第一〇説|僕と隣のおじさん
最近体調が悪く中々動けていなかったですが、少しずつ復帰していきたい...。
五月中旬頃から、どうも僕はいまいち調子が良くない日々が続いている。今まで生きてきて此処まで感情の波が荒ぶることなどなく、寧ろ只でさえ色々と勘繰りすぎてしまう僕が、こんなにも落ちてしまうのかと自分自身で驚いてしまう程だ。拡大解釈をしてしまっているのかもしれないが、どうも僕の周りでの不幸や自分自身、良いことがあれば辛いこともあるという至極当然ではあるが、只その波というのは凡そ生きていて意識することないくらいに揺れ動くものだと思っていて、それは今も変わらない。只五月下旬頃から、どうも自分にとって辛いことしか起きなくなっている。辛いというのもあくまで感情、感覚的なものであって、傍から見ていれば別にそんなことはないのかもしれない。しかしどうも、辛いのだ。思えば去年の春から僕自身で言うの何だが、かなり色々と創作含め日々休む暇なく頑張ってきた。それは結果や時系列的にこなしてきたものを並べてみてもそう感じる。イギリスに暫く住んでいた去年の秋あたりから、正直少し違和感はあったのだ。
「頑張ろうとしても、頑張れない。」
身体がうまく自分の望むように動かないような感覚。踏ん張りがきかないというのが近しい言葉な気がする。だからこそ、自分は創作かとして活動している以上、これも音楽に、作品にと少なからず形には出来たものの、アレンジや投稿までどうも漕ぎつく程の体力がない。実に不思議である。意欲はあるし、聴いてもらいたい、見てもらいたいというマインドは何ら変化はない。只、どうも、おかしい。色々とそういう違和感と自分自身の取り巻く環境の変化に、限界を迎えてしまったのかもしれない。現にこれまでそれなりに不定期ではあるものの週に二回は少なくても出来ていたTikTokの配信でさえ、此処数か月まともに出来ていない。実に由々しき事態である。危機感を強く感じて、自分自身が忘れられてしまうような感覚、発信しなければという恐怖を抱きながらも出来ていない自分に更に落ち込む。
どうにも言葉にするのは難しいが、思い当たる原因というのは一つある。ここ五月下旬以降、関係がうまくいかない人間がいるのである。これはまずいと七月中旬頃からだろうか、俯瞰的に、客観的にみれていないのではないか、自分が何かしてしまったのではないかと思い、男女共々年齢関係なく、信頼できる友人、信頼出来るがこれまで相談してこなかった友人に色々と話したり、皮肉なことにそういった交友関係は広く、そしてより深くなった。しかしみな口をそろえて、いや、その相手が曖昧過ぎるのではないかという。これは単に他の相談した人がこういったからなどと言ったのではなく、それぞれが、だ。今も上手くいかない。その人のおかげで本当に色んな曲が出来たというのは本当に皮肉である。そしてこの関係に白黒をつけなければ、凡そ僕は元へは戻っていけないと強く思えてしまう。何とかそれを今、解決しようと必死にあがいている。恐らく作品を見てくれている方、配信を見てくれている方、動画を見てくれている方にとってみれば、様々心配をかけてしまう言葉をここに記してしまっているかも知れない。本当に只々申し訳ない。そしてまた此処に更にお願いといって注文を付けてしまうようで申し訳ないが、もう少しだけ待っていて欲しい。何とか区切りをつけ、また生きていこうと〇になれる時になれば、また何ら普通に活動が出来ると思う。そして一つ、そんな普通というのがやはり幸せであり、大事なのだと思えたエピソードを一つ残しておきたい。
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いつもよりも早く帰路に着けそうな今日、何だか混雑の激しい時間帯だと思い、指定席の電車を便利にネットから予約し、意外と満席だと驚く。何とか予約出来た後、駅のホームで到着を待ち、二列で整列乗車をする右側の中年サラリーマンが、どうも品のある落ち着いた人の良さそうな感じで何故か沁みる。そしてほんの数分で電車がやってきて、ゆるりと乗り込む。
到着と同時に乗れたおかげか、隣の人はまだ来ていない。只、僕が予約した時、その郷社は既に満席になっていた。どんな人が隣に来るのだろうか。大してそれが自分にとって成しえないだろうにふと考える。程なくして、周りにはどうもサラリーマンが多いなと感じたと同時に隣にもサラリーマンがすとんと座った。50代後半だろうか。ごくごく普通のサラリーマンに見える。何か特別なことも奇怪な行動があったわけではない。電車が動き出し、地下トンネルの乱雑な轟音が響く。只、不意に目に留まった彼のスマホにはどうも株のレートのようなものが映ったスマホ、レートの右下に其れを解説しているような人の姿が映っていた。何ら除く趣味などじっと見ていたわけではないが、此れが僕にとってとても沁みるものであった。恐らく会社から退勤し、ようやっと帰路に着くその帰りに、より多くを学ぼうとしている人がいる。こういう人のおかげで今日の僕らの生活があって、直接的な繋がりさえないように思えるが、きっと何処かでその彼の努力が社会や僕らを支えてくれている。とても心に来るものがあった。それなのに僕は今...と来るものもあった。少しウルっと来た後、暫く僕もスマホで歌詞に入れたい言葉などを何となく探す。三〇分くらいたった頃だろうか。不意に隣に目をやると、そのおじさんは目を閉じていた。僕の方に寄り掛かる訳でもなく、ヘッドレストにさえ頭をつけていない。イヤホンは付けたまま動画はそのまま流れているように思える。頭がコツンと僅かにヘッドレストに当たる。頭がやや右に傾く。寝違えないだろうか、少し心配になりつつも、暫くうとうととしていた数分後、彼はふと目を覚ました。恐らく降りる駅に近づいたのだろう。何故かイヤホンを付けていても何となく目が覚めるあの電車の中の現状には自分でも驚きそして共感せざるを得ない。停車していないが彼はドアの前へと足を運ぶ、僕と同じ駅で降りようとしていると気付く。彼は決して早くも、そして遅くもない普通の足取りで、各駅停車へと乗り換えた。こういう人のおかげで、僕は此処に居られている、生きているんだと感じながら僕は出口へとゆっくりと足を運んだ。
ー 2026.7.30




