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エルデに提示された未来

 


 本邸から別邸に帰還したあと、修道女服に装いを変えた私の脚は、小聖堂へと向かったわ。


 本邸に滞在する事を侯爵夫人には提案されたけれども、私には考えねば成らない事が、幾つも、幾つも、浮かび上がってきたから。 本邸に留まる事は、選択肢には含まれなかったの。 あの場所では、わたしが『第三位修道女エル』では、居られなかったから。


 別邸の家政婦長様もまた、あのまま私の身を本邸に置く事を願われていたようだったけれど、それを無下にしてでも、私は私で居られる場所に帰る事を選んだの。 ええ、『聖壇の前に祈る存在』たる、私に成る為に。


 宵闇の中、別邸へと移動する、侯爵家の馬車の中で、私の意識は切り替わった。


 『侯爵令嬢エルディ』から、『第三位修道女エル』に。 心に浮かび上がる様々な事柄に…… 27回もの人生を生きた、私に関しての事も含め…… この世界が何を求め、そして、手に入れようとしているか、そして、その中で何故私が生まれてきたのかと云う……



 ――― 『疑問(・・)』が、心を占めていたの。



 悩みは深く、()る事は多く、未来への道は昏く…… 為すべき事すら見出せなくなってきたの。 世界は…… 理は…… 何を望んでいるのだろう? 思考の深淵に飲み込まれた私は、一言も言葉を紡ぐ事無く、別邸に帰還し、衣服を改めフェルデン小聖堂に赴いたの。





      ―――― § ――――





 現世に生まれ変わってから……


 私は何時も他人の思惑に流され続けている。 一人、フェルデンの小聖堂の聖壇の前で祈る私の心に浮かび上がったのは、そんな想い。


 生まれ変わる前の27回の人生では、良くも悪くも、自身の意思を持ち、例えそれが破滅への道と判っていても、ひたすらに愛する人に愛されたいと云う欲望の為に突き進んでいたわ。


 全ては、私の意思の元にね。


『愛す』と決めた人の心を得る為に、使えるモノは手当たり次第に使っていたわね、そう云えば。 教育の賜物で、人々の血涙の結晶たる高価で煌びやかなモノを身に着け ” 着飾る ” 事も厭わず、歓心を得る為に身嗜みを整え、着飾り、勘違いとは云えリッチェル侯爵家が娘として振舞った。


 幾度も繰り返した前世の中で、既に私はリッチェルからの興味を失っている存在なのは理解していた。 だからこそ、自身の振る舞いを以て、自分の存在をリッチェルの方々、そして、愛した人に刻みつけたかったのだと。 其処に居るのは、ただ狂おしいまでに愛を求める……



 ――― 幼子だった。



 二十七回の悲惨な死の末路を思うに、その時々の私は在る種、満足を覚えていたの。 やるだけやって、目的を達成する事も無い、無様な最後だったけれど、それは、それ。


 為すべきは、愛する人の歓心を乞う事だけ。


 私を見て、私を感じて。 狂おしい程の感情は、今も「記憶の泡沫」の中に存在するの。 そして、それは種火の様の仄かに心内にぬくもりを齎せている。 かつての私達への、何と云うか…… そう、憐れみとシンパシーを伴った感情でね。 其処には、確かにあった、エルデの想い。 峻厳とした貴族社会の慣習とは相いれない、そんな純粋な感情。


 愛する人に愛されたい。


 たったそれだけなのよ。 表向きは、侯爵家の食客…… 自身の中では、紛れも無く侯爵家令嬢。 表裏がまるで合致しない状況に於いても、施された厳格な教育の賜物により、私の中ではドウシヨウモナク熟成された感情。


 ヒルデガルド嬢へのリッチェル侯の態度が、その思いを加速させたの。 ええ、あそこまで溺愛しているのを、間近で見せ付けられると、それまでの自身に施された事柄が、とても滑稽に感じられたから。 そして、その感情は反転してヒルデガルド嬢への感情に転嫁される。


 男爵家の令嬢としてもどうかと思う程の振舞い。 礼法、礼典則、マナーは最低限を下回る程。 如何にか、合格点を戴けるかどうか。 自身と比較して、三、四歳の頃とさして変わらぬ彼女に対し、蔑みと呆れと、羨望を心内に抱いたのは間違いは無い。


 どんなに修練を積んでも、一顧だにされなかった私。 どんなに無様を晒そうと、叱責すら受けない彼女。  一体何が違うと云うのか。 それだけが、心内に有ったのだもの。 比較などしてはいけなかった。 立場を入れ替えたと云う事を、もっと早くに理解して居なければならなかった。


 そして、それが理解できたのは、今世、あの日、あの時、あの場所でだったのよ。


 だから、逃げ出した。 自身が歪まぬ様に。 自身が嫉妬などと云うモノに囚われぬ様に。 


 惨憺たる未来を変えたかった。 死に至る道を閉ざしたかった。 自身を顧みた私は、そう思い、そして実行したのよ。 そして…… その判断は、間違って居なかった。 幸いにして、成人前に修道女としての身分を手に入れた。 王国籍すら怪しい私が、「神籍」を戴けた事も又、あの決断が故の僥倖(ぎょうこう)


 私が、何者でも無く、神の使徒として倖薄き者達へ、慈しみの手を差し伸べる者として、己を心のみを立脚点とした 『 個人 』 と成れた事が何よりも、善き事なのだと、そう理解している。


 ならば、現状はどうだ。 私は、私の為すべきを成しているのか。 それが故に、苦悩も増大する。 深く首を垂れ、聖壇に向かい自身の心内と対峙しつつ、私に提示された分岐点を深く…… 深く見詰めていたの。





        ―――― § ――――






「我等が聖女殿はお悩みかな?」



 背後から、壮年の深く慈悲深い声が掛かる。 心配などしてはいない、悩み事なら聞くぞと云う、そんな、割合から云えば、軽い言葉が掛かる。 私の行く道を見詰める思考は、彼にとっては、とても軽いものと見えたのだろうな。



「アーガス修道士様。 夜分に祈るのは、心内と向き合う為なのはご存知の筈ですわよね」


「あぁ、それは知っているよ。 自己完結できるのであれば、まぁ…… ね。 大概はそれでどうにかなるでしょう。 それに、修道女エルはそこら辺の修道女とは一線を画する程に修練を重ねた人。 普通なら自己完結し、己が答えを導き出せるのは必定。 でもまぁ、此処に歳を経た大人が居るのだから、その手助け位はしてもよいだろう?」


「……悩み多き者なれば、その道行の灯火とならん…… でしたかしら?」


「聖典に表記されている聖者の振舞いか。 まぁ、そんな大層なモノでは無いよ。 年少の修道女が悩みを抱えているのならば、それを聴聞するのも、年老いたモノの在るべき姿でもあるのだよ。 まぁ、それはそれ。 心に在る不安を話すだけでも、これからの事を鑑みるに、有効な手立てと成る事はしっているだろ? 聴聞神官が居るのがそれが所以さ。 さて、茶席でも。 神の前に真摯であろうとするエルならば、聖壇の前に、茶席を設けるのも又『アリ(・・)』だ。 どうだ?」


「御心使い、誠に。 準備いたします」



 灯火は最小限に、薄暗い小聖堂の聖壇の間に、二脚の椅子と簡易的なテーブルを置く。 聖壇の前に、小さな茶席を設けたの。 茶席とも言えない、そんな設え。 極々質素に、御話を交わす為の席を設えたわ。


 一旦、奥に下がったアーガス修道士様は、手に茶缶を持って再び聖堂に入られた。 見ると…… 護衛修道士様の正装を纏われている。 腰の物まで装着されているのが、ちょっと場違い感が有るのよ。 でも、真摯に私の話を聴いてあげようと云う、そぶりが心に沁みるわ。


 互いに席に付くと、アーガス様が茶器を手に茶を淹れて下さった。 素朴な茶器は、目に麗しい侯爵家の什器とは程遠いけれど、心は落ち着く。 こちらの方が、わたしの『好み』と合致しているのよ。 ()の私にとってはね。


 ゆっくりと茶を戴く。 口の中に広がる滋味豊かな味と、鼻に抜ける爽やかな香り。 ほんと、この人、何処まで……



「お気に召したかな? 遠く、我が祖国の一級品。 まぁ、アイツ等が持って寄越した一級品だが、使う事が無かったモノだがな」


「バリュート共和王国。 王室御用達の一般には出回らない一級茶葉ですわよね……コレ 我が祖国? アーガス様、貴方は一体何者なのです?」


「亡国の亡命王族が一人 と、云っておけばよかろうか。 まぁ、あちらに関して言えば、それ程影響力は無い、元王族だよ。 君はとても用心深い。 そして、心内を見せぬからな。 こちらの事も有る程度開示しなくては、君は信用すらしてくれない。 ならば、秘されし事柄も多少は開示すべきだと勘案した」


「……その口調、正しく。 そうだったのですね」


「私が小聖堂に赴任したのも、教皇猊下の思召しによるもの。 教皇猊下に於かれれば、君の事をどれ程案じられておられるか。 まぁ、大聖女様の思召しもあるからな」


「……お二人には、とても良くして頂いております。 ご配慮の一環と?」


「あぁ。 対するは王侯貴族。 そんな奴等の心内やら考え方に精通しているモノを傍に…… と云う事だね。 今の私にはもう必要無いモノで、客観的に助言を与えられる。 そう、考えられたと思う」


「左様ですか。 まさに適任と云えましょうね」


「さて。 私の身分やら秘された事柄については、いずれリックからも伝えられよう」


「一つだけ、お伺いしても?」


「何なりと」


「現バリュート共和王国の国王陛下との御関係は?」


「甥だよ、あの憐れな若者は」


「……そうだったのですか。 理解しました」


「早い理解に感謝するよ。 さて、本題だ。 何を悩んでいるのかな? オジさんに話してみなさい。 悪いようにはしないから」


「……アーガス様、流石にそれは……」



 とても、にこやかな、そして何処までも計り知れない笑みを浮かべたアーガス様が、ゆったりと椅子に座って私に問いかける。 私の心内を話せと。 悩みを…… 行く道の選択を…… そして、何を私が恐れ、忌避しているのかを。


 隠し事を、曝け出すのは気が引ける。


 けれど、私が私であるための方策が、今の私には見出せない。 先達の…… 苦難を背負ったまま、歩み来た漢の方の助言は、何よりも有難く頂くべき事柄。 そして、私は決断する。


 私が何者で、何を見聞きし、何を成し、その結果何が起こったか。


 そう、闇深い聖堂内に、私の声が広がる。 私が持つ、最大の秘密をアーガス様に提示したの。 二十七回に及ぶ、前世での出来事を(つぶさ)に語る。



「最初に…… これからお話する荒唐無稽な事柄は、実際に有った事。 何者かにより、やり直しを命じられ、刻と風の精霊様が実行した事による、事実。 その事は、ご理解願います」


「あぁ。 良いとも。 他ならぬ君が語るんだ。 まずは謙虚に伺うよ」


「有難く。 わたくしが、もっとも恐れるのは、悲惨で惨憺たる死に御座います。 そして、それは実際に二十七回、実行されました。 勿論全て、自らの行いから出た、自業自得と云うのは、間違い御座いません。 故に、私は…… その道を選びたくは無いのです。 選択を迫られている現在、まずは、苦悩の原因たる「記憶の泡沫」が語る『前世』についてお話申し上げます。 少々長くはなりますが、前提となりますので……

          では、初回の世界の事柄から…………」



 幾度も反芻した、「記憶の泡沫」の内容。 そして、口に出して語るのはコレが初めての事。 綴る言葉に、何も言わず耳を傾けるアーガス様。 自分でも荒唐無稽な話だとは思う。 幾つもの前世の話を語り、そして、徐々に現世に近くなる。


 私が愛した人々は、下位の方々から高位の方々に遷っていく。 そして、その度に打ちのめされる現実があった。 様々な最後を語っていくうちに、私は一つの共通点が有る事に、思い至った。 


 一つの共通点。


 私が愛した人達は、最初は私に優しく、そして、徐々に距離を置き、最後には敵対する。 若しくは、興味なしから敵対と云う心の変遷。 更に言えば、その変遷に介在するある人物の存在。 私が愛した人に忍び寄る別の人物の影。


 前世の話をし続けていくうちに、その陰の存在が浮かび上がる。 徐々に、徐々にはっきりして行く、その存在。 最初は気のせいかと思っていたのだけど、それが、度重なり また、自身の醜悪な最後に関して、一切の手出しをしていない事又共通な事も……


 猜疑を埋め込み、嫌悪を想起させ、私の行動を悪意と取らせる様に、ふわりと嫌味なく助言を与える存在。 明るく天真爛漫に、何も知らぬと云う様な顔をしながら、要所要所で私の行動を悪意と断じる姿が、思い出されたのよ。


 私が歯牙にもかけなかった人物から。 この国の貴族の有様からかけ離れ、ややもすると非常識のレッテルを貼られても仕方ない振る舞いをする人物。 そう、『ヴェクセルバルク(取り換え子)』の片割れ。


 話す事によって事実が浮かび上がる。


 私が愛した人に振り向いて欲しくて、ヤラカシタ事は悪い事だと理解している。 でも、それもエスカレーションの段階を踏んでいた。 思い留まる段階もあった。 でも、その度に甘い言葉で私の分岐点を潰した人物が居た。 彼女自身の言葉。 そしてその言葉を受けた、私の愛した人達の態度。


 諦めようと、何度もした事を覚えている。


 でも、その道を閉ざしたのは、何を隠そう私の愛した人々。 長い長い話を語り終え、そして、自身が見つけた共通点に思いを馳せる。 私は…… 当て馬に過ぎなかった。 裏に隠れた者にとって、これ程都合の良い人物は居ない。 派手にやらかした私、その都度、判っていたかのようにフォローに入る。


 つまり、監視されていた。


 更に言えば、私がどう動くかも、読まれていた。 なにより、私が心を寄せた人物の心を掴む事に、特化して行動していた。 結論として、其処に在るモノ…… 私は驚愕を隠せない。



「君の話を聴くに…… 君も又そう云っていた通り、荒唐無稽と云える話ではあるが…… その辺の事は置いといても、とても性格の悪い人物が背後に居たと断ぜざるを得ないね。 悪辣な宮廷工作も裸足で逃げていくような…… と云うよりも、それよりもひどい。 あちらは『 利 』を求めるだけだ。 しかし、此方は人としての尊厳すらも奪い取られている。 其処に一欠けらの『貴族の常識』が、有るとは思えない。 まるで、この世界を舞台とした『物語』とも云えるな」



 私の心の中に有る、不快感を如実に表したかのような言葉。 言語化するには難しかった感情を、見事に表現されているわ。 そう、誰かが綴った、この世界を舞台とした『物語』。 まさしくその通り。 自然と頷く私。 そんな私を優しく見ながら、言葉を重ねられるアーガス様。



「あぁ、その裏側に立った人物が、全てを受け取ると云う様な、筋書(シナリオ)が有ったとも感じられる。 君が辿った前世は、二十七回の『公演』だったと。 そして、二十八回目。 君は云った。 これで最後と成ると。 最終公演では、役割が変わる。 狙いは何だ? ……その人物が狙うのは、最終的に誰に成るのか。 筋書(シナリオ)の行き着く先は、誰に成るのか。 その『物語演者』の中で、” エルデ ” が絶対に思いを寄せない人物とは誰か」



 静かだが、断固たる推論を口にされるアーガス様。 そして、その結論は、私にとっても驚く結論だった。



「ゴットフリート=デルフィーニ=ベルタ=ロドリーゴ=キンバレー第一王子だろうな」



 推論は、私の予想の範疇を超えていた。 単に、私が舞台を降りて、混乱していると思っていた。 でも、筋書(シナリオ)は、着々と進んでいるのだと、そうアーガス様は云っている様なモノだった。 瞠目しつつ、アーガス様の御話を伺う。



「そして、その場合、君がその輪の中に居る必要など無い。 いても不安要因にしかならない。 だから、排除した? いや、違うな。 俺が劇作家ならば、これ程役に立つ配役は居ない。 自身の身をその場所に置く事によって発生する『悪事』を背負ってくれる人物は、相応に能力が高く無くては成らない。 歳幼くして、侯爵家所領の政務を担える程の人物ならば、困難な役割を担うには持って来いだ。 つまり、泳がされていたとも云える。 現実の影と云える場所から、様々な噂を流し、当事者が居なくとも、その者に責を擦り付ける。 これが、誰かが綴った筋書(シナリオ)ならば、観客(国民)を欺く良い筋道と云えような。 ならば、実際の所はどうだ。 状況は既に始まっていると感じられる。 君が表舞台に引き摺り出される日も近い。 が、君のいう主要人物の内三名は既に退場している。 下位の者達だな。 今後相手にするのは中位、上位の者達。 そして、既に敵対関係に在ると云える。 王侯貴族と教会の者としてな。 なるほど、そう云う事か、君が恐れていたのは」



 暫し、沈黙を守るアーガス様。 その眼には深い思考の光が灯る。 そうね、云われる通り、ルカ、アントン、ジョルジュの三人は、『物語』から脱落しているわね。 それに、参謀としての、ケイティも…… 彼女の周りにいる、彼女の手先に成る人達は、全て排除されてしまっているわ。 だからこそ、非常手段に訴えても、おかしくは無い。 アーガス修道士様は、静かに言葉を続けられる。



「なるほど…… しかしな、善き修道女エル。 このままにして置くのは、この国…… いや、この世界にとって大いなる災いを引き寄せる事と成る。 劇作家として作劇するならば、大団円として用意する結末は、第一王子の婚約者交代と云うのは、この経過から一目瞭然だ。 しかし、その結果を現世に落とし込むと、それは壊滅的な悲劇を引き起こすことに成ろうな。 王侯貴族と教会の分断と信仰の衰退、外なる神への妄信、王家と多数の貴族家との分断、更には信仰が失われた結果、この地から『精霊の祝福』が失われる。 うん、最悪だ。 悲劇は周囲に伝播し、神より与えられしこの世界は崩壊する。 よしんば、外なる神が代行するとしても、その神意は限定的と成り、今の様な安定は望めない。 だから、刻と風の精霊様方が禁断とも云える精霊術式を以て、時を巻き戻されたのであろうな」


「アーガス様…… 荒唐無稽な話を、信じて下さるのですか?」


「なに、全てを信じていると云う訳では無い。 余りにも、衝撃が大きすぎるので、一旦すべて本当の事だと仮定しただけに過ぎない。 が、全ての符牒が余りにも合い過ぎているから、信じざるを得ないだけだ。 政争に明け暮れた大人の意見だから、まぁ、其処の所は諦めてくれ。 だが、今後の君の役割が何となくだが掴めた。 しかし、神様も過酷な事をするものだ。 『贄』からの脱却だけならまだしも、その『贄』に逆転の起爆剤としての役割を御与えに成るなど…… 人の心を持たぬ者の遣り様は、人として抗議申し上げたくもなるな」


「すべては、神様の思召しですので。 しかし、わたくしの行く道とは?」


「君も検知したように、裏側の人物の思惑を叩き潰す事。 その為には、煌びやかな集団への関与を始め、その中に飛び込む事。 更に言えば、その人物が何をしているのかを把握し、よしんば精霊様の御意思に反するならば、それを排除する事。 相手は多重に妖精の加護を戴いているモノ。 妖精の加護ならば、精霊様方の意思でいかようにも変えられる。 しかし、その中心にいる者はどうか。 外なる神の意思そのものではないか。 その疑いは捨てきれない。 ならば、その外なる神の描いた絵を、どのように粉砕するか。 行動の原理原則として、それを考えるのは至当と云える」


「外なる神…… ですか」


「私がそう感じた。 あぁ、感じたよ。 君の話を総合的に俯瞰的に見てみれば、自ずと、その結論に至る。 裏側の人物の言動に一貫性が有るとすれば、それは、正しく、『神聖ミリュオン聖王国』の教義に近しいモノである事は間違いない。 彼の国には『流れ人』と云う、異次元から流れ来た人が居ると云う。 そして、その者達が齎し物が、彼の地が発展の基礎と成っている事は、他国でも有名な話だ。 だからこそ、危険視されている。 この世界とは余りにもかけ離れた考え方と、その技術の高度さと恩恵。 確かに、一足も二足も先を進んでいるとも云える。 が、しかし、その全てが良い事では無い。 一柱の神が全てで、そして何もかも正しいと。 悪いのは、その他であり、正しい行いをしないから、悪い結果に成ると。 有り得ぬ妄信を吐く。 悪しき出来事は、悪しき人物が成した悪行であると。 そこに、自制の意思や、思考を深める謙虚な姿勢は一切感じられない。 他罰主義と云っても過言ではない 思考停止も甚だしい」



 深く溜息を落とし、腕を組むアーガス修道士。 目を瞑り、遠くに思いを馳せる様な仕草をされる。 それは、余りにも不可解な信仰に対して、嫌悪を抱かれているとも見て取れる。 言葉は続く……



「我らの信仰とは相容れぬモノだよ。 他罰によって、自身を高め果実だけを捥ぎ取る。 裏なる人物が描いた絵は、正しくその過程を踏んでいる。 このまま推移すると、君のいう『最後で在ろう現世』は、間違いなく崩壊し、そして二度と再び巻き戻る事も無いな。 崩壊を防ぐ手立ては無く、外なる神の乗っ取りは、あくまでも一時の事。 その神が今後も世界を見守ってくれるとは思えぬよ。 干渉を撥ね退けるには、当事者の力が必要だ。 故に、当事者に相応の力を与えた…… のだろう。 それが……」


「「 神聖聖女の力 」」



 呟く言葉が、アーガス様の言葉と重なる。 そうか、そう云う事だったのか…… つまり、私は、自身の悲惨な末路を避ける積りが有るのならば……


 ――― 戦わねば成らない ―――


 のか。


 見出した未来への道。 焦点となる人物。 全ての状況を整理し、導ける力。


 私が捧げた誓約は、全てその為にある誓約。 途方もない深淵からの『神命』が、私の心を震わせる。 出来る出来ないでは無く、遣らねば成らない。


 グッと黙り込んだ私に、慈愛の視線で語り掛けて下さったのは、アーガス様。





「神聖聖女エルデ。 その道険しくとも、征くが良い。 我等、この世界を愛する者達は、君に続く。 不安を感じるかもしれないが、共に有る者も又、『神命』を受けたと思えば良い。 世界の安寧を想う者達の力、見せ付けて呉れようぞ」





 そう……ね。 私は……


 一人じゃない。



 状況の困難さに怯む者は、聖別されはしない。 アーガス様にお話して良かった。 怯む心を叱咤激励して、怯えを抑えしっかりと前を向く。 『神命』を受諾する。 もう、後戻りも出来ない。 ただ光への道を真っ直ぐに。


 この世の在るべき姿を取り戻す為に、真っ直ぐに。


 夜空に丸い月が掛かっている。 月夜の闇に一筋の光の道が見えた。 混沌と混乱に続く、幾多の道。 光に続くただ一つの道。 吸い込まれるような夜空に視線を向け、私は肯定の言葉を紡ぐ。





「はい、アーガス護衛修道士様」








祝170万PV!  ありがとう御座います! 感謝!!

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― 新着の感想 ―
ついにラスボスの存在が……
[良い点] 更新ありがとうございます。 嬉しいです^^
[良い点] ようやくエルちゃんが前世27回を話せた。聞くのは流れ人、初代神聖聖女を知っている、為政者の視点もあるアーガス修道士。 確かに最適な人選だったな猊下。彼じゃないと丸ごと(普通の人には荒唐無稽…
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