小話「サーシャ、呆れる」
「だから、それは寄付金で賄っていたんだ!」
私はつい声を荒げた。
「それはおかしい。寄付金だけで、この数の孤児を3年以上も養えるはずはないと思うが。それでも維持できていたというなら、この帳簿に記載されていた以上の高額の寄付があったということだな。だが、そんな高額の、しかも匿名の寄付など旧体制下では考えにくいが」
政務官の追求に声が出ない。
そう、匿名の寄付などない。金は院長であるレイアと副院長の私サーシャが暗殺の依頼を受けて得た報酬だ。
それにしてもこんなに追求しなくてもいいじゃないか。旧体制下のことだし、もう暗殺の依頼は受けていないし、国も補助金を出してくれるようになった。孤児院は清く正しく運営されている。
今更、旧体制下時に提出した書類に物言いがつくとは思わなかった。
大体、私はこの堅物、キール・トラウトが嫌いだ。旧体制下では軍部に属していたが、現在は文官として父親である宰相の元で政務官をし、ディーン皇子の補佐もしている。さぞかし有能なんだろうよ。そういう奴はあたしら下々のことなんか理解できないんだよな。
奴の暗殺を依頼されたことがあって何度か試みたけど、全然隙がなかったことを覚えている。勿論色仕掛けもきかなかった。夜会に忍び込んで近づいたりしたけど、奴はどんな女にもなびいていなかった。つまらない奴。そう思った。結局、依頼はあきらめざるを得なかった。
話が平行線に及んだ時、扉が軽くノックされた。
「キールさ・・・・。あっ、お客様」
顔をのぞかせたのは小柄な少女だった。
救国の迷い人。
レイアが隣で一瞬息をのんだ。そうだ、レイアは彼女に面が割れている。
「ミオリ。どうした。ディーンとの話は終わったのか」
政務官は慌てて立ち上がり少女に足早に近づく。
おいおい、あたしたちの追求はいいのかよ。仕事中だろうが。
「うん。あとはカレンドア伯爵と詰めるって」
「そうか。ディーンは君を一人で帰したんだな」
政務官が不機嫌な顔をすると周囲の気温が一気に下がったような気がした。政務官補佐がブルリと震えているのが視界の隅に入るけれど、私とレイアにはこのくらいの殺気なんともない。
「大丈夫だよ。何度も来てる王城だもの」
少女は苦笑した。ふーん、可愛いな。おっ、政務官の目尻が下がったぞ。
「ダメだ、ダメだ。君になにかあったらどうするつもりだ」
「そんな距離じゃないよ」
少女が頬を膨らませる。
「いいや」
政務官は少女を抱き上げると接客用のソファに座らせた。
はっ!? 数歩だろ! 歩かせろ!
「それより、お客様ですよ。仕事を先に終わらせて下さい。私はここで待ってますから」
「君の方が優先だ」
「ダメですよ。キールさんがわかってくれないなら、私はこのまま徒歩でお屋敷まで帰りますからね」
「うっ」
少女が上目づかいに政務官を睨むと、彼は怯んで言葉に詰まってしまった。
なんか、面白いな。あの堅物が女の子に振り回されている姿なんてみられるとは思わなかった。
少女が私たちに眼を向けた。瞬間、
「あっ、あなたは・・・・」
少女は漏れ出てしまった言葉を押さえるかのように、慌てて口元に手をやった。
最悪だ。レイアの眉間に軽く皺が寄っている。
政務官が不審げに少女とレイアを見た。
レイアはすっと席を立つと少女に近づき礼をする。
「はじめまして。救国の迷い人様。この度はご婚約おめでとうございます。私はレイア・ドーム、こちらはサーシャ・ソウ。孤児院を経営しております」
「はっ、はじめまして。サガワ・ミオリです」
少女は慌てて頭を下げるが、焦っているのが丸見えだ。そんな少女を政務官は冷静に見ている。なにか勘づいたか。
「さっ、さぁ。キールさん。お仕事が優先ですよ」
「わかった」
政務官は執務机に戻り、再度書類を見直す。
「匿名の寄付があったということだな」
「何度もそう言っている」
私は憮然と返した。
「わかった。そういうことにしておこう」
「へっ?」
思わず言葉が漏れた。レイアと顔を見合わせる。
今度はあまりにもあっさりと主張が認められたことに驚く。
「今後は、匿名で多額の寄付などないだろう。国の補助金とあなた方の才覚で孤児院を経営してほしい。あなたたちのような志の方々は新しい国造りのためにぜひとも必要だ。よろしく頼む」
政務官はレイアと私に握手を求めてきた。さっきまでの追求はなんだったんだろう・・・・。
「お客様をお送りしますね」
少女が私たちと共に扉の外に出ようとすると、政務官がそれを制止する様子はなく、黙って頷いたのみだった。
これは、勘づいたな。レイアと目を合わせる。
「元気そうだな」
レイアが少女に声をかける。
「レイアさんも。でも、ごめんなさい。キールさんにレイアさんの正体が分かってしまったかも。キールさんは私が何も言わないのにすべて分かってるし、分かっちゃうんです」
たいしたストーカーだ。私は心の中で呟いた。
「そのようだな。大丈夫。過去のことだ」
レイアは静かに微笑んだ。
「願いはかなったのか」
「はい。着々と。でも、どんどん増えるんです。不思議ですね」
少女は問いに笑顔で答え、レイアは苦笑する。
「あなたの願いは」
「私も着々とね。孤児院の経営もうまくいっている。最近、アロマという子が結婚したんだ。あの孤児院から初めてだよ」
レイアの言葉に少女は「良かった」と笑顔を浮かべた。
「すごかったな。宰相の息子の溺愛ぶり。噂では王城内を抱き上げて連れているって言うじゃないか。馬鹿じゃないのか。あんなのが将来宰相になるなんて。この国は大丈夫なんだろうか」
少女と別れて廊下を歩きながらレイアに話しかけた。
「でも、ミオリもトラウト様の扱い方のコツを掴んできているんじゃないか」
レイアはクスクス笑いながら返してくる。
「彼女がうまく操作してくれれば変なことにはならないか。くくっ、かかあ天下だな」
私たちは笑いながら王城を後にした。




