テンペストゥス・ノクテム
「あれが……テンペストゥス・ノクテム……」
誰かがぽつりとつぶやいた。それ以上の言葉は誰も口にできなかった。
誰もが同じ気持ちだっただろう。
……あの姿を見た瞬間、死を連想したのだから。
『人の子らよ……』
頭の中に直接響くような声がする。それと同時に全身に鳥肌が立ち、体が震えるのを感じた。
これが……テンペストゥス・ノクテムの声……?
この言葉一つで一気に心がかき乱される。あまりの情報量の多さに頭が混乱する。声を聞くだけで恐怖を感じるなんて思いもしなかった。
『よくぞ我の前に現れた』
その声に呼応するように空に浮かんだ魔法陣が輝き始める。
『さぁ、試練を始めようではないか!!』
その言葉と同時に、空に浮かぶ巨大なディスペアリアム・オベリスクからいくつもの紫色の光の筋が地上に降り注いでいく。
その光はまるで生き物のように動き回り、逃げ遅れた生徒を飲み込んでいった。
「ぐあっ!」「きゃあああ!!」「うああああああ!!」
一気に思考が埋め尽くされる。
――――連れてこない方が良かった?
――――そうだ、アレだ。なんで今まであの姿を思い出せなかった?
――――他のみんなは無事?
――――負けたらどうなるの?あの子たちは?
――――あいつの弱点は?
生徒たちがなすすべもなく、ただ蹂躙されていく。頭は動いているはずなのに、目の前の光景をただ茫然と見つめていた。
「おい!!このままじゃやばいだろ!?どうするんだレヴィアナ!?」
ノーランの叫び声が聞こえる。
わかってる!今考えているんだから待ってほしい!!ゲームならまず……
そんな考えをまとめる暇もなく次から次へと攻撃が天から降ってくる。このままでは全滅してしまう……!!
「避けてください!」
そんな声が聞こえるとともに誰かに手を引かれ、地面に倒れこむ。
その直後に私たちがいた場所に闇の球体が降り注ぎ、地面を抉っていく。
「激しい風の盾よ、我らを護る壁となれ!絶対の防壁、ウィンドウォール!」
視線を上げるとミネットが前に出て風の防壁を張り、守ってくれている。手を引いてくれたのはジェイミーだった。
「大丈夫ですか!?」
その言葉に何とか正気を取り戻す。
「あ……ありがとう。本当にたすかったわ!」
「私たちレヴィアナさんのお役に立てましたか?」
「えぇ!もちろん!」
そう言うと2人は微笑んでから見つめあう。おかげで少しだけ冷静になれた。
「「地獄の炎を纏いし眼差し、敵を薙ぎ倒せ!業火の討手、インフェルノゲイザー!」」
すぐに立て直したセオドア先生とイグニスのインフェルノゲイザーが空高く飛ぶテンペストゥス・ノクテムに直撃する。2人の同時攻撃はテンペストゥス・ノクテムに直撃し、その体をぐらつかせることに成功した。
「試練だと……!?ふざけやがって!!!」
イグニスが叫んだ。ほかの生徒たちもイグニスたちの攻撃に徐々に反撃の状況を整えつつある。
「みんな!防御は私に任せて!!!!」
さっきと同じように、全員を囲むようにエレクトロフィールドを展開する。
まださっきまでの私の様にあの存在のショックに立ち直れてない生徒がいる。何よりもまずは態勢を立て直す必要がある。これで少しは耐えられるはずだ。
「レヴィアナありがとう!まずはあいつを地面にたたき落とす!!」
セオドア先生が生徒たちに指示を出していく。その間に私は必死に思考を巡らせる。
どうする?どうすればいい?どうすれば勝てる?そうだ―――。
「アリシア!!アリシアはブレイズワークスを展開して!!!」
「レヴィアナさん?……でもあれには時間が……」
「いいから!おねがい!!」
アリシアは戸惑いながらもうなずく。
「わかりました……!!」
アリシアが詠唱を始めると彼女の周囲に炎の渦が巻き起こり、彼女の長い赤髪がぶわりと揺れる。
敵がボスなら倒すのはヒロインのアリシアが適役だろう。
「セシル!!俺が合図したらあの高速起動でテンペストゥス・ノクテムの懐に飛び込め!!できるか!?」
「当然!!」
「全員構えろ!!準備が出来た者から俺の後に続け!!あいつも守るときは防御結界を展開する!!四方に分かれて魔法陣を展開しつつ攻撃を続けろ!!!」
セオドア先生の声で全員が一斉に動き出す。
最初に動いたのはイグニスだった。一直線に指示を受けた配置場所へと移動し、さっそくお得意の無詠唱ヒートスパイクを展開する。
しかし今までとはその数が異なっていた。
イグニスの周りには数十という数の赤い光球が浮かび上がり、さらにそれらは徐々に形を炎の槍に変えていった。
その数は百を超え……まだまだ増えていく。
「行けぇぇぇえええ!!!」
イグニスの掛け声に合わせて無数の熱線が放たれる。それぞれが空中で弧を描き、意思を持っているかのように別々の方向からテンペストゥス・ノクテムに向かって襲い掛かった。
『小癪な…………!』
テンペストゥス・ノクテムが右手を前に突き出すと、そこに巨大な紫の魔法陣が現れる。
そこから現れた巨大な黒い腕が、迫りくる灼熱の刃をすべて叩き落とした。
だが、それでもなおイグニスの攻撃は止まらない。イグニスが腕を振り下ろすと、それを合図に再び数百の炎の槍が空を舞った。
『むぅっ…………!?』
さすがに全てを防ぐことはできなかったのか、腕や翼に突き刺さりダメージを与える事に成功したようだ。
「すげーな!イグニス!」
「俺様もいつまでもお前に負けれられないからな」
「んじゃ俺も……!」
ノーランも同じように無詠唱ヒートスパイクを展開し、攻撃を開始する。それを皮切りに、他の生徒たちも一斉に攻撃を始めた。
テンペストゥス・ノクテムの巨大な腕や翼に炎や氷、雷など様々な属性の刃が突き刺さりダメージを与えていく。
テンペストゥス・ノクテムは忌々し気に舌打ちをすると、今度は自らの周囲に漆黒の球体を無数に出現させた。
『消え去るがいい…………!ダークネスホール!!』
「させないわよ!!!サンダーボルト!!!!」
先ほどあいつの攻撃はエレクトロフィールドで相殺することができた。だったら魔法攻撃でも―――!!!
案の定サンダーボルトの射線上にあった魔法はかき消すことができた。しかし相手の攻撃も数が多い。
『無駄だ……!全て飲み込まれるがよい!!』
「くっ……!!」
咄嗟に避けようとするが、間に合わない。防御魔法を展開しようとした瞬間、私の横から夥しいヒートスパイクとアクアショットが次々と漆黒の球体を打ち抜いていく。
「大丈夫か!」
視線をそちらに向けるとセオドア先生とマリウスがフォローしてくれていた。
「ありがとうございます!」
これならいけるかもしれない。
テンペストゥス・ノクテムが姿を見せた時はその禍々しさから絶望してしまったけど、冷静に考えればこれはゲームでも攻略可能な対象だ。みんなで協力すれば超えられない壁ではない。
「あの……レヴィアナさん。何か声が聞こえないですか?」
次の攻撃方法を考えているとナタリーがそう言った。
「声?さっきの不気味な声のこと?」
「いえ……不気味では無くて、もっと、痛い、苦しい、のような」
ナタリーの様子がおかしい。
私も同じように耳を澄ますが何も聞こえない。
「ナタリー……?」
「確かに聞こえます。今も助けてって……」
「レヴィアナ!合わせろ!!」
呼ばれたほうに視線を向けると崖の上でイグニスが再び大量のヒートスパイクを制御して今にも攻撃を仕掛けるところだった。
あれを直撃させれば、また隙が生まれるかもしれない。
「ナタリー、後で聞かせてね」
ナタリーの言葉も気になるが今は強大な敵との戦闘中だ。まずは目の前の敵を……テンペストゥス・ノクテムを倒すことに集中する必要がある。
防御魔法を展開したまま、私もイグニスと反対側の壁に上りサンダーストームの詠唱を開始する。テンペストゥス・ノクテムがイグニスの攻撃に意識を集中し、こちら側に明確な隙ができる。
次々と詠唱を終えた生徒たちが持ちうる最大の威力の魔法を放ち直撃していく。それは魔法と言うより、単純な爆発に近かった。
もうもうと立ち込める煙の中からゆっくりとテンペストゥス・ノクテムが飛び出してくる。見かけ上は大きな変化はないが、登場した時の辺りを支配するような魔法力や威圧感は薄れていた。
しっかりと照準を合わせる。
「天空に渦巻く雷雲よ、我が力に応えて轟け!稲妻の竜巻、サンダーストーム!」
不意を突いた完璧なタイミングだ。
激しい轟音と共にテンペストゥス・ノクテムの頭上に稲妻が轟き、次々と降り注いでいく。
テンペストゥス・ノクテムは両手を頭上で交差し、防御態勢に入ったが不意を突いたはずだ。この攻撃は防ぎきれないだろう。
「……えっ……!?」
しかし結果は予想外のものだった。
突然現れた氷の壁に阻まれて、私が放った魔法はテンペストゥス・ノクテムには届かなかった。




