第〇九説|二人称
ー 「二人称」と「旅路」について書いてみました。
実は少し前に計画していた旅路があった。僕は福岡とかなり馴染みのある人間で、よく訪れているのだが、今回は初めて熊本や山口などにも足を運ぶことが出来た。前々から熊本県の「長部田海床路」というところに行ってみたいと思いながらも、時間や距離的に難しかった。今回ようやっと訪れることが出来、大変美しく様々な映像の"FRAGMENT"を集めることが出来た。やはりデジタルの発達する現代だからこそ、ある種の不便さやアナログ的な要素、例えば見たり聞いたり、香ったり食べたりすることは大切だし、創作においても同様にいい刺激になるなという風に改めて感じた次第である。
そんな旅路をまた一つ記憶に宿しながら、ふと自分自身やそこから繋がる「誰か」について考えることがあった。というのも、自分でいうもの何だが、僕は頗るどうしようもない人間である。ありがたいことに皮肉でも何でもないが恵まれていると感じつつも、誰かと話している時にその相手が何を考え感じているか、自分がどう行動会話したらどのように感じるかが、手に取るようにわかってしまう。こういう自分自身の”長所”やその葛藤ということに関しては改めて、「demo_hanikamu.wav」のミュージックビデオを公開した時にラジオのような、自然豊かなカットと軋む椅子の上で話す動画にて話したいと思っている。やはり創作家として作品を紡いでいく以上、自分の過去やそこでの葛藤や違和感というものは話していくべきだと、活動を始め、どのような作品をどのような順番で創っていくかということを考えていて思ったのだ。
そして様々な曲やアルバムの原案を紡いでいっていく中で、今年デジタルリリースを目標としている「0.5st自主制作アルバム」についても、当然より具体的なプロットを組み立てていっている。そして僕のアルバムの場合、起承転結含め一つの物語を創り、その上で具体的な曲分けやその曲毎のテーマをプロットだてて創作している。「0.5st自主制作アルバム」だけでなく、これ以外にあるアルバムやEPの原案でもコンセプトタイトルから含めて同様に創作している。
色々とこれまで書いてきたが、この春だけでも色々な出来事があった。自分の配信や作品含め、そういったものが誰かの日常の中でひっそりと芽吹き、少しでも心地良いものになってもらえればいいなという思いや、そうなってもらえるようにまた頑張っていかなければならないと感じる春であった。




