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エルデ、周辺の状況に飲み込まれて行く。

 

 次の日の朝餉の会は、何時もの通り有意義な意見交換の場所となったわ。 ええ、とても。 一つには、我が国の防諜能力が試されている事。 フュー卿の手の者による、情報収集は微に入り細を穿つ様に正確で容赦がない。 国庫を与かる者にとっては、凄まじい価値の有る情報を、サラリと朝餉の会の話題にすら乗せられる。


 まるで、それを私がどう扱うのかを、観察されて視ておられる様な、そんな感じもする。 まぁ、私にしても、フュー卿が話題に乗せられる事柄を、私自身の中に留め置くような事はしない。 重要度に従って、情報自体に順位を付けて、フェルディン卿に報告書として提出しているのよ。




 ―――― 文書でね。




 彼方は、あちらで、齎された情報の真偽を確かめる為に、国家保安局の精鋭様方の御力を借りて、色々と調べられておられるような。 先ずは、フュー卿が情報を漏らされる意図についての考察から始められるのよね。 それは、まぁ、そうなのよ。


 彼の国の方が、どれ程『我が国』の国情を知っているか。 秘匿された情報を、何処まで穿り出されているか。


 それを見極めるのが、宰相府のお仕事でも有るのだから。 だから、確度の高い情報が私の報告書を以て、知らされると、宰相府の動きは活発になるのよ。 それは、そうならざるを得ないわ。 だって、国家機密級の情報がいとも簡単に、他国の方が知るに至るなんて…… 悪夢もいい所よ。


 商いが国是としてある、フュー卿の御国では、安易に情報を漏らす事は無いわ。 そして、その情報が重要なほど、上手く秘匿して外部には漏らさないようにするのよ。 だから、卿が口にされると云う事は、既に情報として旬は終わっているか、それとも虚偽か。 はたまた、何らかの意図が有るか。


 まずは、そんな所ね。 でも、その情報を口にする事によって、何かしらの事態を引き起こそうとされているのかもしれない。 私の様な小娘に、口軽く話されると云う事は、さして重要では無い事柄か、気安さゆえの『思わず』と云う、漏洩か。


 まぁ、漏洩と云う事は無いわよね。 だって、この方相当に色々と背景がある方らしいのよ。 アーガス修道士様とも曰く因縁があり、修道士様の視線はずっと冷たく厳しいモノなんだもの。 あの飄々と軽い方が、フュー卿に対してだけは、結構『権柄ずく』でのご対応。 巷で云う『塩対応』って感じなのよ。


 それを苦く笑って許容しているフュー卿も私の中では、ちょっと不思議な感じを受けている。 軽く見られる事は、彼にとっても良くは無い筈なんだけど、唯々諾々とその扱いを受け入れておられるのよね……


 訳が分からない。


 もう一人の出席者であるシロツグ卿は、今日も厳つい御顔なのだけど、笑みを浮かべられておられるの。 まるで、” 良くやった ” と、云わんばかりにね。 何故だろう? 私の警告に、従者の方々は襟を正されたのか、一旦控えの間に戻られ、シロツグ卿と一緒に、朝餉の席に再度来られたわ。 ええ、今度はちゃんと姿を顕わしてね。 私の方を、困惑と猜疑、そして、恐怖の視線を以て見ておられるの。 傍付がそんなのでは、シロツグ卿が困ってしまうわよ?


 ニコリと彼女達に笑みを見せ、軽く頷いて置いた。


 いずれ、シロツグ卿から何らかの形で『御話合い』が有るかも知れないわね。 配下の方々に、ちょっとした圧力をかけたんだものね。 でもまぁ、それもまた必要な事。 私…… 自分の知らない所から、自分を見詰められて色々と画策されるのは、嫌なのよ。


 記憶が刺激されるのよ。 ……とっても。


 だって、前世27回の生涯で、何時も、私の知らない所で、私の一挙手一投足を見詰められ続け、挙句の果てに、私の行動を元にした『断罪』が行われるのよ。 そうやって、悲惨な死を迎え続けていたのだから、私が嫌うのは、必然なのよ。


 用心深く、自身の規律を正し、そして、誰にも盗み見などさせない様に…… 今世では、『神聖聖女』として、何時 高次の存在から、『神聖聖女』の権能を振るえと託宣が降りるか判らないのだもの。 それに、それは決して公にしては成らないのも有るわ。 大聖女オクスタンス様の ” 秘匿せよ ” は、今も尚、私の中では絶対の御命令なんですもの。


 権能が権能だから、今迄みたいに『惚けて』躱す事は出来なくなったと思うの。 だから、余計に真剣に秘匿する術を考えなくては成らないのよ。


 にこやかに、朝餉の会での食事を堪能しつつ、お二方の御話を興味深く伺い…… そして、会は終わったの。 侯爵令嬢であり、この別邸の女主人としての偽りの姿は、なかなかどうして、やりがいのある物だったのは、ちょっと、想定外ね。



   ―――― § ――――



 秋も深まり、冬の初めを思わせる季節になった。 村々の収穫も終わり、税の徴収も終わった頃。 だから、来週の終わりには、秋の終わり、冬の到来を知らせる大きなお祭りが行われるのよ。 恙なく、税を修める事が出来、冬支度もめどが付き、秋の豊かな収穫を皆で祝うそんなお祭り。



 ――― キンバレー王国 収穫祭 ―――



 辺境でも、大きな御祭だったわ。 それが王都なら猶更でしょ。 盛大なお祭りに成るのよ。 国を挙げてのお祭りと云ってもいいわ。 下々の者達は勿論の事、下位貴族も、中位貴族も、この日ばかりは浮かれて、あちこちで、盛大に歌い踊るの。


 聖堂教会も、この日に合わせて 『 豊穣祭 』を、大聖堂で行うわ。 


 アーガス修道士様に、私も大聖堂での『豊穣祭』に出る準備はしていると云ったところ、その必要は無いと、断られてしまったの。 なんでぇ~ 私だって、第三位とは云え修道女なのよ? 大切な祭祀だから、当然、出席すると思っていたのよ。




「嬢ちゃんは、既に豊穣祭を終えている。 二度も三度も、聖なる方々に『言上げ』する必要は無いし、不敬にも当たるな。 真摯に祈るのは一度。 既に大地の精霊様も神様も、嬢ちゃんの祈りは受け取られた。 これ以上は、必要が無い。 二度も祈ると、その二回の祈りに優劣を付けなくちゃならなくなる。 そんな事、神様に強要するつもりなのか?」




 ですって。 アーガス修道士様の専門は、『教会の祭祀』。 事細かに決められた、各種の制限事項やら、その本質やら…… 深く学ばれ、そして、今も研鑽を積まれている。 だからこそ、その御言葉は重い。 私の様な駆け出しの第三位修道女では、神学論に近い議論では太刀打ちできないんだもの。 


 だから…… その日は、『収穫祭』を楽しみなさいと、そうアーガス修道士様は私に伝えられたの。


 収穫祭の日は、貴族学習院での大きな夜会が開かれる。 社交ダンスを踊り、贅を尽くした料理が振舞われ、それを口にする。 収穫の祝いとしてね。 ええ、王国から貴族学習院に在籍する貴族の雛達への贈物ね。


 この日ばかりは、上位貴族も、下位貴族も無く、貴族学習院の大ホールにて舞踏会が催されるから、皆、楽しみにしているのよ。 恙なく、キンバレー王国の国庫が満たされた祝い。 そう、祝いの『お祭り』なのよ。


 それが、今月の終わりに在るの。


『楽しめ』と、そう仰ったアーガス修道士様。 つまり、その日は『侯爵令嬢』として、学習院に向かい、貴族の方々と歓談し、教会と若き貴族の間を取り持てと云う事に他ならない。 私の御役目なんだもの……  


『感謝の祈り』を含まない、一年の収穫と納税が終った事に対する『祝いの祭り』に参加するのは、聖堂教会所属の修道女としては、少々心に(わだかま)る物が有るのは確か。


 でも、無粋な事を口にするモノでは無いわ。 そして、その舞台こそ、私が役割を果たすべき場所なんですものね。


『収穫祭』への参加に対し、『了解の意』を示したのは、云うまでも無い事。 まだ、日は有るから、どういう風に対処しようか、ルカとも相談しなくちゃね。 マリー様もなにやら御考えに成っているようだし。 フェルデン侯爵家のエルディ侯爵令嬢としての私の振舞いが、他の貴種にどう映るかを計算し尽くし、準備をせねば成らなくなったの。


 ちょっと、憂鬱。




 ――――




 そんな『お役目』を戴いた私は、それでも 『お祭り(収穫祭)』 に、心を砕き専念する事は無いの。 


 だって、フェルデン侯爵夫人からのお呼出しが有るのだもの。 そう、次の安息日。 もっと言えば、あと二日しかないのよ。 貴族学園での『聴取』に相当に時間が取られる事を考えれば、纏まって対策を考える時間は、本当に少ないわ。


 この時期に、お呼出しが有るって事は、何かしらの意趣をお持ちなのだろうと、そう思うのよ。 それに、本家の正令嬢であられる、マリー様と友誼以上の関係性を結んでしまった手前、まぁ、逢わない訳にはいかなくなったのよ。


 伯母様…… と云えば良いのか。 面識はただ一度切りの伯母様なんだけれどね。 そう、アノ、晩餐会でちらっと顔を合わせただけ。 アレが、伯母さまの意向とは思えないのだけれど、でも、御継嗣様に全てを委ねて、傍観していただけと云うのは頂けない。


 侯爵夫人自体が、あからさまに『(エルデ)』に対し『侮蔑の念』を、お持ちだったとしても不思議じゃない。


 さて、どうしようかな。 なんて、思い悩んでも居たのよ。 お呼出しは、第三位修道女では無く、侯爵令嬢としての私。 そう、フェルデンの娘としてお逢いしなくては成らないのよ。 其処が問題でも有るの。 修道女としての私ならば、多少の不作法も不作法では無くなる。 だって、聖堂教会と貴族の世界の常識は全く違うのだもの。 でも、そう云う風には捉えて貰えないご様子。


 わざわざ、私に対して、《侯爵令嬢としての私》として、来るように、そう云う思召しなんだもの。 つまりは、侯爵夫人としては何らかの『目論見』が有ると云う事。 


 近視眼的に見れば、私と云う人物の見極め。 どれだけの教育を受けて来たかを確かめる時間。 十一歳まで、リッチェル領アルタマイトにて教育を受けていた私が、どれ程の『教養』を持ち、貴族としての『立ち居振る舞い』が出来るかを、確かめられたいのだと思うのよ。


 遠望的な事を御考えならば、私がフェルデン侯爵家に於いて、どのような立場に成り得るかの見極め。 使えれば良し、使えないならば予定通り成人年齢でフェルデンでは無くなるから、それも良し。 ただ、私が侯爵令嬢である期間で、今後の私の『使い方』を模索せねば成らない御立場なのよ。


 伯父様から何かしらの情報は得ておられる。 でも、その真偽はまだ、侯爵夫人の中では固まっていない。 私が何者で、どのような人物、為人を持っているのかもご存知ない。 正令嬢たるマリー様とは、学習院内で、お逢いして忌憚のない意見の交換もしたし、私自身、お母様の娘であると云う確信は持てた。 込み入った事情は抜きにして、御継嗣様と同年代の『娘』が出来たとならば、フェルデン侯爵家としては、相応の処遇を与えねば成らない。


 筆頭侯爵家の重責は、家人にも及ぶわ。 フェルデン卿の思惑は別に、フェルデンの女主人としての侯爵夫人には、是非とも確かめねば成らない事柄でも有るのよ。 何も知らない、儀礼も礼法も覚束ない、田舎の何も知らない娘を、高貴なる方々が集う社交界に連れて行く事なんて、フェルデンの恥にしか成らないんだもの。 



 ―――― フランソワ=アレス=デル=フェルデン侯爵夫人 ――――



 フェルデンが家の要であり、王国に於ける貴族夫人の要でもある方。


 侯爵家以下の家格の家の御夫人達に、宰相家の夫人として鞭撻と国情に関する情報を渡し、彼女達の主人たる貴族の行動を円滑に纏め上げる。 夫人も又、この国の重要な役割を背負っておられるのよ。 社交界に於ける錘石。 流れる噂話や、醜聞を捌き真贋を見定め、時として隠蔽し、時として糾弾する。


 女性貴族たる者が、憧れる立場ではあるものの、その重責たるや如何ばかりか。 一つ間違えば、社交界に大嵐を巻き起こしてしまう御立場。 漣が渦潮に成る事も有る。 小さな醜聞が、巨大な疑獄事件に繋がる可能性だって否定できない。 細心の注意と洞察力が求められる立場なのよ、フェルデン侯爵夫人と云う立場は。


 だから…… 私の事も既に放置できない刻に来ていると見ていいの。


 侯爵夫人の耳には、マリー様から学習院内のアレコレについて、ご報告がなされて居る筈。 御継嗣様がフェルデンの御領で研鑽を積まれると云う、非情の決断を伯父様が下された為に、第一王子殿下の動向が掴み辛くなっているのも有るわ。


 王家の影だけでは、かの貴顕にご注意や苦言を呈する事などは出来ない。 学習院と云う黄金の鳥籠の中では、外部の人間には伺い知れない、奇怪な風紀が存在するのよ。 前世に於いても、それは同様だった。 大人たちの思惑から外れた場所。 青年となり、大人になり切る前のそんな時間は、人生に於いて最も輝ける時間でも有り、理想を口にしても気恥ずかしさも無く、様々な思考実験を繰り返しても良い場所と時間。


 故に、鳥籠の中に於いては、キンバレー王国であっても、キンバレー王国では無い『聖域』と言い換えても良い。 そして、第一王子殿下がその頂点に君臨しているのよ。 注意深く、彼の方の成長を見守って、時として意見し、時として手助けするのは……


 大人では無く、同年代の者達の役割でも有るのよ。


 キンバレー王国の未来を担う人材を、作り上げていく為に存在する時間であり、場所でも有る貴族学習院。 だから、そこから脱落したと云っても良い御継嗣様は、今後の御自身の研鑽をどうやって表出して行くかが問題でも有るの。 


 第一王子殿下の覚えめでたく無ければ、如何なフェルデンの御継嗣と云っても、重用される事は難しくなる。 現状でも、御継嗣様が居なくなっても、さして気に病む様な御様子の無い第一王子殿下なのだもの。 未来に於いて、フェルデンが立つ場所を固めると云った意味で、マリー様の存在は今まで以上に重要になり、否が応でも大人になる必要が有ったの。


 それを踏まえて、侯爵夫人が私に課したいと思われる『役割(・・)』を考えるならば…… 時間の猶予は余りないけれど…… マリー様の補佐。 御継嗣様が果たしていた御役目を、マリー様に。 若年のマリー様の手に余る事態には、私が手を貸す。 若しくは、身代わりとなり、御役目を果たす…… かな?


 普通なら、そう考えるのが妥当。 でも、それは、私には出来ない相談なのよ。 だって…… 私は第三位修道女 『エル』 なんですもの。 


 故に…… とても、困惑しているの。 獣鬼が出るか、魔蛇が鎌首を持ち上げるか。 行くも引くも、リスクは巨大で在り、得る所は少ない。 侯爵夫人が何を思い、何を言われるのか。 未だに五里霧中。 だからこそ、思うの。



 ある意味、今回の歓談と云うのは、私と侯爵夫人の二人にとって、様々な側面を持つ、 『 賭け 』 の様なモノ。



 ――ってね。





         ――――― § ―――――― § ―――――





 その週の学習院での行動は、殆ど禁書庫で過ごす事となった。 学習院に登院し、まず朝の『お勤め』を成し、その後その足で、禁書庫に向かい様々なご質問を受ける身となった。 秘すべき事、公にすべき事を見極めながら、古参の老司書様方の審問を受けていたの。


 対象は勿論、あの上位巻物(エルダースクロール)の内容について。


 でも、秘匿せねば成らない事が多すぎるのよ。 聖女の権能の半分を担っているあの上位巻物(エルダースクロール)でしょ? 悪用すれば世界の理なんか一瞬にして瓦解するような、そんな内容も多く含まれるのよ。


 疾病や毒、呪いに対する、『浄化』とは違い、『人』そのものを修復(・・)してしまう『奇跡の技』に関して、多くを語れるわけも無いもの。 畢竟、供述は曖昧なモノと成るのは仕方ない。 それでも尚、老司書様方は、様々に手を変え品を変え、私が『口を滑らす事』を目的とした ” 質問 ” を繰り出してこられるの。


 にこやかに微笑みながら、そんな『口撃』に対し『守秘義務』と云う盾を存分に振り回す。 殺伐とまでは行かないまでも、相当に冷たい空気感の中の尋問は、本当に心が疲れ切ってしまう。 やっと、解放され少々の時間を作り出して、ルカ達とのお話合い。


 これ、必須なお話合いなの。


 だって、もう、あと、二週間もしない内に『収穫祭』は行われるのだもの。 周辺の状況を聴きつつ、マリー様の動向も伺うのよ。 ご本人にお尋ねするのも良いのだけれど、ケイト様が何を画策しているのかも重要な要件の一つだから、その聞き取りも又、私にとっては外せない。


 若年らしい素直なマリー様が、『頭脳』として重用されているケイト様は、ご出身の御家の家業から、人の言葉の裏側に存在する思惑を読み解く事がとても上手いの。 そして、相手が気が付かない内に、その思考を誘導する為の術策を構築する術にも長けてらっしゃるわ。


 だから、私は知るべきなの。 ケイト様が目指される『落とし処』。 何をどういう風に動かされる御積りなのかを。 ルカは、そう云った情報を掴むのが上手い。 更に言えば、今では共同作業をしていると云っても、おかしくないから、私が聞く相手としては、彼以外には考えられないわ。


 秘匿されたサロンに於いて、仲間内の方々と一緒に、御話を伺うの。 時間の制約があるから、単刀直入にね。




「それで…… ケイト様は、私をどの様に『使う(・・)』事にされましたの?」


「『使う』って…… いや、エル。 その表現は、おかしい。 君が道具の様に使われる事は無いよ」


「あら、そうでしたの? でも、状況的に云って、私の聖堂教会から与えられた『お役目』を果たすには、私自身が『道具』と成らねば、達成は難しくありますわ。 収穫祭に於いて、道は二つ。 一つは衆目を集め、高貴なる人々の目に止まる様に振舞う。 一つは、今まで通り影に潜み、学習院内の『澱み』を打ち払う様に行動する。 でしょうか?」


「ケイト嬢の見解では、もう一つあるんだ」


「何ですか?」


「高貴なる人々の頂点にお座りに成られる、あの『煌びやかな集団』に混ざる」


「……拒否します」


「そうも言ってられない。 四年次を迎え、あの集団は過去の事跡を踏み越えた様な行動が見え隠れしている。 学習院が隔絶した場所であったとしても、キンバレー王国で在る事には違いない。 国王陛下以下、藩屏たる大貴族の方々の向く方向と、次代を担う方々の向く方向の相違は、王国の未来に影を落とすことに成る。 そして、その躓きとしての小石…… どころでは無いのが、対『神聖ミリュオン聖王国』へのご対応なんだ」


「……そこまで、御話は進んでいるのですか?」


「外務系の法衣貴族家系の者達から、宰相府にタレコミがあった。 と云うよりも、聴き出されたと云ってもいいな。 あぁ、あの『昼餐会』で出た話題からの ” 引き ” だよ。 リッチェル卿は上手く隠していたようだね」


「あの家の腹黒さは、有名ですもの。 闇の中で蠢くのは得意中の得意。 特に現御当主様の手腕は際立っておりますわよ。 国王陛下の善き懐刀であったのですが……」


「近年は、どうも我利…… と云うか、まぁ、なんだ。 少々暴走されておられるよ。 御当主様だけならば、まだしも、御夫人、御二男、御三男様も、どうも様子がオカシイ。 アルタマイトで必死に領政に向き合われている御継嗣様は以前のリッチェルと同じ…… とは、云えるかな」


「それが、私をあの煌びやかな集団の中に投入する事と、どう繋がるのですか?」


「マリー様に再度、集団に入って頂く事を念頭に置いておられる。 どうも、宰相殿や事務次官殿の肝煎りでも有るらしい。 いや、宰相府を筆頭に、外務、内務の各尚書も一枚噛んでいる。 深く食い込み、暗躍するリッチェルの手の者に、表だった対抗策は打ち出せない。 ならば、その焦点となる場所に、こちら側の手の者を送り込みたいとの思召し」


「それが、マリー様なのですね。 そして、基本的に穏やかな正侯爵令嬢様の補佐に、仮侯爵令嬢の私が入ると。 成程…… 唾棄すべき暗闘の様相になり始めましたわね」


「きつい言葉だね。 まぁ、その通り。 そして、ケイト嬢は最善手を思いつかれた後、酷く消沈してしまわれた」


「えっ?」


「友誼を結ぶエルディ嬢…… いや、” 修道女エルに何と云うご負担をかけてしまうのか ” とね。 あちらも苦悩されているんだよ」


「成程。 少々考える時間を下さい」


「様々な手は既に打ってあるらしい。 エルが『 諾 』 と云えば、事は進む。 そして、それは『収穫祭』当日の朝までに聞かせて欲しいな。 ケイト嬢は、ギリギリまで待たれるとの思召しだよ。 大切な友誼を結んだ『友人』に絶大な負担を掛ける事は目に見えている。 ある種…… 『賭け』の様なモノだね」


「そう…… 『賭け』ですね。 その辺りも考慮して、お返事差し上げます。 何分と立て込んでおりますので」


「そうだね。 禁書庫で何かヤラカシタのかい? 老司書の方々に審問を受けていると、そう耳にしてね」


「特殊な巻物を開いてしまって…… その事について少々」


「成程、『特殊な巻物』ね。 …………無理するなよ、エル」


「無理は何時もの事よ、ルカ。 でも、状況は何時でも私を追い詰めてくるのよ」


「厄介な星の元に生まれたもんなぁ…… エルは」


「逃げ出すのに、こんなに苦労するとは思わなかったわ」


「…………あぁ~ 船を買ったんだ」


「えっ? 船を? ……話の脈絡が見えないわ」


「小さな船だけど、外洋航行も可能な小型商船だよ。 もちろん中古。 独立商人である俺は、海の向こう側の国にも足掛かりを得たい。 運用は専門家に任せてある。 俺は資金だけを準備する。 船主と荷主を兼ねているって訳さ。 だから…… どこでも行けるよ。 海の向こうだってね」


「…………ありがとう。 でも、まだ…… 『責務』を放棄して…… 逃げ出したら、神様と精霊様に鉄槌が下されてしまうもの。 私の小さな手は、まだ必要としている方々が居ると云う事。 だから……」


「判っているよ。 そう云う道も有るんだと、そう思っていてくれたらいい。 選択肢は多い方がいい」




 昔の…… 子供の戯言を…… ルカは真剣に聞いてくれていたんだ。 船って…… 世界って…… 言葉を交わす私達を、どういった風に捉えて良いものかと、困惑している仲間達が見詰めていた。 国を…… キンバレー王国を出る積りが有るのかと。


 それも、また、一つの選択肢。


 でも、今じゃない。 私が成人年齢を越え、『記憶の泡沫』が私に見せた、二十七回の終焉を乗り越えられたら…… と、云う未来の話よ。 だけど、その未来を あの(・・)『 ルカ 』が口にするなんてね。  心の奥底に、慶びが浮かんできたの。 ええ、慶びがね。


 感謝申し上げます。




        ――――― § ―――― § ―――――





 そして、『賭け』の日の朝となった。




 安息日の朝、早々に朝のお勤めを終え、朝餉の会は時間の都合上欠席して、準備に取り掛かったの。



  ――――― エルデ=エルディ=ファス=フェルデン侯爵令嬢



 それが、今から私が纏う、仮初の私。 筆頭侯爵家、正令嬢の様に振舞う事を課せられ、その地位に相応しい装いを纏う。 早朝から浴室で磨き抜かれ、別邸の縫製師の方が縫い上げられた素敵なドレスを身に纏う。 豪華なレースをふんだんに使い、落ち着いた色合いと、正侯爵令嬢の気品に満ちたドレス。


 アーガス修道士様にお願いして、お母様の『御徴(メダリオン)』は、ペンダントトップとなり、私にとって、唯一の個人的『お飾り』となった。 そのペンダントは、胸に掛かっている。 『闇』の魔力が、優しく私を包み込んでいる。 そう、まるでお母様が一緒にいるかのように。


 お化粧は、王宮女官様の手によるもの。 目元や頬に紅が入れられ、年相応の華やかさを与えられる。 碧緑の瞳が一際引き立つようにと。 髪は編み込まれ、(かもじ)が整えられ、年頃の女性貴族らしい髪形に変えられた。 鏡に映る私を見た時に出た感想が一つ。



 ” まるで、前世の私。 でも、厭らしさや、悪辣さは無いわ ”



 前世では、どうあがいても『偽物の令嬢』。 今世では、忌避したのに状況が『仮の令嬢』として、その立場を強要してくる。 そして、今……


 鏡の前に立つ私は……


        紛れも無く……


 ” フェルデン侯爵家の 侯爵令嬢 ”


        エルデ=エルディ=ファス=フェルデン となったの。



















  ―――― 皮肉なモノね。





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― 新着の感想 ―
[一言] 投稿感謝です^^ 27度にもわたって繰り返された死の末路と、それらに対抗すべく積み上げた今世の修練が、収束に向けて動き始めた、と思えてひたすらに感慨深い今話でした。
[良い点]  朝餉の会が、エルディ嬢にとって憂いなきものになったこと。善き哉。  ……シロツグ卿の温かい目線は「チの者を畏れさせるとは、さすがは神子殿である」といったところでしょうか。エルディ嬢が力を…
[良い点] もうお船がある事……今すぐは立場を捨てて逃げれないけど、現物あるって事とルカが約束をかなえてくれる思いがあるってエルちゃんには救いよね [気になる点] 煌びやかな中に入ってかないとダメなの…
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