません。 連れてきたと云う事は、” 条件次第では ” と、勘案されても、言い逃れは出来ませんわよ」


「それほど……の『事』なのでしょうか?」


「困難な時に更なる圧力を掛け、最終的には反目してしまった(かつ)ての ” 寄り子家 ” の御息女を、傍に置くとなれば、あちらとしても相当(・・)の『御覚悟』は、有る筈に御座いましょ? まして第一王子殿下が肝煎なのですから。 他国とのやり取りに於いて、虚々実々の策謀など、あたりまえ。 その辺りを深く学ばれている第一王子殿下ならば、遣り様などいくらでも。 どんな横車や、存在のあやふやな『約定』を口にされ、” 条件闘争 ” に、持ち込まれるのは、至高の方にとっては当たり前の事柄ですわね」


「……ですが」


「言い方は悪いのですが、あくまで、ケイト様は、この会談の場には『同道させない』のが最善です。会談は私が引き受けましょう」


「え?」


「フェルデン侯爵家はあくまで『家格』を最優先に動かねばなりません。 私なら、マリー様達を保護でき、なおかつ、あちらに意図を気取られないよう立ち回れます。 何よりも、今回の件は、非常に厄介であることが予測されます。 もし、ケイト様を同道されても、マリー様とケイト様は、おそらく無事にお戻りになられるでしょう。 しかし、それまでの道中で、また、何かしら仕掛けられることもあるでしょうね」



 コレも又、私の役目(・・)と云えるわ。 出来るだけ、正令嬢たるマリー様に傷をつけない様にせねば、それこそ、王家と宰相家の間に深い軋轢が生まれるんだもの。 その点、私が矢面に立てば、それも回避できる。 あちらからすれば、私は貴族社会に紛れ込んだ異物にでしかない。 言葉を続ける。



「だからこそ、私も、出向きます。あちらがこの招待状を『フェルデン侯爵令嬢』に送りつけたことは、それこそ、『隙』を突く手段の一つとなり得るのですから」


「御従姉様! あ、ありがとう! わたくし一人では、対処しきれないでしょう! 万の援軍を得た様な気持ちです! どうか、どうか、宜しくお願い致します!!」



 苦い笑いが、頬に浮かぶ。 なんて、素直な。 率直に過ぎる反応なのだろう。 でも、そこがマリー様の『善き処』なのだから、わざわざ今、御指摘する事も無いわよね。 ええ、ええ、良く判っております。 リッチェル領 領都アルタマイトにて散々に研鑽を積んだ私が、マリー様が『煌びやかな方々』から ” 攻撃対象 ” として、認識されぬよう、その役目わたくしが成しましょう。


 貴族と教会の溝を埋める役割は、すこし横に置いておかなくてはね。


 突然の思し召しに、選択肢を潰されてしまったわ。 穏便に穏やかに影から徐々にと云う、道はこれで閉ざされたと思っても良いでしょうね。 つまりは、対決の時。 悲惨な死を迎えない為に、『 戦う 』 時が来たのだと、そう…… 思ったの。






         ―――― § ――――






 時は満ち、そして、『対決の場所(至高のサロン)』へと誘われた私。 貴族社会のアレコレなど、もうずっと前に捨て去ったと思っていた。 巡る因果が私を捕らえ、そして、この場所へと誘われる。 大食堂の二階。 王家が利用するサロンの扉前。 見極めの日に使用したわね、そう云えば。 そして、かつて、前世の私がその資格すら無いのに侵入し、嫌悪と共に迎えられた場所。


 煌びやかな集団が、下々の物に対し権威を見せる場所。 若き王族が、高い場所から見下し専横的に差配する場所となってしまった、王家のサロン。 貴族学習院内に存在する、不文律と理不尽が押し固められたような、そんな場所。


 設立当初は、ある意味教育的な意義も有る場所だった筈。 若き王族が、自身の行動を顧みて、未来の『王』と、守護する者達の心構えを教育する場所として、存在していたらしいわよ。 最初はね。


 王宮に於いてでも、こんな場所は無い。 例え、『謁見の間』に於いても、国王陛下が玉座にお座りになられ、睥睨するかのように臣下を見詰めるも、陛下は独裁的、専横的には振舞われないのは、その為。


 陛下御自身が、周知を集め、より良き道を模索される事を、第一に考えられているのだから。


 その事を、()は知っている。 且つて引きずり出された『断罪の場』に於いても、陛下は極めて公平公正に、周囲の出来事も(つぶさ)に情報収集をされて、私に罰を御与えに成った。 深い悔恨を胸に、私はその宣下を受け入れるしか無かった。 私に対する『情状』も、『出来事』の背景情報も全てを勘案しつつ、法務大官様と御量りに成った『()』は、納得のいくモノであった。 例え、『断首罪』と云う、重い罰であったとしても、罪人である私に慈悲を御与えに成り、()()()()()()()()され『無駄に苦しみ』を与えられる事は無かった……


 それと比較し勘案すると、現在の第一王子殿下は……


 王としての資質を何処かに置き忘れてしまったかの様。 だから、御諫めしなくては成らない。 あちらからすれば、「養育子」の令嬢など、似非貴族(偽物の貴族)に他ならない。 そして、元の身分が『神籍』にある、第三位修道女などと云う物であれば、吹き込まれた数々の『噂』によって、塵芥にも等しい筈。


 フェルデン侯爵家の私への扱いは、紛れも無く侯爵令嬢としての物ではあったけれど、彼等の認識は、揺るぎない。 そして、そんな有象無象がこれから、箴言を吐くのだ。 結果は容易に想像が出来る。 でも、遣らねば成らない。 完遂せねば、ケイト様の未来に昏い闇を置くのだもの。 しっかりと前を見据え、私はマリー様の後に続く。



 魔物が跋扈する荒野に、無垢の民の安寧を護るが如く…… ね。


      


           ―――― § ――――





 サロンに入室を乞う。 内側から許可の文言が発せられ入室する。 五歩、室内に歩みを進める。 背後で扉がピタリと閉じられる。 これで、許可なく退出は出来なくなった。 ある意味軟禁状態であるとも云える。


 マリー様と共に淑女の礼(カーテシー)を、至高の存在に対し捧げる。 大きなテーブルの向こう側に、揃うは煌びやかで至高なる方々。 その方々に向かって、正侯爵令嬢たるマリー様が『ご挨拶』を、口上される。


 わたしは、その斜め後ろに位置取り、マリー様の雄姿を見詰めつつ、非礼無き様に最上級の淑女の礼を捧げていた。 かなり無理な態勢だけど、そこは、リッチェル侯爵領 領都アルタマイトでの教育の賜物か、微動だにせず姿勢を保ったまま、マリー様の口上に耳を傾けていた。




「太陽の国王陛下が第一の御子、ゴットフリート=デルフィーニ=ベルタ=ロドリーゴ=キンバレー殿下の足下に、勅旨により参じましたるは、第一席侯爵家が娘 リリア=マリー=フェス=フェルデン 並びに、エルデ=エルディ=ファス=フェルデンが両名。 御宸襟に在らせられるご用命に関し、フェルデンが名によりお答えいたしたく、足下に参じました」


「うん、そうか。 まぁ、そんなに畏まらず、エサイアスと共に此処に参った時の様に接すればよい。 で、グレイス=ケイトリッチ=デル=ファンデンバーグは、何処か。 傍にいるのは…… あぁ、『教会の犬』か」


「殿下、足下に控えし者に、言葉をお掛け下さり誠に有難く存じます。 が、このサロンは、学習院内に於いて、王宮、後宮と同じと兄上より御言葉を戴いております。 よって、殿下よりの御許可なくば、御話する事は非礼に当たります。 何卒、御許可を」


「マリーは杓子定規に成ったものだな。 さては、そっちの犬の躾の為かな。 ハハハ、良いだろう。 杓子定規に過ぎるとは思うが、フェルデンが令嬢に、直言の許可を与える。 先ずは(こうべ)をあげよ」




 成程…… なるほどね。 此処は前世と同じ。 無礼講なサロンと云う事ね。 皆が等しく軽く言葉を紡ぎ、内心にある事柄もまた、躊躇なく言の葉に乗せられる……と。 ゆっくりと淑女の礼を解き、頭を上げ背筋を伸ばす。 ゆるりとサロン室内を見回して、手に持った扇を両の手で保持しつつ、七割方開いて口元に。


 さて、わたしを『犬』と呼んだ方々を良く見てみよう。 情報収集はまず第一印象から。 前世と比べる事から始めるの。 雑談に近い、時候の挨拶などの言葉の遣り取りを、マリー様と交わしている間にね。


 さてと……



 御席中央に居られる尊き方、


 紛れも無く 第一王子 ゴットフリート=デルフィーニ=ベルタ=ロドリーゴ=キンバレー殿下に違いなかった。 もしかしたら、影の方かもしれないと思っていたけれど、直接に御尊顔を晒すのね。 脇が甘いのは前世と同じかぁ…… 口調も軽く、何より御宸襟を晒す事に戸惑いが無い。 此れでは、容易に思考過程を覗き見されてしまうわよ…… 誰もご指摘しないのかしら?



 えっと…… その両脇を固められるのは……


 キンバリュー大公家が御継嗣

    ハインリヒ=ファン=ズィ= キンバリュー 従伯爵 と、

 ウラノス侯爵家が御継嗣

    ジュリアス=ヤン=デェ=ウラノス 従伯爵。


 本来ならば、この場にフェルデンが継嗣である、ヴィルヘルム=エサイアス=ドゥ=フェルデン 従伯爵が居並ばれて居られた筈だけど、伯父様の勘気に触れられて、御領での研鑽に向かわれたんだっけ。 現職宰相の御継嗣と云う事で、殿下の御宸襟に近しく、尚且つ実務に長けていた方だったわよね。 そんな重要な人材が取り上げられていると云うのに、殿下は余り気にしておられないと云うのも、少々、王の資質としては問題が有るのよ。


 視線を向けるべきなのは、両脇の人物達。 キンバリュー従伯爵様とウラノス従伯爵様は記憶の中の彼ら同様に、あまり熱の無い瞳を此方に向けておられる。 やる気は無いけれど、権力と権能は沢山お持ちの方々。 敵にすれば厄介極まりないのよ。 自身の立ち位置を良く知る彼等は、余程の事が無い限り動きはしないのだけどね。



 その外側に居られるのが……


 王宮魔道院総長の御二男 ヴェーネス 上級伯が御令息

         フランシス=ドレイク=ヴェス=ヴェーネス従子爵

 近衛騎士団長の御継嗣  マールス 上級伯が御令息

         エドアルド=パレンティア=ドゥ=マールス従子爵 

 王国商務寮次官の御三男 ジョーヴェ 上級伯が御令息 

         パブロ=ルイス=ドゥ=ジョーヴェ従子爵 


 の御三方ね。


 「記憶の泡沫」の通りの方々。 私が心を捧げ、『愛した方々』でも有るわ。 でも、現世、心内に漣一つ起こる訳も無く…… 冷静に彼等を見詰める事が出来るのよ。 そう、私を破滅に追い込んだ方々なんですものね。 あちらは面識が無いと思っているのか、強く冷めた視線を私に投掛けている。 つまりは、敵対していると云ってもいいわね。 そうそう、 ヴェーネス従子爵様は今世でも瞬間的に交わったわね、ええ『禁書庫』でね。 相変わらず、魔術馬鹿なんだろうな。



 そのすぐ背後には、色々な毛並みの方々が侍っているのよ……


 殿下の直ぐ後ろ両脇には、殿下の御婚約者である


 グレッチェンド侯爵家が御息女

    カルディア=カーリレード=バルン=グレッチェンド公爵令嬢が左側。



 右側には…… ええ、右側(・・)には……



 リッチェル侯爵家が末令嬢

    ヒルデガルド=シャイネン=マリディア=リッチェル 侯爵令嬢


 が、座っておられたのよ。 目を凝らさずとも、彼女からは『妖精の守護』たる光が発せられ、さらに人々に愛する事を『強いる(・・・)』加護が感じられたのよ。 


 とても…… とても不愉快な『その加護』は、この世界の(ことわり)を逸しているのは間違いが無く、二十七もの妖精の加護で構成されているのは、()()()()()()()。 余りにも身勝手な加護であり、余りにもこの世界の常識から逸脱した有様に、軽く眩暈がしたほどね。


 そして、何よりも問題なのが、彼女の座っている位置。 殿下の右側は、御婚約者を含め、準王族の座る位置。 前世と大きく違うのは、その座る場所なのよ。 これで、今世…… 彼女が誰を愛していて、その伴侶に成ろうとしているかが伺い知れる。


 対して左側。 其処は、殿下の近侍が普段居られる場所。 つまりは、腹心が備えている場所でも有るわ。 ええ、例えばフェルデンの御継嗣の様な方。 えっと…… 御公務のお手伝いなどをして、王宮に於いても一目も二目も置かれるような、そんな方が居るべき席なのよ。


 そんな席に居られるグレッチェンド公爵令嬢は、心ここに在らず…… な、佇まい。 何かに必死に抵抗されているかの様。


 ん? 抵抗? つまりは…… あの、愛する事を『強いる(・・・)』加護に抗われていると云うのかな? それにしても、ちょっと変よね。 視線がまるで合わない。 茫洋とした視線を虚空に飛ばされているのよ。 そんな事ってあるの? 例え、私が「教会の犬」と認識されていて、その存在を無視しようとも、ココには、フェルデンが正令嬢たるマリー様が居られるのよ?


 それすらも視界には入らない様な、そんな視線を不審に思ったの。 なんだろう…… この違和感。 まるで、彼の尊き女性は、目が見えていないかのように感じるのよ。 こんなの前世では、無かった事なのに。 グレッチェンド公爵令嬢は、目が…… 見えないの?


 不躾な視線は、自然と判ってしまうモノ。 早々に視線を外し、他の方を観察する。


 両翼に別れて居並び座る八名の御子息、御令嬢方は、今この部屋にご招待されている方々なんだけれど…… 私に対して、特別に厳しい目を向けられているのよ。 頭の中で貴族名鑑を広げ、方々の御家を思い出す。 彼女達…… ちょっと爵位的にオカシイのよ。 前世では居なかった…… わよね。 生家の爵位的には、サロン入室に困難を伴う様な方々なの。


 ええ、男爵位、子爵位を賜ったお家の方々だったのよね。 


 ふーん、そうか、皆さん『法衣』の名の付く御家の方々。 外務に内務、法務、軍務…… リッチェルが御連枝ばかりね。 成程。 殿下の御意向を過たず遂行し、王宮内に混乱を齎している元凶の方々と云う事ね。 理解した。



 ほぼ一瞥で、状況を確認したわ。



 この布陣は…… まさしくヒルデガルド嬢の堅い守り。 彼女を意思を具現化し、彼女の為の『楽園』を紡ぐ為に存在する方々。 でも、そんな方々でも、『現実』には抗いきれない。 彼女の要求を現実に落とし込むには、その頭脳が足りない。 だからこそ、ケイト様を引き入れようとしている。 それが、如実に判るのが、この布陣……


 そして、第一王子殿下は既に陥落していると見て、間違いは無いと思う。 


 ええ、陥落……



 暗澹たる気持ちが、わたしの心内に広がる。






 荒野の魔物を前に、聖丈を持ち、決死の覚悟で()()()()()の様にね。







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― 新着の感想 ―
[良い点] とりあえず公爵令嬢を救ってもろて。
[良い点] エルちゃん、領政経験27回は伊達じゃない。 策を読むのも言質取り予防もお手のもの。 本人単体ならいざ知らず、選りにも選って、庇護対象に不躾な圧力をかけるとは。 守るためなら躊躇うことなく全…
[気になる点]  ゴットフリートの醜態さ、悪し哉。いくらヒルデガルトの『魅了』下にあるとはいえ、こうも醜い様をさらすとは……。専用サロンとはいえ油断してない? 当然、影のようなものが控えているはずなの…
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