1-8話 今日はもう閉店です。
「ありがとうございました」
ウエイターは淡々と挨拶をし、最後の客を送り出すと閉店の準備を始めた。
店内に誰もいなくなると彼の動作の遅さは更に遅くなる。
仕方ない。
実は、元々彼は給仕される側の者だったのだ。
よって今のウエイター生活は彼にとっていささか不服なのだ。
しかし店長夫婦に拾われた身、従順にしておけば前の職場以上よりはマシな食と寝床は確保できる。
看板のプレートとメニューのボードを店の奥にしまい、レジ閉めや残りの皿を洗う。
店長夫婦がまたこの店を明日開けるため、とにかく
片付けと掃除はするようしつこく言われている。
しかし、片付けまではできても掃除は苦手だ。
だから店長に任せるているが、たまに小声を言われるが適材適所だ。
しょうがない。
キッチンのモップをかけながら店長は今日の客入りの少なさを嘆き、ウエイターはそれを適当にあしらう。
「それにしても洗面台の下からでてくるとはねえ」
モップ掛けの手を休め店長は、やっぱ落としちゃったのかねえ?呑気に笑いながらウエイターに話しかける。
「そうなんじゃね」
興味がないように返すと「いや、見つかってよかったじゃん!お前だってそんなんだからお客に苦い顔されたり疑われたりするんだから気いつけろ」と叱られ、今日何度目もしたようにハイハイと店長を手で払う。
店長は渋々「じゃあ、鍵掛けて来いよー」と言うとポイっと鍵を投げてウエイターに渡す。
「りょーかい」と答えて店長が店の上に消えるのを見送ると、彼は小さな声で何かを唱える。
すると彼の手から鍵が離れ、入り口の鍵穴まで辿り着くとひとりでに鍵がかかってしまった。
鍵穴からは黒い煙が現れ分散し消えいき、鍵はキラッと光ったかと思うと弧を描きふわっとウエイターの手元に戻ってきた。
彼が魔力を使ったのだ。
「まだ、こんなもんか・・・ 」
彼はたまにこうして自分の魔力の腕を試している。
気付かれない範囲でしているので、店長には一度もバレた事がない。
それをいい事に時たま『イタズラ』を仕掛けたりしているのだ。
「まあ、今日は久々イラついたし」
勘に障ると手が出るのは、下界にいたころの名残だろうか。
おそらく、今の魔力はその百分の一くらいだ。
今日の件の指輪を失くした客は、相談した彼氏との未来を信じ切れてなかった。
自分を盗人と疑ってきた時には、正直腹が立った。
しかし、腹は立つものの人間に興味があるのも事実だ。
下界から人間界に貫道されて放り出された彼は、自分とは似ても似つかない人間の思考が非常に気になってしかたがなかった。
ときおり今日みたいなお客が来ると(開店してまだ間もないけれど)魔力でちょっかいを出してしまうというか、世話を焼いてしまうというか。
つまるところ、指輪を消したりまた出したり全ては彼の魔力の仕業である。
(よくもあんなナメクジみたいに悩んでたのが言葉かけをしただけで、怒りの感情を決意に変えてしまった)
全く人間は侮れないとはこうゆう事なのだろうか?と彼は思ったが、愚痴るつばきを思い返し
「やっぱ女無理だわ」
とため息をつく。
女心とはころころ変わる物である。
過去に自分を想っていてくれたと思った女も、あれくらい自分の事を想ってくれていたらまた今違った未来があったかもしれない。
ましてや人間界で働く事なんてなかったはずだ。
いつまでこの生活を続けるのか自分でも検討がつかないが、今更下界に帰るなんてナンセンスだ。
そんな事を考えてると「お前、電気早よ消せー」
と店長が戻って来る。
また生返事をしようとすると「急がねえとお前の夜食、食うぞー」と言われ階段を駆け上がる。
「現金すぎんだろ」と呆れられたのでそれとこれとは別だと話すと今度は店長がハイハイと生返事をする。
魔窟はいつもこうやって静かにー
いや騒がしく閉じる。
そしてまた街の日が落ちる時間にひっそりと口を開けて待っている。
罪深き、愛すべき迷える誰かをー。