8発目 兄の思い、弟の想い
「俺は弟としっかり話がしたい」
木間の望みを叶えるため私と木間は放課後、弟くんを探すことにした。善は急げ、だ。木間によれば放課後は商店街の辺りにいると言うが……。この時間は桜国生も下校の時間だから紛れてしまい、とても探しにくい。それにしても現役桜国生にも気づかれない弟くんの女子力って……。
「くっ……どこに居るんだ、優の奴……」
弟くんは優という名前なのか。可愛い顔をしていたから、てっきり女の子だとばかり思っていた。しかし人を一人を探すのがこんなに大変だなんて……正直、なめてたわ。
探し続けて2時間ほどが経ち日も大分傾いてきた……その時だった。私達の耳に聞いたことのある声が飛び込んできた。
「ダメ!離して!」
木間と私はお互いの顔を見合った。そして直ぐに声の聞こえた方に向かって走り出した。嫌な予感がする。目的地まであと角一つという所で男達の怒声が聞こえてきた。
「可愛い桜国生かと思ったら……こいつ!男だぞ!?」
「何だと!?テメエ……ふざけやがって!」
「痛っ!」
私達が駆けつけたのと弟くんが殴られたのは、ほぼ同時だった。木間が叫ぶ。
「優!」
「兄……さん……」
「なんだ!?テメエらは!?」
殴られた弟くんの服、桜国の制服は派手に破られていた。なるほど、確かに胸は無い。男の娘だ。こんな可愛い男の子を殴るとは許せんな。相手は二人……。紫の学ランとか趣味悪いな。どこの学校だ?顔は不良って感じじゃないが、チャラい感じのいけ好かない奴らだ。私が見ていると男のうちの一人が木間と弟くんの顔を比べるように見て、こう言った。
「何だ……お前、この変態の兄貴かよ」
「何だと!?」
「男の癖に女の格好をしている奴に変態と言って何が悪い!」
「!?……もう一遍言ってみろ……」
……。私から言えることは何もない。私の存在も常識から考えれば十分変だと思う。いや、もっと変なのは学校の方だが。
「何度でも言ってやるよ。変態君のア・ニ・キ。」
「テメエ!」
間髪入れず木間は殴りかかった。あまりの激情ぶりに驚いたのか相手は動けず、木間のパンチをもろに食らってしまった。おお!なかなか良いパンチ持ってるじゃないか。頑張れ、お兄ちゃん。
「よくも……やりやがったな!!」
「ただで済むと思うなよ!!」
さすがに二対一は分が悪い。木間も殴り返してはいるが、少し一方的になってきた。私は手を出さない。木間との約束だから……。腹が立って、歯食い縛りすぎて、血が出てきてしまったが……。
「死ね!」
相手の良いパンチが入った。膝をつく木間。そろそろ限界か……。私が助けに入ろうと思った……その瞬間さっきまで怯えていたはずの弟くんが叫びながら飛び込んできた。
「やーーめろーーっ!!!」
そのまま体ごと相手に体当たりをした。……といっても、あの華奢な体だ。大した効果は無い。しかし弟くんは相手を掴んで離さない。
「この……変態が……どけ!離れろ!」
「離すもんか!!」
弟くんを強引に振りほどこうと腕を振りかぶった。その腕を立ち上がった木間が掴む。
「俺の弟に……手を出すんじゃ……ねえ!!!」
木間の拳が相手の顔面を捉える。男は派手に吹っ飛び、気を失った。
「この野郎!!」
もう一人の男が拳を繰り出した。それを私は受け止めた。もういいだろう。ここまでだ。
「くたばれ!外道が!」
「グァッ!!」
私は正拳を相手の腹に深々と打ち込んだ。体をくの字に曲げて倒れこんだ。おっ終まい!
「兄さん!」
「おう……優、怪我は?」
「僕は大丈夫!そんなことより、兄さんの方が……」
「俺は……お前より頑丈に出来てるからな。それよりも済まなかったな。今までお前の話に耳を傾けなくて……」
「兄さん……」
「俺はさ……本当のことを言えば、どっちでもよかったんだよ。お前が幸せになれればさ。それなのに俺は俺の考えをお前に押し付けちまった……。お前の人生はお前が決めなきゃいけないのに。これじゃあ……兄貴失格だな……」
「そんなこと無い!兄さんはいつだって僕のことを見てくれていた。僕が小さい時も、そして今も……兄さんはいつだって……僕を……助けてくれた……。自分一人だけ……不幸な顔して、僕は……。謝んなきゃいけないのは……僕の方だ」
両目一杯の涙が頬を伝って落ちた。その顔は綺麗だったが、やはりどこか少年らしかった。拭っても、拭っても、涙は止まらない。やがて弟くんはクシャクシャにした顔を木間の胸に埋めて泣き出した。
「ごめんなさい、兄さん!……兄さん、ごめんなさい……」
弟くんの悲痛な叫びは、しばらく続いた。この兄弟は今日初めて心から会話をすることができたのかも……しれない。茜色に染まり行く空を見上げながら私は思った。私が最後に思いっきり泣いたのはいつだったかな?……柄にもない。
数日後、律儀にも木間は私に報告に来た。
「結局、アイツは男に戻ったよ」
「そっか」
「そんでアイツ、空手始めたんだぜ」
「へえ~、弟くんなりに頑張ってんじゃん」
「『全然努力が足りなくて大変だ』とか言ってるけどよ。前より笑うようになったよ、優の奴」
「兄弟……か」
「付き合わせちまって、悪かったな凛堂」
「気にすんなよ。今回俺は何もしてないぜ?」
「いや……お前は……何だろうな。周りの人間を知らず知らず救っちまう……。お前は、そんな男だと思うぜ。俺の勘だけどな」
「そうか……。まあ、お前の勘はよく当たりそうだしな。そういうことにしといてやるぜ!」
私は笑った。笑いながら思った。木間、お前の勘をもってしても、私が女だとは分からんのだな。何度でも言うが私は乙女だ!