12 フィスト・オブ・ヴォリューミナスヘアード・下級生③
高取と米山の共同任務と大企業の影。10~12まで続きます。
◆
接者ルシルは今日もナイカに訪れていた。いつものようにエールの瓶を飲みながらフロアを眺める。電子音楽と酒、踊る人々の中で接者が周囲を見渡していると女が近づいてきた。
「ねぇねぇ、お兄さん格好良いね。私と良いことしない?」
露出の多い服をきた女が話しかけてきた。接者は人差し指で軽く女の頭に触れた。
「興味あるってこと?」
それ以降は女が何を言おうと無視をし続けた。
「何無視してんだよ! クソが!」
そう言って女は去っていった。かつて接者はこのクラブで先程のように女に誘われ、着いていくと男が現れて金をとられた上に半殺しにされた。その時に超人として覚醒し、逆にその力で相手を殺した。そこから足がつき裏社会を渡り歩いたが、その力を評価されてフシモリにスカウトされた。
今ではフシモリの「エイトプリンス」と呼ばれる影の組織の構成員である「攻生」にまでなった。それでも攻生の中でも「下級生」と地位は低かったが、自らの力を活かすことができ、さらに生活と金にも困らず十分満足していた。
「キャッ!?」
その時、別の男に話しかけようとした先程の女が叫び声をあげた。女は頭を押さえてトイレへと向かった。
接者は女性の頭に触れた時に死なない程度に血管を切っていたのだ。それを見ると満足そうに頷く。接者は他人をかつての彼のような目に合わせない為にクラブに通って救おうとしていた。接者の中でフシモリの命令で人を殺すことと人を救うことは矛盾してなかった。このハチオウジでは毎日何人もの人が死んでいる。接者は殺しを躊躇しない、なぜならば接者が殺さなくてもフシモリは誰かを派遣していずれ殺されるだ。だが接者にはクラブで美人局を止められる力があり、かつての自分のような存在を救いたいから救っただけだ。
この日はクラブで四人の女を同じ目に合わせてクラブを後にした。接者は町田からタマガワ学園駅の近くにあるフシモリから提供されたマンションへと向かった。人通りも絶えた深夜の道を歩くといつも通る公園が見えてきた。
接者は顔をしかめた。街灯に照らされて公園のベンチに座る人影が見えた。近づくにつれて人影がはっきりとしてきた。黒い仮面を被り、特殊なスーツを着ている男のようだ。俯いていた人影が接者に気が付いたのか顔をあげた。仮面にはV字の赤いシールドが嵌められていた。静かに仮面の男がこちらを見つめている。恐らくは伊藤インダストリーといった敵対企業の刺客であろう、戦いは避けられない。接者は仮面の男へと歩みを進めた。
◆
高取は接者を見据えて、殺気を噴出させた。気づいたのか接者は公園の入口で立ち止まった。
「ミスター接者」
高取が接者に話しかけると、彼はこちらを睨んだ。
「何者だ、どこの企業の刺客だ?」
「あなた、紙尾ステロウを殺しましたね?」
「紙尾……あぁ、復讐か? 俺を殺しにきたか」
高取はベンチから立ち上がると仮面越しに接者に視線を向けた。肩をピクピクとさせながら接者へと歩いていく。
「人を馬鹿にしたものはいつか……しっぺ返しをくらう!」
ジャキィン! ジャキィン! 両腕のアームカバーから二対の刃が突き出た。高取は刃を接者に向けた。
高取は接者と公園の入口で向き合う形で膠着した。沈黙を破るように接者が手をかざすと一気にスピードを上げて突進した。
「くっ」
早い、高取も構えようとするが距離を詰められ、接者の伸ばした手の平が胸に当たる。
「手芹蛇練!」
胸を抉るような衝撃が走り、高取は後ろへと吹き飛ばされた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ」
金属の拉げる音と共に高取は背後のジャングルジムに激突した。高取を囲むようにして金属が折れ曲がった。
「これは私が自力で編み出した戦闘術だ、どうだ」
さらに接者が走りよる。
「伸伐刑!」
接者が大声で叫ぶと腕と足をしならせながら、高取に打ち続けた。
「たたたたたたた!」
しならせた腕と足が高取の頭、胴、腕、股を左右から打ち据えていく。
「がぁぁぁぁ」
「伸伐刑!」
「がぁぁぁぁ」
仮面の中で高取が血を吐いた。打撃とジャングルジムに挟まれて、特殊スーツと超人の回復力で守られているにも関わらず激しいダメージを受け続けている。
高取は痛みの中で頭を巡らせた、攻撃を与える隙がない、だがどこかに隙はあるはずだ。打撃の起点になっている胴体に目を向けると下の股間を見た。攻撃が外れた一瞬の隙に左足を股間の下まで伸ばした。
「はぁぁ!!」
高取は思いきり蹴り上げた。
「はっ!」
接者がそれを察知し、左足をバネに垂直にジャンプ。その瞬間、高取は右の刃を突き出した。刃が接者の左足をかすり、血が飛び散る。
「ちっ」
舌打ちをした接者が右足で蹴りをいれようとするが、高取は自ら身を低くして躱すと前方に転がった。接者の蹴りが空を切り、ジャングルジムを破壊する。
接者の背後に回った高取は素早く受け身をとって立ち上がり、左の刃で斬りかかった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
すかさず接者がとっさに拳を固め振り向いた。
「阿死穢流!」
と叫び、光る拳が刃を受け止めた。ギィィーーン! 音が反響する。
「ミスター接者! 死になさい!!」
高取は左右の刃で斬撃を加え続ける。
「だまれ!!」
接者が光る拳で受ける。高取が袈裟に斬る。またもや接者が光る拳で受ける。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「阿死穢流!」
二人は打ち合いを続けながら、じょじょに公園の真ん中へと移動していき、砂煙が巻き起こった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「阿死穢流!」
刃と拳が何度もぶつかる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「阿死穢流!」
打撃が当たると共に刃から腕を通して、高取の全身にダメージが浸透していく、接者の光る拳からも血が飛び散った。
互いに有利な場所をとるために移動を繰り返す。その勢いで接者は右蹴りを仕掛けた。高取が左足で受け、右足で接者の脇腹を狙うも左肘で打ち落とす。その時、
「がはぁ!?」
打ち合いの中、高取がついに血を吐いた。接者による攻撃の蓄積が高取の内部を破壊していた。その隙をつき、接者が手を開いて両手首を縦に合わせた状態にして前へと突き出した。
バッ! 突き出した両手が高取の腹部を捉えた。重い一撃に高取は呻いた。
「勇輪阿死穢流手芹蛇練ぇぇぇぇぇぇ!」
さらに接者が叫ぶと両手に光が生じた。両手の光から熱と圧力が放出。高取は衝撃を感じながら光に吹き飛ばされた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
高取は背後に真っ直ぐ吹き飛ばされると牛の形をしたオブジェに激突。オブジェが破壊音とコンクリート片を撒き散らして粉砕した。破片が落下して高取を覆いつくした。
「が……が……」
高取の全身を痛みが駆け抜け、息が荒くなる。高取は痛感した、これがフシモリの力であり、今までの敵とは力が違う。瓦礫と化したオブジェの下で高取は痛みで痙攣した。瓦礫の隙間からは接者が打ち合いで血だらけになった手を見つめ握りしめるのが見えた。
「私が考えたオリジナル格闘術の奥義である勇輪阿死穢流手芹蛇練を使わせるとはな。光栄に思え」
「ぐ……ぐ……」
「そろそろ終わりだ。お前の体を粉々にして何者か吐かせてから……殺す」
瓦礫の中、高取は意識が混濁していた。接者の足音が近づいてくる。その時、
『高取、聞こえるか?』
後藤の通信が入る。
『この程度の奴にやられるようではこの先、復讐を遂げることはできないぞ。お前のことを考えて伝えていなかったことがある……お前の妻を殺した黒いフードの男はフシモリの超人だ』
高取は後藤の声を聞き、痛みが吹き飛んだ。黒いフードの男がフシモリの超人、その事実に頭が沸騰した。高取は震える拳を握りしめる。黒いフードの男への殺意はフシモリへの殺意となり、接者への殺意に収斂していった。殺意が力となり、全身の熱が高まった。
ジャリ、ジャリ、ジャリ、破片を踏みしめる音が響いた。接者が一歩、一歩と近づいているのが見えた。
「!?」
接者は強烈な殺気を感じたのか一瞬、身体を震わせた。
「しっぺ!」
高取は接者を斬り裂くイメージと共に叫んだ。多木の時のように刃に力が集中していく。刃で斬りつけると瓦礫の破片が飛び、光の斬撃が放たれた。
「な!?」
接者が避ける暇もなく斬撃が胸に直撃。
「しっぺ!」
さらに一閃。再び接者の胸に光の斬撃が直撃した。接者の上半身に二重線が交差するような傷ができた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
二重線の傷から血が吹き出す。接者は口からも血を吐いた。
高取は足に力を込めると弾丸のように飛び出した。轟音を響かせ瓦礫が吹き飛ぶ。左右の刃が光り輝いている。
接者が痛みをこらえた表情で右手を構えようとする。遅い、高取は目の前に殺到。
ジャキィィーーン! 高取の刃が一閃した。
「が!?」
接者が構えた右腕の肘から先が切断されていた。切断面から血が吹き出す。
「こいつっ!」
とっさに攻撃を加えるように接者が左手を突き出そうとした。
ジャキィィーン! さらに高取は刃を一閃させて左腕も肘から先が切断され、血が吹き出した。
「がぁぁぁ! き、さ、ま!!」
両腕を失った接者が高取を睨み付けている。ほとんど顔と顔が触れる距離に近づき高取は黒い仮面の奥で冷酷に接者を見返した。
「死にな」
ドシュン! 高取の右の刃が素早く動くと接者の心臓を貫いた。
「うっ」
刃を引き抜く。接者の瞳から光が消えた。高取にもたれ掛かるようにしてズルズル……と足もとに倒れ伏した。
高取は接者から刃を引き抜いたままの姿勢でいた。刃から血が滴り落ちる。背後から足音が近づいてきた。
「フシモリを相手にどこまでできるか見てたけど、よくやったわね」
黒い仮面のコールマンが高取の隣に立った。
「黒いフードの男はもっと強いわ。奴はリトルグレイと呼ばれている男よ……」
「……知っていたんですか?」
高取はコールマンを睨んだ。彼らはカヨコを殺した男も知っていたのだ。高取は黙っていたことに傷つき、怒りを感じた。そのままコールマンに切先を向けた。
「どういうことですか? 返答によってはあなたたちも敵です」
「落ちつきなさい、あなたの気持ちもわかるわ。後藤さんから強さのイメージがわかるまで、話すなと言われたのよ。あなたが無謀をするからね……。良い? 接者は末端の戦闘員、それに苦戦しているようならリトルグレイにあなたは殺されるわ。今ならわかるでしょ? 私もあなたに無駄に死んで欲しくない。だから後藤さんに従ったわ」
「……」
「納得できないなら……私を殺しなさい。ただでは殺されないけど」
コールマンが悲しみを耐えるように言った。高取は切先を下ろした。
「……そんなことはしませんよ……ただ……」
闇の中で高取は拳を握りしめた。高取は悔しいと同時にコールマンの言う通りなのを認めざるをえなかった。強く握ったことで爪が皮膚に食い込み拳から血が滲む。
「ごめんなさい」
コールマンの声が虚しく響いた。
◆
「そうですか……」
米山は接者を討ったことを伝えるとマルメは虚脱したように呟いた。
「矢迷値さん、私は何か悪いことをしたんですかね……なんで娘を失い夫も失って……」
「何も悪いことはしてないです。悪いのはフシモリです」
「じゃあ、どうして奴らは何事もなかったように存在してるんです!? あんまりじゃないですか……」
「……必ず、フシモリには罰を与えます」
「いつです!!」
マルメが米山に詰めよった。
「……必ず……」
米山が言葉を絞り出すとマルメはそれ以上聞いてこなかった。ちゃぶ台の上の封筒を懐に入れると立ち上がった。
「失礼します」
米山は紙尾家をでると晴れた空を見ないように黒いソフト帽を被り、歩きだした。
◆
オフィスビルの一画。窓からは晴れた空が見え、光りが溢れだしている。窓ガラスを背にするように中年の男が一人座っている。
ジリリリリリリ、電話機が鳴ると男がボタンを押す。
「なんだー?」
『先程連絡があり、接者ルシルが殺されました。手口は……』
「接者? ああ……下級生のあれかー。一人殺されたぐらいで連絡をするなー。良くあることだー代わりを用意しろー。エイトプリンスは忙しいんだー」
『はい』
男はそう言うとボタンを押して通話を切った。




