リアリティー・フィナーレ
謎の人物により蘇生したソーティースは、マフィアとしての任務をこなしていた。しかし、彼はオットーネ・トレヴィサンを強く恨んでいた。
彼はシカゴの路上を歩いていた。彼の懐には拳銃が隠されていて、彼は人を射殺する準備をしていた。彼が歩いている道を謎の人物が共に歩いていた。彼は人の気配を察知し、拳銃を構えた。その時、黒い煙幕が彼を追いかけた。彼はその煙幕から逃げようと必死に走ったが、やがて、その煙幕は彼に追いついた。煙幕は肥えた人の形へと姿を変えた。謎の人物は彼の肩を叩いた。彼は後ろを振り向いた。謎の肥えた人物は彼に囁いた。
「オットーネ・トレヴィサンを殺害しろ。どんなに残酷な手段でも構わない。私はクリフとアルトンを殺害しなければならない。」
すると、謎の肥えた人物は煙幕と化し姿を消した。
ソーティースは向かい側の一軒家へゆっくりと足を進めた。夜の空気が静かに街を覆い、街灯のオレンジが道の端に影を引いた。向かいの一軒家を目がける彼の歩みは、目的以外の何ものでもなかった。彼のポケットから冷たい金属の感触が指先に伝わった。ナイフだ。刃は光を拒むように黒く、柄には使い込まれた跡が刻まれていた。彼は玄関先に立ち、彼は冷静にそれで扉をノックした。しかし、彼のノック音は、ノックと呼べるような穏やかな音ではなく、刃先で短く刻むような不穏な合図だった。扉はギシリと開き、家の住人が顔を覗かせた。薄いランプの光が住人の顔を照らし、不安が瞳に浮かんでいた。
「何の用でしょ…。」
住人の声は震えていた。ドアの隙間から冷たい夜風が差し込み、室内の暖かさと外の冷たさが交差した。住人が後ずさりして扉を閉めようとするのを、ソーティースはわずかな力で押し戻した。腕の内側に走る筋が張る。彼の笑みは、誤解を呼ぶような明るさを持たなかった。不敵、という言葉が似合うだろう。
「オットーネ・トレヴィサンを知っているか?」
その名は、彼の口から出ると空気を震わせる。住人は首を横に振る。震える手でドアノブを握り直し、答えは短かった。
「知らないです。」
短い返答が返ってくると、ソーティースの顔には一瞬だけ影が差した。怒りが熱を帯び、体の動きに鋭さを加える。答えが欲しかったのは情報ではなく、確かな痕跡、手掛かり。それがなければ、復讐という名の歯車は空回りする。彼は苛立ちを抑え切れず、革靴を振り上げて扉を蹴った。木材が衝突する鈍い音とともに、扉の表面に亀裂が走る。住人の悲鳴と板戸の軋みが混じり合い、夜の静寂が裂かれた。
彼はもう一度、扉の前で立ち尽くした。呼吸は浅く、胸の奥で何かがぐつぐつと煮え立っているようだった。だが満足にはほど遠い。情報は得られず、ただ壊れた扉と自分の中に深まった空虚が残っただけだった。
ソーティースは道を渡り、次の家の前へと歩みを進める。足音は断続的で、まるで次に何が起きるかをためらうかのようだった。彼は再びナイフを取り出し、扉に向かって同じように刃先で合図を打つ。だが彼自身も承知している。このやり方でオットーネ・トレヴィサンを見つけられるわけがないと。扉を叩き、怯える住人に問いを投げかけるのは、正確な捜索方法ではなく、彼が自分の内側にある何かを静めるための発作だった。復讐は彼を取り憑き、狂気じみた礼儀を教えてしまっている。街角に残る足跡、刻まれたドアの傷、そして夜風に紛れる彼の低い吐息。それらは全て目的へと向かう歪んだ道しるべだった。彼は次の扉に向かい、再び問いを繰り返す。答えが来るまで、その夜の歩みは終わらないだろう。
街全体が闇に包まれた深夜。ソーティースは26件目の家に到着した。彼は慣れた手つきでナイフを取り出し、血で汚れた刃先を舐めた。彼の行動はまさに狂気そのものだ。彼は家の前へと歩みを進めたが、彼は止まった。彼は人の気配を察知したのだ。彼はナイフをその場で投げ捨て、拳銃を構えた。すると、彼の目の前に5人のマフィアが現れた。マフィアの胸元にはシカゴ・スピリットのマークが記されていた。彼は銃口を下に向けた。彼はマフィアに問いかけた。
「一礼くらいしたらどうだ?まあ良い。何故この家を包囲している?木造の階段に木造の屋根、木造の壁で構成されたちっぽけな家を見張る必要があるのか?中にマフィアの重役でもいるのか?」
「こんなボロ屋にマフィアの重役がいるわけがない。」
「お前らの目的は何だ?」
「敵対組織との抗争だ。」
「深夜に?深夜の抗争はロマンに満ち溢れているが、敵はどこにもいない。」
「あの家にいる。」
「誰だ?」
「母親だ。」
「何訳のわからないことを言ってる。」
「話を最後まで聞くべきだ。オットーネ・トレヴィサンのだ。」
ソーティースは大いに笑い、懐から取り出した拳銃をリロードしてから、一軒家の扉をノックした。しかし、オットーネ・トレヴィサンの母親は応答しなかった。ソーティースは扉をさらにノックした。ソーティースのノックは意味を持たなかった。ただ、彼女のいびきが聞こえた。ソーティースは膝で扉を強く蹴り、扉を2回も叩いた。すると、母親は足音を立てて扉を開いた。ソーティースは扉が開いた瞬間に彼女を射殺した。彼女の唸り声は扉により遮断された。
ソーティースは彼女の遺体を持ち上げた。マフィアは不敵な笑みを浮かべた。
「遺体コレクションでも行うのか?」
「この死体をシカゴの川に投げ捨てる。」
「それなら、この通りを左に曲がった場所に川が流れている。」
「感謝する。因みに、オットーネ・トレヴィサンの居住している家はどこにある?」
「川のすぐ側だ。」
「なら、母親と共に川に沈めるとでもするか。」
ソーティースは深夜のシカゴを独りで歩き回り、川を目指した。彼が革靴で進む音が響いていた。
ソーティースは川に辿り着き、死体を勢い良く投げ捨てた。川は大きな音を立てて死体を川の底へ引き込んだ。彼女は太っているため川に捨てられてからというものすぐに姿をくらました。
ソーティースは彼女を投げ捨てた勢いでオットーネ・トレヴィサンの居住しているアパートに向かった。深夜の暗闇がソーティースの暗黒な一面を現していた。
ソーティースはオットーネ・トレヴィサンが居住しているであろうアパートに辿り着いた。彼はアパートの表札を確認した。表札には、オットーネ・トレヴィサンと古いインクのペンで記されていた。彼はオットーネ・トレヴィサンと記されている表紙をもぎ取り、言い放った。
「彼は死ぬ。そのため、これからはここに新しい住人が訪れる。」
ソーティースの声を察知したオットーネ・トレヴィサンは、飲んでいたコーヒーを驚きのあまり落としてしまった。コーヒーのコップが割れる音を察知したソーティースは扉をこじ開けた。オットーネ・トレヴィサンは拳銃を彼に構えたが、ソーティースはその拳銃を奪い取り、彼の頭に狙いを定めて引き金を引いた。ソーティースは弾丸がなくなるまで彼を撃ち続けた。
俺とルークはバラックの汚物がこびりついたスーツを捨て、新たなスーツに着替えた。そして、今、俺たちはバーで飲み明かしている。俺はウォッカをグラスに注ぎ、勢い良く飲み干した。ルークは言った。
「あの穴を潜った勇ましさに感激した。まさにドミニックはドンと言って良い存在だ。」
「ドンだと?ボスに失礼な呼び名だ。」
「なら、ドン・カヴァテッリはどうだ?」
「俺の過去の話を掘り起こすな。」
「全く、俺の自慢の金髪が台無しだ。」
俺はルークに頷いてから、冷静な表情で彼を見つめた。
「俺のギャグが面白くなかったか?」
「違う。今から語ることをよく耳に刻んでくれ。例えそれがお前に精神的苦痛を齎そうとも。」
「一体、何が起こったんだ?仲間が死んだような顔をするな。」
「カスパー・メッツィンガーが死亡した。」
ルークは間を置いてから言った。
「本当に仲間が死んだのかよ。嘘だと言ってくれ。ドミニック。」
「本当なんだ。」
「死因は?」
「1月14日の帰り道、彼は路上で不審者に腹腔を撃たれ気絶した。そして、カスパーをSCP財団の機動部隊が病院に搬送した。現場関係者によると、彼の腹腔には弾丸が混入していたらしい。」
「治療はしたのか?」
「SCP財団はたかが敵対組織の一員を救助することを拒んだ。SCP財団は彼を治療することができたにも関わらず、彼を野放しにしたんだ。」
ルークの目からは涙が溢れ落ちた。ルークはビールを飲み干した。そして、彼はワインの入ったグラスをカウンターテーブルに叩きつけた。
「SCP財団のシカゴ・スピリットについて1番詳しい職員は誰だ?」
「恐らく、トニー・ジャックマン博士の弟子であるデフォー博士だろう。」
「俺はあいつに復讐をする。」
「待て。ルークよ、留まるんだ。俺だってSCP財団の連中をフルボッコにしてやりたい。だが、その行動はかえって自分に悪影響を及ぼすんだ。加えて、外は雨が降っている。雨の中で人を捜索するのは不可能だ。」
「黙れ!お前もカスパーの仲間だろ。俺は行く。デフォー博士とやらをぶちのめす。」
カスパーが死去してからというもの、俺の力は日に日に衰えていった。酒を飲み干すことによって忘れられた嫌な記憶が今になって全て蘇ってきた。俺はニューヨークの任務で何の活躍もしていない。バラックの汚い穴を潜っただけだ。俺は毎日懇願している。力が欲しい。俺の願いはこれに尽きる。しかし、神は俺を見放し、マフィアまでもが俺を見放した。俺に残されたチャンスは成功する可能性も怪しいある手段のみだ。何事も行動を起こさなければ始まらない。俺はそう思い立ち、ある手段を実行することを決意した。
一方、ルークは雨が降り注ぐシカゴの路上を歩いていた。雨がアスファルトを叩きつける。俺の思惑通り、ルークの捜索は難航すると思われていた。しかし、意外にも標的は彼の近くに存在した。
デフォー博士は武装し、SCP財団を裏切り恩人を殺害したスティーヴン・ウォーカーを銃で苦しめていた。スティーヴン・ウォーカーは手と足を拘束され、動けなくなっていた。デフォー博士はSCP財団の職員とは思えないような勢いでスティーヴン・ウォーカー痛めつけた。やがて、スティーヴン・ウォーカーは死去した。デフォー博士は立ち上がり、前を眺めた。ルークも同じく前を眺めていた。
その時、ルークとデフォー博士の目が合ったのだ。ルークは駆け足でデフォー博士に近づき、殺意に駆られた右手で彼を強く殴った。彼は雨で濡れたシカゴの路上を滑り転げた。ルークは彼を見下した。
「マフィアの恐ろしさを思い知ったか?」
デフォー博士は不適な笑みを浮かべた。
「そんなのとっくに思い知ってるさ。全く、私は虚偽情報を鵜呑みにしていた。実際にトニー・ジャックマンを殺したのはスティーヴン・ウォーカーだった。まあ、マフィアはトニーを殺したと思われるほど信用がない社会不適合者の集まりということだ。」
「正解。スピリットは社会不適合者の集まりだ。だが、その社会は本当に正しいのか考えてみろ。」
「世の中に正解なぞ存在しない。こちらから見れば、マフィアは権力者の元で働かされる奴隷であり、この世界の一般国民は全て権力者の上で踊らされる奴隷なのだ。これで復讐は果たせた。」
ルークはリボルバーでデフォー博士を射殺した。
シカゴ・スピリットは超常的な能力を持つ者を多数雇用している。超能力者の多くは、生まれつき能力を有している場合と、後天的に能力が目覚める場合がある。後天的に能力が目覚める場合は大体、意図なく起こる。しかし、シカゴ・スピリットは組織内の超能力者を更に増やすため、構成員の内なる能力を探し当て、それを活性化させるプロジェクトを行なっている。俺はそのプロジェクトで力を目覚めさるのだ。俺はかつてのようなエネルギッシュな力が得られる。とはいえ、能力を有している者の数はシカゴだけでも少ししか存在していない。そのため、俺がこのプロジェクトで力を得られない場合がある。だが、俺は僅かな確率を引き当てる。
そのプロジェクトが行われている場所は株式会社プロメテウス研究所のとある施設である。その名前を聞くと、シカゴ・スピリットと全く関係がないように思えるが、株式会社プロメテウス研究所はシカゴ・スピリットの取引を行なっている。そのため、両者は同盟関係にあるのだ。しかし、その関係は一時的な者なものだ。とはいえ、両者の関係はシカゴ・スピリットとSCP財団の関係のような貧弱な関係ではない。
俺は株式会社プロメテウス研究所の施設を目指した。俺は、風が吹き荒れているシカゴの街中を歩いた。普段ならば、俺は激しい気候の場合は外出を控え、バーでビールを一杯飲み干す。しかし、今日はいつもとは違う。俺は気候がどんなに激しくても欲望のためにシカゴの街中を突き進む。俺は呟いた。
「ドン・カヴァテッリか。」
俺はプロメテウス研究所の施設に辿り着いた。俺は施設に入り、周囲を見渡した。施設の中は病棟のようで、多くのシカゴ市民が一般病床に横たわっていた。その時、施設の奥に立ち尽くしていた研究者が俺の存在に気づき、俺に近づいた。研究者は金を要求した。俺は財布から札を取り出し、研究者にそれを渡した。すると、研究者は俺を奥に配置されている一般病床に案内した。
俺は研究者に指示された通り一般病床に横たわった。研究者は俺を身動きが取れないよう病床に固定した。
研究者は俺の細胞を針で吸引し、顕微鏡のプレパラートに乗せて、細胞を観察した。今、俺の潜在的な力が発見される。研究者は驚いたような口調で言った。
「貴方の肌から未知の細胞が検出された。まるでパスタのような質感の細胞だ。」
その時だった。細胞を吸引するため針を刺した部分がパスタのような質感に変貌した。
「私が針で刺激を加えたことにより、細胞が目に見えるほど大きくなっている。安心しろ。私の経験上、細胞が全身に広がったことはない。」
研究者の説明は当てにならなかった。パスタのような質感の肌は腕を起点とし、瞬く間に広がっていった。
「一体、何が起きているんだ?」
「君の細胞は特異だ。君の細胞は、少しの刺激を与えただけで繁殖する特徴を持つ。」
「さっきの説明は意味を持たなかった。」
「暴れるな。病床の器具が破壊される。また、その細胞が全身に広がると決まったわけではない。」
「じゃあ、この体を見てもそんなことが言えるのか?首から足まで、全ての肌がパスタのような質感となっている。」
俺は研究者に不満を吐いた。研究者は俺の意見に反論しようと大きく口を開けた。その時、下肢の力が徐々に減退していき、やがて、俺は直立が不可能な状態に陥った。俺は自分の足元を確認した。俺の足元は想像を絶する形状に変化していた。足元から無数の細い束がほどけ、一本ごとに蠢いていた。あまりの光景に、俺は言葉を失ってしまった。肌の形状変化は収まることはなかった。パスタのような細い束は、やがて首まで絡みつくように侵食していった。俺の体は跡形もなく変化してしまった。以前の様子が察せる部位は頭だけであった。
「どう責任を取る?」
「君が、この施設で実験体となることを志願した理由は明白だ。君自身が潜在的な能力の開花を望んでいたからであろう。」
俺は研究者のぐうの音も出ない言葉に圧倒された。彼はただ冷酷な目線で俺を見つめた。
「では、意思決定を行おう。次の実験の許可を求める。」
俺は場の雰囲気押し倒され、研究者に次の実験の許可を与えてしまった。彼は俺の頰に針を刺し、以前と同じように俺の細胞を吸引した。彼は吸引した細胞をプレパラートに乗せた。次の瞬間、俺の頰の一部分がミートボールかのような肌に変貌した。俺は自身の顔が汚らわしくなることを拒み、ミートボールかのような肌を必死に引きちぎった。しかし、俺が肌をどれだけ引きちぎっても、ミートボールの肌は消えなかった。そして、ミートボールと類似している肌は俺の顔全体を瞬く間に包み込んだ。唯一現存している頭髪さえも、パスタと類似した物に置き換わってしまった。
研究者は、俺を大いに嘲笑った。俺はその場で怒りが込み上げたが、顔が惨たらしくなった原因が自分にあることは百も承知だ。非を他人に転嫁できない分、怒りは薄く、代わりに冷たい決意が骨に染みた。足に力を込めて立ち上がると、新しい身体はぎこちなく応えた。まるでパスタの麺のように細く、頼りなげな脚が震え、俺の重心を不安定にする。俺は化学のことについてよく分かっていないが、パスタのような細さで人間が直立を保てるわけがない、という当たり前の理屈だけは理解できた。
施設の廊下を歩くとき、俺は自分を隠そうとした。デニムの裾を引きずり、足の輪郭をなるべく目立たなくする。インナーで腕を巻き、できるだけ皮膚の露出を減らす。それでも顔だけはどうにもならない。顔は常にそこにあって、視線を吸い寄せる磁石のように振る舞った。俺は鏡に映る自分を見て、まるで他人の生活の一部を盗んだような感覚に襲われる。元の俺と今の俺のあいだにある断絶は、服で埋められるものではない。差別の記憶がちくりと疼く。歴史が示してきた不公平と痛み。白人が黒人を差別してきた歴史を思えば、次に被る側が誰であっても不思議はない。俺は白人たちに嘲られるだろう。いや、それだけでは終わらない。国籍も肌色も関係なく、異質なものは世界のどこでも疎まれる。自分が世界の「外側」に追いやられる様子を、冷たい目で想像する。それが現実になるのを、俺はただ恐れていた。俺の希望はただ一つだけだった。それは、シカゴ・スピリット。シカゴ・スピリットは社会に抵抗する、反骨精神の塊なのだ。とはいえ、シカゴ・スピリットも所詮人間で構成されている。意志の強い連中だけが組織を構成しているとは到底思えない。
俺は新しい身体を手にしてから、人と会うのを極力避けるようになった。外は鋭い視線に満ちている。だが冬だけは例外だ。厚手のコート、重ねたマフラー、顔以外を覆い尽くす防寒具は、醜さを物理的に隠すだけでなく、心にも一時の安堵をもたらした。寒さは、俺の存在を縫い合わせる布のように働き、外界と自分の間に薄い膜を引く。しかし、夏になると、それは崩れる。全身を防寒するわけにはいかない。暑さの中でやたらと重装備をまとっていれば、むしろ不審に思われる。だからハロウィンの日がどれだけ待ち遠しかったか。あの日だけは、俺の体は「仮装」として受け入れられる。醜さが演出になり、視線は恐怖と賞賛のはざまで揺れる。シカゴの街が灯りと喧騒で満ちるその夜、俺は人込みに紛れて、自分の存在を一度だけ違う意味で感じることができるかもしれない。そう考えると、胸の奥に小さな希望の火がともる。
1931年10月31日。
俺にとって最高の日であるハロウィンがとうとうやってきた。俺はいつも着用している厚いコートやマフラーを部屋で脱ぎ捨て、ありのままの体を眺めた。この体でシカゴ・スピリットとして任務を遂行できるとは、光栄だ。それに加えて、シカゴ・スピリットはハロウィンを愛している。彼らはこの祝日をアメリカに初めて渡って来た時期に拾い上げ、自分たちのものとして育て上げた。ハロウィンはスピリットの心の奥底に訴えかけていた。自らを怪物に変えて街を恐喝したシカゴ・スピリットは、子供たちが同じごっこ遊びをするという展望にただただ魅了されてしまったのだ。ハロウィンが軌道に乗るのを後押しするのに然程の時間はかからず、今ではスピリットはお気に入りの祭日を持っていた。いずれにせよ、スピリットは地域社会に関わるのが好きだった。ほんの僅かな施しと善意でも大きな役割を果たす。敵に回した時に一番困るのは、自分たちの活動拠点の住民、自分たちを警察に密告できる人々だ。彼らを味方に付ければ、それだけ安全でいられるというものだ。
今年も、少数のスピリット構成員がポーカー勝負の夜を過ごしていた。ほんの5人ほどの、ささやかな集まりだ。市中密かに出回る新鮮な密造酒の貨物が届くのは朝方ということになっていた。スピリットには他に時間潰しの当てもなく、隠れ家のドアを誰かが開けてやらねばならなかった。結局のところ、シカゴ・スピリットはハロウィンを愛している。
俺は、家の廊下を堂々と歩き、扉を開いた。外の空気を久しぶりに吸った感覚だ。俺は路地裏を歩き、シカゴ・スピリットの拠点に向かった。拠点は、一見、廃れた工場に見えるが、中で行われていることは残虐だ。俺は道を通り、廃工場に向かった。道中、俺の衣装のクオリティの高さに驚くシカゴ市民が俺の後をつけた。俺は拳銃で奴を殺害した。生まれつきの体がハロウィンの衣装に見間違えられるとは、とんだ皮肉だ。
俺は廃工場に辿り着いた。トミーは廃工場の周囲を見張っていた。この時間になると、もうそれほど多くの子供たちはやってこない。トミーは退屈していた。尚、悪いことに、上層部らは構成員に馬鹿げた幽霊の衣装を着せていた。トミーは気に食わない表情をしていたが、スピリットが人々に為した最悪の所業と比べれば何でもない。そっちの方が遥かに酷い。俺は退屈そうなトミーの肩を叩いた。
「久しぶりだ。」
「何年ぶりだ?」
「彼これ10年程度は経っている気がする。」
「全く、最近の子供は早寝早起きを遵守している。俺が子供の頃は深夜のシカゴを遊び回っていた。」
「恐らく、お前の行動は例外だ。」
「おい、あれって子供か?」
「その可能性が高い。」
フランケンシュタインの衣装を着た太っている子供がトミーの前に現れた。
「Trick or Treat!」
トミーは籠の中に入っていたHARIBOグミとカカオの風味が強い板チョコレートを子供に手渡した。子供はその菓子にすぐさま齧り付いた。見た目通りの性格だ。
最後の仮装した子供が廃工場を訪れた20分後、トミーは隣に置かれたクッキーの皿を一瞥した。そのクッキーは夜のまだ早いうちにパン屋で買ったものだ。そのクッキーは少し残っていた。俺は言った。
「そのクッキーはもう必要ない。俺が頂こう。」
俺はクッキーを頬張った。一般的な大人なら、菓子を食べると子供の頃の感覚が蘇る。しかし、俺は一般的な大人と少し違う。俺が子供の頃を思い出せるのはカヴァテッリだけなのだ。
更に20分が過ぎ、クッキーが無くなりかけた頃、トミーは家の奥に籠っている残りの構成員らに叫んだ。
「ガキどもはこれ以上回ってこねぇよ! 下がっていいか?深夜まで外に居るのは案外辛いんだ。」
すると、どこかで聞いたことのある声が響いた。
「確かだな?」
「勿論だ。」
構成員の1人がトミーに指示を下すまでに若干の間が置かれた。奥で構成員らが今後の行動について話し合っているのだろう。
「良いだろう。ただし、幽霊の仮装は引き続き着用していてくれ。」
トミーは嘆息して階段を上がっていった。上階にいる他の構成員はいつでも彼を顎でこき使っていたが、今以上に出世したければ耐え忍ばねばならない。廃工場にはロビンソン、ボーンズ、フラナガン、シュルツが居座っている。どの構成員も俺の旧友だ。
俺はトミーと共に廃工場の中を進んだ。ロビンソンは言った。
「久しぶりだな。ドミニック。丁度今、スピリット史上1番脚が長いレギーの話をしていたんだ。」
「レギーだと?」
「身体は脚しかないと言われるほど、脚が長い酒の密輸人のことだ。まあ、そんなものは古いほら話だ。シカゴ・スピリットの中では、1番速い走り屋で、車を追い越せると言われている。まぁそんな奴は実在しないんだ。実際のレギーは生意気な野郎だ。」
ボーンズが舌打ちをした。
「ロビンソン、お前はは間違いってる! 俺はこの2つの目ん玉でレギーを見た。俺の目が嘘吐きとでも言いたいのか?」
ボーンズ以外の構成員は爆笑した。今の言は明らかに、ロビンソンら4人が慣れ親しんだ何かのジョークに基づいているに違いない。ロビンソンが前に乗り出した。
「他にもシカゴ・スピリットに纏わる古いほら話はいくつかある。ミスター・ナイトの話を知っているか?彼は存在しない。」
一同の笑い声がいきなり止んだ。シュルツは冷静な顔で言い放った。
「ミスター・ナイトは本物だ。実在する人物だ。」
「まあ、お前の発言は強ち間違っていない。ミスター・ナイトとは、ボスやソーティース、デリンジャーが自分らの仕業を辿られたくない時に使う名前なんだ。それだけだ。」
フラナガンが睨み返した。
「お前、それは嘘だろ。スピリットのボスは臆病者じゃない上に偽名なんか必要ない。上の連中はただ好きなように行動するんだ。」
「しかし、彼らは何よりも秘密を重んじている。」
「なら、ミスター・ナイトという名前がどんな風に役に立つんだ?4人のうちの誰か1人が何かをやらかした事実を皆に伝えるために存在するとでもいうのか?」
トミーが仮装の中で甲高い声を上げた。
「そのミスター・ナイトとは一体誰のことなんだ?」
トミーの言葉を耳にした者らは全員、軽い興味から完全なショックに至るまで様々な表情を浮かべてトミーを見つめた。シュルツがその沈黙を破った。
「ミスター・ナイトはスピリットを仕切っている者らの1人さ。彼はリチャード・デイヴィス・チャペルの旧友で、俺らなんかよりずっと彼と共に仕事をしている。シカゴ・スピリットがまだバーの名前でしかなかった時期からだ。」
フラナガンが軽く笑った。
「旧友? いや、あれはボスの別人格に違いない。ミスター・ナイトとは、実在する男ではなく、頭のネジが飛んじまった時のボスだ。」
ボーンズがまた舌打ちをした。
「ミスター・ナイトはお前や俺みたいに血肉で出来てはいないかもしれない。だが俺たちと同じくらい現実の存在だ。ミスター・ナイトはメソポタミアに纏わる精霊だ。この世で生まれた者の域を遥かに超えている。彼はシカゴ・スピリットの誰よりも知恵と力に満ちている存在だ。」
「なら、シカゴ・スピリットのボスはミスター・ナイトとでも言いたいのか?組織そのものがミスター・ナイトに肖った名前を付けてるのにそいつの正体を秘密にしてるとでも言いたいのか?」
トミーは周りを見渡した。彼の声には微かに恐怖がにじみ出ていて、ほとんど震えていた。
「本気で言ってんのか? 誰も正体を知らないブギーマンがスピリットの頂点にいる?おかしな話だ。」
ロビンソンはビールを一口すすった。
「お前は迷信深い老犬どもの言い分を信じるのか?私はもう少々理性的だから、この種の怪談話を手放しで受け入れはしないよ。」
「こいつはハロウィンのジョークか? 新人の俺にちょっとした怪談を聞かせようと思っているのか?」
ボーンズが冷酷な表情で静かに言い放った。
「ナイト絡みのジョークを口にするな。彼のことを話題にすら出しちゃいけない。」
「何故だ?」
「今から語る話は噂に過ぎない。ナイトの話をした奴らは、ミスター・ナイトに、それはもう痛々しく殺されるそうだ。まあ、俺ははナイトについて語った連中を大勢知ってるし、その一部はまだ生きている。具体例を挙げよう。俺が今思い出せる生存者は、クリフやアルトンなどだ。」
ボーンズは自分のジョークで笑い転げた。
「その話は今まで出た話の中で1番馬鹿馬鹿しい。一度でも彼の名前を出したら殺害予定リストに載るだなんて。」
一同は肩をすくめた。ロビンソンがメモ帳をめくった。
「もしミスター・ナイトが実在するか疑わしいが、彼は実に捉えどころのない奴だ。もう何年も彼が実在するかどうかを探り出そうとしているんだが、出てくるのは全て噂話か怪談だ。どれが嘘でどれが真実か分かりゃしない。だから、私は何もかも嘘だと思っている。そりゃ、幾らか本当の話も含まれるかもしれない。」
シュルツはロビンソンを軽蔑の目線で見つめ、口髭を撫でた。
「お前の好きにしろ。」
「彼の存在を信じている者はスピリットに大勢いる。私だけじゃない。」
幾つもある持ちネタの続きに話題を移そうと、ボーンズが話に割り込んだ。
「ナイトとソーティースの話を聞いたことはあるか?」
フラナガンは笑った。
「お前ならきっとその話を持ち出すと思った。ボーンズ。」
俺は言った。
「ソーティースに関してはほとんど聞かないな。それはどういう噂だ?」
「知っての通り、ソーティースは命知らずの男だ。不死身だとか言われてるだろう? ところが噂じゃ、ソーティースは過去に何度も何度も死んでいるってんだ。そうなると必ず、ナイトが3日後にソーティースを連れ戻すらしい。イエス様が墓から蘇るみたいにな。」
ロビンソンが呆れ顔になった。
「ナイトを語る人々の説ときたら、とんでもない数だ。実はチャペルは手品を全く使えなくて、ナイトの力におんぶ抱っこだと言う奴らまでいる。」
フラナガンは頷いた。
「俺もそう聞いた。もしもミスター・ナイトが実在するなら、その説は正しい。」
「本当かい?」
「そうとも! リチャード・デイヴィス・チャペルは能力を出し渋って、いつもできるだけ人のいない場所で使おうとする。俺が知る限り、チャペルが魔法を使うのを見たことのある連中は必ず、その時のチャペルが何か道具を持ってたって言うじゃねぇか。杖とかそういうもんをよ。」
「まさか。だったらルディ・ベンソンはどうなる? チャペルが11歳で殺した少年だ。」
「知り合いの話じゃ、チャペルが小さな笛を使って別の野郎を同じ目に遭わせるのを見たそうだ。全身の血を抜き取った。ベンソンみたいに。」
シュルツは首を振った。
「それは理屈に合わないし、何の意味も無い。私は30年以上スピリットに所属しているが、実際、チャペルが独力で奇妙な技を使うのを一度も見たことが無い。」
シュルツは途中で言葉を切った。ボーンズは身を乗り出した。
「チャペルが魔法を発言した場面を見たこと無いんだろ?」
「無いとも。」
「ボスと協力したり関わったりした連中は皆そう言う。俺たちが分かっているのは、チャペルが杖やキャロルを作っているという彼の言葉だけだ。」
「だが、そもそも彼はどうやって身を起こした? 魔法の世界に生まれたのではないとすれば、どうやってそこに足を踏み入れた?」
「話を聞いてなかったのか?ミスター・ ナイトはボスと初めからずっと一緒だったんだ! スピリットの黎明期、ルディ・ベンソン事件の時からずっとだ。」
「しかし、何故ミスター・ナイトはリチャード・デイヴィス・チャペルと協力したいんだ?」
「知るかよ? 多分そいつは歩くシカゴそのもので、チャペルが街を体現してるとかじゃねぇのか?」
「俺は、ナイトがシカゴの精霊だとは言わなかった。ある種の精霊だと言ったんだ。」
「なら、彼は別な何かの化身かもしれない。」
「良い所に気付いた。」
トミーが被っている仮装の中から、トミーらしくない声が聞こえた。その声はあまりにも深く、低く、穏やかだ。トミーの声音とは全く違っていた。俺は廃工場の隅に隠れた。しかし、残りの構成員ははゆっくりと謎の人物に顔を向けた。皆銃を抜き、謎の人物に突き付けている。
「トミーに何をした?」
「トミーは財団に逃げ、事の真実を全て暴露しようとしたのさ。ずっと昔にルディ・ベンソンを惨い目に合わせたように、バブリー・クリークで彼を処分した。勿論、顔を剥ぎ取ってからね。」
「ボス。 申し訳ありません。」
「シュルツよ、君はリチャードを知っているはずだ。彼はこんな声かい?」
「いえ、違います。」
「そんな、まさか。」
謎の人物は1回の滑らかな動きで、背筋を伸ばし、衣装を脱ぎ捨て、廃工場の向こうへと放り投げた。その姿はやはりトミーのように見えたが、決してトミーには伴わない類の空気を纏って立っていた。微かな線が首のぐるりを一周し、そこの皮膚が剝がれそうになっていた。シュルツは言った。
「ミスター・ナイト様。改めてお詫びいたします。」
ボーンズは言った。
「おお神よ、こいつは俺たちを殺す気だ。俺たちがミスター・ナイトの噂をした所為で現れたんだ。」
「半分だけ正解だ。僕があの噂を馬鹿馬鹿しいと言ったのは本心からだよ。もし真実だったら、君たちの耳に入るはずがないだろう?」
「半分?やはり我々を殺すつもりですか。」
謎の人物は不敵な笑みを浮かべた。
「その通りだ。君たちはリチャード・デイヴィス・チャペルの密を知ってしまった。僕はそれを内密のままにしておきたい。この集まりの中の誰が探り当てたのか。確信が持てなかった。数日前に、先程と同じくらいたっぷりと書き綴った手紙を出した奴がいるんだが、その手紙には署名が無かったんだ。だから調べに来た。」
「だったらフラナガンを殺せば良い。俺たちは殺さないでまくれ。」
「彼はもう君たちに話を打ち明けた。財団であれ、何者であれ、知られるわけにはいかない。」
ミスター・ナイトがトミーのジャケットのポケットに手を伸ばした時、続けざまに4発の銃声が響いた。最初にフラナガン、その直後にボーンズ。ロビンソンが次で、シュルツは仲間たちに続く前にほんの一瞬だけ躊躇した。シカゴ・スピリットを裏切るのは生易しいことではないが、彼らにはもはや時間が無く、選択肢も限られていた。ミスター・ナイトはジャケットのポケットから煙草とライターを取り出した。何服か長めに吸いながら見回す部屋の中には今、自分たちの弾丸で死んだ4体の死体が転がっている。自殺と思わせるのは難しくなかった。朝にやって来るシカゴ・スピリットの掃除屋たちは疑問を抱くまい。
「やはり面倒が勝手に片付いてくれると気持ちが良い。」
謎の人物はミスター・ナイトそのものだった。ミスター・ナイトは咳払いした。
「いつも声を被害者の声に似せるのを忘れてしまう。」
廃工場の外に立っている5人の子供たちはその夜最後の仮装者だった。ほとんどの家は消灯済みで、呼び鈴を鳴らしても誰も出てこない。子供たちは好き勝手に歩き回り、自由を謳歌していた。しかし、彼らはその自由が基で普通よりも遅い時間帯に外出するというお粗末な判断を下したのであり、そちらは謳歌できていなかった。子供は言った。
「だからもっと早めに出ようって言ったじゃん! もう誰もお菓子くれないよ!」
「見ろよ、まだ明かりの点いてる家がある! 行ってみよう!」
子どもらはそれが最良の選択だと思い、5人はその家まで歩いていって、呼び鈴を鳴らした。子供らは随分長くその場に待たされたが、その夜は他に用事がある訳でもないので構わなかった。1 分かそこらして、廃工場からトミーの姿を装ったミスター・ナイト、あれ、誰の話だ?何者かが現れた。
謎の人物は含み笑いをしつつ、ほんの少しだけクッキーの入った皿を持って立っていた。ほんの一瞬、子供たちは男の顔付きに違和感を覚えたが、脳の一部が静かにしなさいと速やかに言い聞かせてきた。
「随分と遅いんじゃないか、諸君。まぁ続けてくれ」
「Trick or Treat!(悪戯か、お菓子か!)」
「今夜は悪戯が多すぎた。お菓子にしておこう!」
シカゴの冷たい空気が廃工場に入り込んだ。
俺の目からは涙が零れ落ちた。何にせよ、謎の人物は俺の旧友らを殺害した。マフィアが正しいなんて、俺は勘違いしていた。
マフィアが自由なんて話の半分は嘘だ。確かに、マフィアに入るのも出るのも自由とは言われている。だがそれは、銃口を突きつけられていない、というだけの話だ。マフィアにおける自由とは、常に代償とセットで提示される。拒否できるが、拒否した後に何が起きるかは誰も保証しない。それを自由と呼ぶなら、国家の言う自由と何が違う。マフィアは家族を安売りしない。その代わり、血で買わせる。功績は称えられる。死んだ後でさえ名前は残る。
だが、それは評価ではない。帳簿だ。誰がどれだけ役に立ち、どれだけ血を流し、どれだけ使い潰せたか。その記録が死後まで消えないだけだ。墓標に刻まれるのは名誉じゃない。回収済みの資産一覧だ。マフィアは言う。「忠誠は強制しない」と。違う。忠誠以外の選択肢を、現実的に潰しているだけだ。家族を守りたい?なら裏切るな。静かに生きたい?なら目立つな。抜けたい?ならば、過去を全部置いていけば良い。名前も、関係も、存在も。それは自由ではない。選択肢の形をした檻だ。
俺がマフィアを人生の一部として利用していると思っていたのも、傲慢だったのかもしれない。実際は逆だ。マフィアは俺を、都合のいい部品として利用している。国家が人間を歯車にするのと、本質は同じだ。ただ、こちらの方が血の匂いが濃いだけ。結局、合法も非合法も関係ない。組織は必ず、人間の自由を食い物にする。母は会社に人生を奪われた。俺はマフィアに人生を切り売りしている。やり方が違うだけで、末路は似ている。それでも俺がマフィアに居続ける理由があるとすれば、それは自由だからじゃない。自分が腐っていく過程を、自覚できるからだ。国家の檻は、檻であることを隠す。
マフィアの檻は、最初から血で塗られている。
だから俺は逃げない。ただ、目を逸らさないだけだ。
自由を選んだつもりで、鎖を選んだ。その自覚だけが、今の俺に残された唯一の自由だ。
俺はその後、姿を隠しながら、シカゴ・スピリットで儲けた大金で、働かずに暮らしていた。しかし、そんな俺に転機が訪れた。
「やあ、カクタスマン。近頃君の噂を耳にしている。私の名前はドン・カヴァテッリだ。君と話がしたい。」
第12作目「カクタスマン:ロンリネス」に続く…。




