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エルカリム  作者: Pixy
第四章 亡き王国の為のパヴァーヌ編
72/94

第72話 『盗賊流』

銀狐の案内で、王族派の屋敷へと向かう一行。

だが屋敷は大臣の兵隊に囲まれていた。

 義賊『銀狐』の案内で、味方になってくれそうな貴族の下へと向かうキラ達。

 街を出立して三日、積み込んだ物資だけでやりくりし、どの村にも立ち寄らずに馬車は南へと向かった。

 三日目の昼になって、高警戒地域だと判断した銀狐は馬車を降り、先頭に立って道案内を始める。

 出発地の市場で買ったリンゴをかじりながら悠々と先を行く彼女だが、張り巡らされた警戒網を慎重にくぐり抜けながらの歩みだった。

(これに近い方法で、一度は罠へと誘い込まれた。轍は踏むまい……)

 ルークも馬車から降りて徒歩で周囲を警戒する。

 先頭の銀狐の様子にも気を配るが、今の所怪しい動きは無かった。

「おぉっと、止まりな」

 時々銀狐は馬車に止まるよう指示し、大臣の私兵をやり過ごしては前進してを繰り返す。

「……今、どの辺りですか?」

 ルークは先導する銀狐に尋ねた。

「焦りなさんな、もう王族派の領地には入ってる。もうすぐでクロムウェルの屋敷が見えてくるはずさ」

 緩慢な動きだが、少しずつ着実に、目的地へと近付いていた。

 周囲の地形は平野から林に変わっており、地面は平らなままだが木々の間を縫うように馬車は進む。

(もし万が一のことがあっても、これでは馬車がスピードを出せないが……)

 ルークの脳裏には、ガストンに待ち伏せされた一件がよぎっていた。

 すると林の途中で、銀狐は立ち止まって馬車にも停車を命じる。

「また敵兵ですか?」

 ルークの問いに、彼女は首を振って答えた。

「ああ、参ったよ。連中、この先に居座って移動しそうにない」

 いつの間にか馬車を降りていたユーリも、その場に加わる。

「10人以上は居るな。迂回するか?」

「いや、回り道しても同じだろうね。奴ら、屋敷の周囲をぐるっと囲っていやがるんだ」

 銀狐は道を避け、普段誰も通らない林の中を突っ切って案内していた。

 既に裏側から侵入しているようなものだが、それでも敵に出くわすということは、他に回り込む箇所は無いということだ。

 数は大したことがないように思えるが、一度騒ぎを起こして仲間を呼ばれてはすぐに取り囲まれる。

(我々全員で一斉に襲いかかり、短期決戦で部隊を殲滅。空いた穴から屋敷に飛び込めれば……)

 見つからずに潜入できないならばと、ルークは多少強引でも強行突破を考えた。

 敵に発見されても王族派の屋敷にさえ入ってしまえば、一応は安全が確保されるという見通しだ。

 そんな時、銀狐はルークとユーリの肩を叩き、言う。

「ここはあたしに任せな。屋敷は真っ直ぐ進んだらすぐそこだ、迷子になるんじゃないよ?」

「どうするつもりですか?」

 案内はもういいとして、銀狐がいかに義賊の長でも一人であの数を相手にするのは分が悪い。

「なぁに、盗賊には盗賊のやり方があるってことさ」

 肩をすくめてそう言うと、銀狐は身を隠すでもなく堂々と兵隊の前に出て行った。

「やあやあ、兵隊さん! 任務ご苦労!」

「な、何だこの女?」

 敵兵は警戒して武器を構えるが、いきなり攻撃を仕掛けることはしない。

 無防備に出てこられると、逆に敵かどうか区別できず攻撃しづらくなるものだ。

「そこで止まれ!」

「いやーあたしの方は不景気でねぇ、困っちゃうなーもう!」

 喋り続ける彼女をボディチェックしようと兵士の一人が近付くが、逆に銀狐は慣れた手付きで相手の財布をすり盗った。

「兵隊さん、儲かってるじゃないの。この重さじゃ銀貨100枚は入ってるだろ?」

「あっ! お前ーっ!」

 財布を盗まれた兵士は激昂して槍で突き刺しにかかるが、銀狐はあざ笑うように避けて逃げ回る。

 だが完全に彼らの視界からは消えず、武器が届くか否かの間合いから盗んだ財布を掲げて挑発した。

「ほーれほーれ、一文無しが嫌なら取り返してみな!」

「このアマー!!」

 十数人の部隊は一斉に、逃げる銀狐を追う。

 こうなると完全に部隊の配置は崩れるのだが、当の兵士達にとっては財布の方が大切だ。

(ふん、チョロいチョロい。後は上手くやんなよ、お姫サマ……)

 キラ達の居る方角を一瞬振り向いた銀狐は、そのまま馬車から遠ざけるように兵士を誘導していく。

 金貨30枚前払いの依頼は、こうして完了したのだった。


 一方、銀狐の手並みを茂み越しに見ていたルークも、警備に穴が空いたこのチャンスに前へ進もうと判断する。

「周囲に反応は無い。抜けるなら今だ」

 今度は生命感知の魔眼が使えるユーリが先頭に立ち、馬車が後に続く。

「ルーク、銀狐さんは?」

 停車している間に先導が入れ替わったことにキラも気付き、馬車から顔を出してルークに尋ねる。

「囮になりました」

「大丈夫かな……」

 不安そうな表情を浮かべる彼女だが、同じく馬車に揺られるエドガーは落ち着いていた。

「向こうもプロだ。慣れているだろう」

「金貨30枚の価値はあったと思いたいわね」

 続いてソフィアも呟く。

 今まで銀狐を信じて案内を任せてきたが、本当にこの林を抜けた先に屋敷があるのか、知る者は誰も居なかった。

 だが程無くして、ソフィアの言う金貨30枚分の価値は十分にあったことが証明される。

 方向感覚の狂いそうな林を抜けた先に、確かに屋敷はあったのだ。

 広い敷地の周囲は頑丈な塀に囲まれ、その奥に見える屋敷はかなり大きく堅牢な作りだった。

 ほぼ城に近いような、威圧感にも似た佇まいをキラ達は覚えた。

 それもそのはず、国境に近いこの領地は何度もアルバトロスと戦火を交えており、領主の邸宅と同時に砦としての機能も併せ持っていた。

「ここに、クロムウェル公爵が……」

 固唾を呑んでキラが屋敷を見上げる間にも、ルークとユーリは周辺に敵が居ないか索敵を済ませる。

「一応安全です。徒歩で裏門へ向かいましょう」

 正門は大臣の兵隊も見張っているかも知れない。

 更に念には念を入れて、目立つ馬車での移動を避けて歩きで裏口へ回る。

 その間もキラはフードで顔を隠したままだ。

 裏口と言うには立派な作りの門の前には、4人の番兵が見張りをしていた。

 キラは外套の印章で、彼らがクロムウェル家お抱えの兵士であることが分かった。

 一行が恐る恐る門に近付くと、兵士の側は槍を構えて警戒の姿勢を見せる。

「何者だ!」

 一か八か相手を味方と判断した上で、キラは先頭に進み出てフードを取った。

「クロムウェル家の兵士ですね? キラ・サン・ロイースが戻ったと、クロムウェル公爵に伝えてください」

 彼女の言葉を聞き終わるまでもなく、顔を見た兵士達は目を見開く。

「あ、あなた様は……!」

 流石は王家に最も近しいとされる大貴族の番兵と言うべきか、キラの顔はちゃんと覚えていた。

 すぐに兵士は構えていた槍を引きあげた。

「お前は公爵にこのことを伝えに行け! 俺は殿下を案内する!」

 一人が飛ぶように屋敷の本館へ駆け込んでいき、一人はキラ達を敷地内へと招き入れる。

「ご無礼をお許しください。どうぞ、客間へ」

「感謝します」

 頭を下げたキラを先頭に、ルーク達仲間がぞろぞろと後に続く。

「残りの者は警戒を続けろ。どこで大臣の手下が見ているか分からんぞ!」

 案内を買って出た兵士の指示で、一行がくぐった後の裏門を残る番兵二人が閉め、見張りを続けた。

 庭師が毎日手入れしているであろう庭園をしばらく進んだ先に、本館はあった。

 大人数の出入りを想定した背の高い両開きのドアを兵士が開き、一行を招き入れる。

 床は大理石の上に紺色の絨毯が敷かれ、高い天井からは豪勢なシャンデリアが吊るされている。

 柱には精巧な彫刻が施されており、壁はと言うと絵画や壁飾りがかけられていた。

「貴族の屋敷ってすげー」

「ボクの知ってる家と違う……」

 ディックとレアなどは田舎者丸出しで、ひっきり無しに屋敷の中を見回していた。

「お、落ち着きませんね……」

「うん」

 ヤンだけでなく、この時ばかりはメイまでも身を強張らせる。

 カルロに至っては、押し黙って身を縮ませ必死に空気になろうとしていた。

「よせ、育ちがバレる」

 そう言うエドガーも決して育ちのいい男ではなかったが、こういう時そわそわしていると貴族から笑われると知っていた。

 ルークもこんな豪勢な屋敷は初めてだが、それを分かっていたので平静に努めていた。

 ユーリはいつも通り警戒して神経を尖らせており、ソフィアはと言うと貴族の出なだけあってか慣れた様子だった。

 本館へ入って通路を進むと、やがて広い客間があった。

「すぐに公爵が参ります。少しばかりお待ちください」

 案内してきた兵士はそう言うと、近くの侍女達にかいつまんで事情を説明した。

 キラ達が柔らかなソファーに腰掛けるその間にも侍女は紅茶を淹れ、茶菓子と一緒にテーブルに並べる。

「どうぞ、キラ様」

「ありがとうございます」

 侍女に礼を言うと、キラは早速紅茶のカップに口をつけて一息ついた。

 腹も減っていたが、まずは紅茶を一口というのがロイースの上流階級のやり方だ。

「皆さんも一緒に頂きましょう。美味しいですよ」

 キラに勧められ、仲間達も恐る恐る紅茶と茶菓子に手を伸ばした。

 あいも変わらずユーリはまず毒味という無作法をやらかし、それを見た侍女達は冷ややかな視線を送るが、本人は我関せずといった様子だ。

「うおおお! 何このクッキー、めっちゃ柔らかいんだけど?!」

 一口かじって味を占めたレアは空腹もあって茶菓子を鷲掴みにして口に放り込み、ディックもそれに続く。

「あまりがっつかないで。みっともないわ」

「そ、そうですよ!」

 ソフィアとヤンが咎めるが、二人の耳には入っていない。

 ルークもこういった貴族のテーブルマナーにはあまり詳しくなかったが、なるべく失礼のないようにゆっくりと茶を飲んだ。

(紅茶の味も懐かしいなぁ……)

 各々慣れない屋敷で過ごす仲間を見ながら、キラはすっかりソファーに腰を落ち着ける。

(ようやくここまで来たんだ、私。ライオネルおじさまに会えば、きっと上手くいく……!)

 ついに辿り着いた味方の陣地で、彼女は懐かしさと共に束の間の休息を楽しんだ。


 その頃、キラ達の案内された客間へと屋敷内を移動する一団があった。

 周りを兵士に囲まれ、中央にはきらびやかな洋服に身を包んだ数人の人影。

 彼らこそが、政権が覆った今なお王家に忠誠を誓う『王族派』の貴族の面々である。

 王女であるキラが生きていたというのは嬉しいニュースのはずだが、受け止め方は真っ二つに割れていた。

「クロムウェル卿、このまま会ってよろしいのですか? もし姫様が偽物だったりしたら……!」

 慎重論を唱えているのは、この中ではまだ若く、気の弱そうな顔立ちの男だった。

 その男が話しかけている相手こそが、王族派の筆頭である公爵家当主、”ロード・クロムウェル”ライオネル・ヴァン・クロムウェルである。

 白髪混じりの黒髪をオールバックにし、髭を生やした貫禄のある中年男性で、左目には貴族のファッションのひとつである片眼鏡モノクルをはめていた。

 恰幅のいい男で、年相応に腹は出ていたが骨格の骨太さは外見から伺える。

 その体躯を緑色の服で包み、左肩には裏地の赤い白マントを羽織って一段と存在感をアピールしていた。

 キラ生存の報せに慌てふためく他の貴族を前に、ライオネルはあくまで落ち着いた様子を見せる。

「確かめるためにも、私が直々に会わねばならん。そもそも、バルバリーゴめに影武者を用意するような知恵があるとは思えんがな」

「クロムウェル卿のおっしゃる通りです。向こうはそんな小細工をする必要など無いでしょう」

 ライオネルに賛同するのは、王族派ただ一人の女性当主だった。

 まだ当主としては若い方だが、肝は据わっている。

「し、しかし……!」

 なおも半信半疑の貴族に、また別の中年の男が味方した。

「お二人のお考えも分かりますが、ならば姫様は今まで何を? バルバリーゴのクーデターからもうすぐ一年経ちます」

 太り気味のその男はあくまで冷静に、キラが本物かどうか疑っていた。

 ライオネルはひとつ唸ると、それまで黙っていた男に尋ねる。

「ふむ……グロスター卿、どう思う?」

 グロスター卿と呼ばれた男は唯一甲冑を着ており、一見すると兵士の隊長のようにも見えた。

 これでも王国貴族の一人にして騎士、”ロード・グロスター”ギャレス・ローランである。

 ギャレスも中年くらいの人物で、髪や髭や兜を被る時の邪魔にならないよう短く切っていた。

 甲冑の上からは白い外套を羽織っており、背中のマントも同じ色だった。

「はっ。バルバリーゴの追手から逃れるため、一時的に国外へ出られていた可能性もあるかと」

 彼らが話している間に、応接間のドアが目の前のところまで来ていた。

 この向こうでは、キラと彼女が連れてきたという同行者数人が待っている。

(果たして我々の救い主か、それとも大臣の罠か……)

 自分の目で確かめるべく、ライオネルは両開きのドアの前で待機する兵士にうなずいた。


To be continued

登場人物紹介


・銀狐

盗賊だけあってスリも囮もお手の物。

兵隊も任務より自分の財布が大事なのだ。

なおスった財布はそのまま頂いた模様。


・キラ

紅茶の国の王女様。

食う前に飲む。

紅茶は美味いけどカフェイン入ってるから注意するんだぞ。


・ユーリ

安全地帯なんて関係ねぇ! 毒見だ!

メイドがドン引きしとる。

育ちの悪いこいつに食事マナーどうこう言っても無駄や。

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