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エルカリム  作者: Pixy
第四章 亡き王国の為のパヴァーヌ編
81/94

第81話 『交渉』

 王国軍に追われながらも、王族派の屋敷前へと到着したクラウス達。

 アルバトロスとロイースと言えば長年の敵国同士。彼らが生まれる前からの軋轢がある。

 それでも停戦への糸口を掴むため、まず第一歩としてクラウスは交渉を呼びかけた。

「まず、こちらに争う意思は無い! 私はクラウス・リチャードソン、アルバトロス連合よりの使者として参った!」

「アルバトロスの使者だと……?」

 これには番兵も困惑するが、まだ黒鉄騎士団を受け入れるわけではない。

 警戒して槍を向ける番兵に対し、膝をついて無抵抗の姿勢を示しながらクラウスは続ける。

「我々はそちら側の事情をある程度把握している。大臣のクーデター政権を打倒すべく、非公式の戦力として我々は使わされた」

 そこでクラウスは後ろに目配せした。

 すぐにトマスは、前もって残しておいた塗り潰していないアルバトロス軍旗を取り出す。

 彼らが連合軍であることを王族派に証明するためのものであるが、もし敵と交戦することになったら見つかる前に燃やさなければいけなかった。

「そちらの合意が得られれば、私の指揮する部隊で共に戦おう。まずは王族派にお目通り願いたい!」

 クロムウェル家の番兵側は、隊長と思しき兵士が部下の一人に耳打ちして屋敷へ確認に行かせた。

「まだ動くな! 指示が来るまで待て!」

「承知している。私はここで待つ」

 クラウスは片膝をついたまま、じっとしていた。

 だが内心では二重の意味で気が気でない。

(あの賊めがいつまで林の敵を抑えておけるか……)

 最悪、大臣側の王国兵に襲われて挟み撃ちにされる危険もある。

(だがここで、王族派に警戒感を持たせるわけにはいかん。敵同士が手を結ぶのは、簡単なことではない)

 クラウス自身が、群雄割拠の西方領主として何度も経験してきたことだ。

 西方では小国同士が対立しては同盟を結んでを繰り返している。

 ここで待つ間に敵に追いつかれるかどうかは、運だと彼は考えていた。

 今はただ、先方の気が済むまで門前で待機するしかない。

 すると屋敷の中から、隊長よりも更に位が上と思われる人物が姿を現す。

「アルバトロスが使者をよこしたというのは本当か?」

 長い黒髪の男で、まだ若いが左目に眼帯をしている。

 上等な鎧とマントを着ていることから、騎士の一人だとクラウスは理解した。

 この場は相手を立てなければならず、彼はすぐに頭を垂れてもう一度名乗る。

 後ろに控えるトマス達もそれに続き、自分達がアルバトロスの所属だと示す唯一の旗を見せた。

「リチャードソン殿か。私は鉄騎隊団長アルバート・リム・クロムウェル。まずは敷地内に入ってくれ」

 連合軍旗を確かめたアルバートは、クラウス達を屋敷に招き入れる。

(よし、何とか最初の運は掴めたぞ……!)

 アルバートの後について行きながら、クラウスはそっと冷や汗を拭う。

 もし最初に応対した騎士が強硬な姿勢だったなら、文字通りの門前払いだっただろう。

「リチャードソン殿、あなたが部隊の指揮官で相違無いか?」

「いかにも」

 この先の流れはクラウスも読んでいた。

「護衛は三人まで。残りの者は敷地で待って貰う。構わないだろうか」

 クラウスはうなずいて答え、当然護衛にはトマスとナスターシャを指名する。

 もう一人連れても構わないとのことだが、敢えて護衛の人数を最大にしないことも彼は選択肢に入れていた。

 何よりこの二人のことは誰よりも信頼している。

「では、応接間へ」

 三人はアルバートと兵士達に連れられ、屋敷の中へと通される。

 当たり前だが番兵側はかなりピリピリとしており、ここで下手な動きを見せればすぐに袋叩きにされることは目に見えていた。

「クラウス様、いよいよですね」

 そう小声で話しかけるトマスも、若干声が強張っている。

 戦場で恐れ知らずの闘将には珍しいが、これも国の行く末がかかっているからだ。

「案ずることは無い。今まで通り、誠意をもって交渉するのみよ」

 クラウスがこれまで、敵国と同盟を結ぶ時に一番大切にしてきたものが誠意だった。

 義とは道理であり、道理の通った行いは必ず人の心を動かせる。

 互いの信用など皆無な西方諸国において、誠実さを示して彼は立ち回ってきた。

(ナーシャもトマスも、誠意で味方としたのだ。大国の貴族とて話し合えぬ道理は無い……!)

 やがて三人は屋敷の応接間へと通され、アルバートに促されるままに席についた。

 すぐに反対側の扉から護衛の兵士を引き連れた貴族が部屋に入り、卓を挟んだ椅子に座る。

 アルバートと彼が率いる兵士はクラウス達の背後で待機し、これで逃げ場は無くなった。

「お初にお目にかかります、アルバトロス連合国軍所属クラウス・リチャードソン。此度は国の使者として参りました」

 クラウスは深く頭を下げて名乗る。

 それに対し、恐らく最も位が高いであろうモノクルをかけた中年の貴族が答えた。

「私は王族派筆頭”ロード・クロムウェル”、ライオネル・ヴァン・クロムウェル。リチャードソン殿、よく参られた」

 ライオネルも内心半信半疑だったが、領地を奪われても元々は大貴族、表面には出さない。

「こちらは”ロード・グロスター”、ギャレス・ローラン。王族派の一員だ」

 紹介されたギャレスも慎重に会釈する。

(クロムウェルとな……最初に応対した騎士は彼の子息か? ふむ、ひとまず良い流れは向いてきておる)

 アルバート然り、ライオネルも話が通じそうだとクラウスは直感した。

 交渉の席に出て来たのは、筆頭のライオネルとギャレスの二人のようだ。

 王族派もかなり余裕が無いのか、いきなりトップの貴族が交渉に応じた。

 この好機に筆頭のライオネルを味方につけ、速やかに共同戦線の約束を取り付けるべきとクラウスは考える。

「まず、連合国の姿勢を説明させて頂きたい。我々はクーデターによる大臣の統治を不当なものとし、この打倒に助力も惜しまぬ構えです」

 ライオネルは無言でうなずき、続きをうながす。

「私の率いる部隊は、非公式の戦力としてあなた方に加勢するために派遣されました。トマスよ、旗を」

「はっ」

 トマスは塗り潰す前の軍旗を両手で広げて見せた。

「……間違いありません、アルバトロス軍のものです」

 ここは軍事に詳しいギャレスが判断を下す。

「加勢、か。して、その条件は?」

 ライオネルも単刀直入だった。

 むしろ話が早い方がクラウスにとっては願ったりである。

「私の主が望みはただひとつ。両国の停戦でございます」

「難しいところを突くな」

 ライオネルの側も、簡単に隣国の支援を受けられるとは思っていなかった。

 百年近く続く両国の軋轢は、そう簡単に埋められるものではない。

「一筋縄でいかぬことは百も承知。今のアルバトロス元首、ハルトマン議長は貴国との争いを望んでおりませぬ」

 まだ半信半疑といった様子のライオネル達だが、アルバトロスの体制が変わったことは知っているはずだ。

 新体制の姿勢を伝えることで、どうにか道が開けるとクラウスは考える。

「長きに渡る乱世により国民は苦しみ、議長は解決策を模索しております。貴国との和平が成れば、民の平穏に近付くのです」

「ふむ……」

 もうひと押しとクラウスは続けた。

「戦火の拡大は互いに望まぬ惨事のはず。戦乱に終止符を打つためにも、今こそ手を取り合う時ではありませぬか?」

 最後の一言はライオネルにも響いたのか、彼は小さくため息を漏らした。

「……そちらの戦力は?」

 ライオネルの反応を見て、クラウスも手応えを感じた。

(む、乗り気だな)

 王族派の戦力は彼らも把握しきれていない。

 もしかしたら、1万足らずの援軍など不要な兵を蓄えている可能性もあった。

「騎兵3000、歩兵6000、合計9000の部隊です。今は少し離れた場所で待機させております」

 それを聞いて、ライオネルとギャレスは顔を見合わせる。

(9000人か……喉から手が出る程に欲しいな。この機会を逃せば、二度も派兵はしてくれまい)

 最終決定は主であるキラとエドワードに相談してから行うつもりだったが、ライオネルはこの提案に乗らない手は無いと既に考えていた。

「お待ちください、クロムウェル卿。停戦など飲んでしまってよろしいのですか?」

 軍人でもあるギャレスは、彼の方針に反対の姿勢を見せる。

「アルバトロス帝国がこれまで何度我が国の領土を踏みにじったか、お忘れになったわけではありますまい」

 ギャレスの言葉を聞いていたクラウスは、黙してライオネルの判断を待った。

(こういう意見が出ることも承知の上だ。百年の溝はそう簡単に埋まらぬ……)

 内心、彼は神にすら祈った。

 ここでライオネルが前向きな判断をしてくれるように、と。

「そうだな、グロスター卿。この領地とて何度帝国との戦火に巻き込まれたことか」

「では……!」

 ギャレスを遮り、ライオネルは続ける。

「しかし、だ。我々も大義名分を掲げて帝国の領地を焼いたのだ。繰り返しな」

「それは、アルバトロスに抵抗するためであって……」

 この軍人としてのギャレスの言い分も正しい。

 だが戦争とは、互いに正義という名の棍棒で殴り合う泥仕合。

 始まりがあるモノには常に終わりがあり、戦争にも幕を引きたいと思うなら、両者が棍棒を引っ込めなければいけない。

「仮にここで我々が提案を蹴ったとして、民はどうなる? 戦乱で家を焼かれる彼らは、一番に終戦を望んでいるとは思わんかね」

 ライオネルの言葉に、ギャレスは反論できなかった。

 軍人であると同時に彼もまた、土地を治める貴族である。

 領民からの必死の訴えは重々承知だった。

 痩せた畑は何度も焼かれ、若い働き手は徴兵で連れて行かれ、国の軍資金となる年貢を収めるのにも必死な日々。

 ギャレスも心のどこかで分かっていたのだ、これ以上は限界だと。

「これも良い機会だ。我らの代で乱世を終わらせるのも悪くあるまい。覇者など現れないのだ」

 何も言わず、ギャレスはただうなずいた。

 それを見てライオネルは、改めて向かい合う席のクラウスに向き直る。

「……条件は理解した。前向きに検討するが、すぐに結論は出せない。よろしいかな?」

「無論でございます」

 この後、王族派は連合軍の援軍を受け入れるかどうかで議論することになるだろう。

 そこで反対意見が出て、提案を蹴られる可能性もまだ残っている。

 だがクラウスは、ここで二人を味方につけたという確信を得ていた。

 最初反対だったギャレスも、国民のことを考えて矛を収めてくれたであろうことは、クラウスにとって痛い程よく分かる。

 一安心ではあるが、まだ交渉すべきことは残っている。

「クロムウェル殿、厚かましいのは承知ながら……外で待機させている、私の部隊を一時的に敷地内に置くことを許して頂きたい」

 屋敷の外では、王国軍にいつ見つかるかと不安を抱えながら部下が吉報を待っている。

 クラウスが交渉に赴く間の留守を任せたサイモンのためにも、この大所帯を何とか安全地帯に受け入れて貰う必要があった。

「クロムウェル卿、ここで奴らに暴れられては……!」

 自軍の兵力を知っているギャレスは、もし9000の部隊で攻撃されては屋敷も落ちると心配していた。

 数ではアルバトロスの軍がおよそ倍近く、王族派はキラとエドワードの二人も抱えている。

「ふむ……」

 ライオネルも少し考え込んだ。

 確かに信用できるかまだ分からない隣国の部隊を引き入れ、裏切られては王族派も王家の生存者も一巻の終わり。

 かと言って、本当に味方だった場合は敵の攻撃に晒し続けることになってしまうし、何より失礼だ。

「リチャードソン卿、そちらの兵力は9000と言ったな?」

「その通りでございます」

 次にライオネルがどう出て来るか、クラウスは慎重に成り行きを見る。

「この屋敷を監視する敵軍は、全体ではさほど多くはない。まずは見せてくれるかね、君達の覚悟と実力を」

 王国軍を討つことで、味方であることを示せというのだ。

「承知致しました。停戦に向けた我々の決意、ご覧に入れましょう」

 どの道、屋敷を取り囲む敵部隊はどうにかしなければと思っていたところだった。

 ほんのついでにはなるが、敵の足止めを命じたジョンも拾い上げてやらねばならない。

「では我々は、事の次第を待機中の部隊に伝えに戻ります。クロムウェル殿、停戦の件はどうかご検討頂きたく」

 そう言って会釈すると、クラウス達三人は席を立った。

 ライオネルは深くうなずき、彼らの後ろを固めていた兵士に道を開けるよう指示を出す。

「よろしかったのですか? もし一人でも敵を取りこぼせば……」

 クラウスの覚悟と実力を見たいというのはギャレスも同じだったが、同時に不安も残る。

 この屋敷を取り囲む敵軍は数こそ多くないが、増援を呼ばれればたちまち大軍が押し寄せるだろう。

「我々も数日中に事を起こす。どの道、監視部隊は叩かねばならんのだ。彼らが敵を取り逃がしたなら、我々の部隊で対処する」

 キラが王族派を頼ったことは、既に大臣の耳にも入っているだろう。

 事態が動いた今、これまでのように守りに徹するわけにはいかない。

 クラウスが上手く事を運ぶならそれでよし、もし失敗しても王族派は戦力を温存してある。

「分かりました。私は戦いの様子を観察しておきます」

 クラウスの手腕を見定めるつもりのギャレスは、そう言って椅子から腰を上げる。

「グロスター卿、私も部隊と控えておきましょう」

 ここまで黙っていたアルバートも口を開いた。

「万が一、彼らが失敗した場合は我々『鉄騎隊』で尻拭いを」

 アルバートの指揮する騎士団が『鉄騎隊』を名乗っていた。

 王族派の兵力の半分近くを占める、言わば切り札のひとつである。

「よろしく頼む、アルバート殿」

 ギャレスもやはり切り札と呼べる騎士団を持っており、ふたつの実行部隊の指揮官がそれぞれ成り行きを見守ることとなる。

 二人が出て行った後もライオネルは部屋に残り、しばし考えていた。

(姫様に続いて、アルバトロスから助力の申し出か……。天の助けと見るべきか、はたまた罠か)

 クーデターからおよそ一年、停滞していた王族派も本人達の意思に関わらず、動き出す時が来ていた。

 意を決したライオネルは、他の貴族、そしてキラとエドワードにこのことを伝えるべく、自らも席を立った。


To be continued

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