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エルデ、古代魔法の解読に挑戦する。

 


   ―――― 『お話合い』は終わった。



 ええ、理解出来た。 マリー=フェルデン侯爵令嬢の真意を理解できた。



 ―――― 家族に成りたい。



 そう思召しだったのよ。 結果的に了承はしたわ。 亡き母の魂の導き。 それを受け入れる事にしたのよ。


 でも、私としては、良いのか、本当にそれで 良いのかと、何度も自分に問い質したのよ? けれど、満面の笑みを浮かべるマリー様の前では、自分の葛藤なんかどうでも良くなったのよ。


 心が震え、乾ききっていた場所に慈雨が降り注いだ様な感情が降り注ぎ、涙を流してはいたけれど、それも落ち着いた。 それは、どうもマリー様も同様の様だったわ。 ようやく心が落ち着いて、二人で姿勢を正した所に、ファンデンバーグ法衣子爵令嬢ケイト様が、サロンに御越しになったの。


 マリー様が時間をずらして来るように、そうお願いしたらしい。 窓辺のソファを勧められたケイト様は、その御言葉に素直に従い、私の隣に。 何故か、私が真ん中に座って、御庭を眺めながらの、お話合いになったのよ。


 メイドの方を呼び、お茶の用意を願う。 準備は直ぐに終わり、退出して行かれた。 良く判っていらっしゃる事。 まぁ、色々と内緒話をする事は、肌感覚で判ってらっしゃるからね。 それでこそ、貴族学習院のメイド職に在る方と云える。


 窓際に座り、お茶を楽しみながら、今後の事について、三人で話し合ったの。フェルデン本邸に於いて、いずれ近い内に、お会いしましょうと、マリー様は云う。 まだ、侯爵夫人の『思う所』や、『存念』が判らないからと。


 ただ、学習院で、少なくとも昼餐はご一緒したいとの思召し。 目立ちなくないと、やんわりと拒絶したら、ケイト嬢も一緒だからと。



 ――― えっと…… どういう論理構成なの?



 ファンデンバーグ法衣子爵令嬢である、彼女も一緒にお昼を摂れば、目立たないとは? 話を聴くに、彼女は何やら、色々な法衣と名の付く男爵令嬢達との交流を始めているらしいのよ。 それで、その御令嬢達の要望として、高位貴族のサロンにも参加したいと云われた 『 態 』 で、その方々を引き連れて、マリー様のサロンに、昼餐に招待する手筈に成っていると。 


 一人では、捌ききれないから、同じフェルデンが名を持つ私に女性主催者(ホステス)補佐を頼んだ『 態 』にするらしい。 何日か毎に成るらしいけれど、結構先まで予定は埋まっているのだとか。 その内、もともとのマリー様を取り巻いていた、御連枝、御同門の方々もご招待するようにすると。


 いわば、門閥内での未成年女性に対しての御披露目とする事を視野に入れていると云う訳ね。 そして、その方々の内心はどうか判らないけれど、学習院小聖堂でのお祈りにもお誘いする事に成るんですって。


 まぁ…… 祈りは多い方が良いのだけれど、真摯で無くては意味が無いわ。 そう云った懸念もあるとお伝えしたところ、強制はしないと。 時間の有る場合とか、何か嬉しい事が有ったときとか、そう云った時にその気持ちを神様と精霊様にご報告するのも良い事だと誘う…… ですって。 


 歓喜と喜びを得た時にする『感謝の祈り』は、真摯な祈りに通じるのでは? と、祈りの本質的な所をケイト様に突かれて、ちょっと口籠ってしまったのよ。 コレは、御母堂様の入れ知恵に違いないわ。 常に感謝の祈りを捧げる修道女にとって、その祈りが良く通じる日と、そうでない日の差は歴然。 その上、その理由すら理解している『聖女候補』の修道女で在った方ならば、その位の忠言(アドバイス)はするわよね。


 私が、マリー様の願いに 『 諾 』 と、応えた場合に直ぐに実行できるように、根回しは終わっているとの事。 そして、その理由(出汁)に使われる御嬢様方は…… ほら、ルカ達の御話していた、第三極に居られる、隠然たる力をお持ちの御家の御令嬢の方々なのよ。


 つまり、何となく、私の事を、そうじゃないかなと当たりを付けている御家柄の人達。 現在の情勢と、私の立場の危うい事を熟知しているケイト様曰く、コソコソ噂話を回され、私が身動きが取れなくなるよりも、ある程度情報を流し、その上で秘匿する事は秘匿し、状況を制御下に置く方が、色々と暴発する方々を抑えやすいのだとか。


 そう云った方々は、取り込んで、私がマリー様と同格の『侯爵令嬢』であると云う事を宣して貰った方が、色々と その方の感情も操りやすいとか…… どこの諜報官なんですかって意見をお口にされるのよ、ケイト様は。 


 私が、フェルデン侯爵家に於いて、少なくとも正令嬢と同格に扱われている、若しくは、正令嬢自身が ” 従姉 ” として、敬い慕っているのを、見せた方が第三極の貴族、特に王国に連綿と続く御家柄の方々には、安心材料と成るんだって。


 それを感心して、聴いているマリー様。


 ケイト様の人心掌握術って、結構『昏い側面をお持ち(戦術諜報官)の方々』が使う手よ? 純真なマリー様には、この手の権謀術策は…… 教えたく無かったな…… 無理かぁ~ 『侯爵令嬢』、まして序列一位の侯爵家の御令嬢が、この手の術策を用いない訳は無いものね。 私は知ってるけど、積極的には使いたくない手札なのだもの。 好まないし、なによりも『虚偽(うそ)』を口にする事に成るのよ。


 はぁ…… やっぱり、私…… 貴族には向かないわ。


 だから、私に関しては、極力『情報を開示しない事』を条件に、ケイト様の手管()を、消極的に了承したのよ。


 まぁ、学習院小聖堂にて、『 祈り 』を捧げに、いらっしゃる方々も増えそうなのよね。 私としては、これが融和の兆しと成れば、『お役目』を、果たしていると云ってもいいのかも。 


 でも、『目的とする事』と、『目的を達成する為の手段』を、取り違える事は戒める(・・・)べき事。 其処だけは、きちんと理解して頂かないとね。 目的を達成する為に、何をしても、どんな悪辣な手を使っても良い…… 等と云うのは、以ての外。 


 それは、決して、神様の御意思では無いのだもの。 


 正々堂々と、誰の後ろ指も指されぬ方策。 回り道だとしても、明るく日の当たる道を選ばねば、目的が完遂出来たとしても、歪みが生じるんだもの。 もう一度、私は気を引き締めるの。 侯爵令嬢である前に、私は……



 ――― アルタマイト神殿所属、第三位修道女 エル 


 なのだもの。




       ――― § ――― § ―――





 会談は終わり、紡ぎ出した【隠遁】の術式を纏い、サロンから退出した。 お昼は…… まぁいいや。 一食抜いたって、どうと云う事は無いし、ちょっとこの頃、食べ過ぎかとも思っていたしね。 飽食は、聖典に記載された『禁忌』の一つ。 誓約を持つ私には『禁忌』を犯す事は、出来ないんだもの。


 足の向く先は文書館。 それも、『制限書架』。 正規に願い出れば、保管されている『秘された文献』などを拝読出来る場所。 文書館内でも、隔離された場所でも有り、厳重な監視下に置かれている場所でも有るのよ。


 一般的に云えば、『禁書庫』と云われる場所。


 誰が何をどれだけの時間読んだかを、正確に記録される閉架図書が有る区域なの。 悪用しなければ、問題は無いし、制限だって緩いわ。 ただ、一般開放するにはちょっと問題のある文書が保管されているの。 使い方を間違えれば、王国に危害を齎す様な知識の宝庫とも云える。


本物の禁書(・・・・・)』は、王宮内に存在する、本来(・・)の意味での『禁書庫』にある。 そちらは、キンバレー王国 国王陛下と、重鎮の方々の閲覧許可(・・・・)が必要となるのよ。 滅多に降りる許可では無いし、それを必要とするのは、大抵、王宮魔導院の魔導士の方々だから、高位の方々でも易々とは手が出せないわ。 


 知っているのよ、どれ程厳重な警備が施され、どうやったらその警備を突破できるかを。


 ” 前世の何処かで ” 試行して成功しているのだもの。 けれど、二度としない。 許可なく入る事自体が重罪。 そして、見つかって捕縛されたら、断頭台直行と成るのよ。 そんな危険(リスク)を背負って迄、手に入れたいモノは、その中には今の私には無い。


 前世の私は、それでも…… 『愛を求め狂った私』は、それを実行したのよね。 ほんと、信じられないわ、今となっては。


 今から向かう場所は、そこまで制限されていない場所。 蔵書も其処まで危険度は高くない。 通常の使い方に於いて、キンバレー王国にとって、利益があると考えられている書物。 でも、特殊魔法術式文書や、古代魔法関連の文書なども所蔵されているわ。 今、私が調べたく思っているモノが、その中に含まれている可能性は非常に高いの。 調べてみる価値はあるのよ。


 この考えに至ったのは、一時的に魂が抜けちゃったけど、ちゃんと戻ってこれた事に起因する。 闇の精霊様の御加護って、こんな風な御加護も与えて下さるんだと、思い知った。 まだまだ、私の知らない事が沢山あるのよ。 知識の幅を広げる事は、魂と肉体の結びつきとか、魔力の事とかをもっと深く理解する為に必要な事。


 もっと深く勉強せねば、色々と問題も出て来るし、薬師、治癒師としても、もっと 『 身体と魂 』 について、研鑽を積まねば成らないと、そう実感したの。 救いを求める、倖薄き人々の暗冥に、光を灯す手立てにも通じる。


 薬師院に所蔵されている文書は、薬剤の調合比率を綴ったモノが多いの。 とても良い効能が期待できる組み合わせが記載されているわ。 ただ、私の求める、『 身体と魂 』に関して綴られた巻物(スクロール)は、無い筈。


 聖櫃(アーク)の中に存在する、一級薬師の巻物(スクロール)にも、綴られていない。 お薬の調合用の書物だからね。 その他の聖遺物にも、それらしきモノは無かった。 数冊あった、聖遺物の御本も、いずれも【癒し】を目的とした、精霊魔法関連を記載した書物だったのよ。


 それにね…… もう一つ、懸念すべき事が有るの。 文書館に足を運ぶ理由としては、此方の方が強いとも云っていい。 身に降りかかる危険を避ける為には、どうしても入手しなくては成らない知識が有るのよ。


 ――― あの(・・)『チドリ』さんの【隠形】を感じて思ったの。


 脅威になるわよ、絶対に。 見えない方と事を構える可能性を考えると、恐ろしくて。 そんな事態に陥らない様に、細心の注意を払うけれど、万全じゃない。 友好的に対峙して下さっては居るけれど、それもご厚意があるから。


 何時までも、それが継続するとは限らない。 国と国の御付き合いに成るのだから、情勢が本国の意思によって一変するのだもの。 その時になって慌てたって、遅いのよ。 平時より、手立ては打っておかなくては、いざと云う時に詰んでしまう。 ……あぁ、これも『侯爵令嬢』の思考ね。


 ふぅ……


 フュー卿の言葉から、アレは魔法術式では無く、何らかの(スキル)。 そして、それを極限まで極めたモノらしいわ。 通常の魔法検知系統の術式では、アレを見出す事は困難だと思っている。 理由が有るのよ。


 通常の検知、探知系統の魔法って、魔力の流れを検知したり、使っている魔法術式が発する効果を見出したりしているから。 どうしても、魔力の流れを見る方に特化しているのよ。 でも、(スキル)は魔力に依存していない。 


 私が知る幾つかの(スキル)は、魔力を載せるモノはあるけれど、それは攻撃魔法である事が殆ど。 いわゆる魔法剣技の様な剣技と魔法攻撃が一体となった攻撃方法。


 そんな剣を自在に使い熟す『魔法剣士』は、王国にも数える程だし、隣国や帝国を含めてもごく少数。 いわゆる名持ち(ネームド)と呼ばれる方々しか居ない。 だから、除外しても良いのよ。 


 そんな方々と、敵対したりする事は無いわ。 単純に ” お目見えする事 ” すら希なんだもの。 隠密系統の(スキル)持ちの方は別。 特別に注意を払わないと、足元を崩されるわ。 だって、隠密系統の(スキル)には、魔力は必要ないのだもの。 困った事にね。


 その上、そう云った技能の持ち主は、入り込んでいる事さえ検知出来ない。 普通に隣を歩いている可能性だってある。 有事に於いて、突然牙を剥くのよ、そういった方って。 警戒するには十分でしょ? 早めに気が付けて良かったとさえ思えるのだもの。


 文書館、制限書架には、そう云った辺りの特殊技能の解説書も有るのよ、たしか。 一般的には公開されていないわ。 その手の人達の手管を一般に公開する訳は無いのよ。 だから、制限書架に在る…… 対抗するには、知識は必要なんだものね。


 実相を知らねば、対処方法も判らないもの。 足早に、通い慣れた文書館に歩を進めたのよ。 ようやく、貴族学習院に入学した意義を見出せた感じね。 生き抜くために、諦めない為に…… お母様が仰った通り、『怯まず進む』為に。 ……ね。




          ―――――




 文書館 制限書架の一角に到着して、受付で司書の方にお願いする前に、自分が調べたい事を申請書に書かないといけないの。 それ用に調えられた文机。 席に付き、専用の魔法紙に、必要事項を記入して行く。 筆記用具も特殊な仕様。


 まぁ、改竄防止にと、幾代か前の国王陛下が御世に、整えられた制度だと聞くわ。 制限図書を扱うには、順当な処置よね。 真っ当であれば、何も問題は無いけれど、何かしらの悪意を胸にした場合は、自分が調べた事すらも隠蔽するのは当たり前。 『盗賊の考え方』と、云われる所以。 人は悪意を持たば、何処までも、悪辣に振舞えるのだからね。


 前世の私の行いは、正しくそれに近い。 だから、頬に苦い笑みが浮かぶのよ。


『申請書』に名を記し、調べたい内容を綴る。 ごちゃごちゃと書くと、時間ばかりが取られるから、出来るだけ簡素に、間違いの無いように記載するの。



『申請書』は二枚。


 一つは、『魂』と『魔力』の関係性について叙述した、書物、及び 巻物(スクロール)


 一つは、『隠遁』関連の『(スキル)』を網羅した『技能系統一覧(スキルツリー)



 今のところは、この二つ。 一番目の申請書に関しては、あまり期待していない。 魔力と魂の関係性を論じた書物など、聞いた事が無いもの。 もしかしたら有るかも知れないと云う事で、願ってみるの。


 二番目の物は、有る筈なのよね。 聖堂教会にも類似したモノは有るのよ。 ただ、十等級(最下級)(スキル)と、その効用が羅列されたモノなんだけどね。 小さい頃に、魔力の検査をする時に、検査水晶玉に浮かび上がるのは、魔力属性だけじゃ無いのよ。 その人が持つ、『(スキル)』も一緒に浮かぶのよね。


 我が子の将来の為に、親御さん達は魔力属性と内包魔力の大きさよりも、『(スキル)』の方を重要視するの。 ええ、農家の方にとっての「道具使い」、鍛冶を営む方々にとっての「ハンマー使い」なんて『(スキル)』があったら、それこそ有頂天になるわ。


 大切に『(スキル)』を育て、五等級(中級)まで育て上げれば、その道に於いて一流になれる事は、過去の事例から確定するのだものね。


 二枚の申請書をもって、受付所に向かったの。 『侯爵令嬢』らしからぬ申請書の内容を読みつつ、司書席に座る、ご高齢のお爺様がジロリと私に視線を向けたの。




「魂と魔力の関係性について記述したモノ? ふむ…… そうじゃな。 古代魔法書に何冊かあるか…… それと、『隠遁』関連の『(スキル)』を網羅した『技能系当一覧(スキルツリー)』? まぁ、在るがの。 コレは一級秘匿指定の文書じゃぞ。 持ち出しはおろか、写しを取る事も許されぬ。 良いか?」


「はい。 お願いいたします」


「ふむ。 少々時間を貰うぞ。 閲覧室の使用を許可する。 この札を。 札に記載されている、当該番号の部屋の中で暫時待て」


「承りました」




 とても頑固そうな司書様だこと。 でも、ココが制限図書の閉架図書部と云う事であれば、納得も出来ると云うモノ。 大人しく、云われた通りに、頂いた札に記載されている番号の閲覧室に入って、御待ちするの。


 閲覧室は、そこまで大きくは無い。 基本、一人で使用するモノだし、持ち出しはおろか、写しを作る事も禁止されているのだものね。 それに、この部屋…… 【重監視】の魔法術式が撃ち込まれているわ。 入室した人の行動を逐一記録する様な、そんな魔法が掛けられている。


 扱うモノがモノだけに、警備は厳重に成るわよね。 其処は理解している。


 明り取りの窓は天井にだけあるの。 入室した扉以外は三方は壁。 テーブルと椅子は、至って簡素なモノ。 書見台に椅子が付いている様なモノね。 壁の一角に小さな扉が有るの。 横に滑らす形のモノ。 何だろうと思っていたら、いきなりそこが開いて、書物が出てきたのよ。


 吃驚したわ。


 そっか、一旦入室したら、退出するまで、一時入退室は許されて無いんだっけ。 いわば、自分で自分を監禁している様なモノ。 外界との接触を限定的にして、文書内容の流出に気を付けているって事ね。 だから、願った書物も対面で受け渡しする事が無いように、こんな感じにしてたんだ……


 知らなかった。


 差し入れられた書物は、極めて古いモノ。 固くなった羊皮紙に、極々小さな文字で綴られていたわ。 早速、読み始めたの。 これ…… 古代文字よ。 何の知識も無かったら、まず読めない。 利用するからには、相応の知識を持ってからって事? 万事、使い難さに重点が置かれている様なモノね。


 うん、コレも試練だ。 頑張って読み解いて行こう!









 頭の中がパンパンに成るまで、読み込んだ。 古代文字で記された書物は知識の宝庫だった。 記載されている事柄は、表だって云うべき事柄では無いわ。 一部、【禁忌の魔法】を用いて解かれた事柄すら含まれていたのよ。 なるほど、制限図書に成る訳だ。


 魂と魔力に関して…… 古代から、我が国だけでなく、様々な場所でも研究されていた事が判った。 その成果として、【幽体離脱】なんて魔法すら開発されていたと有って、驚きもした。 術式自体は載っていなかったけれど、読む人が読めば、術式の構造は理解できるように記述してあるところがなんとも……


技能系統一覧(スキルツリー)』は、一読した。


 第十級から第一級までの十個の『(スキル)』。 特記事項として記載されていたのは、この技が発現するのは、血統に依存すると云う事。 だからかぁ…… アーガス修道士が『チ』の一族って…… 血統を重ねて、重ねて…… 生まれた時から、第四級を持つ事も有るらしいのよ。


 でね、その解説がまた……


 制限図書指定であり、写本を禁じている理由も判るわよ。 でね、「チドリ」さんが使っていた『(スキル)』も、予想は付いた。 私の中で感じた事と、現実に見せ付けられた事をを重ね合わせば、彼女が第八級の『技』を使っていたのが判った。 それも、かなりの熟練度。


 つまり…… 彼女は当然の様に第一級の『技能』保持者と云う事になるわ。


 うん、これって、魔法を使わない魔法って事で間違いない。 検知するには、魔法に依らない検知方法の取得が必要と成って来るのね。 一覧の方に、対応する検知技能が記載されていたわ。 これ…… 生まれつきの初期技能が備わっていないと、取得は不可能って事よね。


 はぁ…… 先は長い。


 でも、要所は掴んだ。 『チドリ』さんの技能に対抗するならば、従来の検知、感知系統の魔法では無理だと確定したのよ。 では、それ以外の方法を模索しなくては成らないわ。 うーん、なにかあるかな? そこで、今、読んだばかりの『魂と魔力』に関して記載していた幾冊かの書籍。


 その中で、『魂を直接観察する方法』と云う事項が有ったのよね。 そりゃ、魂と魔力の関係性を見ようと思ったら、両者をキチンと分離して観察する必要が有るのだもの。


 難解な基礎理論と、繊細な制御術式を要求する魔法術式。


 これ…… 検知魔法に落とし込めないかな……


 小聖堂の薬師処で、個人処方をする時の様に、空間に単純な検知魔法を自分の魔力で浮かび上がらせ、其処に改変を加えていく。 あーでもない、こーでもない ってね。 古代文書を時々見たり、弄って、弄って…… 構築しては、分解して…… 時間を忘れてやっていたのよ。



 コン コン コン コン。



 四度のノック。 あぁ、時間かぁ。 撒き散らしていた、紡ぎ出した魔法陣を、全部一遍に分解昇華させて、椅子から立ち上がる。 読ませて戴いた文献と図書をキチンと片付け、小さな扉の横に揃えて置く。


 周囲を見回し、確認してから、扉を開けて外に出る。 後は、頂いた札を受付所に返却するだけね。


 幾つもある閲覧室の間にある廊下を歩いて行くと、なにやら受付所の辺りが騒がしい。 どうしたのかしら?




「………………僕は、フランシス=ドレイク=ヴェス=ヴェーネス従子爵だぞ!」


「それが、どうした。 此処は国王陛下直下の組織だ。 従子爵如きが喚き散らす場所では無い」


「王宮魔道院総長が継嗣の命と云ってもッ!!」


「だから、それがどうした。 魔法馬鹿の命令などで、規則を曲げる馬鹿は居らん。 帰れ」


「ゴットフリート殿下の命なのだッ!!」


「王族ともあろう者が、そんな命を下す訳は無かろう? よしんば、その命が本物でも、規則では国王陛下の勅命を以てして成される。 重臣方の賛同も必要じゃて。 何をぬかしておるのか? 訳の分からん道理も通らん命令に従えるかッ! 帰れ…… 無駄に口を開きたくは無いのでな」


「くっ…… この事は、ゴットフリート殿下に奏上するっ!!」


「如何様にも。 帰れ、馬鹿者」




 踵を返す、青年貴族…… というより、あの方…… 『記憶の泡沫』に居たわ。 見眼麗しい、幼げな表情を浮かべる麗人。 第一王子殿下の懐刀である魔術師。 その容姿に似合わぬ、苛烈な性格の持ち主だと云う事も知っている。 


 ヒルデガルド嬢に淡い思いも寄せられていた。 故に、彼女を苛む者には、容赦がない。 ヒルデガルド嬢以外の方の『思慕』は、受け入れ(・・・・)ても、傾倒する事は無く…… 例え、彼に思いを寄せて、様々な便宜を図って…… 挙句の果てに王宮禁書庫に忍び込むような真似をしたにも拘わらず…… それを、利用した挙句……


 私を魔法で焼いた方…… 

          溺死させた方…… 

                 爆散させた方……


 御顔を垣間見て…… お声を聴いて…… その苛烈な性格と思っていた、驕慢さを見せつけられて…… ゾゾッと、悪寒が背筋を走る。 あの痛みが、苦しさが、白熱した身体が…… 否応も無く、記憶の淵から蘇る…… そうなのよ…… 彼は、



   ――王宮魔道院総長閣下の御継嗣 

          フランシス=ドレイク=ヴェス=ヴェーネス 従子爵



 その人だったのよ。


 荒々しく、文書館の一角である制限図書部を出ていかれる。 その後ろ姿に、心が恐ろしさで萎縮する…… あの方は、危険だ。 とても…… 危険な方なのだ。 目的の為には、手段を問わない。 利用できる者は()でも、そして、何だって利用する。 ……決して近づくまい。 



 あの方は…… あの方は…… 私の鬼門であり、敵対者なんだもの。



 立ち竦んで、少し震えている私に、老司書様がお声掛けして下さったの。 先程の冷徹なお声とは違い、幾分柔らかなモノを感じてしまうのは、なんでだろう?




「エルディ=フェルデン嬢。 御帰りか」


「あっ、はい。 古代の英知を閲覧させて頂きました。 素晴らしいものでした。 写しはわたくしの頭の中にのみ。 検査をなされますか?」


「いや、いい。 こちらでも監視して居ったでな。 ……気を付けられよ。 術式の変更は、魔導院では認められて居らぬ」


「…………では、此処に来るときは、別のわたくしで」


「…………教会が修道女か。 それも薬師院の。 グググッ そうじゃな、それが良かろう。 申請書に添え書きとして、其方の身分も記載した方がよかろうな。 ならば、魔導院の掣肘は無かろうて。 なかなかの策士じゃな。 アレを読み解き、術式に落とし込むか…… フェルデンの賢姫とは良く云ったモノよな」


「はっ? それは?」


「穴倉に棲む、背中に苔の生えた司書が戯言。 捨て置きなされ貴顕なる方よ。 まだ、幾つか、お望みに成られよう書籍、文献、巻物(スクロール)が有る。 気が向けば、此処に来れば良い」


「あ、有難く存じます。 ご厚意、身に沁みます」


「研鑽を旨とし、努力を怠らぬ学徒に、この場は開かれておるのよ。 果実を捥いで喰うだけの輩は、害虫と同じじゃて。 代々の陛下からの、御言葉じゃ。 知識の実の番人は、優れた果樹農民と同じじゃて。 毒虫害虫を排除して、正しく食する者に実を提供するのが役目じゃて」




 刻まれた顔の皺が、司書様の英知を物語る。 長い間…… 本当に長い間、この制限図書部の司書を勤められておられるのだろうなと、そう感じる。 きっと…… 国王陛下の信頼厚い方なんだろうとも思う。 この場所に集められた英知は、時として人に害を及ぼす事を、誰よりもよくご存知なのだろう。


 だから……


 そんな方に、英知の実を与えようと、そう仰って下さった事に、




     ――― とても誇らしく思ったの ―――





素敵な黄金週間。


物語はまだまだ続きますが、連日の更新は此処までと成ります。

更新は出来るだけ早くしたく思いますが、ちょっと難しいかも。

中の人も頑張っていきますが、申し訳なく……


楽しんで頂ける事を夢見て、絶大な感謝を読者の方々へ。 感謝! 多謝!



物語は加速します。 まだまだ、続くんじゃよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  なんだろうそこはかとなく物語の根幹に関わる重要な部分ぽいですな。  そして当然の如く術式イジり始めるw  汚いコードをみたSEかw [気になる点]  力に溺れた、業の深い小人ですね。  …
[良い点] ゴールデンウィーク更新、誠にお疲れ様でした。 続きも楽しみに待たせて頂きます。 [一言] うわー、出た、 ここまで言動ごと最低な人がきちんと登場して、近くで喋っているのは珍しいですね。 …
[一言] GW連続更新感謝です^^ >物語はまだまだ続きますが、連日の更新は此処までと成ります。 待つことがさほど苦にならない作品のひとつなので、気長に&楽しみに次話をお待ちします♪
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