42発目 バレンタインデーと
岸那は私のことを心に仕舞ってくれた。私も岸那との関係を心に仕舞うことにした。誰にも言えない、二人だけの秘密。私は次の日から元気に登校できた。岸那のお陰だな。そして・・・
「とうとうこの日がやって参りました!」
「顔が近いぞ!松谷。」
何で私に言うんだよ?そうだよ。今日はバレンタインだよ!
「いいな~凛堂君は!どうせ桜国の子からモテモテでしょう?彼女もいるし~。」
「うっせー!僻むな!くっつくな!」
「うう・・・俺なんてどうせ貰えないんだ・・・。」
「泣くなよ・・・。」
落ち着かん奴だな~、もう・・・。
「そうだな・・・俺の情報によれば、凛堂は殴獄でも一位、二位を争うほどモテるからな。」
入間は『バレンタイン大作戦』と書かれた手帳を見ながら言う。何だよ、その手帳。すごく気になるじゃないか。
「でもよ~松谷。バレンタインの真の目的は恋人同士になれるかどうかだろ?数は問題じゃない。質だって!」
岸那は私の方をチラッと見ながら言う。ふふ、そんな心配しなくても、私のチョコはお前の物だゾ!
「岸那の言う通りだぜ。質が問題なんだって!今日、出がけに弟からチョコを貰った俺はどうなるんだよ?喜べばいいのか?悲しめばいいのか?」
「笑えばいいと思うよ。」
「いや、笑えねーだろ・・・松谷。」
相変わらず優くんはぶっ飛んでるな~。あの子、全然改心してないんじゃないか?
「あ~あ、モテる男は皆不幸になればいいのに。」
松谷の言葉は屋上の上の高い寒空に消えていった。それにしても、男はそんなに女からチョコが欲しいものかね?その中に本命チョコがどれだけあるんだよ。男か・・・ちょっと野球部を覗いてみるか。私は野球部の部室をドアの隙間から覗いた。綺麗に整頓された部屋の中、全員正座をしていた。きちんと制服に身を包み、目を瞑っている。恐らく瞑想しているのだろう。いや、迷走してるのかな?私はそのままドアを閉め、静かにその場を去った。あそこまで行くと恐ろしいな。
私は一人で下駄箱に向かった。岸那にチョコを渡さないといけないが、当然一緒に出る訳にはいかない。デートもしなきゃいけないからな。私が先に出て、待ち合わせ場所で待ってればいい。私はルンルンの気分で靴箱を開ける。
『ドババーーーッ!!』
・・・雪崩である。チョコ・・・だ。それも大量に・・・見たことある名前もあるな。これは・・・穂高命か。
『凛堂君へ、これからもよろしく!いい感じだよ、君。』
シンプルな文章が心に優しい。相手の気持ちにも配慮した命の優しさが伝わってくる。あいつが一番常識人に違いない。えっと・・・これは楼雅か。少し開けるのが怖いな・・・。
『凛堂さんへ、愛情を込めて作りました。髪の毛とか入ってないです。本当です。それと、相変わらず変な虫が飛んでいるので気をつけて下さい。私と凛堂さんしかこの世に居なければいいのに。』
・・・入ってるな、絶対。それと、何故殺虫剤を同梱した?逆にチョコ喰いづらいだろ、これ。まったく・・・。え~と、この一番大きいのは・・・名前を見なくても分かるが、こいつが私にチョコを出すのはおかしいだろ?最近流行りの友チョコというやつか?
『ご機嫌いかがかしら?葵ちゃん。また今度、一緒にショッピングしましょう。最近ね、葵ちゃんが困っていないか、心配で心配で夜も眠れないの。お肌が荒れてしまうわ。それから(ry』
だから何でチョコよりも手紙の方が重いんだよ!本末転倒だろうが!いや、手紙を書く口実に使っているだけか?はあ・・・まったく。まあ、いいや・・・袋に詰めて一度家に帰るか。
「ん?もう一個あったな。」
靴箱の奥の方にひっそりと置いてあった。射同慎からだ。
『忘れないで。ここにいるよ。』
・・・どこだよ?ちょっとホラー風味じゃねーか。怖いな、おい。一度会ってみたいが・・・。
一旦、チョコを家に持って帰り、服を着替える。この間夏蓮と一緒にベルシーヌに行き、そこで買った服だ。少しふんわりした女の子っぽい服。こんな時にしか着れないからな。そして、髪は結い直す。最近かなり伸びてきてしまったので、明日辺りに切らなければならない。最後に化粧をする。この日のために夏蓮から本を借りて勉強した。『葵ちゃんは元が良いので、ナチュラルメイクが似合いますわ!』とか、夏蓮に言われた。とりあえず、精一杯の努力をする。出来た・・・。一日限りのシンデレラの完成だ!・・・自分で言ってて恥ずかしくなってきたな。
「あっ!もうこんな時間か・・・。」
私は荷物を持って家を飛び出す。待ち合わせ場所は最寄りの駅から五つ離れた駅にした。この周辺で待ち合わせると、知り合いに見つからないとも限らない。見つかると『発覚!凛堂は女の子だった!?』とか『発覚!凛堂はホモだった!?』とかになって、どちらにせよ大事になる。ふっ・・・漢女は辛いぜ。
私が待ち合わせ場所に行くと、岸那はもう待っていた。バイクで来たようだ。私が姿を現すと片手を上げて挨拶をする。
「お待たせ!」
「おう。んじゃ、行くか!」
「どこに行くの?」
「良い所。まあ、乗ってくれよ。」
岸那は自分の後ろを指して言う。どこへ行くのだろうか?まあ、どこでも一緒なら構わないけどね。バイクが走り出すと、岸那は目的地について話し始めた。
「この近くにさ、ちょっとした丘があるんだ。」
「丘が?」
「ああ。綺麗な景色の見える所でさ、海まで見えるんだ。夕方が一番綺麗に見えるから。」
そう言って、さらにスピードを上げた。私は岸那の背中にしがみついた。
「おっ!間に合ったな。」
綺麗な景色だった。目の前に大きな空間が広がる。ここからは町を一望できた。気持ちが良い。それに加え、遠くに見える海が傾きかけた太陽の光を反射して、キラキラとオレンジ色に輝いていた。茜色の空と相まって、幻想的な空間を演出していた。
「すごい・・・」
私は素直に感動した。田舎にいた時も綺麗な自然は見てきたけど、普段からそこにあるものだったので、ここまで感動はしなかった。最近バタバタしていたせいかな?気を張っていたせいかもしれない。素直に自分の感情を出すことに躊躇いを感じていたのかもな・・・。
「お気に召されましたか、お嬢様?」
岸那は恭しく聞いてきた。無駄に芝居がかっている。私はそのノリに合わせて、ふんぞり返った。
「うむ。中々良い景色じゃ!褒美を遣わそう!」
岸那にチョコを差し出した。
「ハハッ!これは有り難き幸せ!大切に飾り、家宝とします!」
「ダメだ、食え!丹精込めて作ったんだから・・・」
岸那は笑った。私も笑った。良い雰囲気だった。この時間が永遠に続けば良いのに・・・。そう・・・思わずにはいられなかった。




