第65話 『功夫編』
猛将も最初から達人に生まれつくわけではない。
ディックがジョットとの出会いで変わり始めて、数日が経過した。
一度は崩壊しかけたパーティも何とか結束を取り戻し、一応の危機は回避する。
しかし、未だにどこからキラが王都を目指しているという情報が漏れたのか、出処は不明のままだ。
ギルバートやソフィア、エドガーといった年長組や、慎重なルークとユーリはその点を懸念していた。
謎の魔術師によってつけられた傷もある程度回復し、街の鍛冶屋で傷んだ装備の修理も済ませた一行は、完全な状態でないままに出立を決める。
「本当にいいのかね? まだ怪我は完治していないが……」
先払いで高い治療費を貰った医者は、先を急ぐキラ達を不審がる。
「ええ、ここまでで十分よ。それと、私達がここに来たことは口外しないでちょうだい」
そう言ってソフィアは、更に追加の口止め料を医者に渡した。
(焼け石に水かも知れないけれど……この状況、用心に越したことはないわ)
医者に銀貨を握らせたところで、更に潤沢な資金力を持つジョルジオの軍隊がもっと高い金額を示せば、簡単に手のひらは覆るだろう。
そもそも本当に内通者が居た場合、こんなことをしても路銀の無駄なのだが、やらないよりはマシとソフィアは考えていた。
ソフィアが医者と話をつけ終えた頃、街の市場に出発直前の買い出しに出ていたディックとエドガーも馬車の前で合流する。
二人は、傷みやすい水や食糧を買いに行っていたのだった。
「すまんのう、二人共」
ディックとエドガーが荷台に物資を積み込む様子を、ギルバートは申し訳無さそうに眺めていた。
先の戦いで骨折した右腕はまだ治らず、三角巾で吊るされたまま。
これでは、買い出しや荷物の積み込みもできようはずがない。
「気にすんなって、爺さん!」
ジョットと話して以来、ディックは幾分か働き者になった。
以前なら面倒臭がってやらなかったような作業も、腕の負傷が治らないギルバートに代わって行い、パーティの雰囲気を良くするために積極的に纏めようともしていた。
手早く荷物の積み込みが終わったその頃、少し離れた場所ではオーウェンが暗号文を伝書鳩の足に括り付け、飛ばしていた。
「そろそろ出発ですよ。あれは、味方に?」
オーウェンの背後から、ルークが声をかける。
彼はずっと、監視としてオーウェンを見張っていたのだった。
「ああ、反大臣派閥の部隊に向けてな。殿下が存命だということは伏せてあるが、念の為に暗号を変えた」
「どのような内容を?」
ルークはこれまで、何度もオーウェンが伝書鳩を放つ姿を見てきた。
協力者への連絡だと説明は受けていたが、ついでなので直接聞いてみることにした。
「バルバリーゴに反発する派閥への、補給物資を届けるということで、馬車を通してくれるように書いてある。ここから漏れていないと信じたいが……」
鳩が飛んでいった先、これから進む道を見つめるオーウェン。
ルークからすれば、ロイース式の暗号文の解読法を知らないため、彼が言っていることが本当かどうか判別する術はない。
(せっかく纏まりつつある今、疑念を表に出しても仕方がない。オーウェンさんも、自分が完全に信用されていないことは承知だろう)
そう考えたルークは、それ以上深くは聞かなかった。
再び王都へ向けて前進し始めたキラ達だが、幸先の悪いことに昼頃に急な雨に見舞われた。
雨をしのげる木陰にまで移動するとそこで馬を休ませ、キラ達は馬車の中で天気が持ち直すのを待つこととなった。
ユーリとオーウェンの二人を見回りに出しているが、その間残りのメンバーは暇になる。
いい休憩だと考えればいいのだが、じっと黙っていられない男が一人。
「ジメジメしてどーも好かねぇや」
ぶつぶつと文句を垂れているのは、退屈しているディックだった。
「何かこう、スッキリするような話ねーかなぁ?」
気を紛らわそうとそう尋ねる彼に、ギルバートが答える。
「では、こういう話はどうじゃ? 軍の隊長にまで成り上がった、いじめられっ子の話じゃ」
「え? 何それ、誰のことだ?」
この話題に食い付いたのはディックだけでなく、キラもだった。
「私も聞きたいです!」
他の仲間達も、ただ馬車の中で雨上がりを待つ時間に退屈しており、異を唱える者は居なかった。
「あれは今から、15~16年くらい前のことじゃった」
そう切り出し、ギルバートは語り始める。
当時、既に旅を終えて落ち着く場所を探そうとしていたギルバートは、帝国時代のアルバトロス領の南部を訪れていた。
アルバトロス帝国は海軍と港の増強にも力を入れており、彼が立ち寄った街も整備された港街のひとつだった。
賑やかで活気はあるが、軍港もあり所々物々しい。
腰を落ち着けるには空気が合わないだろうと、街を去ろうとしていたちょうどその時だった。
子供一人を、他の子供が寄ってたかって殴ったり、罵声を浴びせるいじめの現場をギルバートは目撃する。
いじめグループの主犯格と思われる少年は幼くして体格に恵まれており、対するいじめられっ子は小柄とまでは行かないが細身だった。
「悔しかったらやり返してみろよ!」
単純な力に物を言わせ、グループのリーダーは細身の少年を一方的に殴りつける。
そのリーダーの取り巻きもまた、一緒になって少年を殴り、蹴り、されるがままの姿を笑った。
どの街でも起こり得る、ありふれた光景だったが、それを見逃すギルバートではない。
「こら、何をしている」
ギルバートが咎めると、最初不機嫌そうに振り向いたいじめっ子達だったが、相手が見上げる程の体格の大男だと見るや、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
この手の小物は、自分より格下の相手にしか力を振るえない。
格上が来たら三十六計逃げるに如かず、である。
「大丈夫か?」
そう尋ねると、気の弱そうな細身の少年は鼻血を手で拭いながら、フラフラと立ち上がった。
まだ10に満たないであろう少年は、痣だらけになりながらも、その目に強い意志を宿していた。
「何故、やり返さなかった?」
ギルバートの問いに、少年はしばしうつむくと、ぽつりとこぼす。
「……やり返したら、もっと酷い目に遭うし」
「どれ、打ち傷に効く軟膏がある。貸してやろう」
荷物袋から薬を出してやると、蚊の鳴くような声で少年は礼を言った。
手当てがてら話を聞いてみたところ、少年はこの街で貿易を営む商人の家の子らしい。
頭がよく喧嘩にも強い長男の次に生まれた次男坊で、親からはあまり期待されず、弱虫として他の子供からはサンドバッグ扱いされているようだ。
そんな少年に、ギルバートはひとつ提案を持ちかける。
「ワシは旅の武芸者でな。お前さんがよければ、戦い方を教えてやろうか?」
「えっ?」
少年は半信半疑といった様子で見上げる。
今日会って間もない初対面の男にそう言われて、二つ返事で教わる方がむしろ不安になるレベルだ。
「すぐに決めなくていい。その気になったら、この宿を訪ねろ。ワシは後数日、ここに留まる」
宿泊している宿の住所を書いたメモを手渡すと、ギルバートは一旦この場を後にした。
少年が決心を固めるかどうかは、賭けだった。
だが彼には、ある種の確信があった。あの少年は必ず、宿を訪ねてくると。
その予感は的中し、三日後に少年が宿にやって来た。
またこっ酷くやられたのか顔に痣を作り、泣き腫らしたのか目は赤い。
そして手には、壊れた兵隊の人形を握り締めていた。
察するに、大事にしていなおもちゃをいじめっ子に壊されたのだろう。
「決心はついたか?」
敢えて事情は聞かず、ギルバートはそれだけ尋ねた。
少年は真っ直ぐに彼を見つめて、力強くうなずく。
「強くなって、あいつらを見返してやりたい……!」
悔しさのあまり歯を食いしばりながら、少年はそう言った。
「いいだろう。ワシはギルバートだ。お前さん、名は?」
「ジョイス」
その日から、ジョイスの秘密の修行が始まった。
宿に泊まっている旅人に稽古をつけて貰っているのは、家族にも内緒だ。
まずは基礎の体力作りからスタートし、身体が出来上がって来たら闘気術の呼吸法へ。
ジョイスは飲み込みが早く、鍛錬のやる気も高かった。
真面目にトレーニングに打ち込み、ギルバートが教えたことを素直に習得していく。
闘気が練れるようになったら、その制御を。
それと平行して、格闘の基本も教えた。
自分と相手との間の取り方、攻撃を仕掛けるタイミング、手加減のやり方――覚えることは多い。
体力のある若者でも音を上げることが多かったのだが、ジョイスは一心不乱に食い付いてきた。
それもそのはず、幼いながらにジョイスはこの修行に自分の人生をかけるつもりだった。
いつまでもうだつの上がらない弱虫として、いじめられ続ける日々に終止符を打つべく、彼は全力でギルバートから学んだ。
ギルバートにとっても、非常に教え甲斐のある弟子だった。
気付けば立ち去る予定だった港街に長居し、半年近くが過ぎていた。
修行の日々の間、ジョイスは何度もいじめられて痣を作っては、ギルバートの薬で手当てをして貰っていた。
中途半端な覚えたてで戦うのは危険であり、ギルバートは修行を行う上での”約束”として、鍛錬を終えるまで闘気術を使わないよう言い聞かせていた。
相手に大怪我を負わせるどころか殺してしまうこともあるし、自分自身が負傷することもあり得る。
ジョイスはその約束を律儀にずっと守り、隠した牙を研ぎ続ける。
修行も終わりが見えてきたある日、実戦形式で鍛錬をしていたジョイスは、相手を務めるギルバートに尋ねた。
「何で、僕に戦い方を教えてくれたの?」
まだ体格差はあるが、かなりいいパンチを出すようになった。
闘気の制御だけではない。
足を踏ん張って身体を固定し、相手の動きに合わせて最も効果的なタイミングで拳を繰り出す。
今のジョイスなら、本気を出せば大の大人でも打ち負かせるだろう。
「ジョイスよ、お前さんに”強い意志”を感じたからだ」
強烈なパンチを硬質化した腕で受け流しながら、ギルバートが答える。
「前の僕なんて、ただの弱虫で……」
「それは違う」
鍛錬を続けながら、ギルバートは首を横に振った。
「お前さんがやり返さなかったのは、仕返しが怖いからではない……。相手を傷付けたくないから、そうだろう?」
図星なのか驚いた表情を見せるジョイスだが、構えは崩さない。
「だからこそ、ワシとの約束をきちんと守り、いじめっ子に怪我をさせないよう守りに徹している」
「だって、あいつらだって怪我したら痛いよ」
殴られる痛みは、いじめられているからこそよく知っている。
いくら悪意あるいじめっ子相手と言っても、心から憎み切って殺意を向けることはできなかった。
「その優しさ、心の強さをワシは見込んだ。闘気術を伝授するに足る逸材と見込んだ!」
ギルバートのパンチを、今度はジョイスがガードする。
あくまで訓練ということでゆっくりと拳を突き出してはいるが、ジョイスの反応もかなり良くなっており、硬質化もしっかりできるようになっていた。
ガードした後は、すかさず反撃。
それをまた、ギルバートが受け流す。
ギルバートが旅を終えた後も各地を渡り歩いていたのは、単に落ち着ける場所を探すためだけではない。
異国の武芸者から習い、独自に進化させた『闘気術』を伝承する、弟子を探すという目的もあった。
今までギルバートの強さに憧れ、弟子になりたいと言い出した者は大勢居た。
だが、厳しい修行をやり抜いて免許皆伝まで行けた者は、まだ居ない。
かと言って、己の身ひとつで戦うという性質上、生半可な修行ではただ怪我人、死人を増やすだけだ。
どうしたものかとギルバートは悩んだ。
弟子を選出するにしても、何が足りていないのか。
導き出した答えは、精神面の強さ。
今までの教え子は、彼の強さに憧れるばかりで己の内面を磨こうとはしなかった。
ただ技術を教えるだけでは皆伝に至らないと知ったギルバートは、ずっと探していた。
強く、優しい精神を持った有望な若者を。
「……それが、僕?」
「そうだ。お前さんになら、全てを授けられると、そう確信していた」
互いにペースを上げるが、まだ息は上がっていない。
実戦ではないとは言え、本気さながらの一進一退の攻防が続く。
ギルバートのパンチを避けてジョイスのカウンター。
それを受け止めてギルバートがローキックを繰り出す。
反応したジョイスは硬質化させた足でガードし、直後に投げ技をかける。
投げ技から抜け出そうとするギルバートだが、振り解こうとした右腕をジョイスが掴まえ、そのまま十字固めへと持っていく。
「いいぞ! ワシの負けだ」
勝負がついた両者は、互いに構えを解いた。
「師匠、僕は……」
「ワシはこの通り、大丈夫だ」
ギルバートは右腕を回して見せると、その右手をジョイスの肩に置く。
「お前さんは、十分に学んだ。手加減のやり方も、全てをな……」
そう言うギルバートを、ジョイスは固唾を呑んで見上げた。
「実戦を解禁する。明日、いじめっ子達と戦って来い。ワシが見届けてやる」
ジョイスは真剣な表情でうなずいた。
それはもう弱気な少年ではなく、決意を固めた男の顔だった。
翌日、ギルバートに見守られながら、ジョイスは何度も苦汁を舐めさせられたいじめグループに対し、宣戦布告する。
「はっ! 弱虫ジョイスが何か言ってらぁ!」
「二度と生意気言えないよう、ボッコボコにしてやんないとな!」
相手は10人近く。取り巻きは雑魚としても、リーダー格は体格に恵まれた力自慢だ。
戦いの直前、ジョイスは後ろで見守るギルバートを振り向く。
ギルバートは何も言わず、ただうなずいた。
その無言の返答を受け取ったジョイスは、もう迷わなかった。
まず先鋒として襲いかかってきた3人の攻撃を硬質化で防ぎ、怪我をさせないよう手加減しながら戦意を失う程度に反撃する。
続く第二波も無傷で凌ぎ、ジョイスの周りには倒された取り巻きのいじめっ子が転がってのたうち回った。
「な、何だぁこいつ、生意気に……! おい、お前ら!」
リーダーの一声で、木の棒で武装した第三波が襲いかかる。
だがギルバートから免許皆伝された闘気術には全く歯が立たず、棒の方が先にへし折れてしまった。
ジョイスは武器を持った相手にも素手で応じ、そして制した。
残されたのは、もはやリーダー一人のみ。まさしく裸の王様だ。
「来いよ。怖いのか?」
今まで散々自分をいたぶった相手を、ジョイスは真っ直ぐに見据えて挑発する。
「弱虫ジョイスのくせに……! ぶっ殺してやる!」
子供の中でも人一倍体格のいいリーダーは、街の有名なごろつきとも繋がりがあった。
その伝手で手に入れたナイフを抜くと、及び腰になりながらリーダー自らがジョイスに攻撃を仕掛ける。
本来なら粗雑な品とは言え、刃物で切りつけられれば怪我をするものだが、硬質化したジョイスの両腕は鋼よりも硬かった。
素人が乱暴に振り回したナイフはやがて折れ、これにはリーダーも恐怖で顔を歪ませる。
逃げて兄貴分のごろつきに助けを求めようとするリーダーだったが、ジョイスは踏み込みで相手の足を踏みつけ、逃走を許さない。
隙だらけのリーダーに向けて、加減したとは言え強烈な顔面パンチが繰り出される。
「ぶはっ?!」
鼻血を出して倒れかける相手を、ジョイスは胸ぐらを掴んで睨みつけた。
「ま、待って……許してくれ……!」
完全に戦意喪失し、白旗を揚げるリーダー。
今まで散々いじめておきながら、自分が不利になれば途端に許しを請うその醜さに、ジョイスは強い怒りを覚えたが、感情を制する方法も彼は教わっていた。
基礎として学んだ呼吸法を続けていると、自然と心も落ち着き、冷静さが戻ってくる。
「……結局、お前ら皆そうなんだよな」
震えるリーダーの首根っこを掴んだまま、ジョイスはぽつりとこぼす。
「自分が弱虫だから、もっと弱い奴をいじめるしかできない。本当の弱虫は、お前だ」
そう言うと、ジョイスは掴んでいた手を離す。
リーダーは地面に倒れ込み、そのまま這うように四つん這いで逃げ出した。
「ひぃぃ!」
それまで自分を持ち上げてくれていた取り巻きは見捨てて、一人で無様に脱走する。
「お前のこと、見てるからな。他の子をいじめようとしても駄目だ。その時は僕がお前を殴る」
それは、今までいじめグループの取り巻きをしていた、いじめっ子達に向けての宣言でもあった。
きびすを返し、その場からさっそうと立ち去るジョイス。
一部始終を見ていたギルバートも、その後に続いた。
二人が歩いてたどり着いた先は、船が行き交う海を一望できる港の通りだった。
道の脇にはベンチが置かれており、ギルバートとジョイスは並んで腰を落ち着ける。
「見事だったぞ。これにて、免許皆伝とする」
多勢に無勢な中、ジョイスは相手に大怪我をさせることもなく、いじめっ子を打ち負かした。
予想外なナイフの登場にも怖気づかず、冷静に対応した。
ギルバートも文句なしの満点評価だ。
それを聞いたジョイスは、照れくさそうにはにかむ。
「……いい眺めだ」
人通りもそれ程多くなく、海を見渡すにはちょうどいい場所だ。
「お気に入りの場所なんだ」
そう言うジョイスの実家が営む商家の船も、日夜港を出入りしているに違いない。
しばし無言で景色を眺めていた二人だが、ジョイスがぽつりとつぶやく。
「僕、元服したら軍人になろうかと思う」
「ほう。それは何故?」
ギルバートが尋ねると、ジョイスは決意の籠もった瞳で彼を見上げる。
「父さんからも、よく聞くんだ。品物やお金を奪おうとする、盗賊に襲われることがあるって」
商人と言えば、それを狙う賊もセットだった。
「今日やっつけたあいつらなんて小物で、世の中悪い奴がもっといっぱい居る。悪人から弱い人を守るのは、兵隊の仕事なんでしょ?」
「そうだな。それが正しい」
ギルバートはうなずくが、内心は複雑だった。
この時代、まだアルバトロスは帝国で皇帝が支配していた。
帝国軍も他国への侵略や、内側の反乱軍の制圧などで動員されており、ジョイスの言うような本来あるべき姿からはかけ離れている。
「悪い兵隊も居るのは知ってる。だから、僕はいい兵隊になりたい」
かつての自分のような虐げられる弱者を、守る側に立ちたいとジョイスは語った。
本当に軍人になるなら、時に理想と真逆のことを命じられることもあるだろう。
それを知った上で、ギルバートは少年の夢を否定しなかった。
「その初心を忘れるな。そうすれば、いい軍人になれる。将軍だって夢ではなかろう」
理想をねじ曲げられることがあっても、最初に何故この道を志したかを忘れなければ、いずれ目的地へたどり着ける。
それがギルバートの信念でもあった。
「ありがとう、師匠」
彼の意図をどこかで汲んだか、ジョイスは笑いながら感謝を言葉にした。
「……さて、この街の用事も終わった」
思えば、当初の予定を外れてかなり長居してしまった。
目的である弟子を見つけて育て終えたのなら、本来の目的に立ち返って次の定住地を探しに行くべきだろう。
「心配するな。また折を見て会いに来る」
武術の鍛錬に終わりが無いことを、長く武道家として生きてきたギルバートはよく知っている。
彼は度々この街に戻ってきて、ジョイスがどれだけ成長したかを見るつもりでいた。
「だから、怠けるなよ? 武道家を作るのは、日々のトレーニングの積み重ねだ」
「はい、師匠!」
ジョイスも物分りがいいのか、引き止めるような真似はしなかった。
ようやく見出した弟子に見送られ、ギルバートは港街を後にする。
その後、ジョイスの方はいじめっ子の兄貴分であるチンピラに襲われて返り討ちにするなど色々とあったが、順調に成長した。
そして16歳で成人すると帝国軍に志願し、軍人となる。
軍隊で揉まれながらも武功を上げて行ったジョイスは、やがて兵隊を指揮する武将に抜擢される。
これが後に『鉄壁のジョイス』と恐れられる猛将の、誕生秘話だった。
「……ジョイスは、初心を忘れなかった。革命を成功させたように、な」
語り終えたギルバートは、そう締めくくる。
革命で腐敗した政権を転覆させるなどとは当時驚いたが、志を捨てずに貫いた結果なのだと彼も受け入れた。
「凄いですね。あのジョイスさんが、昔はいじめられっ子だったなんて……」
キラに続き、ルークもうなずく。
「彼とは模擬戦で戦ったこともありますが、とてもいじめられていたとは想像がつきませんでした」
ルークにある印象は、まずとにかく強いこと、そして年齢以上の落ち着きを感じたこと。
生半可な敵では相手にならないような剛の者であり、そのジョイスを育てたのはギルバートだと知ってはいた。
だがいざ少年時代を聞かされると、意外な素顔が見えてくる。
「ジョイスって言うとあれだろ? 何か目の細いムキムキのマッチョマン。あのおっさん、そんなに強かったのか……」
田舎者のディックは、武勲を積み上げた有名人のことを知らなかった。
せいぜい、カイザーがお抱えの武将として重用していたくらいの認識しか無い。
「おっさんと言うにはまだ若いですね。彼もまだ20代のはずです」
一応、ルークは訂正しておいた。
「マジで?! 俺とそんなに変わらないじゃん!」
それを見て笑うキラも、ディックとジョイスが近い年代だとは思えなかった。
「物語に出て来る英雄のような人物が、実在したとは驚きです。一度お会いしてみたいですね」
ヤンもまた、聖書以外にも冒険活劇などを読んだことがあり、少しずつ強く成長していく主人公に憧れたものだった。
「英雄、か……」
それを聞いたエドガーは、ひとつため息をつく。
「英雄になるまでに何人殺してきたか、聞かない方が吉というものだろう」
「おっさん、暗すぎ! 今いい話してんだからよぉ!」
食って掛かるディックを他所に、ルークはふとエドガーの言葉に引っかかるものを感じていた。
(まるで、実際に見てきたかのような物言いだ。『英雄』が作られ、消えていくその過程を……)
最初は傭兵として戦争を見てきた経験からだと思っていたが、ルークにも彼の言わんとするところは何となく察せられた。
『英雄」は国や軍が祭り上げて作るものであり、その影には死体の山が常につきまとう。
ルーク自身もかつて自分の目で、『英雄』が作られ消費されていく様を見たことがあった。
途中で居眠りをしていたレアは、狭い馬車の中でディックが騒ぐせいで安眠を妨害され、不機嫌だった。
「うーん……。う、うるさい……」
そんな時、同じくほとんどギルバートの話を聞いていなかったカルロが口を開く。
「そ、その、雨上がったみてぇだけど……どうする?」
興味がなくて聞き流していたソフィアは、顔を上げて答えた。
「ちょうどいいわね。ユーリとオーウェンが戻ってきたら、出発しましょう」
見回りに出ていた二人も、もうそろそろ戻ってくる頃だ。
合流してから先に進むことに一行は決定する。
「周囲に異常は無い。そっちは?」
雨の中を見回ってきたユーリは、馬車まで戻るとそう聞いた。
「こちらも問題ありません。進みますか?」
ルークの言葉に、同じく帰ってきたオーウェンが答える。
「先を急いだ方がいいだろう」
キラ達も異存は無く、雨上がりの道を馬は進み始める。
二度目の襲撃も来ず、順調に道を進んでいた一行はこの時、王都カヴェナンターにかなり近い地点にまで来ていた。
To be continued
登場人物紹介
・ギルバート
まだわからんか……心じゃよッ!
十数年前から心山拳老師みたいな人だった。
年齢の割に老けすぎじゃね?
・ジョイス
来いよベネット! 怖いのか?
・いじめっ子
てめぇなんか怖かねぇ! 野郎オブクラッシャー!
その台詞はフラグだって114514回言われてるんだが?
墓穴を掘ってると気付く知能がなかったので顔面クラッシュされて消えないトラウマができた。
インガオホー。




