エルデ、行動を開始する。
「まずは、現状確認からだな。 前回の会合時と、何か変化はあったか? 下位の男爵、子爵家の御令嬢方が、隠れる様にしながらも、学習院小聖堂へと足を運んでいると、そう云う報告があったが…… 何があったのか、判った事はあるだろうか?」
着席したルカが、二人の前で手を組み顎の下に沿える。 真剣そのものの表情に、二人の表情も自然と硬くなるのよ。 おもむろに言葉を紡ぎ始めるのは、クインタンス様。
「それについては、身体に不調を抱えた男爵家の令嬢が、学習院治癒室に来た時に、ちょっとした雑談として…… ですが、話をしてくれました」
「ほう、それで?」
「最初は子爵家令嬢が一人きりで行っていたと。 孤立していたその子爵家令嬢でしたね。 身形も麗しいとは言えない…… どちらかと云うと、没落寸前と云った感じの方ですよ。 御母堂様の御容態が芳しくなく、王宮薬師院の治癒師が匙を投げていたとも聞いております。 御身の御不調の原因が、『病い』では無く『呪い』だと予測されたため、力ある神官におすがりすべく、ウロウロされていた方ですね」
う~ん、何処かで聞いた様な? クインタンス様のお応えに、ブライトン卿が驚いた様な声を発せられるの。 えっと? ブライトン卿は、彼女が 『 失敗した 』 と云っていた事まで、ご存知でしたの?
「ヒルデガルド嬢に意見したあと、排除され…… それでも、あの煌びやかな集団に突撃していた方ですか?」
私は…… まぁ、静かに聴いていたわ。 声を挙げたら【認識阻害】の術式は破れてしまうのだもの。 なんだか、盗み聞きしているようで、少々、居心地は悪いのだけれども…… クインタンス様の御要望だし、いつも通りの討議にしたいと云われたら…… ねぇ……
話を聴くだけなら、良いと仰っておいでだから、私が介在して結論が別に持っていかれるよりも良いのかしらね。 それとも、私に聞かれたらマズイ事実も有るのかしら?
「そう、あの子よ。 なんだか、物凄く垢抜けて、御召し物も子爵令嬢として過不足のないモノに変わった上、あの高価な妖精硝子の綺麗な赤縁眼鏡をお掛けになっているのよ。 もう、何が起こったのか、その噂でもちきりになったほどよ」
「何が起こったか…… 少なくとも、その家の事情については、王宮内の法務局に職を得ている官僚から聴いている。 ピンキー、正確を期すならば、その御令嬢の生家は法衣子爵家。 ファンデンバーグ法衣子爵家の グレイス=ケイトリッチ=デル=ファンデンバーグ嬢の事だな」
「あら、ポール良く知っているわね」
「王城に於けるファンデンバーク卿の栄達は、ちょっとした話題になったんだ。 あの宰相府事務次官である、氷のフェルディン卿が御自ら引き抜かれた。 非常に熱心に勧誘され、法衣子爵が熱意に折れ、本来ならば生命線とも云える柵を切り、承諾したらしい。 現在、法衣子爵が奉職しているのは『宰相府』であり、情報分析の職務を担っているとか。 あの家は元来、その職務を生業として、国務寮に奉職していたのだけれど、『御妻女の出自』が、ファンデンバーグ卿が所属していた『門閥』の中で問題と成り…… 簡単に云えば、干されていたと云う事だった」
「えっ、奥様の出自? なにそれ…… 奥様の御実家が涜職とか犯罪行為に走っていたの?」
そうだったわね。 そんな事を聞いた覚えが有るわ。 知らない人がファンデンバーグ法衣子爵の状態や処遇を聴いたら、クインタンス様の様な事を想像するわよね。 普通は、それが自然。
『寄り親』が『寄り子』を干し上げ…… 手も差し伸べず…… と成ると、相応の『理由』が有る筈だもの。 ファンデンバーグ法衣子爵様も、思う所ばかりだったでしょうね。
―――
『記憶の泡沫』では、” ケイト ” は、ヒルデガルド嬢の背後に立っている、いわば頭脳とも云える立場の方だったわ。 冷徹な視線を、黒縁の分厚い眼鏡の奥から、投げていた『情景』として、私の中に有るのだもの。
そして、その時の『エルデ』が何を思い、何を計画し、何を成そうとしているのかを正確に予測していた。 感情の籠らぬ声で、 ” 判りやすい人 ” って、私に言葉を吐き捨てた事は、今も心に突き刺さるのよ。
まるで、掌を指す様に、私の行動の先の先まで読んで、それを阻止する為と、その証拠を保全するために、あらゆる手を打たれていたの。 集められた証拠の数々は、間違える事無く、その時々に私が愛した方々へと渡され……
『断罪の時』に、十全たる『証拠』として、提示されたのを覚えているわ。
ちょっと、身体が震えてしまったの…… 恐怖で。 あの方の『分析能力』は、研ぎ澄まされ、高度に成り…… その『果実』は、全てヒルデガルド嬢の安全の為に費やされたと云ってもいい。 私への『罪悪の断罪』の為に集められた『証左』は、まぁ、云ってみれば余技のようなモノなのよ。
ケイト嬢にしてみれば、ヒルデガルド嬢の周りを煩く飛ぶ、羽虫を払いのけただけ。 冷たく、冷徹な視線は…… 私をゴミの様に見ていたのを、今更ながらに思い出したのよ。 でも…… 一つ全く違う事があるの。
前世では、何時もケイトは、学習院の生徒では無かった。 ヒルデガルド嬢の後ろに立つ ” 傍付下女 ” として、学習院へ登院していたのよ。 いわば、孤児院出身のアントンと同様の立場でって事ね。
前世では、私の従者である ” アントン ” が、私が成した悪行を逐一 ” 彼女 ” に伝えていたみたいなの。
十分な資料と、私の為人。 勘案する材料は豊富にあり、そして、彼女の優秀な頭脳は、私の未来の行動を十全に予測して、その対策を立案した。 それが、全てね。
実際…… 彼女の家は、一家離散状態だったわ。 既にファンデンバーグ法衣子爵名跡は潰えていたのよ。 御尊父も御母堂も身罷り、兄上様は市井の何処かで、その日御暮らしに成っていたとか…… その原因が聖堂教会の方々がリッチェル卿に忖度して、御母堂様の受けた『呪い』の解呪を断っていた事。
当然、主導していたのは貴族派の枢機卿の方々。 彼等は、貴族の方々の意向をとても良く汲み取られるのだものね。 ただし、聖典に記されている事には、反駁は出来ないけど。 故に、ファンデンバーグ法衣子爵令嬢は、深く、深く、聖堂教会を憎んでおられた。
聖堂教会の高位聖職者達は、曾て『聖女候補』と持ち上げていた彼女の御母堂を見捨てた事。 自身が堕とされようとしていた『最悪の環境』から救い出して下さった『リッチェル侯爵家』の至宝たるヒルデガルド嬢に、聖堂教会が『聖女』の尊称を与えぬ事。
彼女にとって、『聖女の称号』など、聖堂教会にとっては、とても軽いものな筈なのに、それすら渡さないなど、言語道断。 事実、愛して止まなかった御母堂様は、『聖女候補』と云う、称号を戴いていたのに、いとも簡単に切り捨てられた。 ……その程度の物だと、認識していたとしてもおかしく無いわ。
恨みつらみを募らせるには、十分な出来事だもの。 『記憶』に有るわ、彼女が忠誠を誓うのは、只一人。 そうヒルデガルド嬢のみなのよ。 そして、彼女が安らかに暮らせることが、リッチェル侯爵家の総意。 それを脅かす者は、何人も許さない…… と。 そう云う感じだったわね。 確かに、そうだったわ、前世では。
「ファンデンバーグ法衣子爵は、没落の危機から遠ざかり、その能力を最も活かせる職場に置かれた。 御継嗣もまた、同様に能力の高い方だし、宰相府としては善き人材を得たと云う事だ。 厚遇したのだろうな。 周囲の者達は、法衣子爵が生活に苦慮していた時、手を差し伸べなかった。 ……寄り親は、知っているか?」
「えっと…… たしか、リッチェル侯爵家だったわね。 そうだった筈よ? ……今も? リッチェルの門閥の方々がファンデンバーグ法衣子爵家を手助け…… なんかしないわよね。 えっと……?」
「ファンデンバーグを追い詰めたのは、リッチェルの無関心。 その一言に尽きる。 彼の方は決断されたのだよ、『寄り親』の変更を。 今の『寄り親』は、フェルデン侯爵家と成っている」
あら、ブライトン卿、その認識は王城でも有ったの? 寄り親である『リッチェル侯爵閣下』への門閥貴族の方々の忖度により、ファンデンバーグ法衣子爵は、職務を解かれ最下層と云うべき処に左遷されていたわ。 それについて、リッチェル侯爵は何の反応も示さなかったと聞くわ。
つまり、” 見捨てた ” のよ。 ブライトン卿の言葉を借りれば、『無関心』ね。 才に見合わぬ職場で、法衣子爵様は日々 蔑みの視線に、耐えられていた筈ね。 続けられるブライトン卿。 言葉の端々に、強い嫌悪が浮かび上がっているわ。
「寄り親、連枝の長、家門の長…… リッチェル卿の影響力は王国のあらゆる場所に、その猛威を振るう。 序列第二位の侯爵家。 大臣職は奉職されていないが、リッチェルに連なる者達は、有能なる人材の宝庫。 ありとあらゆる行政組織に、門閥の『人材』を送り、王国の屋台骨を支える家なのだから、始末に悪い。 あの大狸にとって、一介の官吏の代わりなど、幾らでもいる。 愛娘ヒルデガルド嬢が、聖堂教会の悪徳神官にされた、『搾取行為』に激怒したのは、有名な話だ。 教会に連なる者達に対し、極めて厳しい目を向けたのも、” 愛娘を害した者達を許さぬ ” と云う、リッチェル卿の御意思の表れだったようだ」
「とばっちりもいい所じゃない。 教会関係者って云っても、法衣子爵夫人が過去に『教会の修道女』であった経歴をお持ちだったと云う事でしょ? 門閥の他家にもいるのでは?」
「問題があった。 ファンデンバーグ法衣子爵の御妻女の経歴は、リッチェル卿にとって、面白くないモノだった」
「はて? 何が問題だったの?」
「…………聖女候補者。 癒しの力を持ち、神様と精霊様方の御声の降臨を願える方だった。 リッチェルとしては、あれ程願うヒルデガルド嬢の『聖女認定』が、教皇猊下と経典により否定されたのにもかかわらず、高々 法衣子爵の御妻女が、その認定を受けているのが気に入らなかったんだ。 たとえ、候補者であったとしてもな」
「正式な研鑽を積んだ結果の『認定』でしょうに。 それって『逆恨み』…… ね」
「だな。 ……夫人を愛する、ファンデンバーグ法衣子爵。 そして、御継嗣に御令嬢は、この『仕打ち』に相当心を痛められたようだね」
二人の話を聴いていたルカが、おもむろに言葉を紡ぐ。 纏める様な言葉遣いは、普段からそう云う立場で人を使役する人物特有の響きを持っていたの。
「事実、ファンデンバーグ法衣子爵家は、神殿の関係者に救われた。 御妻女に掛けられた『呪い』や、失敗した『解呪』などの、彼の家に行われていた悪意の数々を、打ち払う出来事があった。 聖堂教会側の発表では、神秘院に属する高位の神官が、不逞の神官が行った未熟な『解呪』を打ち払ったと、そう発表されている。 ファンデンバーク法衣子爵令嬢が、信仰心に目覚めるのも不思議じゃない。 でも…… 一つ、不可思議な点が有るね」
「『何故、貴族学習院 小聖堂にて祈りを捧げていたか』。 と云う点?」
「そうだね、ピンキー嬢。 学習院内は以前と変わらず教会には強い不信感が根付いている。 信仰心に目覚めたとしても、街区に有る『祈祷所』や邸内に有る『祈祷台』での祈りで事足りる筈。 なにも、状況の悪い、教会に関する事に悪感情を抱く者が多い『学習院内の小聖堂』に時間を割いて、わざわざ足を運ぶ必要は無い。 ハッキリ言って、悪目立ちする」
「ならば………… 別の目的が有ると?」
「そう考えても、不思議では無いと思うよ。 誰かと会う為に、その機会を伺っているとか?」
「そうなると…… 狙いは『フェルデン侯爵令嬢』?」
「ファンデンバーグ法衣子爵令嬢の意思が何処に有るのかは判らないけれど、その可能性は十分に有る。 決して油断してはいけないと思う。 それに、彼女に追従する下級貴族の令嬢達も居るのだろ?」
「ええ、そうね。 治癒所に来た男爵令嬢が言うに…… その面々は、少々毛色が違う感じなの」
「と、云うと?」
「ほとんどが、” 法衣 ” が、付く貴族家。 それも、栄光あるキンバレー王国の建国当初からの御家柄の家門。 でも、ファンデンバーグ法衣子爵家とは、直接的な関わり合いは無いわ。 『不思議』と言えば、彼女達は個人の意思だけでなく、誰かに指示されている可能性もあるの」
「へぇ…… それは、誰?」
「…………判らないの。 決して口を割らないのよ、その点に関しては。 その事自体、口を滑らした感じの言葉でね、気に成ったものだから、色々と誘導してみたんだけど……」
「ピンキーの誘導に引っ掛からないとなると、厄介だな」
腕を組み、深く考えを巡らすルカ。 事実に基づき、その事実が何を意味しているのかを深く考えている様子なの。 そんなルカに、静かな声が紡がれる。 そう、もう一人の方。
「何となくだが、心当たりは有る」
「ポールには、誰だか予測できるのか? 高位貴族を含めた貴族社会についての歴史や経歴については、僕は少々疎いから…… 教えてくれないか?」
「あぁ、私も父に教えを請うた。 ピンキーが言う、建国以来の法衣と名の付く貴族家は、主だった侯爵家の門下には隷属していない。 ファンデンバーグの方が珍しい『法衣子爵家』と云う事だ。 長いキンバレー王国の中では、ファンデンバーグ法衣子爵も由緒正しき家門だが、それでも中興の祖以降に組み入れられた法衣子爵家だった筈だ。 これは、後から貴族名鑑で調べてみるが、多分私の記憶に間違いは無い。 そこに、建国当初からの御家柄を誇る、法衣男爵家、子爵家の御令嬢方が合流されているとなると…… 中立派か」
「中立派? 悪いが、聴いた事が無いな」
「隠然とした、暗黙の了解の様なモノでな。 キンバレー王国の廷臣には、仄暗く深い場所で、王室派と貴族院派が存在する。 極めて表には出にくい派閥では有るのは、ルカが知らないと云う事も合わせて考えてくれ。 王室派は、国王陛下に忠誠を誓い、藩屏たるを何よりも重要視する一派。 大公家の二家。 そして、八大侯爵家の中の三家がそれにあたる」
「残りの四公爵家と五侯爵家が貴族院派なのかい?」
「それも違う。 四公爵の内、バヒューレン公爵家、五候爵の内の三侯爵が貴族院派なんだ。 こちらは、キンバレー王国その物に忠誠を誓っているとも云える。 例え、国王陛下であっても、その行動が王国の未来に闇を置くならば、これを排除しても致し方なしと、考える一派でもある。 いい方は悪いが…… 王国法典派とも云える。 規則や事例、過去の出来事に学び、王国に安寧を齎すのだと云う自負心がとても強い。 自分達が統治者であり、生まれながらに選ばれた者だと自認している。 選民意識が強いのだ」
「ん? その言い方とであれば、貴族院派が保守派で、王室派が革新的思考を持っているように聞こえるな」
「新しきを導入し、より良く国を導くのは、王室典範に記載されている事項でもある。 常に前進せねば滞留し腐ると。 それが故に既得権益が有る者とは、少々小競り合いも発生する事案を、陛下が度々ご提案されると、法務局の友人が教えてくれた」
「英邁なるかな国王陛下………… 他国とは、事情が、かなり異なるようだ」
「あぁ、それが故に、我等キンバレー王国の衰退は未だ見られていないとも云う。 そして、残る三公爵家と、二侯爵家が中立派…… どちらにも属さず、陛下の余りに急進的な意見には反対し、かと云えば貴族院から余りにも保守的な草案が出てきた場合には、コレを腐敗の温床と指摘する。 どちらの派閥にとっても、厄介な目の上の瘤と云う訳さ」
「それらの家門の方々から密命を出してと?」
「共通点は、建国以来の御家柄と云う点。 そして、教会の在り方については、『一家言』在る方々であると云う点。 現状の聖堂教会の自浄には、とても好意的であると云う点。 全てを鑑みて、裏にいらっしゃる方々と考えられると思う」
なんだか、大きな話ね。 でも、ブライトン卿の御話には一定の同意をせねば成らないわ。 教会と王侯貴族との間の深くて昏い溝を憂慮されているのは、何も猊下と陛下だけでは無いもの。 建国以来、常に憂慮される事柄が有ったの。 王国の未来に闇を置きかねないトンデモナイ置き土産がね。
初代聖女様の悲劇が、それね。
権威を確立すべき時期に仕出かした、王家の看板に泥を塗る様なそんな出来事。 当然表には出せないから、内々にて処理されて、王国史には記載されていないの。 その事実を知るのは、建国当初からキンバレー王国に仕えていた人々の密かなる口伝のみ。
建国当初に王家が仕出かした事に、強く非難していた方々も居たらしいのよ。 その中の筆頭的立場にあったのが、ウルティアス大公家で…… 今の貴族学習院の副学院長様である、マリオート=ルイジール=ピーチェス=ウルティアス大公閣下なのよね。
閣下に連れられて、あの尖塔の小部屋に連れていかれ…… 余りの惨状に、思わず浄化を発動して、陰々たるモノを漏れ出していた、初代様の聖杖を眠りに着かせたのは…… 『私』なのよね。 それから…… あの小部屋は、清浄なる空気が占め、精霊様方の『御加護』厚き場所となった。 うっすらと発光しているのが……
―――― その証左。
と、云う事は…… 古き家伝で口伝でもある、王家の罪がついに『許された』と…… そう認識されても不思議じゃない。 その事跡を誰が成したか…… 今はまだ、韜晦に次ぐ韜晦で、教会も王家もウルティアス大公家も表出していない。 聖堂教会と前大聖女様の『思召し』……だと思う。
けれど…… 事実は事実。
どんなに強く緘口令を敷こうと、判る者には判る。 穢れが昇華され、聖杖が安置されたのは…… 感じられる人ならば、成されたと理解出来てしまう。 表立っては、何も出来ないけれど、如何にか感謝を伝えたいと動かれるのも、不思議じゃない。
其処に、ファンデンバーグ法衣子爵が、強い神聖なる力で救われた事跡が呈せられた。 疑念を持つ方々は、教会の公式発表に疑義を差し込まれた。 誰かが、貴族街の一角に於いて、『神降ろし』の『聖女の権能』を行使したのではないかと。 その行使した人物が、王家の悲願を全うした者であるのではないかと、推察したのではないかな。
当事者である、ファンデンバーグ法衣子爵令嬢が、『何かの目的』を持って、学習院小聖堂で祈る事を始められた。 深く推論を巡らされた方々は、そこに何かしらの意思を見ていると云う事。 それを探れと、同じ心を持った古き血を継承する方々に、それとなく指示を出されたと云う事なのかもしれない。
うん、全ては、予測。
でも、大きくは外れてはいないと思うのよ。 腕を組んだルカは、最終判断を以て、この会合を終えようとしていたの。 まぁ、時間も時間だしね。
「なかなかにフェルデン侯爵令嬢の周りは煩くなりそうだな。 ” 息抜き ” の時に、彼女には良く言っておく。 小聖堂に誰か居るようですから、気を付けて下さいと。 情勢は悪いままだと」
「……隠すの」
「実際、まだ学院の状況は悪い。 此処で彼女が大きく動くと、例の『煌びやかな貴顕の方々』の目に止まり、それこそ、どんな難癖をつけられるか判った物じゃない。 取り敢えずは様子見をせねば」
「彼女は、一個の人格を持った修道女よ? それに、格としては、侯爵令嬢。 準貴族でも有るの。 彼女には選択肢は無いの?」
「……ピンキー、あの方の為人を知っているか?」
「なによ…… とても、優しくて、素敵な方よ?」
「どんな厄介事にも怖じず、正論を以て対処されるのだよ。 矜持高い貴顕の方々が、その強襲とも云える正論に耐えられるか? 自身の過ちを素直に認められたとするならば、ヒルデガルド嬢の振舞いに、そして、リッチェル侯爵家のやり方に…… 『何らかの苦言』を呈しても然るべきではないのか?」
「う、うぐっ…」
「そう云う反応に成るよな。 …………危険すぎる」
あらあら、そんなに私って…… 強情で空気が読めないと思われているんだ…… ルカったら、なんで、そう思ったのかしら? 今、お話合いをするべきかしら? …………出来ないわね。 そんな事をすれば、クインタンス様の顔に泥を塗ってしまうし…… ブライトン卿も何も言わないから、ただ聴いて居ろと云う事ね。
判った。
―――― 我慢する。
でも…… ね。 行動の制限はされて居ないのだもの。 貴族学習院の中では、自由に動けるのだものね。 うふっ…… 聴いた限りは、動かないと。 何もせずに居たら、直ぐに成人年齢に達してしまうもの。 『御役目』を放棄してしまう事に繋がるのよ。 それは、出来ないわ。
―――― 若い王侯貴族の方々の偏見を抜くには、今が一番の時間。
社交界に出てから…… 家門を継いでから…… では、遅すぎるもの。 王領と、辺境部の意識の差なんかも、見過ごしには出来ない。 選民意識は、正当な義務を負って、その義務を遂行する人が持つべき者。 大切な民を自身の影響力の下で庇護しているのだと云う、確固たる信念を持ってもらわねば、それこそ暴君と成っていくのよ。
行きつく先は暗冥の後悔しかない。
だから、判って貰わねば成らないのよ。 自分が出来る事を、自分らしく…… ですわよね、アーガス修道士様。 そっと、自身に【隠形】を重ねて掛ける。 もう、簡単には、私の存在を気取られる事は無いわ。
【認識阻害】と【隠形】を纏ったまま、ルカが退出する時に合わせて、サロンを退出。 きっと、残されたお二人は、ヤキモキしていると思うけれど…… ごめんなさいね。 時間が惜しいのよ。 今は、確かめねば成らないのよ。
ええ、彼女が……
グレイス=ケイトリッチ=デル=ファンデンバーグ法衣子爵令嬢が……
何を考えて、そんな危険な事をしているのかを。 もし、私が目的ならば、早々にお逢いして、御心内を確かめないと…… 彼女自身に、禍が降りかかるのだものね。 ルカの口振りからすると、多くの非融和派の貴族子弟息女の『悪意の対象』と、なってしまう。 その身を害そうと、決断に至る程の教会に対する『嫌悪』が、貴族学習院には存在すると、云う事よね。
とても、危ういのよ、教会関係者の私とは違い、法衣子爵令嬢たる彼女が、学習院の小聖堂で祈りを捧げると云う事は。
私の脚は、元来た通路を辿り始める…… ルカとは扉を出た所でお別れね。 真っ直ぐに、私は貴族学習院、小聖堂へと向かって行ったの。 出逢うべき人に、出会う為に。 話を聴かねば成らないもの。 何故そんな無茶をしているのか。 その答えは、きっと…… この『益体も無い状況』を打破する為の……
――――― 『糸口』になると、何故か確信できたの ―――――