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エルデ、自身が何者かを理解した後、フェルデン本宅に招聘される。

 

 夜中の小聖堂は、シンと静まり返り、月光が聖堂に差し込む光によって、静謐だったの。 小聖堂内の空気は神聖さが増し、祭具一つ一つに迄『神意』が漲り、精霊様方の息吹を満たしていたわ。 


 まるで、私を待っていたかの様に。

 まるで、長い年月の末に還って来たモノを迎える様に。

 まるで、最愛を胸に抱く者の様に。



 ―――――



 夜半にフェルデン別邸に帰り着いた私は、本棟の部屋に寄る事無く、身に着けている衣装を改める事も無く、身を清める事無く、フェルデンが『侯爵令嬢』のまま、小聖堂に足を運んだの。 そうしなくては、いけないと云う、憔悴感にも似た思いが胸を焼いていたの。


 溢れ出る感謝と『権能の重さ』を自覚したのだから。


『権能の重さ』に、静かに森を歩く大型獣の様な歩みを以て、前へ前へと進み、そして至るはフェルデン小聖堂。 聖堂には、満月の月光が差し込み、灯火が無くても聖壇の前はとても明るい。 (こうべ)を垂れつつ、今日、授けられた『権能』への感謝を奏上する為に、聖壇の前に進み跪く。


『感謝の祈り』を捧げつつ、私が会得した権能を倖薄き人々への慈しみに行使する決意を(ほう)(たてまつ)るの。 神様と、精霊様方への『言上げ』として。 神職…… 第三位修道女としてでは無く、神名エルデを戴いた、一人の人間として。


 『神聖聖女』の権能は既に…… 『聖堂教会』と『聖典』に、縛られるモノでは無くなっていたのよ。 



 (エルデ)は、神様と精霊様方に対し、直接に『誓約』を結びし者となったの。



 不遜な様に聞こえるかもしれないけれど、(エルデ)の言葉は、『神の言葉』。 (エルデ)の行動は、『精霊様方の御意思』。 二本の上位巻物(エルダースクロール)が導き、『神と精霊様方』によって私は『神の代理人』を任じられ、代理人たる『権能』を付与された。 故に、この世界の最も神聖なる者達と比しても遜色の無い者と成った。



 ()()()()()()()



 重い、余りに重い『権能』に、心が潰れそうになっているのも又…… 自分自身で理解している。


 傲岸不遜にも、私自身が言葉を紡ぎ、 ” 我こそが『神の代理人』で有る ” と…… そう言い切ってしまっても、神の鉄槌を受ける事は無い。 しかし、その発言には当然のように、義務が付随する。 聖なる者として、邪を排除し救いを求める者達、生きとし生ける者『 全て(・・) 』に、慈しみと安寧を与えねば成らない。


 人たる者として、それは…… 『 不可能 』 であると云わざるを得ない。


 そう、私は『人』として生きているのよ。 だから、神様と精霊様方の『御手先』としてしか、権能を振るう事は出来ない。 コレは、私が至った一つの真理でも有るのよ。 月光の中を歩くうちに、私の心の中に浮かんできた『絶対』に近い真理。 私は高次の存在では無いのだもの……


 決して、この権能を自分勝手に振るう事は許されない事だと、そう認識している。 この力は、人には過ぎたるモノ。 『人』の範疇に在る者には、十全に扱える訳が無い。 使い方を過てば、人々の安寧は護られず、彼等の生存迄脅かす脅威となり得る。 だって…… 権力を持つ人々にしてみれば、喉から手が出る程に希求する『能力』でもあるのだから。


 ――― 弱く、倖薄き人達から、安寧を遠ざける ” モノ ” となる。


 どんな高貴で崇高な魂の持ち主でも、この権能に含まれる可能性の前には、欲望の火を灯す事は想像に難くない。 エルデ()自身でも然り、他の高貴な方々も然り、高位の神職も然り。 この権能に魅了されてしまえば、誰も彼も、それが手に入らないとなれば、万民から遠ざけ、失う事の方がよいと考えに至る事も又…… 



 思考の行きつく先の『摂理』とも云える。



 だから、私はこの権能の行使に関しての権利は、『人』として放棄する。 私の判断だけで、この権能を行使する事は出来なくする。 全ては、万民に慈しみを与える事が出来る、高次の存在の御意思がお決めになる事だと願う。


 つまりは、頂いた『権能』は、特段の託宣が無ければ行使しない。 



 ――― 常に胸に置く絶対。



 私は思うのよ。 この力の本質とは、世界の摂理に綻びが生じた際に、その綻びを縫い塞ぐ『針と糸』だと。 だから、自らの望みを得る為に、この崇高な権能を行使する事は無い。 出来ない。 固く、硬く、心に誓う。 27回も繰り返した世界で、私を悲惨な末路に向かわせたモノが何か……


 ハッキリと認識したのだもの。


 私が過ごした二十七回もの前世の記憶(記憶の泡沫)では、ハッキリとは示されて居なかった。 直視するのも苦しくて、今まで事実のみを受け入れていた。 でも、この権能を戴いてから、繰り返した過去の道行をもう一度見直す事が出来たの。


 学習院からフェルデン別邸に帰る道すがら、私は私の心を見直さねば成らなかったから。 そして、一つの結論に至ったの。 そう、前世の私が何故『悲惨な末路』への道を歩んでしまったか。 其処には、共通して一つの『我利』が有ったと、思い至ったの。


 幾多の前世では…… 私が愛そうとした事に関しては、誰も咎めだてはしなかった。 悲惨な死に至らない『道』も有った筈。 自身が愛を語るならば、誰もそれを止めようとはしなかった。 せせら笑われるだけでね。 でも、特定の誰かに愛して貰おう(・・・・・・)とした途端に、周囲の『人』、『モノ』、『状況』、『権威』の 全て(・・) が、私を排除し、悲惨な死に至る道へと追い込んだのよ。



 ()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()にね。



 だから、強く戒めるの。 悲惨な死への道を辿りたくなど無いから。 この力は、必要とする人に、そして、神様と精霊様の御意思に依ってしか、行使する事はしないと。 耳を良く澄まし、” 託宣 ”、” 神託 ”を受け、『権能』の行使を実行するの。 



 ――― 神様と、精霊様の御声が無い限り、私は沈黙を守り続けるの。



『独り善がりな正義』や、『単なる憐み』では、権能を行使するなど、考えてはいけない。 故に、深く深く祈りを捧げる。 弱い私をお守りくださいと願う。 心が揺れぬ様に。 迷わぬ様にと。 神様と精霊様方に、『権能行使』の判断を委ねるのよ。 極まった状況に於いて、『御意思』を示して欲しいと願ったの。


 ――― 誓約の代償は、私の命。


 この願いを私が違えたならば、私の命を奪って欲しいと。 人が持つには、余りにも巨大な権能は、人が行使の可否を持つ事は許されないわ。 何故ならば『神の代理人』なのだから。 行使に関しては、私の意思を排除しなくては成らないのよ。 


 私が『人』として成すのは、この巨大な『権能』に依存しない、エルデと云う人として出来る『救済』。 私が研鑽により獲得した能力を以て、薬剤を作り、疾病に倒れし方々を診、手業と知識で今まで通り、倖薄き人々を癒すのよ。 それ以上の事は…… もはや神様の御意思の範疇とするの。 そう心を固め、祝詞を(ささ)(ほう)じるの。



 ――― 口にするのは、感謝の聖句。



 唄う様な聖句の連なりは、二重に成り、三重に成り…… 遠くから、精霊様方の御手により楽が流れ来る。 鐘の音、琴の音、笛の音…… 聖句の連なりは、聖歌となり小聖堂いっぱいに広がる。


 ふわりと風が私を取り巻く。 黄金の光の粒が、小聖堂の中に満ち溢れる。 神界への門が開かれた。 重厚な鐘の音が四度。 私の魂に、『託宣』が降る。 崇高で高貴で神聖なる、” 創造神様の『神託』 ” として……





 ” …………祈り、聞き届けたり。 風と刻はエルデが道標と成るであろう。 権能を知り、それ故に恐れを抱く者にしか、権能を与える事は出来ぬ。 この『言上げ』こそ、切望せし事。 エルデ、よくぞ至った。 精進を重ね、研鑽を重ね、その小さな手で救える者達を救え。 そなたの出来得る限り。 さすれば、権能を振るう刻を示さん。 よいか、そなたは、何者にも縛られぬ。 神聖聖女エルデよ。 其方の道行に光あれ………… ”





 耳朶では無く、魂に直接響く神聖な御声。 まるで経路が繋がったと云う様な、そんな慶びさえ感じられる。 そっか…… 神様は…… 精霊様方は…… 私の小さな手が紡げる『僅少なる慈愛』で良しとされたのか。 私の手の届く範囲なんて、たかが知れているわ。 でも、それでも、倖薄き人々の為に、私が成すべきを成せと、そう仰られた。 


 その為の権能でも有ると。


 倖薄き人々から『混乱と絶望と悲哀』を遠ざけ、『安寧と安堵と慈しみ』を、世界に広げよとの思召しなのね。 たとえ、それが小さくても構わぬと。 私にできる事だけで良いと。 暖かく…… 柔らかく、私を包み込む様に、慈愛の光が取り囲む。 この神託を得た事に、更なる感謝を捧げよう。 力を知り、力を恐れるが故、その力を正しく行使する事を……




 わたくし、エルデは、誓います。




『言上げ』は完了し、集まり密度を増していた光の粒は、吹き上がる様に天空に消える。 私の誓いを神様の御前に届ける様に。 創造神様と直接に繋がれる様に。 


 …………そして、私は『祝福(神の御使いの名)』を与えられたの。





       ―――― § ―――― § ――――




 夜半の小聖堂。 


 私が紡いだ聖句は流れ去り、精霊様方の楽も消え行った後、ふと背後におわす方々の気配を感じ、振り返った時に見つけたのよ。 小聖堂の入り口近くに、三人の方々が膝を折り首を垂れて、祈りを捧げられていたのよ。 小聖堂の中に入られる事も無く、前庭に於いて最上級の拝礼をされておられたの。 


 ちょっと、びっくりしちゃったの。 だって、その誰もが、正規の式服(正装)を纏っていたんですもの。


 三人の方々の内、御一人だけ御顔を存じ上げなかったのもまた、困惑した原因でも有るのよ。 皆様が跪拝の姿勢を解き、私が小聖堂から出て来るのを待っておられたの。 御三人様方もまた、困惑の表情を浮かべられておられるの。 


 美しく澄み渡った月光の元、私は歩みを勧め、御三人様の前に立つ。 お腹に力を込めて、言葉を紡ぐ。 だって、皆様とっても険しい表情を浮かべてらしたんですもの。




「……少々遅くなりましたが、学習院より帰館いたしました。 時間も時間でしたので、着衣も改めず『お勤め』致しました事、陳謝致します」


「…………エル。 アレを『お勤め』と云うか」


「ええ、『お勤め』に、御座いますわ、リックデシオン司祭様。 学習院にて、秘されし上位巻物(エルダースクロール)の英知に触れ、会得いたしました。 それは、私が持つ『権能』の、いわば姉妹に当たるモノ。 それを知り、会得し得た事を神様と精霊様に感謝を奉じておりました」


「詳細は…… 教皇猊下よりお話が合った。 エルよ…… 危ない橋を渡ったものだ。 橋…… というか細い綱とも云えるか。 此処に戻ってこれるかも、判らなんだと云うのに…… アーガス、止められなんだか」




 リックデシオン司祭様が鋭い視線をアーガス修道士様に向けられる。 いつもの様な飄々とした表情は鳴りを潜め、やたらと真剣な表情で言葉を紡がれるアーガス修道士様。 怒ってらしゃるの? 




「嬢ちゃんの動きを止められるもんか。 自分の価値を知らぬ存ぜぬで押し通しているのだぞ? こんな事に成ってたなんて、俺だって、知らんかったんだ。 いきなり教皇猊下からの呼び出し状を受け取って、大聖堂に帰ったら、クソジジイ共が集まっててな。 そこで、今回の事が告げられたんだ。 どこに嬢ちゃんを、止める時間が有ったと云うんだ? それに、その場で初めて知ったんだぜ。 聖女が権能が、二巻の巻物から構成されるなんてな。 あの聖堂教会の神秘院でも知らなかった事だ。 知っていたのは、教皇猊下と大聖女のお二人のみだとさ。 ……しかしな、一つだけ確実に云える事が有る」


「なんだ?」


完全なる(・・・・)『神聖聖女』となった嬢ちゃんは、教皇猊下と並ぶべきモノとなったと云う事だ。 もはや、嬢ちゃんが暴走しても、誰にも止められんよ。 嬢ちゃんの『意思』こそが、『神の御意思』と成るからな」


「…………そう …………だな」




 嫌だわ、そんなの。 私がこの力を手に入れたのは、全ては成り行きの上の奇跡みたいなもの。 目指したモノでも無く、希求したモノでも無いわ。 私は、ただ、魔力の検知以外の方法で、『隠遁の技(ハイドスキル)』を使用する方を見つける方法を探していただけだったのよ。 『聖女が権能』に関して無欲であったが故に到達出来た英知でもあるのよ。


 ―――― だから、私は、私のまま。


 新たな『知識と知恵』に、飲み込まれる事も無く、私で有り続ける事が出来たのよ。 『悲惨な死』を恐れ、其処から逃れるために抗い、道を探す求道者なのだから。




「第三位修道女エルは、今までも、これからも変わる事は有りません。 『権能』に関しては、深く封じました。 ご懸念無く。 この権能を行使する際には『託宣』が必要となり、聖女が権能を行使する時には『神託』が降ります。 託宣なく…… 神託が無く、『権能』を行使すれば、それは神様の御意思から外れ、我が身を焼く鉄槌が振り下ろされましょう。 …………そう、神聖なる方々に願いました」


「はぁ~ 嬢ちゃんは、又 勝手に誓約を結んじまったってこったな。 さしずめ、『聖女が権能の行使は、人の手に余る。 行使の判断は、神のみぞ下せる……』 あたりか。 」


「……言い方を変えれば、そうなりますわね。 これ程、巨大な権能は、人の手には余ります。 命の灯が燃え尽きようとしている方を、この世に繋ぎとめる事すら可能となるのですよ、それも全て完全な形で。 『権能』の内に有ります『刻の精霊魔法』を鑑みますと、肉体年齢の遡上も可能となります。 連続して行使すれば、それこそ不老不死が実現してしまいますもの。 でも、それはこの世界の摂理に反します。 為しては成らない事でも有ります。 しかし、頭ではわかっていても、人と云うモノは業の深いモノ。 今は心に定めを持っておりますが、それも不変と云う訳には行きますまい?」


「成程、嬢ちゃんは『権能行使』の判断を、神と精霊に委ねるしか無かったと。 そう云う事か」


「はい。 只人には『巨大に過ぎる権能』ですので。 神聖なる方々も、誓約を受け入れて下さいました」


「ふぅ…… そう云う事だそうだ、枢機卿殿。 あんたが懸念してた事は、事実上、嬢ちゃん自身が封じたと云う事だ。 『どんなに清廉潔白な修道女でも、人である限り巨大な権能の前に全能感に酔い狂う可能性が有る』ってか? まぁ、それも、判らんでもない。 『実例(・・)』は、枚挙にいとまがないしな。 しかし、誰に云われるでも無く、嬢ちゃんは自身で、確実な方法でそれを封じたんだ。 なにか、云う事は有るか、マヌーバ枢機卿殿?」




 如何にもな風体…… 聖堂教会最高位神官の装束を纏った方。 枢機卿様だったのか。 マヌーバ枢機卿様と仰るのか、この方は。 マヌーバ枢機卿様の、ジッと私を見詰める視線はとても厳しい。 聖典にもきっと通じておられるのだろうな。 私が得た権能は、聖堂教会の権威を超える物とも云える。 如何な高位の枢機卿様と云えど、私の権能の前に頭を下げざるを得ない。 小娘に対して、最高礼拝を捧げるなんて、矜持が許さないかもしれないわよね。




「聖女が権能…… それも、初代様の『権能』を保持するにあたり、権能の行使権を神と精霊に委ねたと云うのか。 そなた自身の『聖女としての権能』を封じたならば、 ” 只人エルデ ” は、『人』として何ができるのか」


「『人』として…… ですか?  マヌーバ枢機卿様。 わたくしは、これまでも、これからも、アルタマイト神殿所属の第三位修道女エルに御座います。 大聖女オクスタンス様の薫陶により、製薬の技を受け継ぎました。 治癒修道士様方のお手伝いも致しましたし、病に倒れた倖薄き者達を診て参りました。 それが、私が『人』として、為して来た事に御座います。 これまでも、これからも、研鑽を積み救える魂を救う事は、神様に誓約したわたくしの有り様に御座います。 この小さな手で、出来得る限りのことを、為すべきを成します」


「……『巨大な権能』を、手中にしてもなお、『聖典の神髄』を護ろうと云うのか」


「初代様が紡がれし『聖典』は、全ての神官が護るべき事柄。 倖薄き方々を慈しみ、以て、神の慈愛を世に押し広げ、安寧を万民に。 祈りは小さくとも、全ての人々の心に。 わたくしが願うのはそれに尽きます」


「聖女としての使命は、聖女の権能なくとも果たせると云うのか」


「勿論に御座いましょう。 『権能』は、出来る事を増やす為の手段でしか御座いません。 救えなかった命を救う事が出来る。 強く深い呪詛から解き放ち、心の安寧を齎せる。 本日授かった権能にしても、失った身体機能を再取得する事が可能となり、傷付き悩める倖薄き者が、豊かな人生を送る事が出来るかもしれない。 それだけの事なのです。 『権能』を誇るよりも、如何に神様の慈愛を広めるかの方が、『真理と摂理』に、基づいているかと。 初代様の御心も其処に在った筈なのでは?」


「……そうか。 『()()()()()()』は、その権能に非ず、神と精霊方の御意思に沿う事のみを真理とす…… か」


「聖典に記載されている、『神官』の在り方の指針(・・)と同じ。 わたくしは、その様に『理解』しております」




 静寂に包まれるフェルデン小聖堂。 私たち四人を包み込むような月の光は、何処までも優しく、慈愛を内包し、そして、冷徹だった。 私が心静かに『この時』を過ごしている最大の理由。 それは、紛れも無く、一柱の精霊様の御加護。 今ならば…… 新たな権能を戴いた今なら、それが判る。


 ” 『闇』の精霊様 ”


 生命の円環の最後の時を司り、遠く時の輪の接する処に魂を連れて行って下さる、優しい御手を持つ精霊様。 お母様が、私と逢う事を許して下さった、尊き御方。 お母様の御徴(メダリオン)は未だ、装飾品には加工出来てはいない。 でも、手放し難く、絶対に無くさない場所に保管してあるの。


 本来は、個人的なモノを収蔵するべきではない場所に。 聖櫃(アーク)の中に。 


 私と繋がる其処に在るモノの気配は常に感じられる。 だから、お母様の御徴(メダリオン)の気配も。 そして、それを包み込む濃密な『闇』の精霊様の息吹も。 息吹は、私の内包魔力に共鳴するのよ。 同じ、属性の魔力なんだもの。 


 感じられる慈愛。 感じられる『闇』の精霊様の想い。 感じられるその他の精霊様方の願い。


 それらが混然一体として、私に世界の理を刻み、枢機卿様の問いに対する応えを紡ぐに至ったの。 そう、これもまた、神様と精霊様方の御意思に他ならない。 だから、私は堂々と胸を張り、真っ直ぐに皆様を見詰め、何一つ曇りの無い心で、私の在り方を述べたの。




「神聖聖女エルデ。 相判った。 教皇猊下へも伝えよう。 大聖女オクスタンス様にも。 神名エルデを持つ者は、模索し研鑽を積む、紛れも無い『人』であったと。 聖堂教会の教えを深く解する、『 人 』であったと。 ……善き哉。 神よ、感謝申し上げます」


「マヌーバ枢機卿様。 有難く存じます。 わたくしは、アルタマイト教会所属、第三位修道女 エル。 神様と精霊様の御加護を戴き、聖堂教会の教えを胸に歩む修道女。 我が神名エルデを以て、宣しましょう」




 深く頭を下げ、三人の高位聖職に就かれている方々に感謝の礼を差し上げるの。 何らかの審問だと思うよ コレ…… 巨大な権能を得た私が、何を成すのか、何を思うのか。 只でさえ、聖堂教会と王侯貴族の間に深い溝が穿たれている現在、不確定要因となり得る『神聖聖女』が表に出て来て、色々と問題を振りまくなんて、悪夢そのものよね。


 それに、姉妹巻物は、今までずっと王宮側の宝物として扱われていたんですもの。 それを、私に開陳したと云う事もまた、聖堂教会としては不可解なのよね。 何があの老司書様をして、こんな横車を押させたのか。


 一つの試みが、実行されたのは事実。 老司書様は私が本物の『神聖聖女』かどうかを、見極められたかった。 もし、神聖聖女では無い者だったとして…… あの方から見れば、『(エルデ)』の存在は、聖堂教会側に立つ、貴族学習院内の異分子。 『狂うた』と理由を付けて、排除も考えられた…… あの小部屋に死ぬまで軟禁しようと、試みられたのだと思う。 それが、教会と貴族の均衡を保つ為の道であるならば……とね。


 反対に、聖堂教会側としても、貴族側の一部の方々に、私が『神聖聖女』である証拠を示せと云われ…… 嫌々、渋々、頷かれたのかもしれない。 秘された『神聖聖女』だからこそ、表に出していないからこそ、一部の高位の貴族様方の疑心暗鬼を惹起されたのだと思う。 よって、教会は証を立てねば成らなかった。 


 だから、御三人様方が一様にこんな夜中にも拘わらず、フェルデン小聖堂に遣ってこられ、わたしの状況を確かめられた。 老司書様は狂ってはいないと判断されたけれど、それは、神殿側もまた確認しなくては成らない事だったから。



 『異端審問』…… の様にね。



 故に、お忙しいリックデシオン司祭様がこの場に来られ、私を審問されている。 そして、早急に断を下す必要が有り、元締めとも云える枢機卿様が異例を押して、小聖堂に同道された。 審問での介添えとしてアーガス修道士様が同席されたともね。 そう考える方が、極めて筋は通るのよ。 


 ええ、そうよ。 誰も、あの姉妹巻物が、私に英知を紡ぎ出し、聖櫃(アーク)の中に、自らの御意思で入られるとは思っていなかった。 聖堂教会としても、一部貴族の方々にしてもね。 そして、困惑を抱えられる。


 初代聖女様と同じ権能を持つ者が出現したのだから。


 でも、私は、私。 変えようが無いし、変わりようも無いんだもの。 マヌーバ枢機卿様は、色々と且つて堕ちてしまわれた神官方を、よくご存知なのでしょうね。 深い危惧が御心を占め、枢機卿様と云う最高位の神職を奉じられているにも関わらず、夜中にフェルデンの小聖堂まで足を運ばれたんですものね。


 ご安心ください。 第三位修道女エルは、いままでも、これからも、変わらずに居りますから。 ただ…… 『侯爵令嬢』のエルディは少々動かねば成らなくなりました。 状況が変動し、問題が広がるか、修復されるかの瀬戸際となった様なのですから。




「さても、さても、予想外な動きばかりする嬢ちゃん。 そんな嬢ちゃんは疲れ果てて居る筈だな。 本棟に戻って、湯浴みをして寝ちまえ。 上位巻物(エルダースクロール)を読んだ者は、その場で昏倒するか、暫く立ち直れない程の衝撃を受けるんだ。 それを、飄々と受け入れやがって…… 規格外にも程があるだろう…… 命に別状ない事は判ったが、体力気力共に落ち込んでいるんだ。 判ってくれよ、嬢ちゃん。 自分の『価値』に。 なぁ…… 頼むよ」


「そう……でしょうか? 別に、わたくしは特別では御座いません。 聖女たる権能は戴きましたが、第三位修道女エルに変わりは無いのですよ、アーガス修道士様。 でも、『御言葉』とても嬉しく思います。 少々疲れましたので、今夜はもう床につきますね」


「そうしろ。 マヌーバ枢機卿、リックデシオン司祭、小聖堂に。 今後の事で少々御話がしたい」


「そうだな、邪魔をする」

「アーガス修道士、護りは更に難しくなるぞ」




 御三人様は、月光が降り注ぐ中、小聖堂へ入って行かれた。 その後ろ姿に一礼を差し上げてから、私は本棟への道を辿る。 あぁ、疲れたぁ~~~ ホントに何だって云うのよ。 


 単に、魔力を用いない探知方法を探そうとしていただけなのに~~~


 大事になってしまった。 訳が判らないよ…… でも、私は妙にスッキリもしているのね。 私の在り方が、此処に来てしっかりと判明したんだんだもの。 そう、何が有っても、私は私。


 そう、ちゃんと心に刻めたんだもの。


 軽くなった足取りで、本棟に向かう。 侯爵令嬢として仮初の姿をしている私が、その姿に引き摺られる事が無く、私である事が判ったんだもの。 心は晴れ渡り、満天の星空の様に澄み渡って…… 『静謐(聖域)』が、『私の中(エルデの魂)』に生まれたのよ。






          ――― § ――― § ―――







 目覚めは、とても健やかだった。 深い眠りから、ふわりと浮き上がる様に意識が戻る。 体力も気力も、そして、魔力までも完全に回復していたの。 きっとコレも『闇』の精霊様の御加護かと思う。


 だって、普通なら『夢』くらい見るでしょ。 


 私の場合、前世の記憶を元にした、とても嫌な『悪夢』なのよ。 それすら、無いの。 ええ、ついさっき眠ったばかりだと思うくらいね。 眠り足りないなんて言う事も無い。 悪夢に苛まれて、目覚めが最悪な事も無い。 


 真実、爽やかに目覚められたのよ。 リッチェルのアルタマイト本邸から、アルタマイト神殿に移り住んでから、初めての事なのよ。 思わず、ベットの上で精霊様に感謝を捧げてしまったわ。


 爽やかな目覚めにより、朝の『お勤め』は、極めてご機嫌に勤められたの。 朝の陽光に照らされる聖壇も、祭具も、光り輝いて見えたし、祈りの通りもとても真っ直ぐに通ったし……


 薬師としてのお勤めは、いつも通り。 いつもと違うのは、精度が高まっていた事。 ええ、それも、些細な違いに迄気が付き、余分な力を入れずとも、高品質な素材が錬成出来たのよ。 う~ん、多分…… 多分だけど、【詳細鑑定】の魔法術式に魔力が喰われていないからなのかもしれない。 


 だって、魔力を使わない、そのモノの本質を視る、魂の認識を会得しているでしょ? それは、なにも人を含めた『生き物』に限った話じゃ無くて、物質…… つまり『物』に対しても通用している感じなの。 例えば、手に取る魔法草。 何時もなら、どの成分がどのくらい含まれているかを【詳細鑑定】で確認しなきゃ成らないんだけど、今はその必要が無い。


【詳細鑑定】と同じ…… いいえ、それ以上の情報が頭の中に浮かんでくるのよ。 そうね、『常時発動型の魔法術式と同じ感じ』と云えば良いのかしら? 本質を見極める為の『目』が、私に備わったと云う事かしら…… 見ようと思わなければ、発動はしないみたい。 でも、お勤めは真摯に実直にしなくては、製薬は破綻する。 


 だから、常時発動していた感じなのかもしれないわ。


 ええ、とんでもない事だと思う。 権能の一つを使っていると云っても過言では無いと思う。 でも、受動型の権能の発動は抑える事は出来ないのよ。 発動型と違って、受動型の『魔法や精霊魔法』は、自分に掛ける魔法とも云えるのよ。 多分…… きっと…… 神様との『誓約』の範疇外と云う事なのかもしれないわ。


 ええ、そうなのでしょうね。


 人として、研鑽を積む為に…… 人の世に安寧を広げる為の手段として許容されている。 そう感じてしまったの。 何となくだけど、神様と精霊様方が引いた『境界線』が理解できたのよ。 私は私の為すべきを成す。 それに加護を与え、より強く行動できるようにと……


 有難い事だと、祈りを口にする。



      ―――



 朝のお勤めを一通り熟して、小聖堂を後にするの。 きっと昨晩は遅くまで『お話合い』が有ったのでしょうね、朝の小聖堂ではアーガス修道士様の御姿を見る事は無かったわ。 勿論、リックデシオン司祭様の御姿も、マヌーバ枢機卿様の御姿も。 まだ、お休みに成られているのならば、そっとしておかなくてはね。


 本棟に行き、朝餉の会の為に身を改める。 第三位修道女から侯爵令嬢としての私に。


 御部屋に戻ると、既に侍女の方々が待ち構えておられたの。 浴室に放り込まれ、隅々まで磨かれ、髪を結い、お化粧迄施されるのよ。 過不足のないドレスを身に纏い、大きな姿見()の前に立つと、其処には、紛れも無いフェルデン侯爵令嬢が立っていたの。



「如何でしょうか?」


「善き御手前に御座いますね。 何も問題は御座いません」


「有難く」



『言外の言葉』で感謝も一緒に伝え、そして、お部屋を出る。 食堂にて朝餉の会に向かう為にね。 背後で、深々と頭を下げる侍女の方々。 王城後宮女官様に成られる筈の方々の、そんな最敬礼に心が騒めくのよ。 だって、それは、私に捧げられるべきモノでは無いんだもの。


 家政婦長にお願いして、もうちょっと…… ほら…… ねぇ……


 食堂(ダイニング)には、まだお二方は、お見えに成っておられなかった。 自席に付こうとすると、バン=フォーデン執事長様がするりと近寄られ、椅子を引いて下さったの。 そこで、耳打ちがされる。 珍しい事にね。



「お嬢様。 本邸から『ご招待』がお嬢様宛てに入っております。 送り主は、侯爵夫人。 次の安息日に、フェルデン本邸にお運び願うとの事に御座います」


「……わたくしの立場は?」


「フェルデンが御息女、エルデ=エルディ=ファス=フェルデン侯爵令嬢様として、お迎えしたいとの御要望に御座いました」


「第三位修道女では無く、侯爵家が外戚の娘として…… ですか?」


「いいえ、フェルデン侯爵家の令嬢として に、御座います。 あちらの邸内もあらかた掃除が済んだものと思われます。 どうか、御心安らかに、お訪ね下さい」


「……不穏な気配は、無いと バン=フォーデン執事長は考えているのですね」


「侯爵夫人の宸襟は不明に御座いますれば」


「それは、何時もの事では? 判りました。 次の安息日にご訪問いたしましょう。 用意は任せます」


「御意に」



 耳元で話される言葉。 でも、私の眼は真っすぐに前を向いているの。 バン=フォーデン執事長の言葉は勿論頭に入っているわ。 ちゃんと聞こえているし、理解もしている。 いよいよ、フェルデン侯爵家の奥向きの支配者たる方と、真摯に御話せねば成らなくなったと、感慨深いモノも有る。


 でもね……



 私の心の半分を占めるのは、今、私の眼に写る者達について。 シロツグ卿がお座りに成られる席の後ろ。 従者が控える場所に二人の人物が立っているのが見えるの。 白い東方の装束を身に纏い、油断なく周囲を見張る視線。 シロツグ卿に対して、何らかの害意を見つける為の厳しい眼差し。


 そんな、眼差しが警護の一環か、テーブルに付く私に向けられる。


 そして、私の視線とバッチリと合うのよ。 見えていないと思っておられるのが判る表情が次第に曇り始めるの。 ええ、私…… 見えているんだもの。 横列を成して佇んでおられるお二方の内、左の方が最初に気が付かれた。


 私の視線が、彼女達に固定されて、何をしているのか伺っていると、気が付かれた。


 最初は、自身の御考えに疑義を差し込みながら、横に立っておられる同胞に注意喚起を始められた。 その様子も見つつ、お二人を交互に見詰めるの。 ええ、それは、あくまで警告を与える為。 


 フェルデン別邸の奥深く。 食堂と云う場所に於いて、身を隠す者には、相応の警告を与えねばならないのよ。 だって、バン=フォーデン執事長すらも気が付いておられないんだもの。 判る者が、その任を果たすのは当たり前。


 但し、声を出して警告を与える事はしない。 もししてしまえば、別邸の使用人の方々に知れるし、彼女達の顔を潰す…… ひいてはシロツグ卿の別邸に於ける立場にすら悪影響を与えてしまう。 誰にとっても好ましくないのだもの。


 視線を二人に固定したまま、何気ない風を装い、テーブル上に手を載せる。


 トントンと二度中指で、クロスを叩き、食前のお茶が入ったカップの縁を一周、撫でる仕草をする。 バン=フォーデン執事長は、既に私の背後に下がっているから、彼の視線からは見えはしない。 さりげなく、そして、しっかりと、彼女達に対して伝えるの。




 ” 姿を隠すは、我が国では不作法と心得よ ”




 ってね。






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― 新着の感想 ―
[一言] 闇の精霊様の加護ほしい(常時悪夢見るから
[良い点] エルちゃんの思いが枢機卿にもわかったことかな。託宣も聞いただろうし 最敬礼をささげてもらっているあたりホントに別邸侍女様方から慕われてるようで何より [気になる点] 本人からすれば通常のお…
[良い点] 『神様と精霊様方の代理』としてよりも『人』の在り様を選びたる、エルデ様に、幸あれ。善き哉、まことに善き哉。 [気になる点] >巨大な権能の前に全能感に酔い狂う可能性が有る  ……『これ』…
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