第82話 『シージ』
部隊を受け入れる条件として、屋敷周辺の王国軍を倒すことを提示されたクラウス。
彼は特務隊を率い、包囲戦を仕掛けるが……。
王族派の屋敷を後にしたクラウス達は、騎馬で来た道を戻っていた。
共同戦線のためにライオネルがまず出した条件とは、屋敷を監視している敵軍を倒して見せること。
恐らく王族派はその気になれば、この程度の敵を倒せる程の戦力は有している。
問題は伝令を逃して増援を呼ばれないようにすることであり、今特務隊に求められている点はそこだ。
クラウスもそこは熟知していた。
「皆の者、本隊へ急ぐぞ!」
まだ日の高い今のうちに、本隊と合流して迅速に動かなければ。
スピードが出し辛い林の中を、立ちはだかる王国兵を薙ぎ倒して彼らは突貫する。
早くこのことをサイモン達に伝え、敵が助けを呼ぶ前に殲滅しなくてはならないからだ。
林を抜けた一団は一直線に、丘の影に伏せてある本隊へと合流する。
「無事だったか、クラウス殿! 交渉は上手く運んだか?」
出迎えたのは、本隊の留守を任せたサイモン。
「うむ、収穫を得たぞ。サイモン殿、そちらは何事も無かったか?」
ほんの数刻の間のはずだが、もう何年も会っていなかったかのような錯覚を覚える。
「まだ敵に見つかっていない。これからどう動く?」
クラウスは一安心しながら馬を降り、王族派との交渉をかいつまんで説明した。
向こうが停戦合意に前向きな姿勢ということを知り、サイモンもやはり胸をなでおろす。
その上で、クラウスは屋敷周辺の王国軍を倒すことを条件に出されたことを話した。
「時は一刻を争う。今すぐ部隊を動かしたい」
「問題ない。待機中、兵に食事と仮眠を取らせていた」
サイモンもただ待つわけではなく、交代で見張りを立てながら兵士を休ませていた。
強行軍で疲れは溜まっているだろうが、最後の一踏ん張りとして戦う体力は残っている。
「さすがだ。ではすぐに攻撃を開始しよう」
そう言ってクラウスは再び馬に騎乗するが、そこへサイモンが疑問を投げかける。
「待て、斥候のジョンはどうした? 姿が見えないが」
クラウスは、屋敷へ来る際に敵の足止めを命じたことを簡単に説明した。
「帰り道で拾おうと思っておったのだが、あやつめ逃げおったか」
今はそれどころではないため、クラウスはジョンを後回しと考えていた。
「あの男がそうそう逃げ出すとは考え難いが……」
まだ難しい顔をするサイモンだが、今度ばかりはクラウスも突っぱねる。
「今はあやつに構っておれん。どの道、目の前の王国軍をこれから叩くのだ」
「分かった。作戦中に救出しよう」
こうして話し合っている間にも勝機が逃げていくことは、サイモンも承知していた。
二人の不仲に不安を抱えつつも、彼も自分の軍馬にまたがる。
「ところで、どう攻める?」
サイモンの問いに、クラウスは地図を広げて答えた。
「ふむ、辺り一帯は平地で、屋敷の周囲に林がある。敵はこの林の中に身を潜めておる」
林はそこまで広い範囲ではなく、その中に収まる敵の数も上限は知れている。
クラウスは9000という兵力を活かし、林そのものを速やかに包囲する策を考えていた。
幸いまだ特務隊は見つかっておらず、丘の影から奇襲を仕掛ければ逃げる隙も与えず囲むことは可能だった。
「両翼は機動力に優れた騎兵隊を使って一気に囲い込む。後は袋のネズミ、一人も逃さず討つまでよ」
「だが、外側の敵に見つかったらどうする? 派手に暴れれば斥候の目につくぞ」
王国軍は頻繁に巡回の部隊を出しており、サイモンも待機中に見つからないよう神経を尖らせていた。
「どの道、王族派を監視する部隊を潰せば、動きがあったと敵に発覚する。電撃作戦で行くしかない」
本来クラウスは守備を得意とする武将だが、防衛以外できないわけではない。
むしろ守りを固めてから一瞬の隙を突いての反転攻勢は、山火事のように早いと噂されていた。
「他に手は無し、か……」
「サイモン殿、万が一に備えて外側の警戒を頼めぬか? 斥候に見られても口封じすれば時間稼ぎはできる」
サイモンの懸念はクラウスにとっても無視できない。
取れる手は全て打とうと、彼はそう提案する。
サイモンも不服は無く、うなずいて答えた。
「皆の者、よく耐えた! これより周囲の敵を叩く! 我らの力、しかと見せつけてくれようぞ!」
ここでついにクラウスは背中の槍を抜き、馬上から大きく掲げて部隊に号令をかける。
すぐに左右へ騎馬隊を配置する陣形を取り、特務隊は隠れていた丘から進撃した。
クラウスの指示通り両翼の騎兵は大きく展開し、林に潜む敵軍を包囲しにかかる。
何者かが屋敷に出入りしたとのことで伝令を出そうとしていた王国軍だが、こんな大部隊が近くに潜んでいるとは読んでいなかった。
放った伝令兵ごと特務隊に取り囲まれ、屋敷を包囲していた彼らが逆に逃げ場を失うこととなる。
兵力で不利と判断した敵軍は、林に籠もって守りを固める作戦に出た。
(さて、ここまでは想定通り)
敵は包囲の外からの増援を期待して待つだろうと、クラウスも読んでいた。
時間は相手側に味方しており、速やかに敵部隊を殲滅することが彼に求められる。
「ナーシャよ、準備はよいな?」
「はい、主様」
クラウスは敵を包囲した上で、一方向から黒鉄騎士団による突破を考えた。
ナスターシャの広範囲の指向性防壁を使い、こちら側からの攻撃のみ通る状態での進撃。彼が攻めに出る時の常套手段である。
「よし、これより敵陣を突破する!」
作戦が上手く行きそうな、その時だった。
騎士団の先頭に立つクラウスは馬上で突然咳き込み、部隊の足並みが崩れる。
「主様!」
すぐ後ろのナスターシャが血相を変えて馬を寄せる。
(い、いかん……! このような大事な時に)
ナスターシャが呼びかけるも、彼は呼吸もままならない様子で答えるに答えられない。
苦しそうな様子のクラウスは血の気が引いており、顔面蒼白という状態だ。
ここで代わりに前に出たのは、もう一人の副将トマスだった。
「陣頭指揮は私が交代する! ナスターシャ、クラウス様には本陣で指揮を執って頂く、いいな?」
クラウスが落馬しないよう支えながら、彼女はうなずいた。
するとそこへ、味方の伝令が慌てて駆け込んでくる。
「サイモン隊長! て、敵の巡回部隊がすぐそばまで……!」
悪いことが起きる時は立て続けに重なる。
ここまで大規模に部隊を展開させたのだ、当然敵に見つかっているだろう。
「サイモン殿、お願いします!」
指揮を交代したトマスはそう叫ぶ。
「分かっている。お前達は私と来い! 斥候を黙らせるぞ!」
部下を連れ、サイモンはその場から離れて行った。
いくら特務隊の方が数で勝ると言っても、林そのものを包囲するために広く薄く部隊を展開している。
このまま攻撃が遅れれば、外側から増援がやってくる危険が増えるだけでなく、内側から包囲を突破しようとする動きも許してしまう。
突然体調を崩したクラウスの看病のためナスターシャは前線から抜けるが、彼女の指向性防壁無しでやるしかないとトマスは覚悟を決めた。
「私に続け! 突撃!」
陣頭から号令を出し、軍馬で駆け出すトマス。
その後ろの黒鉄騎士団は、迷うことなく副将の彼に続いた。
クラウス同様、騎士団員もトマスのことを信頼しているのだ。
木々が茂る林の中では、平地のように勢い任せな騎馬突撃は行えない。
トマスはハルバードで敵兵を薙ぎ払いつつ、ある程度進んだところで速度を落として方向転換を指示する。
最初のクラウスの作戦では、時計回りに敵軍を追い散らす予定だった。
敵軍はいきなり包囲されただけでも動揺しており、守りを固めようとしたら突撃を受けた形になる。
組織的な抵抗もままならぬまま、トマス率いる騎兵隊に蹂躙される王国軍。
だがその外側では、サイモンが特務隊を発見した斥候を逃すまいと別の戦いをしている。
(すぐに敵を片付け、加勢しなければ……!)
その焦りが裏目に出たか、トマスは敵軍が包囲を突破しようとする動きに対して反応が遅れてしまった。
「いかん! 奴らを逃すな!」
敵を取り囲む特務隊の層も薄く、一点突破を試みられては止め切れない。
(クラウス様なら、この場をうまく捌けるのだろうが……)
後手に回ったトマスは追いつけないかと思われたが、次の瞬間に一本の矢が敵部隊の先頭に立つ将を狙撃する。
「今の矢は……?!」
トマスが振り返ると、クロスボウを構えたジョンが林の奥から顔を出した。
彼と共に足止めに残った部下達も無事なようだ。
「へっ、アタマは潰したんでね。後は上手くやってくだせぇ」
「ジョン殿、恩に着る!」
たった一本の矢で勢いを削がれた敵部隊の背後に、トマスが追いついて食らいつく。
更にトマスの背後からは、ジョン達による援護射撃が追い打ちをかける。
やがて、林に潜んでいた王国軍は殲滅された。
だがまだ安心はできない。
トマスはサイモンの加勢に行くべく、部下に発破をかける。
「もう一仕事だ! 我々も敵の斥候を追うぞ!」
兵も馬もかなりくたびれていたが、ここが踏ん張りどころだと気合を入れる。
「待った、その必要は無い」
そこへ異論を唱えたのが、戻ってきたサイモンだった。
「敵の巡回部隊は片付いた。周囲を見て回ったが、今の所は安全だ」
その報告に、トマスは胸をなでおろす。
「サイモン殿、助かりました。この場はお任せしても?」
後のことをサイモンに託し、トマスは急ぎクラウスの下へと戻った。
合戦開始から時間は経ち、既に日は傾きかけている。
軍馬から降ろされたクラウスは地面に敷いた毛布に寝かされ、ナスターシャの看病を受けていた。
「こちらは上手く行った。ナスターシャ、クラウス様の容態は?」
「……今は落ち着いています」
クラウスは死んだように眠っている。
顔色も芳しくないが、咳き込みだした時に比べればまだマシだ。
「おや、大将は怪我でもしたんで?」
林から出て本隊に合流したジョンは、床に伏すクラウスを見て物珍しそうに言った。
「い、いや……。まあ、そうだな。そんなところだ」
(この顔色は……怪我じゃないな)
トマスは取り繕うも、そこは怪我人を大勢見てきたジョンのこと、クラウスが負傷でないことはすぐに見抜いた。
「大事な時に寝てるとは大したご身分で」
そんな憎まれ口を叩くジョンに対し、本人の代わりにナスターシャが睨みつける。
ともすれば、そのまま噛みつきそうな形相だった。
「ナスターシャ、よせ」
トマスはそうなだめるも、ジョンは面白がるように肩をすくめるばかりだ。
かと思いきや、急に真顔になった彼は林の奥、王族派の屋敷を指差す。
「で、もう約束は果たしたわけだし、さっさとお屋敷に入りやせんか。怪我人も地面に寝かせとくもんじゃねぇ」
「そうだな、そうしよう。ナスターシャ、クラウス様を診ていてくれ」
ジョンなりにクラウスの心配をしてくれていると分かったトマスは、素直に彼の言葉に従った。
予期せぬ出来事はあったものの、何とか敵に増援を呼ばせずに殲滅することに成功した特務隊。
意識の無いクラウスに代わり、王族派と一応の面識を持つトマスが代表となって、改めて林を抜けて部隊の受け入れを願う。
出迎えたのは、最初にクラウス達を屋敷に招き入れたアルバートと、交渉の席に出て来たギャレスだった。
「よい戦いぶりだった。しかと見せて頂いたぞ」
もうギャレスもアルバトロスとの取り引きに前向きになっていたが、交渉に当たったクラウスの姿が無いことを不審に思っていた。
「リチャード殿は? 負傷でもされたか?」
クラウスの名字は間違われやすく、ギャレスもまた勘違いして覚えていた。
トマスは事情を説明し、今は副将の自分が代理であることを伝える。
「申し訳ない。安静にできるベッドを提供願えませんか」
「それは大変だ。アルバート殿、リチャード殿を客室へ」
うなずいたアルバートは、クラウスを抱えた兵士を一足先に屋敷内へと案内する。
その後ろ姿を見送り、ギャレスは代理であるトマスへと向き直る。
「リチャード殿は災難だったな。こちらは今夜にでも話し合いに入る。よい返事ができればいいのだが」
王族派はライオネルとギャレス二人だけではない。
ここでアルバトロスの手を借りるべきか否か、決定するのはこれからだ。
「その間、屋敷の敷地で戦いの疲れを落としてくれ。方針が決まり次第、知らせよう」
「ありがたく存じます」
トマスは深々と頭を下げ、彼らに感謝の意を示した。
特務隊9000の兵は正門から敷地内に招き入れられ、庭に天幕を張って休むこととなる。
だが一息ついた兵士の一部では、クラウスへの不信もささやかれていた。
その一部とは無名の旅団。
彼らは自分達の隊長であるジョンが、さながら捨て石のように扱われたことに不満を抱いていたのだ。
「あの司令官、うちのお頭を見捨てたって本当か?」
「敵がうじゃうじゃ居る林に置き去りにしたんだとよ。賊だからってナメやがって……」
当の本人であるジョンは今、主将として屋敷内に行っておりこの場に居ない。
(まずいな。兵士達にも不信感が広まり始めたか)
副将として部隊の様子を見て回っていたトマスは、二人の亀裂が部隊全体に及ぶことに危機感を覚えていた。
しかし間に入って仲裁できるような立場でも無く、彼は頭を悩ませる。
一方、少し離れた場所からギャレスは特務隊の様子を眺めていた。
(我々の兵力5000に、アルバトロス帝国の兵9000が加わったなら。14000……大臣の私兵と互角にぶつかれる数だ)
特務隊の練度を見ていたギャレスは、何としても王族派内での合意を取り付けなければと考える。
今後の方針を決める会議は、今夜に行われる。
To be continued




