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「朝食の準備に少し時間が掛かる。 その間に軽く君の身体を診せてもらうよ」
人が減り、静かになった検査室で大地は輪の身体の状態を診ていく。小柄であった輪の背中には液晶パネルが突き刺さってできた傷跡があったが、担当医の腕が良かったため、傍から見る分にはほぼ目立っていない。常人ならば、生存できたとしても重い後遺症が残る程の大怪我。それを軽症で済ませた輪の拡張子としての力を、手当てをしながら大地は実感する。
「そう言えば、本人達には聞きそびれてしまったんですけど、あのふたりは姉妹……それも多分、双子ですよね?」
輪は顔や声が瓜二つの火名と月名の関係がずっと気になっており、大地に尋ねる。大地は輪と火名が仲良く話している様子からてっきり聞いていたものだと考えていたが、年頃の男女といことで妙な納得感を得て、有り体に答えた。
「ああ、あの子達は私の娘でね。 一卵性の双子なんだよ」
「所長さんの娘さんだったんですね」
彼女達の間柄を知った輪は本題として、夢の中で聞いた少女の声が火名に似ていたことを大地に訊く。しかし、駄目でもともと。寝ぼけたことを言っていると、輪は理解していた。
「所長さん。 昨日、眠っている時に見た夢で娘さんの声が聞こえたんです」
「ほお……そんなことが……」
大地は輪の発言に、何度目かの興味を引いた。二十年以上もの間、父と共に拡張子の研究と解明に費やしていたが、実際に出会ってきた拡張子は彼、天ヶ音輪を含めても三桁に満たない。
概念が学界に提唱されて以降、確認された拡張子の数からみれば非常に恵まれた件数かもしれないが、サンプルとして見た場合、その数字はあまりにも貧弱なのが現状であった。
そういった背景もあり、絹川大地は天ヶ音輪をいたく気に入っていたのだ。
「実を言いうと、不安定だった君の脳波と意識を回復させる為、心を覗かせてもらった」
「心を……?」
「にわかには信じられないかもしれないが、紛れもない事実だ。 拡張子にはそれが出来る」
輪は大地の口から出た言葉に一瞬、理解が及ばなかった。専門的な単語が飛び出すと思っていた大地の口からは、一昔前の大衆染みた、超能力のような話が飛び込んできたからだ。困惑する輪であったが、ここはEXTの保有する拡張子研究所。拡張子も時代が違えば超能力と呼ばれていたであろうことを、彼は想像する。輪は頭の中で様々な憶測を飛び交わすも、早計と考えて野暮な突っ込みはせず、大人しく専門家の話に耳を傾けた。
「その結果、無事に脳波の安定化に成功し、意識も回復の兆候が出た……が、その時に何らかの理由があり、第三者の意識の欠片が君に混入したのかもしれない」
大地は敢えて火名のことには触れず、輪に説明した。事実は遅かれ早かれ知ることになるが、それは本人の口から聞くほうが望ましい。大地はそう考えていたが、輪は既に結論を導いていた。
「ということは、あの夢で聞いた声は彼女の…………火名の声だったんですね」
「────輪ちゃん、正解」
大地の代わりに火名が質問に答えると、病院食をベッドテーブルに置いた。
輪にとっては少し物足りない量ではあったが、空腹との死闘に決着をつけるべく手を合せると、味わうこともせずに朝食を取っていく。声の正体が判明して心の晴れ間が広がった輪は、もうひとつだけ、気になっていたことがあった。
月名の怪我。夜中に聞いた痛そうな声は今も輪の耳に残っており、部外者ではあったが心配になってしまう。
「そういえば夜中に……妹さんの月名ちゃんと会ったんですが、あの怪我は一体……?」
輪は箸を止め、夜中の月名のことに触れた。夜中に意識を戻していたことや、月名に会っていたことを知た大地と火名は、顔を合わせる。
火名は、月名が退室時、輪に対して名前を呼んでいたことを思い出す。任務の失敗と敗北で月名が荒れることを予想していた火名だが、あの時の月名の雰囲気が妙に穏やかであった。
両者の接触と関係は悪くないと考えた火名は、月名の状態を軽く説明していく。
「実は月名ちゃんが仕事で現場のビルに行った時、拡張子に外からビルごと襲撃されて怪我をしたの」
「え、外からビルごと……?」
火名は携帯端末で昨日のニュース映像を見せると、そこで映っていたビルは半分が抉れるように大きく崩れ、穴が幾つも開いていた。
人にはできないことができる拡張子とは言えど、規模や範疇は大きく個人を逸脱している。拡張子同士の戦闘の激しさに輪は肝を冷やす。そして、それと同時に彼は思い知った。自分も似たような無茶をしていたのだと。
「……俺が言うのもあれだけど、良く生きていたな、これ……」
「…………私も、そう思う」
輪は気が利かず碌な感想が思い浮かばなかったが、火名は沈んだ声で同意する。大地も輪の言うことが至極全うに聞こえ、彼の意見を肯定して黙ったまま頷く。
拡張子を相手取る以上、EXTの仕事が危険であることを頭では理解していた輪。だが、実際に話を聞き、目の当たりしたことで現実味を帯びていき、箸の進み具合が悪くなる。
「──それでもEXTに来た以上、あの子には死地へ向かってもらう他ない」
拡張子の人材不足である以上、例え月名自身の意志であったとしても、娘である彼女を酷使せざるを得ない。その現実は大地に、父親として無邪気な子供の善意に漬け込ませる程であった。
成就のために家族愛さえ焚べていた彼は、自らへ言い聞かせるように改めて方針を口にした。
「でも所長さん! あの子は貴方の実の娘さんですよ⁉」
「…………」
だが、そんな大地の月名への物言いが、秘めていた幼い家族観を刺激してしまう。輪は音を立てて箸を置くと、大地に対して言葉を強め、訴えた。
向こう見ずにして愚直。譲らんとばかりに突き刺す輪の眼差しと言葉に、大地は自覚をしていながらも耳を痛めると、ぐうの音も出ずに黙り込む。
すると、その様子を見た火名は慌ててふたりの間に割って入る。
「り、輪ちゃん落ち着いて……! ほら、お父さんも! 変なこと言うのは止めて!」
「ひ、火名……!」
火名の声を聞いて我に返った輪は、礼を欠いた言動であったことに気が付いて青ざめる。徐々に凍っていく思考を動かして、なんとか謝罪の言葉を捻り出していく。
「その……すみません。 でも、そんな言い方……やっぱり可哀そうですよ……」
それでも輪は、どうしても自分の想いを曲げられず、俯きながらも年相応の青さを見せてしまう。
当時は嫌っていた、見ようともしない大人達。大地は輪の姿に若い頃の自分達を重ねたが、それは同時に、いつしか自分が嫌われる側に回っていたことの宣告せもあった。
「こっちこそ無配慮だった……申し訳ない。 私も、君の優しさに学ばなければいけないな……」
哀愁と懐古。大地はふたつを老いを胸に仕舞うと、反省の意を込めながら不躾な発言を撤回していく。事なきを得た火名は安堵すると、これ以上朝食の時間を邪魔したら悪いと考え、それとなく大地に退室を促た。
「お父さん、そろそろ朝ごはん食べに行かないと冷めるよ……?」
「そうだな。 では天ヶ音君、私達も失礼する。 今日は午前中に一度検査をさせてもらうから、また来るよ」
大地は輪に予定を告げると自らも朝食に取りに行くため、火名と共に部屋を後にする。
全身を覆って余りある大きな筒状の機械。輪は仰向けに寝そべると、機械の中へされるがままに流されていた。機械の内側は大半が樹脂に覆われており殺風景で、一部にレンズやセンサー光が見える程度であり、輪は退屈を強いられる。
大地曰く、億は下らない値段のそれに、午前の残りを殆ど費やして何度も身体を通し、輪は事細かに調べられていく。
大地はモニター越しに輪を観測していたが、幸いにも輪に異常は無く、検査は順調そのものであった。輪は目覚めて以降、意識がはっきりとしていることもあり、大地は日常生活に支障は来さないであろうと、考えを固める。ある一点を除いて。
未だに弱い数値を見せる、拡張子特有の脳波。それは、激しい乱れもなく落ち着き、歪にも安定と盤石を手にしていた。
羽化不全と例えはしたものの本来の道を外れた決定的な証拠もないため、輪が人間や拡張子としての体裁を保ってしまっていると考えた大地。彼は、そのことが却って負荷を掛けていると想起する。
いつ、どこで。あらゆる内外の要因が輪の中で手招き、脳波を突き破るような事態が起きるのであれば、今この瞬間でさえ彼の脳は爆弾を抱えていることになる。しかし、今としてはそれを解決する具体的な方法は見つかっていない。そのため、人道に反した解剖や研究所に閉じ込めて実験対象にでもしない限り、彼を穏やかな日常に返す以外の手段を選べなかったのだ。
「天ヶ音君、午前中の検査はこれで終わりだ」
数時間。大地が一抹の不安を拭えぬ中、検査は一区切りが付く。
輪を乗せた台が機械から姿を現すと、起き上がる。こういうことに縁がなかった輪は寝ているだけにも拘わらず、緊張のせいか意外にも疲れがあり、軽く背筋を伸ばした。
漸く機械から解放された彼は、ふと、この生活がいつまで続くかが気になり、大地に尋ねる。
「そう言えば所長さん。 俺はいつまで研究所にいるんでしょうか?」
「……そうだな。 傷も綺麗に塞がっているところを見るに検査の結果次第だが、恐らく一日か二日は要するだろう」
「思ったより早いんですね」
「若さとはそういうものだ」
年度を跨いでまで継の面倒を見てもらうのは悪い。そう考えていた輪は、予想の半分以下の時間で家に戻れることに安堵した。
「まあ、君の脳波次第では──」
「失礼します」
大地の補足を遮り、誰かが声を掛けて検査室のドアをノックした。ドアの窓越しに映りきらない大きな人影を見て、輪は警戒と同時に困惑してしまう。だが、見慣れていた大地は特に気にも留めず、入室許可を出す。
「ははっ……まあ、無理もないかな。 どうぞ」
「……?」
ドアを開けて検査室に足を踏み入れたのは、クマのような巨体にゴリラのような筋肉を持つ、文字通りの巨漢、鈴島であった。鈴島は会釈をするが、輪は彼の姿に呆気を取られ、会釈を返すのが遅れてしまう。鈴島は意外にも元気そうであった輪を見ていると、大地が輪に話を振った。
「彼は鈴島樟。 我々EXTが編成した対拡張子特殊部隊の隊長を務めている」
「……対拡張子特殊部隊」
対拡張子特殊部隊。メディアの報道等でしか聞く機会のない、やや堅苦しい呼称が耳に入った輪は、そのまま口にして思考を理解に向かわせる。輪自身、そういった組織の存在自体は知識にあるが、活かされる場面はなく、それだけであった。
火名から報告を受けていた鈴島は下手に緊張させまいと、受け身になる輪の様子を見つつ声を掛ける。
「無事に意識が戻ったようで安心したよ、天ヶ音輪君」
「EXTの人は大体知っているんですね。 俺の名前」
EXTで目が覚めてから会う、知らない人達の殆どが自分の名前を呼んでくる。最初は驚くことばかりであったが、何度目かの似た状況を前に、輪は慣れた反応を示した。
「ああ、なんせ君は絶賛、職場で人気者だからな」
鈴島は輪の余裕に合わせて笑顔を見せると、嬉々として本人の話題に長々と触れる。
明朗快活に振舞う鈴島と、それに押されていた輪を見た大地は、笑みを浮かべて話に切り込む。
「実際のところ、鈴島君は勧誘に来たんだろう?」
「──うッ⁉」
大地により、EXTへの勧誘が明かされるも、輪は唐突な話の展開に出遅れてしまう。先手を打たれ、出鼻を挫かれた鈴島は、分かり易い図星に言葉を詰まらせる。なんとか苦笑いで誤魔化そうとするも、嘘が下手なのか、意外にも呆気なく白状した。
「……ははは、流石所長。 やっぱり分かりますよね」
「その素直さは美徳であって欲しいね、鈴島君」
鈴島に対し、大地は教師のような言葉を掛ける。
すると、鈴島は顔を引き締め、輪に向けて硬い声で口を開いた。
「──では改めて、天ヶ音輪君。 君さえ良ければ、EXTの新たな拡張子として戦力になって欲しい」
鈴島は包み隠さず、対拡張子特殊部隊長として輪に告げる。月名が加わったことで、部隊の対応力は飛躍的な向上を見せていた。だが、拡張子ひとりの補強で満たされる程、甘くはない。一秒でも早く、一人でも多く。情勢や現場は只管にそれを求め、悲しくも、鈴島はその内のひとりであった。
火名による記憶観測を始めとした、天ヶ音輪に纏わる情報やデータは既に幾つも上がっている。その中でも、交差点と湾岸沿いの旧道で実行犯と思わしき拡張子と戦闘し、生存している事実が評価を高くしていた。
それらを鑑みて、鈴島は手放すのは惜しい人材と判断したが、現時点では彼、天ヶ音輪は被害者としての側面が強い。故に、鈴島個人としては本人の意思を尊重するため、自らの目で彼を確かめるに至っていたのだ。
「……あの、俺なんかが役に立つんですか……?」
誰かに必要とされること。それ自体は輪自身も決して嫌ではなく、寧ろ喜ばしい。しかし、拡張子であることを受け入れてはいたが、輪には知識がなく、所詮それだけ。結果として、自分が有する拡張子の力をなにひとつ理解できていないにも拘らず、鈴島に戦力として期待され、白羽の矢を立てられた。だが、輪にしてみればそれは青田買いで、どうしても懐疑的に映り込む。
「鈴島君、返事は検査結果が出てからでも遅くはないだろう?」
「勿論です」
大地は鈴島の勧誘に保留を持ち掛けると、終わりが近い午前の時計を尻目に腰を上げた。
「天ヶ音君。 部屋を用意してあるから、そっちに移動して検査結果を待ってもらうよ」




