46 神駄・ズ・ジョブ①
シーズン1後半開始。神駄目線の話。46~49まで続きます。
月・金の週2回投稿となります。
◆
夜の新宿駅前。ハチオウジとは違い猥雑なネオンの明かりは殆ど無く、無機質なビルの窓から漏れる画一的な明かりが目立つ。そのビルの下、家へと向かう生気の無い仕事帰りのサラリーマンたちの中をツーブロックの若い男が駆け抜けていく。
走る若い男、小桧山タロウは新中央線の改札に向かっていた。エスカレーターを降り、高尾行きの電車に乗った。電車は満員で窓に体を押し付けられる。押し付けられながらも窓に自分の顔が映るのに気が付いた。髪をじっと見る。割引で安かったがその出来栄えは悪くなかった。
小桧山は弁護士を目指して新宿にある大学院に通っている。数日前に同じく新宿にあるバイト先の居酒屋が終わった後、遅くまでやっている美容院があることを知った。名前を見ると家にも割引チラシが入っている店だったと思い出し、カットに行ったのだ。その際に場所も使いやすいことから会員登録もしていた。
揺れる電車内で小桧山は窓の外にある夜景に目を移し、煌びやかなビルを眺めていた。弁護士になればこの中の一員になれる、人を救って大金を稼ぐんだ、実家にも金を入れられれば親の借金も無くせる、小桧山は将来に向けての希望を新たにした。
『次は国分寺、国分寺、お降りの方は……』
考え事をしている内に家のある国分寺に電車が着いた。
小桧山は改札を出ると家のある住宅街に向かって歩いていく。新宿とは違い高層ビル群に設置されたネオンの明かりが煌々と駅前を照らしている。近道をするためにビルとビルの間にある狭い裏路地に入った。
ビルの室外機が並ぶ暗く細い道を小桧山が歩いていると後ろから人の足音が聞こえた。自分と同じ近道をする人もいると思い気にせず歩く。
「あっざいまっす!」
突如、後ろから大声が聞こえ小桧山は反射的に振り返る。後ろにはお辞儀をしたスーツの男がいた。その時、男の頭頂部が意思を持つように浮かび上がった。頭頂部の下から肌が見えたことからカツラだと気付く。
「えっ!?」
ビュォォ、浮かび上がったカツラが高速で小桧山に向かっていく。驚いてなす術もない小桧山の頭に向かってカツラが迫る。
バシュン!
激しい衝撃と音がしてカツラが小桧山の頭頂部を切り裂く。血が大量に流れてきて目の前が真っ赤になる。
「ギャァァァァァァァァァァァァ」
小桧山は痛みを感じ、大声で叫ぶと続いて目の前が真っ暗になった。
◆
ハチオウジ駅前にあるロータリー、朝の通勤ラッシュで混雑しており、精気のない顔をしたサラリーマン、学生が俯きながら歩いている。
人々の流れを気にせずに白いスーツを着た短髪の男がロータリーにあるクレープ屋「美味しいクレープ屋さん」にゆったりと入っていく。男の名は神駄ミチオ。神駄はいつもクレープ屋に寄ってコーヒーとクレープを食べてからハチオウジ市警へと出勤している。
店内はカウンターに席が六席の小さな店舗でガラス張りになっており、外の様子が見えた。
神駄はカウンターの中央に腰を下ろした。
「いつもとは違うものが良いんだがな」
神駄が言うと坊主頭のいかつい顔をした店主がカラフルなメニュー表を取り出して指を差す。
「なら、この新作はどうだい?」
「新作か……なるほどな。じゃあ、この納豆カスタードクレープとホットコーヒーをくれ」
「あいよ」
店主が鉄板で生地を作り始めた。神駄は作り終わるのを待つ間、煙草を一本取り出すと火をつけて美味そうに吸った。懐に見える煙草の箱には「マルダシメンソーレ」と書かれている。
煙草を吸いながら窓に視線を移し、人々の流れを見つめた。店主が先に出来たコーヒーをカウンターに置いた。ブラックでコーヒーを飲み、煙草を吸う。コーヒーの苦味の後で吸う煙草が最高だ。神駄にとって出勤前の安らぎの時間である。
「へい、お待ち」
店主がそう言うと納豆カスタードクレープの皿を目の前に置いた。神駄は手でクレープを持ち口に入れた。納豆のねばねばとカスタードの甘さが舌に広がる。
「美味い。悪くないな」
「ありがとうございます。納豆を入れるのが挑戦だったんだが」
「納豆がちょうど良い」
二口目を口にし、コーヒーを流し込む。もう一口クレープを口に入れた時、
「キャァァァァァァァァァァァァ」
外から大勢の悲鳴が聞こえた。神駄はクレープを手にしたまま、舌打ちをした。
「失礼」
店主にそう言うとクレープを持ったまま外に出た。悲鳴は店から見て左の繁華街からする。
視線を向けると悲鳴を上げる人々の中で黒い大きなバッグを抱えた長髪の男がアサルトライフルを構えて二人の制服警官と対峙していた。
制服警官の一人が正規支給の拳銃「アサリバー」を腰のホルスターから抜き出して銃口を構えた。だが、男の方がそれよりも早くアサルトライフルを向け、制服警官の二人が恐怖で顔が凍りついた。
神駄は二人を援護する為に一瞬で胸のホルスターからアサリバーを引き抜き、男に狙いを定めて引き金を引いた。二発の銃声が響くと弾丸は正確に男の右手と太腿を撃ち抜き、血飛沫が飛び散った。
「ギャァァァァァァァァァァァァァ」
男が悲鳴を上げてその場で崩れ落ちた。神駄はクレープを一口頬張り、すぐさま男に向かって走り出した。倒れた男が血塗れの手で持つアサルトライフルを足で蹴り上げ、さらに反動で戻った踵で男の顔面を蹴りつけた。
「げぇ」男の鼻が折れて血が吹き出した。
「な……なんだお前は!」
制服警官二人が神駄に向けてアサリバーを向けた。
「あんたらと同じ警察だ、身分証は懐に入っている」
神駄はアサリバーのグリップから手を放して銃身を持った。制服警官が警戒するように神駄の内ポケットに手を入れて身分証を取り出した。
「神駄ミチオ、警部補……公安五課」
「わかっただろ」
「ちっ、公安の奴らか、よ……よけいなことしてくれたな」
「そのお陰で二人共に生きてられたんだ。あのままだと死んでたぞ」
そう言うと制服警官は気まずそうに黙ったまま、倒れた男に手錠をかけた。
「失礼」
神駄はクレープの残りを食べるとアサリバーをホルスターに戻して人々を掻き分けながらクレープ屋へと戻った。
「大丈夫かい?」
店主の問いかけに肩をすくめるとコーヒーを一口啜った。
「朝から面倒が多くて疲れる」
■
神駄はクレープ屋を出ると元本郷にあるハチオウジ市警の本庁舎へと出勤した。本庁舎の外観は高く白い高層ビルであり、多くの人々が出入りしている。
自動ドアを通り抜け、円形ホールの奥にある改札のような職員専用ゲートへと進む。神駄がセキュリティーカードをリーダーにかざすと腰のあたりにあるゲートが開いた。奥にあるエレベーターホールへと進み、地下専用エレベーターに向かうとここでもセキュリティーカードをかざした。扉が開き中に入ると神駄は地下三階のボタンを押す。
エレベーターが静かに動き出す。ドアが開いた。無機質な白い廊下を進み「公安五課」と書かれた部屋に入っていった。
神駄は警察庁警備局特務公安部にある特殊戦術室に所属している。通称、青龍会と呼ばれている部署だ。
警察庁の管轄下にあり、特殊戦術室はハチオウジを中心に活動、他都道府県にも同様の駐在部署が存在し事件対応をしている。ハチオウジ市警にある特殊戦術室はその中でも少数精鋭で構成されていた。
全国の対超常犯罪部署を管轄下に置く、特務公安部は警察庁から出向しハチオウジ市警の副本部長に就いてる谷元イキトが特務公安部長を兼任している。また、特定機密統制法により、一般には公になっておらず警察内部でも暗黙の内に存在が知られているのに留まる。その為、同じく警察庁の指導下にある地方公安を利用して、室長以外のメンバーは名義上、出向駐在者として過去事案の再調査や資料整理を主とする公安五課に在籍となっている。
「今朝は大変でしたね、まぁ、彼らを救ったんです文句は言われないでしょう」
奥のデスクに座っている細い目をした初老の男が神駄に言った。この男が指揮官である室長の内藤セイイチである。特殊戦術室だけでなく、特務公安部副部長を務め、他の対超常犯罪部署のメンバーはこの内藤がスカウトや承認をしている。また、室長の内藤のみが特殊戦術室所属であることを知られている。
「手間をかけてすまない」
「良いんですよ。それより今進めている事件に集中してください」
そう言うと内藤は資料に目を通していた。神駄は手前の島にある自分のデスクに座るとPCを立ち上げた。
「雑魚に二発も撃つなんてなぁ、まったくそれでも青龍会の一員かぁ?」
斜め前に座る茂期シュウジが嫌味を言ってきたので睨みつけた。茂期は気にせずに進行したM字禿げを気にするように髪を手で直している。茂期とは相性が悪く衝突することが多い。この茂期が公安五課の名義上の課長であり、特殊戦術室では副室長を務めている。
「そうだな、あんただったら警官二人が死んでたかもな」
「ふざけるなよぉ、私を誰だと思ってるんだ」
「やめなさい」
神駄の隣に座る眼鏡を掛けた長い髪の中年女性、林符ミフミが茂期に抗議した。目の前に座る体格の良い短髪の男、奥倉リュウジはやり取りを無視してPCに向かっていた。奥倉の隣に座るポニーテールをした一番若年の川相ノリコが神駄を心配そうに見ている。
「皆さん、宜しい?」
内藤がデスクから立ち上がり、皆に言った。
「ここ数日皆さんにも、調査をお願いしてましたが再び、同じ犯人と思われる事件が発生しました。今回の被害者は小桧山タロウ、二十三歳」
内藤がPCを操作すると背後の壁に映像が写し出された。頭から血を流した若い男の遺体がブロック塀にもたれかけて座っている。男の頭頂部は切断されており赤黒くなっていた。
「この被害者についても頭の切断面が他の四件とも同じもので断ち切られています。また、同じく切断された頭頂部は見つかっておりません」
映像には一本の毛髪が映し出されていた。カツラに使われる人工の毛髪であり、他の四件ではこの毛髪が何らかの要因で硬質化し、高速で首に当たり切断されたと検死の結果明らかになった。しかし、頭頂部を切断する程に人工の毛髪が硬質化することはありえないとして超常事件となっている。
「整理をしましょう。捜査したことについて再度、所見を述べてください」
内藤が皆に促すとミフミが髪をかきあげながら資料に目を落として説明をした。
「会員からの情報を総合すると人工の毛髪についてですがこの毛髪はハゲランス工業の製造する量産されたものであり、今は廃盤ですが流通数も多く特定の納入先を絞り込むことも困難でした」
ミフミの言った「会員」とは特殊戦術室を含め、全国の対超常犯罪部署に協力する刑事、警官、職員のことである。特殊戦術室自体は六人しかいないが会員は百人以上登録されており、この全国の人選も内藤が全て取り仕切っていた。会員は通常の給料とは別に公安の対超常犯罪部署からも給料を支給。会員が所属部署に内密で捜査、情報提供、警察内部の内偵を行うことにより、人員不足をカバーしている。
「うーん、今回も林符さんの言うように同じ毛髪でした。神駄が調べている被害者の共通点についてはどうです?」
「以前の四人は出身地、職業からは何の繋がりも見出だせなかった。こちらも今のところ共通点としては男性で二十代であることと、新中央線の生活圏ということだけしか言えない」
神駄は苦々しい顔で言った。内藤が握った拳を口に近づけて考え出した。
「同様な事件が無いか調べて見たが全国のデータベースからはまだ、類似したケースは見つけられていないねぇ。もう少し範囲を広げて頭髪にまつわる事件について探っている状態だ」
茂期が気怠げに言った。それでも内藤は考え続けているのか拳を口に近づけたままだ。
ノリコがキーボードを叩くと画面に防犯映像が映し出された。
「現地で捜査課が収集した防犯ビデオだけでは不十分でしたので、ジアドーアにダイブして事件現場付近にあった別の防犯カメラから情報を収集してきました」
壁にはノリコのPCから出力された粗い防犯カメラの映像が映し出された。カメラが設置されている場所が高い所にあるのか、上から下を見下ろすように住宅街の路地が見える。そこに一人のスーツを着た男の姿が現れた。だが、顔は角度が悪くわからない。その状態でノリコが画面を停止した。
「見てください。このスーツの男ですがどの現場でも映っていました。顔は確認できませんが……何らかの関係があると思って良いでしょう」
画面を凝視する内藤に向かって、神駄が苛立ちながら呼び掛けた。
「室長、この超常事件にまた黒仮面の奴らが絡んだらどうするつもりだ?」
黒仮面とは以前の事件で犯人、早井マズイを殺そうとした二人の超人だ。特殊戦術室は彼らをその言動から早井のような罪を犯した超人を裁く為に活動している自警団のような存在と位置付けた。この件を内藤は特殊戦術室が独自に捜査するとして正式に報告をしていない。
「神駄の言うこともわかります。ですが、黒仮面についてはわからないことが多い。彼らももちろん我々の捜査対象です。逆に考えてみてください、この事件を狙って奴らが介入してくればこの犯人と共に黒仮面も捕まえれば良いんです」
内藤が感情の読めない細い目をこちらに向けた。舌打ちをする。
黒仮面だけでなく、早井の事件はせっかく逮捕したにも関わらず、取り調べ中に留置所で暗殺された。検察官と表向きの起訴理由を作成している途中に、だ。この事件は一歩遅かったという後悔だけが残った。結局はフシモリが関与し、事件も上層部により、早井の事故死で処理されるという望まぬ結果となる。
「室長の言う通りだ、その時が奴らの終わりだねぇ」
神駄を嘲笑するような目付きで茂期が言った。内藤が咳払いをして皆を見渡した。
「この事件には捜査の不可解な停滞が見られます。何度かありましたが、オープンキャンパスの関与も疑われます」
オープンキャンパスとは超人の犯罪者を庇護する全国的な規模の組織であり、複数の超常犯罪の裏で暗躍していた。構成員数や実態は掴めていない。このオープンキャンパスと超人関連で圧力をかけてくるフシモリや大企業は青龍会に立ちはだかる大きな敵である。
「それでは皆さん、会員を使ってさらに捜査を進めてください!」
内藤がそう言うと各々が動きだした。神駄は用意を済まし、被害者を再度調べる為に外へと向かう。




