第89話 『黒騎士対白騎士』
王都カヴェナンターで、王族派と特務隊の合同軍が戦闘を起こしているその頃。
西ではアルバトロスの首都アディンセルの広場で、一人のスパイの公開処刑が行われようとしていた。
「今日、誰か吊るすってよ」
「ロイースのスパイだそうよ。怖いわ……」
集まった観衆は口々に噂を飛び交わせる。
この時代、公開処刑は数少ない庶民の娯楽のひとつだった。
帝国だった頃は反逆者の処刑は毎日のように行われていたが、革命で体制が変わってからは激減した。
今日は久々の公開処刑ということで、広場はちょっとしたお祭り騒ぎだった。
やがて今日の主役とも言える、被告人が処刑台へと上げられる。
それは、両腕を縛られたカタリナだった。
「あら、まだ若いのに……」
「美人だなぁ。もったいねぇ」
観衆の視線が一気にカタリナへと集まる。
機密を盗むため、一般人を装ってジョイスに近付いた彼女。スパイだと判明した後も、逆にロイースの情報を得るために泳がされていた。
王国の内情を把握して用済みとなったカタリナは、軍によって逮捕されたのだ。
執行人が彼女の首に縄をかけ、判事が罪状を読み上げる。
「ロイースの工作員カタリナ、本名は不明! スパイ容疑にて死刑を言い渡す! 申開きはあるか?」
この場には、警備のためにジョイスも来ており、彼の姿を見つけた彼女は声の限り叫ぶ。
「ジョイスさん、助けてください! 何かの間違いなんです!」
涙を浮かべ、必死にそう訴えるカタリナ。
見守る人々も、彼女に同情する方へと流れかけていた。
「お前が工作員だという証拠は既に押さえている。観念しろ!」
ジョイスは心を鬼にして、そう告げる。
それを聞いたカタリナは、人が変わったように今度は観衆へ向けて怒鳴った。
「聞け、アルバトロスの愚民ども! もうじきこの地もバルバリーゴ様の支配下となる! その時はお前達こそ縛り首に……」
「おい!」
まずいと判断したジョイスは、執行人に指示を出す。
執行人がレバーを引くと、カタリナが立たされていた処刑台の床が抜け、彼女は吊るされた。
一瞬で首の骨が折れ、それっきりロイースの女スパイは沈黙する。
だが最期に彼女の放った言葉に、観衆は動揺していた。
「やっぱり、隣国が攻めてくるって噂は本当なんじゃ……!」
「また戦争になるのか?」
「せっかく生活が落ち着いてきたのに。嫌だわ」
人々の間に、不安が蔓延しつつあった。
ジョイスは公開処刑を終えて解散するよう指示を出しつつ、東の方角を見やる。
ここから東へ行った王都カヴェナンターでは、今まさに合戦が行われているはずだ。
(頼みましたぞ、クラウス殿……!)
ロイース王国だけでなく、アルバトロス連合の行く末もこの戦いにかかっていた。
王都カヴェナンター付近では、なおも王族派と大臣派の衝突が続く。
クルセイダーの団長補佐シエルと、白騎士レナードは激しい打ち合いを繰り広げていた。
「とっとと死ねーっ!」
カイトシールドでレナードを殴りつけるシエル。
分厚い鉄板という質量兵器によろめくも、レナードは『大鷲の型』の構えを崩さず反撃に出る。
二人の戦いは一騎打ちではないが、周りの兵士もそれぞれに眼前の敵と戦っており、何よりシエルとレナードの動きが激し過ぎて手が出せない。
気付けば互いに汗と泥にまみれ、決定打に繋がらないような細かい切り傷だらけとなっていた。
シエルの側は大して気にしていないが、自慢の白い甲冑が汚れたレナードはかなり立腹していた。
(この女……! 絶対モノにして、後で後悔させてやるからな)
彼女を生け捕りにしようという、レナードの執念は凄まじいものだった。
それが実を結んでか、チャンスは程なくして訪れる。
彼の繰り出す左右からの三連続の突きが、固い守りを見せるシエルに一瞬の隙を作らせたのだ。
(行ける!)
そう確信したレナードは、それまで程々で止めていた攻撃を強行し、双剣を揃えて盾へ横薙ぎの一撃を加える。
シエルそのものへの有効打ではなく、盾をめくるための攻撃だ。
「あわわっ!」
流石のシエルもこれには堪らず、体勢が大きく崩れる。
辛うじて盾は落とさずに持ち堪えたが、今からガードしても続く連撃は防げない。
甲冑を信じて1~2発は貰わなければいけないか――そう思った瞬間、二人の間に割り込んでくる影があった。
屈強な軍馬に跨ったその人影は、右手の剣でレナードの双剣を打ち払う。
いくら騎乗しているとは言え、常識では考えられないような衝撃が彼を襲った。
「な、何だとぉ?!」
レナードは尻もちをつき、左手に持っていた長剣は何とぽっきり折れていた。
馬上の人物に見覚えのあったシエルは、開口一番こう言う。
「あ、パパー! サンキュ!」
「団長と呼べと言っているだろう!」
彼女の危機に駆けつけたのは、父親のギャレスだった。
ギャレスは仄かに光る剣の切っ先をレナードへ向け牽制する。
(『パパ』? こいつがギャレス・ローランか……!)
王族派の一員として干されるまでは、大将軍に次ぐ軍事面でのナンバー2とも言われていた武の名門ローラン家。
その当主ギャレスは、一騎当千の武勇と確かな戦術眼を持つとされる。
レナードも間近で見たのはこれが初めてだ。
一方のギャレスは、レナードなど意に介さないようにシエルに語りかける。
「鉄騎隊の前方に、魔術師の傭兵が現れた。我々も急ぎ援護に向かうぞ」
「ちょっち待ってー。とりま(取り敢えず)、そいつノしてから行くから」
シエルの言う『そいつ』とは、尻もちをついたまま動けないレナードのことだ。
「作戦の目的を忘れるな! 我々の役目は、姫様を城まで護送することだ!」
そう、クルセイダーの任務は敵を倒すことではない。
戦うのはあくまで、キラの通る道を切り開くためだ。
「あ、そっか。りょ!(了解)」
シエルの切り替えは早く、すぐに指笛を吹いて自分の軍馬を呼び戻す。
彼女が落ちた後、少し離れた場所で待機していた馬はすぐにやってきて、シエルは慣れた動きで騎乗する。
そのままローラン親子は、レナードを無視して馬で走り去っていった。
「お、おい、ちょっと待て! 逃げるな!」
後を追おうと彼も人差し指と親指を咥えて指笛を吹こうとするが、途中で軍馬は脚を斬られて立てないことを思い出す。
勝負がつきそうなところで格上に割り込まれ、こけて泥を被った上に剣まで折られる。こんなに格好のつかないオチがあろうか。
これを一部始終、後方の女達に見られているのである。
レナードは呆然と立ち尽くし、その内心では怒りの炎がメラメラと燃えていた。
クルセイダーが去った後、味方の兵も駆けつける。
「スキナー隊長、ご無事ですか?!」
泥だらけの彼に部下が話しかけるが、心ここにあらずだった。
だがもう一人の兵が持ち帰った報告が、レナードの頭を冷やさせる。
「隊長、斥候が戻りました。林の向こう側に、王族派の本陣を発見とのことです。どうしますか?」
元々は陽動に釣られた中央部隊を探しに行った斥候部隊だが、その先で思わぬ収穫を見つけたようだ。
(今は敵の突破を阻む方が先決……いや、待てよ?)
一瞬役に立たない情報かと思ったレナードだったが、冷静に戻った彼はチャンスだと考えた。
「よし、攻撃隊を編成しろ! 味方を救援しつつ、敵本陣を叩く!」
鉄騎隊とクルセイダー、ほぼ全ての兵力を王都突入に注ぎ込んでいるなら、本陣の守りは手薄のはず。
シエルが手に入らないなら、敵の弱点を突いて手柄を立てようという算段だ。
「しかし、持ち場はどうしますか?」
「後ろから追いかけても間に合わん!」
もう自分の戦線は突破されたのだと、レナードなりに一回目の敗北は認めていた。
だがこれで合戦全体の勝敗がついたわけではない。
防衛戦だからと守るばかりでは勝てない。敵の弱点が見えたなら、そこを突いてこそだ。
ここで上官であるガストンの指示を仰いでいてはチャンスを逃してしまう。
独断専行にはなるが、結果さえ出せばガストンも理解してくれるだろうと彼は考えた。
「代えの剣を寄越せ! 馬もだ!」
ギャレスに折られた左手用の剣を捨てて部下の物をひったくると、軍馬に乗るレナード。
そこで後ろを振り向くと、手を振りながら彼を応援する女達の姿が見えた。
「フッ……。モテる男は辛いぜ」
すぐに突破された部隊の兵が集まり、攻撃隊が編成される。
合計で3000人程となった攻撃隊は、レナードの指揮で王族派本陣を目指す。
一応伝令はガストンの下へ向かわせたが、彼の意図が伝わる頃にはもう敵本陣で戦闘が始まっているだろう。事後承諾だ。
攻撃隊はやがて中央部隊が足止めされている林の前まで到着し、そこで予想外の敵の数を目の当たりにする。
「何だ? 黒騎士……? こんな数の傭兵、どこから……」
軍旗や外套、盾にあるはずの部隊章を黒く塗りつぶした軍団が、中央部隊を圧していた。
一瞬驚いたレナードだったが、兵力では拮抗すると見てすぐに攻撃を命じる。
勢いに乗っていた黒鉄騎士団は、想定外の背後からの攻撃を受ける形となった。
ナスターシャの指向性防壁は正面に集中配置しており、後ろからの奇襲で陣立てが乱れる。
「何、後ろからだと? 攻撃中止! 奇襲を警戒せよ!」
後続の兵から報告を受けたクラウスは、進撃を一度止めて迎え撃つ構えを取る。
だがレナードが指揮する攻撃隊の勢いは強く、不意を突かれたこともあって騎士団の中央まで切り込まれてしまった。
(あの魔力の盾で中央部隊が苦戦していたのか)
光の壁を一瞥したレナードは、先陣を駆けながらどこかに術者が居るはずだと目を走らせる。
そしてすぐに、黒いローブを羽織って軍馬に跨るナスターシャの姿を発見した。
いかにもという風貌もそうだが、安全を考えて彼女を少し後ろに下げて術を維持させていたことが裏目に出た。
「お前が術者だな? その首、貰った!」
立ち塞がる黒鉄騎士団員を切り倒しつつ、レナードが迫る。
術に集中していたナスターシャは、それに対して反応が遅れた。
「ナーシャよ、危ない!」
そんな彼女を捨て身で庇ったのは、何と総大将のクラウスだった。
黒い鎧が致命傷を逸らしてくれたものの、レナードの剣により脇腹に傷を負うクラウス。
「あ、主様っ!!」
自分を庇うために彼が負傷したとあって、ナスターシャは狼狽えた。
「案ずるでない。所詮かすり傷よ」
そう言い、クラウスは左脇腹を庇いながら十文字槍でレナードを牽制する。
苦悶の表情を取り繕うも、傷口から流れる血までは隠せない。
更に最前線で戦っていたトマスも駆けつけ、敵をクラウスとナスターシャから引き離した。
(二対一か、この場は分が悪い。が……)
レナードは横目で前線を見やる。
ナスターシャの集中が途切れたことで、もう中央部隊を苦しめた指向性防壁は消えていた。
ここは敵将の首を狙うより、味方の救援が先だと判断した彼は、続いてきた部下に命じる。
「このまま突破し、中央部隊と合流するぞ! 俺に続け!」
レナードは指揮官先頭のまま、黒鉄騎士団の中央を通り抜ける。
騎士団側はと言うと、背後からの奇襲だったことと団長のクラウスが負傷したとのことで、攻撃隊に構っている余裕が無かった。
「主様……! わ、私などのために」
涙を流すナスターシャを、負傷した当人であるクラウスがなだめる。
「そなたが無事であればよい。しかし、敵ながらやりおるわ……」
彼の目から見ても、レナードの動きは鮮やかだった。
突然背後に現れ、嵐のように陣中を駆け抜けて行った。
「恐らく、本陣を潰しに来たのだろう。サイモン殿に伝えるのだ!」
数百人の兵しか残っていない本陣には、万が一を考えサイモンの部隊を配置している。
保険をかけておかなかったら、黒鉄騎士団が後から追いついても手遅れになっていただろう。
早馬で伝令を向かわせつつ、クラウスも部隊の陣形を整えて再出撃の指示を出す。
「敵の好きにさせるな、我々も加勢に向かうぞ!」
それを聞いたトマスは止めに入った。
「クラウス様、まずは応急処置を! お体に障ります!」
「それでは間に合わぬのだ!」
クラウスの頭の中では、ライオネルを守らねばという思いが先行していた。
本陣にはエドワードや他の王族派貴族も居るのだが、彼は最初に交渉に当たり、合意にこぎ着けたライオネルを一番信頼していた。
「主様!」
ナスターシャも必死で止めようとする中、クラウスは部下二人を制する。
「トマス、ナーシャ……ここでクロムウェル殿を失ってはならぬのだ。これしきの傷で何故退けようか」
傷は痛むが、ここが踏ん張りどころだとクラウスは考える。
トマスもナスターシャも経験上、一度言い出した彼が止めても聞かないことは知っていた。
「ならば、私もお供します。ナスターシャ、後詰めを頼む」
彼女も渋々ではあるが、トマスの指示に従うしかない。
残念ながらナスターシャに防壁以外の術は使えず、彼のように武で主人を支えることができないからだ。
もう魔力の残りも少なく、二人について行って防壁を展開しようにも、あまり役には立てない。
「よし、時間がない。すぐに再出撃を行う!」
唇を噛みしめるナスターシャを置いて、クラウスは軍馬で駆け出していく。
その後に続くトマスに、彼女はせめてもと懇願する。
「どうか、どうか主様を……!」
彼はナスターシャの分まで戦うと誓いを込めてうなずくと、前を向いてそれっきり振り向かなかった。
一方、黒鉄騎士団を突破したレナードは、中央部隊と合流を果たしていた。
混乱していた中央部隊だが、心強い味方が駆けつけてくれたことで統率を取り戻しつつあった。
「どうする、スキナー?! 茂みの中は敵だらけだ!」
部隊長は、三方向の茂みから弓矢による攻撃が来たことで包囲されたと思い込んでいる。
だが一度林を外から見たレナードは、実体のある黒鉄騎士団以外は虚構だと見抜いていた。
「ほとんどはトリックさ。林の向こうには敵本陣がある。それを落とせば、俺達は大手柄だぞ!」
彼はそう言うが、弓兵による攻撃は確かにあったのだ。
半信半疑ながら、レナードの『大手柄』という言葉に部隊長は食いつく。
「ほ、本当なんだな?!」
「ああ。出世したければ、指揮を俺に任せろ!」
その一言で合流した部隊は指揮権をレナードに譲り、体勢を立て直してから茂みの中を突破する。
中央部隊も損害は出していたが、隊長の指揮で持ち堪えていたお陰で全滅はしていない。
これで攻撃隊の兵力は6000程まで膨れ上がり、レナードの部隊を先頭に林を抜け出して本陣を目指す。
「来たぞ! 敵を本陣へ通すな!」
クラウスからの伝令でここが危険だと知っていたサイモンは、出来るだけの迎撃を行う。
敵の後ろからは黒鉄騎士団が追いつく計画で、それまで耐えればいいと彼は考えていた。
本陣の兵は数百名程度。サイモン隊が突破されれば、為す術がない。
その本陣では、敵が迫っているとのことでライオネルも馬に騎乗し、僅かな兵と共に交戦に備えていた。
「ドーセットシャー卿、サウサンプトン卿、いざという時は――忘れないでくれ」
ライオネルはスコットとジェームズの二人にそう言い残す。
二人には、もし合戦に負けたらエドワードを連れてアルバトロスへ落ち延びるよう言ってある。
「クロムウェル卿、お供しますよ」
同じく騎乗したマチルダが隣に来て、そう言った。
もし特務隊まで破られたその時は、二人で殿となって敵を食い止めなくてはならない。
「ああ……クロムウェル卿……! わ、我々はどうすればいいのだ?!」
スコットは見るからに狼狽えていた。
何せライオネルは真っ先にジョルジオ政権に反発を唱えた、言わば王族派の大黒柱。
その彼を失うこととなれば、例えアルバトロスに落ち延びても先は暗い。
「ドーセットシャー卿、我々はエドワード様を任されているのだ。忘れるな」
ジェームズもスコットと同じ気持ちだが、ここは冷静に王家の存続が最優先だと考えていた。
もしサイモン隊が崩された時には、二人は数十人の兵を護衛に引き連れ、エドワードを西まで逃さなくてはならない。
その後も亡命政権の中核としてエドワードを支えるのが、スコットとジェームズに課せられた役目だ。
(頼む、アルバトロスの部隊……クロムウェル卿を守ってくれ……!)
当初あれだけ反発していた連合軍に対し、スコットはすがるように祈ることしかできなかった。
その前線では、サイモンの部隊とレナード率いる攻撃隊とで激しい衝突が起こっていた。
「黒鉄騎士団が来るまで持ち堪えろ!」
サイモンは自らも前に出て馬上から軍刀を振るい、部下を鼓舞する。
本陣が攻撃を受けていることは、鉄騎隊とクルセイダーにも伝令を送っているが、大きく離れた二部隊が戻ってくる望みは薄い。
頼みの綱は、攻撃隊を後ろから追っているであろう黒鉄騎士団と、ジョンの無名の旅団のみ。
対する攻撃隊は、サイモン隊が伝令の早馬が駆けていくのを確認していた。
「スキナー隊長、奴ら救援を呼ぶつもりです!」
部下は伝令兵を捕らえようとするが、レナードはそれを止めた。
「放っておけ!」
兵士には指示の意味が理解できていなかったが、レナードにはある意図があった。
(さて、鉄騎隊とクルセイダーの揺さぶりには十分だろう。奴ら、どう出る?)
To be continued
今回もPixivに戦場の図解を上げています。
https://www.pixiv.net/artworks/108251752




