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エルカリム  作者: Pixy
第四章 亡き王国の為のパヴァーヌ編
94/94

第94話 『陽光』

ついにキラは王城へ到達した。

会議室でジョルジオ大臣と対峙した彼女は王家の聖剣を抜き放つ――。


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 特務隊の奮闘により、エドワードは命拾いをした。

 その頃、キラはと言うとルークの身を案じつつ、王城を目指していた。

 アルバートと鉄騎隊の兵を伴い、軍馬で城下町の大通りを突き進む。

 馬の蹄鉄が石畳を激しく打ち鳴らし、通行人は轢かれそうになりながら逃げ惑う。

 事態を隠蔽するために、大臣は非常時宣言を出していなかった。

 広い大通りの両脇には露天が立ち並んでおり、何も知らない市民は普段通りに道を行き交う。

「道を開けろ! 騎馬隊が通る!」

 先導するアルバートが声を張り上げて警告する。

 キラは申し訳ないと思いつつ、今はゆっくり馬を歩かせる時でないと理解していた。

 国が大きいだけあり、王都の規模も巨大だ。それでも確実に、中央に位置する王城は近付いている。

 高い塔が、城壁が、目の前に迫ってくるようだった。

 かつてはあの城で生まれ、ずっとそこで育ってきた。言わば我が家である。

 その実家が、今は遠い。全速力で馬を飛ばしているのに、それでも近いようで遠い。

 焦りを隠せないキラの耳に、側面から怒号が飛び込む。

「居たぞ、王女だ! 逃がすな!」

 南北の門から入り込んだ、ガストンの部下だ。

 通行人だろうが露天だろうが形振り構わず踏み潰し、キラ達へ追いつこうとする。

 彼らの剣や槍は既に血で汚れており、道中で王国兵と衝突してきたことを物語っていた。

 これに素早く反応したのは、鉄騎隊の兵達である。

「ここは我々が! 団長、ご武運を!」

 そう告げると、味方の騎馬兵は長剣を構えて敵へと向かっていく。

 鉄騎隊は本来、弓騎兵部隊である。長射程の長弓ロングボウで引き撃ちをするのが強みだった。

 そのアルバートの戦術を『臆病者』と評する騎士は少なくなかったが、鉄騎隊は何も弓専門の部隊ではない。

 必要とあらば、剣による白兵戦だろうが何でもこなす。そう訓練されていた。

 皮肉にも、ガストンの部下達がその恐ろしさを理解するのは、敵対して初めてだった。

 市街地という騎兵にとって戦い辛い地形にも関わらず、鉄騎隊は互角以上の戦いぶりを見せる。

 敵部隊は手を焼き、キラの殺害どころではなくなった。

 キラとアルバートの護衛には数人の兵が残り、追手を見る見る引き離していく。

「アルバート、彼らは……」

「大丈夫です」

 そう断言するアルバート。

 ガストンがどんな精鋭を従えていようと、鉄騎隊に敵うはずがない。そう確信していたからだ。

 やがて王城の門が見えてくる。

 石造りの堅牢な城壁と高い塔が、侵入者を威圧するかのようにそびえ立つ。

 その城を囲むように水を張った濠が掘られており、今は普段通りに跳ね橋が通っている。

 もし王都が戦火に見舞われた場合は、この橋を上げて門を閉じ、濠を渡ろうとする敵兵には矢の嵐が降り注ぐのだ。

 首都決戦を見越して建造された、乱世の城塞である。

 跳ね橋の手前で、衛兵はキラ達を呼び止める。

「アルバート殿、これは何事ですか!? いかにあなたがクロムウェル卿の御子息と言えど――」

 先頭に立つアルバートを見て咎めようとする兵士だったが、そこへキラが前に出た。

「キラ・サン・ロイースです。ただいま戻りました!」

 彼女の顔を見て、その場に居た全員が驚嘆した。

 王都の、それも王城の警備に当たる兵である。王女の顔を見て分からぬはずがない。

「こ、これはご無礼を……!」

 兵士達は頭を垂れて脇に寄り、道を開ける。

 キラとアルバートは彼らが味方であると確認し、軍馬から降りた。

 騎乗したまま城内へ突入するわけにもいかないためだ。

 馬を降りながら、キラは周囲の兵に問いかける。

「私はバルバリーゴから王国を取り戻すために来ました。彼は今、どこですか?」

 直前に何となく察していたものの、この言葉は兵士にとって福音だった。

 それほどまでに、ジョルジオ・バルバリーゴという大臣は嫌われていたのである。

「今は会議室に居るはずです。ご案内致します!」

 何人かの衛兵がキラを先導する。

 アルバートもそれに続きつつ、この場に残る兵には跳ね橋を引き上げて追手を閉め出すよう指示を出した。

 駆け足で城内へ入るキラ達の背後で、慌てて門が閉じられた。

 城下町も広かったが、王城も十分に大掛かりなものだ。

 城壁の内側は中庭が広がっており、そこを行き来する衛兵は皆、キラの顔を見ると驚いた後に一礼する。

 奥へと進む道は意外と狭く、左右へ曲がりくねっていた。敵に攻め込まれた際、大部隊の直進を許さないためである。

 いくつもの階段を登り、何重にもそびえ立つ城壁の門を潜り、城の中心部である上層階へ辿り着く。

 ここまで来ると、貴族達の住まう居館が目立つようになる。

 目指すのは政治中枢である本館。この城で最も大きく、最も美しい建造物だ。

 王族の住まい、つまり宮殿であり、王国会議が開かれる場でもある。

 その会議室に、クーデターの首謀者であるジョルジオが居座っている。

 本館に入ると、床のカーペットや壁掛けに鮮やかな真紅が目立つ。

 赤を基調としつつ、オレンジ色の縁取りや文様が描かれる。これはロイース王家の象徴の色だ。

 衛兵だけでなく侍女の姿もよく見られ、中には驚きのあまりトレイをひっくり返してしまう者も居た。

 やがて大きな両開きの扉の前まで来ると、案内の衛兵はドアの脇に控える。

(ここが、終着点……)

 あまり政治に関わることのなかったキラには、実家と言えど会議室は慣れない場所だった。

 ここへ踏み込み、聖剣を示せば戦が終わる。ルークも、エドワードも、皆が助かる。

 少し息を吸い、キラは厳つい扉を開け放った。

 会議室は巨大なホールとなっており、無数の人間が席についていた。

 この会議に参加するのは、どれも有力貴族や王国軍の幹部など、まさに国の中枢を担う者ばかりだ。

 大きなガラス窓から日光を引き入れ、高い天井には巨大なシャンデリアの照明。

 とても明るい部屋である反面、空気が淀んでいることはキラにも肌で感じ取れた。

「な、何事だ!?」

 会議室の奥でそう声を荒げる肥え太った男。

 これこそ、標的のジョルジオ・バルバリーゴ大臣である。

 会議室内の椅子は全て、地位によって位置が決まっている。図々しくも、ジョルジオは国王の次に偉い上座の側に座っていた。

 その傍らには、かつてキラの仲間として潜り込んでいたスパイ、オーウェンの姿もある。

 周りの貴族らも状況が飲み込めず、騒然としている。

 王国会議中に何者かが突入して来ることなど、滅多にありはしないからだ。

「私の名は、キラ・サン・ロイース! 玉座の盗人を糾弾するために参りました!」

 ジョルジオを睨みつけながら、キラはそう宣言する。

 会議室は騒然となった。

 大臣のクーデターの噂は国中で有名だったが、王家が絶えたとされる今、大臣に逆らえる者は居なかった。

 大義名分としては国王亡き後、代理で国政を担っていると大臣は言うが、やっていることは権力の掌握に他ならない。

 逆らえずとも疑念を抱く諸侯が少なくない中、死んだはずの王女を名乗る者が現れた。

 王国議会に揺さぶりをかけるに十分は出来事だった。

 貴族達が半信半疑な中、唯一事情を知っている男――ジョルジオは悪足掻きに出る。

「に、偽物だ! 王家は賊の襲撃で途絶えたのだ! そう、王族派どもが用意した影武者だろう!」

 どちらを信じるべきか、貴族や軍人はキラとジョルジオを交互に見やる。

「王女殿下、生きておられたと言うんか……!?」

「いや、本物だとすれば今まで何を?」

 こういう展開になるのは予想の範囲内。

 キラは無言で腰の鞘から聖剣を抜き放ち、頭上に高く掲げる。

 そして訓練でやってきたように、自身の魔力を腕を介して剣に込めた。

 明るかった会議室を、より鮮烈な光が照らす。

「あ、あれは……!?」

 会場はより一層どよめいた。

 閃光の眩しさに目を細めつつ、誰も彼も光源の剣から目を離せない。

「聖剣だ! 失われた王家の聖剣に違いない!」

「まさか、伝説は本当だったのか!?」

 キラが身の証として示したのは、王家に伝わる古い伝説そのものだったためである。

『王が握った時、聖剣は陽光の如き光を放つ』――ロイース貴族で、その伝説を知らぬ者など居ない。

 ただの宝剣なら贋作を用意することは難しくないが、魔法の力を宿した剣となると話は別だ。

 しかし聖剣の力を引き出せた王はもう昔の存在で、この場に居る者は誰一人として自分の目で伝説を見たことがなかった。

 もし聖剣の光を眼前に突き付けられなければ、諸侯達も納得しなかっただろう。

 掲げた聖剣を下ろしつつ、魔力は一定込めたままでキラは言い放つ。

「これが動かぬ証拠です! 覚悟なさい、バルバリーゴ!」

 キラの視線と聖剣の切っ先が、真っ直ぐにジョルジオへ向けられる。

「……どうやら、釈明すべきはあなたの側のようですな。ジョルジオ・バルバリーゴ大臣!」

 唖然とする諸侯らの中、最初に行動を起こしたのは王国軍のトップ、マクシミリアン・テリフォード大将軍だった。

 席から立ち上がってこう言うと、部下にジョルジオを逮捕するよう命じる。

「く、くそっ!」

 ジョルジオにとって、最も恐れていた事態である。

 顔を真っ青にした彼は、キラに背を向けると裏口から逃げ出した。

 護衛であるオーウェンと数人の私兵も、やむを得ず脱兎の如く会議室を離れる。

「追え! 城から出すな!」

 アルバートも衛兵に指示を出す。

 こうなれば兵士も迷う必要は無く、一斉にジョルジオの後を追い始める。

 キラの仕事はここで終わりだが、彼女は聖剣を起動させたまま会議室を突っ切り、裏口へ向かっていく。

「姫様、危険です!」

 アルバートもその後に続いた。

 危険ではあるが、家族の仇討ちをしたい彼女の気持ちもよく分かる。故に完全には止めなかった。

 ジョルジオは肥え太った上に運動不足な身体を必死に動かし、城からの脱走を図る。

 衛兵が行く手を阻もうとするが、彼は何も独りではなかった。

 城内にはジョルジオの私兵も詰めており、主の一声で集まって城内で戦闘が始まったのだ。

 それでも多勢に無勢、数の優位は既に逆転している。

 何とか城門前まで来た私兵のうち数人が、その場に留まり追手を迎撃する構えを取る。

「バルバリーゴ様、お逃げください!」

「ここは任せたぞ!」

 オーウェンは私兵達にうなずき、僅かな護衛と共にジョルジオと城外へ逃れる。

 キラが入ってきた反対側の城門はまだ封鎖されておらず、彼らは一目散に王都の東側へと走って行った。

 衛兵側は私兵を力尽くで排除しようとするも、駆けつけたキラは戦闘を止めに入る。

「やめてください! 同じ王国兵同士、殺し合う必要はもうないんです!」

 キラからすれば、ジョルジオ一人を討ち取れればそれでいい。

 こうしている間にも、城下町や郊外ではロイース人同士の戦闘が続いている。これ以上、無用な犠牲を出したくなかったのが本音だ。

「投降すれば命は保証します! どうか矛を収めてください!」

 周りは王国兵に囲まれており、ジョルジオを逃がすという目的は既に果たしている。

 争う必要はもう無いかと思われた、その時――

「バルバリーゴ万歳!!」

 突如、私兵達はそう叫ぶと、握っていた剣で自らの喉元を突き刺した。

 揺るがぬ敗北を前にしての自刃である。

「……敵ながらあっぱれな」

 追いついたアルバートは、その現場を目撃して一言呟いた。

 対してキラはと言うと、自決を止めようと伸ばした手を握りしめ、俯いていた。

「何で、こんな……」

 彼女からすれば、意味の無い死だった。

 一度は国賊扱いになるとしても、末端の兵に恨みはない。故に死罪にする気も無かった。

 再び王国に忠誠を誓う心があるなら、許して受け入れたいつもりでいた。

 大臣の私兵と言えど、家族や友人も居るはずだ。

 何も死ぬことはないのに――そう叫びたい気持ちを堪え、キラは顔を上げて兵士達に振り返る。

 ここまでしたあの男を地の果てまで追って斬り捨てたいが、それよりも今やるべきことがあった。

「アルバート、勝利宣言を! 城外ではまだ戦闘が続いています!」

「はっ。直ちに!」

 そう、ルークも、シエルも、エドワードも、結果がどうなったのか知らないまま戦い続けている。

 伝令が王族派側の勝利を宣言すれば、この合戦を終了させることができる。

 アルバートが具体的な指示を出し、それを受けた衛兵達は速やかに方方へ散っていく。

 城下町から郊外まで、この報せを伝えるためだ。

(お願い、ルーク。負けないで……!)

 この後はキラにできることは無い。

 役目を果たした彼女は、仲間の無事を祈った。


 キラが王城へ突入したちょうどその頃、ルークと女傭兵との戦いも終結に近付いていた。

 互いに決定打に欠くもののダメージが蓄積しており、細かい傷が増えている。

 ルークは革の戦闘服の至る所に切り傷が入り、裾などは破れかかっていた。顔や腕からも出血している。

 対する女傭兵も革の胸当てや鉄製の篭手は傷だらけかつ泥まみれ、二刀流の短刀もかなり傷んできていた。

 元々持久戦に向かないルークだけでなく、激しい動きを武器とする女傭兵側も、体力は限界に近い。

 ルークは封印している魔力を解き放てば、決着をつけることも可能だった。

 しかしここまで傷を負った状態で魔力を暴走させたが最後、大怪我で済むかどうか、かなり怪しい線だ。

 キラと約束した以上、ここでそんな危ない賭けに出るわけにもいかず、彼は頭を悩ませる。

(相打ち覚悟ならどうとでもなるが……)

 思えば今まで、ルークはそんな戦法ばかり取ってきた。

 剣士としては筋力やスタミナに不安があり、かつ魔力の大半を封印している状態では魔法剣士としても中途半端。

 その実力差を埋めるため、捨て身になって敵にぶつかる。当然、自身の生還は考えていない。

 そんなルークにも変化が訪れる。キラの存在である。

 彼女との約束を守るためにも、ここを生きて切り抜けなければならない。

 今までとは真逆の考え方が求められていた。

 女傭兵は再び跳躍し、建物の影へ一旦身を潜める。攻撃に出る前の動作だ。

 向こうも次の一手で勝負を決めるつもりだと、ルークは察した。

 敵はどこから飛び出して来るか分からない。

 なるべく時間を稼ごうと、ルークは左右の建物から距離を取り、大通りの中心に移動する。

 魔法剣を構えたまま意識を研ぎ澄まし、敵の気配を探った。

(あの剣士は、攻撃に出る時は真っ直ぐに踏み込んでくる)

 魔法で足場を作り、上下左右へ跳ね回るのはあくまでフェイントだ。

 虚と実を相手が見失った頃合いに仕掛けるが、その時は最短距離を直線で詰めてくる。

 これらの動きは、かつて戦ったセレーナと酷似していた。あの時の感覚で次を読める。

 ゆっくりと深呼吸を行い、心を落ち着け、全身の無駄な力を抜く。

 傍目から見れば、道のど真ん中でぼんやり突っ立っているように見えただろう。

(…………来たっ!!)

 隠し切れない一瞬の殺気――それをルークは感じ取った。

 女傭兵は斜め後ろの頭上から仕掛けてくる。

 振り向きざまにカウンターを返そうとするルークに対し、相手は何と上空からの蹴りを決行した。

 確かにリーチだけなら腕よりも伸びるが、本来なら飛び蹴りは見た目に反して警戒するに及ばない技だ。

 しかし女傭兵は空中に作った足場に軸足をつき、矢のように鋭く、もう片方の足を繰り出す。

 この敵はセレーナと同じく、宙を跳ね回るために魔力で脚力を強化している。直撃を受ければ命は無い。

 ルークは自分から体勢を崩し、紙一重でキックをかわした。

 胸部すれすれで聞こえた風切り音が、いかに致命的な一撃だったかを物語る。

 ここでルークの側はそのまま転倒し、女傭兵は短刀による追撃を入れる、そのはずだった。

 ルークは左手で印を結んで即興の術を組み上げ、風の呪文を放つ。対人で使っても大した威力にならない術だ。

 だが狙いは地面、彼は風圧の反動でバランスを失った身体を立て直し、その勢いを乗せて女傭兵に剣を薙ぐ。

 甲高い金属音が通りに響き、女傭兵の左手の短刀がへし折れた。

 長剣と比べて短刀は小さく非力な上、ルークの側は魔法大学で魔力を付呪エンチャントされた特別製である。

 長く打ち合えばどちらが先に限界に来るか、明らかだった。

 攻撃に失敗した女傭兵は空中で体勢を崩し、石畳で舗装された大通りの上に落ちた。

 ルークはとどめに持っていくべく、道路を転がる女傭兵を追撃する。

 片方の短刀を折ったと言っても、まだ本人に致命傷を与えたわけではない。この相手なら、短刀一振りでも戦うだろう。

 距離を詰めて振り下ろされたルークの剣を、女傭兵は右手の篭手で受け止める。

 まだ健在な右手の短刀を使わないのは、こちらも傷んでいて折れる危険があると判断したためだろう。

 かなり追い詰められた状況だが、女傭兵の目つきはまだ戦意を失っていない。

 何を思ったか、女傭兵は折れた短刀を手放した左の手の平をルークへ向けて突き出す。

 掌底での反撃かと思われた、その瞬間――。

 カシャリ、と金属が擦れる音が聞こえたかと思うと、左腕の篭手の裾から折り畳まれていたバネ仕掛けの刃が飛び出した。

 傭兵や殺し屋が暗器として使う、隠し小剣の類だ。

(しまった……!)

 女傭兵の狙いはルークの胸部、急所だ。

 避ける猶予など無い。彼の右胸に鋭い痛みが走る。

 だが、ルークの胸を刺し貫く前に隠し小剣は止まった。

(この感触、鉄か!?)

 女傭兵側も、手応えで瞬時に不発だと気付く。

 ルークは魔法大学で剣を新調するのと同時に、戦闘服も改良して貰っていた。

 革の内側に鉄の胸当てを張り合わせており、外側からではどこが装甲化されているか見分けられない。

 隠し小剣は鉄板に小さな穴を開けるまでは行ったが、中途半端に突き刺さって止まった。

 もしまともに食らっていれば即死していたところだ。

 ルークは反射的に身を捩る。

 思った通り、隠し小剣は真っ直ぐ突き刺す向きでは頑丈だが、横方向からの衝撃には弱い構造をしていた。

 刃先はルークの胸部に刺さったまま、音を立てて小剣は折れた。バネなどの細かい部品が周囲に散らばる。

 これが切り札だったのだろう、女傭兵も驚いた表情で一旦距離を取った。

 このまま泥仕合にもつれ込むかと思われたその時、王城側から騎乗した伝令兵がやって来る。

「戦闘を停止せよ! 王女殿下が城に戻られた! 繰り返す、戦闘を停止せよ!」

 キラが仕事をやり遂げた合図だ。ルークの側が勝ったのである。

 彼と睨み合っていた女傭兵は、それを聞いて観念したのかゆっくりと構えを解き、ため息をついた。

「……こんな大赤字は久々だ。やってられない」

 驚いたことに相手の声は野太く、女のそれではなかった。

 黙々と戦っていたので気付かなかったが、相手もルークと同じく、女顔の男だったのだ。

 その男の声で傭兵は続ける。

「俺の名はサイファー。君は?」

 不審に思いながらも、相手からまず名乗ったならこちらも名乗るのが礼儀だろうと、ルークは答える。

「……ルークと言います」

 あくまで警戒は解かず、隙を見せないよう距離は保ったままだ。

「覚えておこう。次は敵でないといいな」

 そう告げると、サイファーと名乗った男は風のように建物の影へ姿を消していった。

 あくまで彼は大臣に雇われた傭兵に過ぎず、命まで捧げる義理は無い。

(サイファーか……。恐ろしい相手だった)

 正直なところ、もう二度と会いたくないと思った。

 特に最後の一撃、装備を改良していなければ負けていたのは自分の方だっただろう

 そして都会の大通りのような開けた場所でも、地形を選ばず機動戦を活用する独自の戦法――よく勝てたものだと冷や汗をかいた。

 伝令の後から続いてきた王国兵に味方だと伝えながら、体力を使い果たした彼はしばし休むことにした。


To be continued

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