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エルカリム  作者: Pixy
第四章 亡き王国の為のパヴァーヌ編
84/94

第84話 『王国会議』

アルバトロス特務隊の登場により、彼らを受け入れるか否かの決断を王族派は迫られる。

それを決める重要な会議の場に、キラの姿もあった。

 王族派の屋敷にたどり着いてしばし休息を取っていたキラ達。

 仲間達も王家の客としてもてなされ、旅の疲れを癒やしつつ英気を養っていた。

 全ては来るべき王都奪還戦に備えてのことだ。

 だが不意に屋敷は慌ただしくなる。

 予想もしていなかった客、アルバトロス軍特務隊の到来である。

 ロイースとアルバトロス両国の停戦のために来たという彼らを、王族派はひとまず屋敷の敷地に入れた。

 そして王族派筆頭であるライオネルは、急ぎキラとエドワード、そして他の貴族を会議室に集めて今後の対応を話し合うのだった。

「クロムウェル卿、アルバトロスの連中もですが、あの下賎の輩共をいい加減どうにかしませんか」

 ドーセットシャー卿ことスコットが言っているのは、キラの仲間達のことだ。

「連中の無作法、ご覧になりましたか? 屋敷を我が物顔で……我慢なりません!」

 キラは仲間を追い出さないよう頼み込もうかと思ったが、その前にライオネルがスコットを制した。

「そこまでだ、ドーセットシャー卿。我々は王家に仕える者として、王家が恩義ある人物はもてなさねばならん」

「し、しかしですな……!」

 なおも食い下がるスコットだが、脱線した流れを戻そうとエクセター卿ことマチルダが話を振る。

「本題は、あのアルバトロスが兵を寄越したということのようですが」

「うむ。向こうは9000の部隊の派兵を条件に、王国との停戦を望んでいるようだ」

 ライオネルは特務隊との交渉をかいつまんで説明する。

 それを聞いたサウサンプトン伯ジェームズが言葉を返した。

「我々を監視する敵部隊は確かに目障りでしたが、エドワード様の許可無く叩いてよろしかったのですかな?」

 まだアルバトロスの申し出を受け入れると決まったわけではない。

 王族派で話し合い、最後はエドワードの判断によって決めることだ。

 それを待たずに行動を起こしたのはまずいのではないか、とジェームズは言っている。

「我々は数日以内に出撃する。時間の猶予が無いからな。どの道、監視部隊は殲滅するしか無かっただろう」

 王族派が行動を起こしたら、すぐ本隊に伝令を走らせるのが敵の役割だ。

 出撃する時には少しでも対応を遅らせるため、監視は潰さなくてはならない。

 そして今回、外部から王族派に接触する何者かが現れたことで、その報告は王都へ向かっただろう。

 仮にアルバトロスの申し出を断るにしても、伝令を潰して時間稼ぎをする必要があった。

「予定は若干早まりますが、監視部隊を叩く手間が省けたというものです。我々はより早く、王都へ進撃できるでしょう」

 そう言ったのは、グロスター卿ことギャレス。シエルの父である。

 彼はライオネルと共に交渉の席に同行し、特務隊が敵と戦う姿を屋敷から見ていた一人だ。

「彼らの手腕と覚悟は確かなものと見られます。共同戦線も前向きに検討すべきかと」

 ギャレスに同調したのは、ライオネルの長男であるアルバート。

 アルバートも特務隊の戦いを見守っており、騎士として背中を預けるに値すると考えていた。

 しかしここで、異を唱えたのはスコットだった。

「これは帝国の罠ですぞ、クロムウェル卿!」

 彼に続き、慎重派のジェームズも反対に回る。

「私も同意見です。アルバトロス帝国の寄越した部隊など信用に足りません」

 あくまで冷静さを保つジェームズに対し、スコットは慌てた様子でまくし立てた。

「停戦というのも建前でしょう! 奴らは我々に恩を売り、属国にするつもりです!」

 あくまで貴族であり政治家であるスコットは、敵国に首輪をつけられることを嫌った。

「その通り。仮に助力を得て戦いに勝ったとて、帝国に取り込まれてしまっては新たな王国の危機です」

 政治家という意味ではジェームズもスコットと同じ。

 二人共帝国時代のアルバトロスの悪名はよく知っており、そんな国に借りを作るくらいならば独力で戦った方がマシと考えていた。

「ふむ……。エクセター卿、どう思う?」

 ライオネルに話を振られたのは、マチルダ。

 王族派の紅一点である彼女は、スコットとジェームズとは反対の意見を打ち出す。

「今は大臣を討伐することが先決。まさしく、猫の手も借りるべき状況ではありませんか?」

 マチルダはあくまで、王都奪還が今の最優先事項という視点だった。

「エクセター卿のおっしゃる通り、9000の兵はぜひとも欲しいところです」

 ギャレスは再び、特務隊と協力することに肯定的な意見を出す。

 更に、そのギャレスに付け加える形でアルバートも口を揃えた。

「アルバトロスの兵が加われば、大臣の私兵とも互角に戦えます。作戦成功率は跳ね上がるでしょう」

「そ、そうは言うがな、アルバート殿……!」

 スコットはまだ納得できない様子だった。

 王族派の中で意見がまとまらない中、ライオネルは自分達の君主にあたるエドワードに判断を求める。

「エドワード様、どうなさいますか?」

「う、うん? そうだな……うーん……」

 協力を受け入れれば目先の戦いは有利に運ぶが、その後政治的な問題が持ち上がる危険性がある。

 どう転んでもリスクは避けられず、エドワードは腕組みをしたまま頭を右へ左へと傾けた。

 彼が迷っているのをいいことに、スコットは自分達の側に引き込もうと説得を試みる。

「賢明なご決断を、エドワード様! 帝国に借りなど作っては、国の未来が……!」

「うぅむ……」

 なおも唸るエドワードに、今度はジェームズが働きかけた。

「そもそも、我々の情報を奴らがどうやって手に入れたのか、考えるまでもないでしょう。卑怯な手を使わぬ限り、外国が我が国の内情を知るはずがありません」

「そ、そうだな……」

 二人の勢いに押し切られるかと思いきや、今度はマチルダが割り込む。

「よくお考えください、エドワード様。王都奪還戦に敗北すれば、外交を考える以前の問題です」

「確かに……うーん……」

 エドワードはすっかり板挟みとなり、うつむいて唸るばかりとなってしまった。

(エドワード様はこういう時、決断が難しい性格だ……)

 指示を求めたものの、悪い方向に転んでしまったとライオネルは内心考えていた。

 エドワードは昔から優柔不断な人物で、王族派に保護されてからも決断力が必要な場面で中々結論が出せなかった。

「奴らは敵です! 今すぐ追い返しましょう!」

 スコットの剣幕に押され、特務隊の申し出を断る方へエドワードが傾きかけた時だった。

「私もいいですか?」

 それまで会議を見守っていたキラが、ここで口を開く。

 これにはライオネルとアルバート、そして頭を捻っていたエドワードも驚いた。

 かつての彼女はこういう場で発言するようなタイプではなかったからだ。

 三人は一瞬顔を見合わせるも、もう一人の王族であるキラを黙らせる道理は無い。

「どうぞ、おっしゃってください」

 ライオネルにそう言われ、キラは旅をしていた頃のことを話し始める。

「今のアルバトロスを治めている、カイザー・ハルトマンという人は知り合いです。記憶を無くしていた時、とてもお世話になりました」

 そこから彼女は、アルバトロスで革命が起き、今は体制が変わっていることを説明した。

「カイザーさんの人となりはある程度知っています。彼が戦争を望んでいないのは、本当です」

 これにはエドワードや貴族達も顔を見合わせる。

 キラはここで畳み掛けるべく、話を続けた。

「使者のクラウスさんにも、道中で助けて頂きました。決して悪い人ではありません」

 カイザーとクラウス、両者を知るキラからの意見は大きいものだった。

 特にアルバトロスの新しい指導者であるカイザーの姿勢について、彼女が証言したことはエドワード達に影響を及ぼした。

「ドーセットシャー卿、サウサンプトン卿、姫様がこうおっしゃられる以上、アルバトロスが敵という前提は崩れるのではないかね?」

 キラの言葉で確信を得たライオネルは、まず貴族二人の説得にかかる。

 スコットとジェームズの主張は、あくまでアルバトロスが悪意を持っている前提での話だ。

 二人共、王女が直に見てきたという人物像を真っ向から否定できず、言い淀んだ。

 何せキラ以外の誰もカイザーを実際に見たことがないのだ。

「百聞は一見に如かずと言います。私は殿下の見たままを信じます」

 マチルダは毅然とそう宣言した。

 それに続き、ギャレスも申し出を受けるべきと進言する。

「リチャードという隊長も、姫様のおっしゃる通り信用できそうな男です。賭けてみる価値はあるでしょう」

 クラウスの『リチャードソン』という名字はよく間違われ、ここでもギャレスは勘違いして覚えていた。

 決断できずに困っていたエドワードも、キラの言葉で心の内は決まったようなものだった。

「見てきた本人がこう言っているんだ、我々も信じてみようじゃないか」

「し、しかし……!」

 それでもアルバトロスを信じられないスコットは食い下がるも、会議の流れはすっかり変わっている。

「ドーセットシャー男爵」

 スコットの瞳に怯えの色を見たキラは、テーブルに身を乗り出して話しかける。

「この戦い自体、最初から賭けみたいなものなんです。怯えていてはチップも出せない……今が勇気を出す時ではありませんか?」

 旅の道中、少し博打をかじった経験がここで活きた。

 賭け金を出さなければ、損をしないがリターンも無い。

 一か八かの勝負に出る時は思い切って賭けつつ、少しでも勝率の上がる手を打つのみ。

「敵でないのなら、味方に引き込まない手はあるまい。ドーセットシャー卿」

 ライオネルの最後のひと押しで、スコットも渋々意見を曲げるに至った。

「……我々の負けだな、ドーセットシャー卿。王国を取り戻した後、隣国とどう接するかはまた考えよう」

 ジェームズも折れ、この場の意見は一応まとまった。

 判断を先送りにしているうち、キラにお株を奪われたエドワードだが、気を悪くせずに前向きに捉えていた。

「うん、よし。我々はアルバトロス軍と手を結んで大臣と戦う。これで行こう」

 そうエドワードが宣言し、会議は締めくくられる。

 解散した後、キラを客室まで送り届けるのはアルバートの仕事だった。

 部下の衛兵と共にキラを護衛しつつ、彼女の成長にアルバートは内心驚いていた。

(厳しい旅で色々なものをご覧になったと言っていたが……あそこまではっきりと意見を言うなど、かつては考えられなかった)

 アルバート達にとって未知の人物であるカイザーの人となりを知っていたことが、今回の会議を左右した。

 今の状況のせいもあるだろうが、顔立ちもあどけなさが少し抜けたように見える。

 あまり主君の顔をジロジロと見るものではないため、アルバートはすぐに前を向いた。

 客室では従者扱いのルークが待っており、彼の顔を見たキラはほっと一息ついて表情が和らいだ。

「キラさん、お疲れ様でした。会議はどうでしたか?」

「うん、うまくいったよ。カイザーさんと協力するって」

 それを聞いて、ルークも安心した様子だった。

 二人はキラがまだ王女だと分かる前から、共に旅をして同じものを見てきた者同士。

 仲間にしか共有し得ないものがあった。

 少し寂しさを感じつつも、警護を終えたアルバートはキラに挨拶すると客室前を立ち去るのだった。


 一方、エドワードを部屋まで送ったライオネルは今度、ギャレスと共にクラウスの下へと足を運ぶ。

 屋敷の敷地内に入ることは許したものの、特務隊は会議の結果を待っている状態だ。

 ギャレスの話では指揮官のクラウスは倒れて客間に運び込まれており、容態も確認する必要があった。

 ライオネルが客間のドアを叩くと、応答したのはナスターシャだった。

「これは、クロムウェル様」

 彼女はクラウスについて、その看病を行っていた。

 そのナスターシャにライオネルは尋ねる。

「リチャードソン殿の様子はどうかね?」

「お陰様で、今は安定しております」

 安静にさせて看病できたのも、部隊を屋敷に受け入れる判断をしてくれたライオネル達のおかげということは重々承知していた。

 もし彼らに拒まれたら、野営地で満足な看病もできなかっただろう。

「会議の結果を伝えたい。よろしいかな?」

 話ができそうな状態だと判断したクロムウェルだが、ナスターシャは一瞬躊躇った。

 するとそこへ、既に起き上がっていたクラウスが訪れる。

「クロムウェル殿。わざわざ申し訳ございません」

 そう言うクラウスは、まだ少し血色が悪かったが元気そうだ。

「主様、まだお身体が……」

「よい。大丈夫だ」

 まだ心配そうな彼女に対し、クラウスはしっかりした受け答えで制する。

「会議の結果、我々はアルバトロスの申し出を受け入れると決めた。味方として頼りにしているぞ、リチャードソン殿」

 それを聞いたクラウスは安堵の表情を浮かべた。

 心なしか、やや血色も良くなったように見える。

「心より感謝致します。王国を取り戻すため、そして両国の和平のため、共に戦いましょうぞ」

 深々と頭を下げるクラウスと同じく、ナスターシャも頭を垂れる。

「明日にでも作戦を練りたい。リチャードソン殿、体調はよろしいか?」

「ご心配をおかけしました。明日には問題なく」

 ナスターシャの看病のおかげもあり、一度は意識不明だったクラウスも持ち直していた。

「無理はしてくれるな、リチャード殿」

 ギャレスは彼を案じてそう言ったが、最後の一言がクラウスの気にかかった。

「失礼ながら、ローラン殿……私はリチャードではなく、リチャードソンです」

「これはすまない、リチャードソン殿。間違えて覚えていたようだ」

 姓を間違えられたのは、何もこれに始まったことではない。

 それにギャレスは訂正すればすぐに改めてくれたので、クラウスは何ら気を悪くしなかった。

「ナーシャよ、軍旗をここで処分するのだ」

「はい」

 ナスターシャはすぐに、アルバトロス軍の旗を持ってくる。

 最初に王族派と交渉した時、クラウスが自分達を正規軍と証明するために見せたものだ。

「我々は表向き、無所属の傭兵という形で協力させて頂きます。どうかご容赦を」

 クラウスが目配せし、それを受けたナスターシャが軍旗を部屋の暖炉へと投げ込み、燃やす。

 この手筈も元から計画されていたものだった。

 もし失敗した場合も考え、外交トラブルを避けるためにも印章は塗り潰して所属は隠す。

 しかし王族派に信用して貰うためにも、一枚はアルバトロスの軍旗が必要だった。

 交渉が成立した今、唯一の証拠である旗は不要となる。

「……そちらも苦しいのだな、色々と」

 燃やされる軍旗を一瞥し、ライオネルはそうつぶやいた。

 国章でもある旗を燃やすというのは、かなり重い意味がある。

 外国の旗など焼こうものなら、国そのものを侮辱したとして深刻な外交問題になりかねない。

 自国のものであっても軽々しく行えないが、そうまでして所属を隠さねばならない事情は彼らも察した。

 ライオネル達がゆっくり休むよう言って去った直後、クラウスはナスターシャに部隊への伝令を頼む。

「吉報だ。皆、この報せを待っているだろう。伝えてやってくれ」

「はい。直ちに」

 普段なら総大将のクラウス自らが宣言したかったのだが、明日に備えて今日一日は身体を労ることにした。

 特務隊はその報せに安堵しつつ、来る決戦に向けて気を引き締める。

 それは客間で休息を取るクラウスも同じだった。

(ここまで綱渡りだが、上手くこぎ着けた。一世一代の大勝負だ、失敗するわけにはいかん……!)

 勝って大国同士の和平が結ばれるか、負けて更なる混迷を呼び込むか。

 カイザーから特命を受けたクラウスの双肩にかかっていた。


To be continued

登場人物紹介


・キラ

(博打の)経験が活きたな、ジュースを奢ってやろう。

可愛い顔してギャンブルの話を軍議で持ち出す恐ろしい子。

結果は出してるのでそれでいいのだ。

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