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エルカリム  作者: Pixy
第四章 亡き王国の為のパヴァーヌ編
93/94

第93話 『救い主』

本陣を捨てて逃げるエドワード達にレナードの攻撃隊が迫る。サイモンとトマスの救援は間に合うのか?


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 カヴェナンター奪還戦の戦局は大きく動いた。

 勝利の鍵を握るキラは鉄騎隊と共に防衛線を突破、王都内へ入った。

 その報告を防衛隊本陣で受けたガストンは、苦々しい表情を浮かべる。

(あの魔術師、口程にもない……。後は市内に伏せている傭兵のみか)

 篭手をはめた手を顎へやるガストンへ、伝令兵は指示を求める。

「団長、いかが致しましょう?」

「集結した騎馬隊を市内へ突入させろ」

 こうなった以上、いくら王都の外で防衛線を張っても無意味である。

 騎馬隊で街中を踏み荒らすことになり、大臣の息のかかっていない王国兵は激怒することだろう。

 だがキラの王城到達を許すよりは遥かにマシだ。

「スキナーの方はどうなっている?」

 次にガストンが関心を向けたのは、王族派本陣を強襲に向かったレナード・スキナーの攻撃隊。

 レナードは部下の騎士でも特に腕の立つ男で、この状況で優勢な部隊でもある。

「はっ、傭兵隊と思われる所属不明の敵と交戦中であります」

 彼は事後承諾で王族派本陣への攻撃を行ったが、その後は定期的に伝令で報告を上げていた。

 まだ防衛隊本陣で待つガストンへ吉報は出せていない。

(おかしいと思った。王族派の兵力は5000程度が関の山だったはず……)

 一体どの勢力がこの合戦に噛んできたのか、それは追々政治問題として探ればいい。

(スキナーに任せておけば問題あるまい。とにかく問題は王女だ)

 するとそこへ、市内へ突入させた騎馬隊からの伝令が駆けつける。

「ボウマン団長! 王国兵が門を閉ざしました!」

「遅かったか……!」

 一番心配していた事態が発生した。

 キラと接触した王国軍が、ガストンの部隊を国賊と見なして王都から閉め出したのだ。

 今、防衛隊本陣は王都の西側に布陣している。閉ざされたのも西門だ。

「南北へ回り込め! 軍馬の足なら王女に追いつけるはずだ」

 王都の門は西だけではない。東西南北、四箇所に設置されている。

 他の3つの門まで全て閉ざすには時間が足りないはずだ。

「王国軍が抵抗した場合の対処は?」

「……殺傷を許可する」

「し、しかし、それでは!」

 これは非常に重い決断であった。

 王都カヴェナンターを守備する兵士は、地位の高い精兵揃い。

 しかも間の悪いことに、今の王都にはマクシミリアン・テリフォード大将軍の直属部隊が駐屯している。

 やたらと仕事熱心な大将軍のこと、市内で戦闘が発生したとなれば、すぐに兵を差し向けるだろう。

 今まで同国人の暗殺も平気でやってきたガストンだが、大将軍を敵に回したとなれば首が飛ぶ。

 大臣であるジョルジオが、権力に物を言わせてもみ消してくれる前提がなければ、成立しない指揮だった。

「構わん! どんな手を使ってでも王女の首を取れと騎馬隊に伝えろ!」

「はっ!」

 騎馬で王都を踏み荒らし、友軍の殺傷を指示し、これでキラを討ち取れなければガストンは完全に終わりだ。

 林道で罠を張った時のように自ら出向きたいところだが、今は本陣を離れるわけにもいかない。

 市内には保険として傭兵を一人配置しているものの、単騎で足止めまで期待していない。

 後は敵本陣を強襲してキラに揺さぶりをかける、レナードの働きに賭けるしかなかった。


 一方、西へ逃れたエドワード達の救援に向かうサイモンとトマス。

 足の早い騎馬部隊のみを連れ、全速力で後を追う。

 黒鉄騎士団、そして王族派本陣を襲った敵部隊は今、僅かな護衛しか居ないエドワードを狙っている。

 先頭を軍馬に乗って駆けるトマスは、いち早くレナード部隊の影を目視した。

「居たぞ!」

 サイモンも敵を見据え、部下に発破をかける。

「速度を上げろ! このまま後ろから敵陣を崩す!」

 猛然と迫るサイモンとトマスの騎馬部隊。

 レナード隊の側もすぐそれに気付いたが、獲物を目の前にしたこの状況で引き下がることはしない。

 しかし、今までかなりの距離を全速で走ってきたレナード隊の軍馬は疲弊してきており、サイモン達は見る見る距離を詰めていく。

 このことは、先頭で指揮を執るレナード自身も把握していた。

(馬も兵も限界か……。それならば!)

 レナードは手綱を引き、自分の馬を急旋回させる。

「貴族の首はお前らで取れ! 俺は奴を足止めする!」

 別に彼は、自らが王族派貴族を討ち取ることにこだわっていなかった。

 部下の手柄は隊長の手柄、そしてこの戦にさえ勝てばレナードは将軍への昇進を約束されている。本人がそれをよく知っていた。

 王族派の護衛は最早十数人程度で、貴族そのものは雑兵にすら劣る。部下に任せても確実だろう。

 同時に、追ってくるトマスの相手は自分でなければ務まらないということも、レナードは把握していた。

 レナード自らは最低限の手勢を引き連れて来た道を逆走、突撃するトマス側と正面衝突する形を取る。

 迎撃に出てきたのが隊長であると見抜いたトマスは、馬上から名乗りを上げた。

「我は黒鉄騎士団副将、トマス・ファン・ダイク! 押し通る!」

 対してレナードは名乗りもしなかった。

「トマトだか何だか知らんが、邪魔をするなら消えて貰う!」

 これは騎士として恥ずべき行為であった。

 傭兵がいきなり名乗るとは思わなかった上、西方の田舎武将の名など彼は知らなかったが、名乗られた以上は名乗り返すのが礼儀である。

 その一方でトマスが侮り難い強敵であることは承知していた。

 黒い装備で統一した部隊の中において、白装束を着た大男。目立たないはずがない。

 兵と共に両軍の指揮官が衝突する。

 先手を取ったのはトマス。突撃の勢いを乗せ、ハルバードの穂先を突き出す。

 長柄武器のハルバードに対して、レナード側はあくまで剣。正面からぶつかれば先制攻撃を食らうのは想定済みだ。

 レナードは馬の軌道を横にずらしつつ、右手の剣でハルバードの突きを受け流す。

 この程度、両者からすればほんの挨拶程度。次の一手からが本番だ。

 レナードはそのまま馬を走らせ、剣の間合いに持ち込もうとする。

 トマスも馬を止めず、それに応じる。

 すれ違いざまにレナードの突きが見舞われるが、今度はトマスがそれを得物で受け流した。

 そのままトマスは減速せず、一度距離を取ってから軍馬を旋回させる。

 欲張って相手と距離を詰めずに、攻撃の後は離れて次の機を伺う――『一撃離脱戦法』と呼ばれる戦い方だった。

 長射程のハルバードを持っている以上、互いに突撃してすれ違いざまに攻撃する戦いを繰り返せば、トマスの側が圧倒的に優位だ。

 レナードはと言うと、急いで来たので馬上槍ランスも無く、かつ手綱を握らねばならない都合上、お得意の二刀流も不可能である。

(ナメた真似を……。だがな!)

 時間はレナードに味方している。

 トマスが安全策を取っている間に、部下が王族派を根絶やしにするだろう。

 レナードは成果報告を受けたら、速やかにこの場を離れればいい。

 何度目かの打ち合いをいなしながら、レナードは内心ほくそ笑む。

 名も知らぬ傭兵の頭を討ち取ったところで大した報奨も無いが、蜂起した王族派を仕留めたとなれば大手柄。

 部下と手柄を分けたとしても十分過ぎる成果である。

(戦っていうのは、何が目的なのかをしっかり見ていた奴が勝つ!)

 この場は守りに徹しつつ、レナードは早くも勝利を確信していた。


 トマスとレナードが衝突している地点より更に西、援軍が来ていることを知らないエドワード達は死物狂いで逃げている最中だった。

 ヤンと二人乗りするスコットが先頭に立ち、すぐ後ろに護衛を伴うエドワード、そしてレアを乗せるジェームズの馬が殿しんがりとなる。

 鞭を打たれた軍馬は、息切れしながらも必死に走る。

 馬なりに、背後から迫る殺気を感じ取っているのか、体力の限界でも足を止めようとはしなかった。

 一団の頼みの綱は、特務隊まで寄こしたアルバトロス連合国への亡命。

 それすら本当に受け入れて貰えるか確証は無いが、あのまま本陣に残って殺されるよりは遥かにマシである。

「あべべべべべ!!」

 全力疾走する馬の背に、しかも相乗りしているレアは激しく揺さぶられ、人の声と思えぬような絶叫をあげていた。

 半人前とは言え、レアとヤンを捨てていけば幾分か馬は軽くなるはず。

 だがそれでも、ジェームズもスコットも二人を降ろさず、それどころか落馬しないようしっかりと抱えてくれている。

 これが彼らなりの『貴族の矜持』であった。

 そんな誇りをあざ笑うかのように、最後尾のジェームズに追手の兵が迫る。

 じりじりと距離が詰められ、別に攻撃が届いているわけでもないのに、殺気が背中を刺すようだった。

 目を白黒させながら、レアは呪文を唱え始める。

 イメージするのは『魔法の矢』、基本中の基本だが彼女の魔力では後一発撃つのが精一杯だ。

 馬上で激しく揺さぶられるせいで何度も舌を噛み、発音も間違いだらけである。

 それは詠唱とすら呼べない、単なる狂人の奇声のようだった。だがそれでも、奇跡的に術式は構築された。

 レアの人差し指に魔力の光が灯り、それを先頭の敵兵へ向けて放つ。いつも術の制御に用いる短剣を取り出す余力は無い。

 本来魔法の矢は誘導性を持つが、目標の固定は術者が目視で行う必要がある。

 この時のレアは天地無用の状態で、敵の先鋒をロックオンなどとてもできなかった。

 破れかぶれで発射したデタラメな呪文、だが光弾は先頭集団の馬に命中する。

 威力は大したことがないものの、疾走中の馬は驚いて転倒し、隣の味方すら巻き込んだ。

(おお、意外とやるな!)

 レアを抱えるジェームズは関心した。

 だが今は、この小さな魔術師を褒めてやる余裕も無い。

 レナードの指示を受けた敵兵は、転倒した味方を迂回して再び追撃する。

 残念ながら、レアの一撃はほんの少しの延命にしかならなかった。

「私はここまでのようだ! すまぬ、ドーセットシャー卿!」

 殿しんがりのジェームズは覚悟を決め、足止めに残ろうとする。

「サウサンプトン卿……ジェームズ……!」

 先頭を走るスコットは思わず、爵位名でなく本人の名を口にした。

 ジェームズとの付き合いは長い。王族派が結成される以前からの知人で、ライオネルの下に集まった後は慎重派として派閥を作った。

 本心を言えば一緒に残りたかった。しかし、エドワードを守る者が居なくなってはまずい。

 スコットは苦々しい顔を浮かべつつ、距離が離れていくジェームズの馬を振り返ることしかできなかった。

「すまない、お嬢さん……」

 走りながら他の兵にレアを預けることもできなかったジェームズは、失神寸前の彼女にそう呟いた。

 レアは魔法を使って時間を稼いでくれたのに、自分は何もしてやれなかった――そんな負い目が彼の脳裏をよぎる。

 だが迷いを振り払い、ジェームズは腰の剣を抜いた。

 多勢に無勢。勝ち目は無いだろう。討ち死には覚悟の上である。

 まず勢い任せに突進してきた先頭の敵兵に、剣で刺突の一撃。肩口から胸部へ入った。

 互いの得物は剣で射程も同程度、敵の剣が上手く甲冑の胴当てを滑ってくれたのは幸運だった。

 血で汚れた剣を引き抜き、次の敵を横薙ぎに一閃する。

 これだけでジェームズは腕が痺れ、剣を握るのもままならなくなっていた。

 剣術は嗜みとして習っていたが、本職の兵隊と切り結べる程に鍛え込んだわけではない。

 そんなジェームズでも二人は斬った。

 だが必死に抵抗する彼を、無慈悲に敵騎兵は取り囲む。

 敵兵は王族派貴族の首を取ってくるよう命じられており、ジェームズもその標的の一人だ。

 キレを失った太刀筋で牽制しようとするも、この状況ではあまりに無力。

 最早これまで――そう思われた、その時である。

 敵部隊を斜め後ろから切り崩す者が現れた。

 掲げる旗は塗り潰された黒、先陣を切るのはサーベルを振るう眼鏡姿の男。

「と、特務隊の!?」

 ジェームズは目を疑い、サイモンの姿を二度見した。

 まさかこの局面で、特務隊が援軍に来てくれるとは思ってもいなかったためである。

 サイモンと彼に続く騎馬隊は数で優勢で、敵部隊を瞬く間に蹴散らしていく。

 彼はトマスと相談の末、敵将を迂回して救援を急ぐこととしていた。

 トマスは何でもいいのでレナードの注意を引き、マークされていないサイモンが部下と共に王族派の下へ急行する。

 レナードの最大の誤算は、サイモンがただの雑兵ではなく、腕利きの武将だったことだ。

 後は部下に任せて安心と判断したサイモンは、剣を握ったままあんぐりと口を開けるジェームズに語りかけた。

「遅れて申し訳ない。エドワード殿はどちらに?」

「あ、ああ……」

 ある程度状況が飲み込めたジェームズは、エドワードはスコットを連れてまだ逃走中だと答える。

「このままでは危険だ。呼び戻そう。本陣は既に我々が押さえてある」

 サイモンの提案に、ジェームズは一も二も無くうなずく。

 スコットもついているとは言え、護衛の兵士は十数人程度。仮に通りすがりの野盗に見つかっただけでも命はない。

 二人は再び馬を走らせ、エドワードの後を追う。

 速度が落ちてきているのか、一団を発見するまで時間はかからなかった。

「エドワード様! ドーセットシャー卿!」

 馬上からジェームズがあらん限りの声で呼びかけると、振り向いた面々は皆、幽霊でも見たかのように驚いた。

 スコットなど、馬を反転させて本物かどうか確かめに来るレベルであった。

「サウサンプトン卿、生きているのか!?」

「ああ、無事だ。サイモン殿の部隊に助けられた」

 大切な仲間の命が助かった――この事実に、スコットもエドワードも、そして兵も全員が言葉を失って涙した。

 そしてエドワードがサイモンに頭を下げて謝意を示すと、周りもそれに続く。

「エドワード殿、本陣は奪還しました。戻りましょう」

「ありがとう。本当に……」

 この場において、王族か軍人かなど意味を成さなかった。

 エドワードも今はこれしか言葉が出ない。

 もしも生きて帰れたら、特務隊にもアルバトロス連合国にも最大限の感謝を伝えて、誠意ある外交を実行しよう――そう決意させるに十分であった。

「お、おろろろろろろ……」

 緊張の糸が解れたせいか、腹痛で本陣待機だったレアは馬上から嘔吐物を地面に吐き出す。

 昨夜限界まで食べた料理が、胃を裏返したかのように全て出て行った。

 この小さな身体でよく頑張ったものだと、鞍を汚されたジェームズは怒りもせず、彼女の背中をさすってやる。

 ひとまずこの場は救われた。

 だが戦の勝敗を決めるのは、キラ達突入部隊である。

 戦況がどうなっているか分からず、エドワード達は安堵の次に不安を覚えるのだった。


To be continued

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