私は一体何のためにここに居るのか
誰なんだろう?
さっきからずっと声が聞こえる。
痛い、苦しいって。
助けてって。
でも……こんな声知らない。
誰が言っているの……?
『何かやりたいことがあるの?』
ずっと聞こえる声がそう問いかけてくる。
やりたいこと……?なんだろう。
レヴィアナさんの役に立ちたい。でも彼女は私が手伝うまでもなく、どんどん先に進んでいってしまう。
マリウスさんの役に立ちたい。でも彼もきっと私の助けなんて必要とせずに進んで行ってしまう。
2人は優しいから何も言ってこないけど、あの夜、私がレヴィアナさんに攻撃をしたことはちゃんと覚えてる。
疲れて休もうとしていたマリウスさんを無理に連れ出して、旧魔法訓練場に連れ出して、なんでそうしたかは覚えてないけど、それでもレヴィアナさんを攻撃した。
何度も何度も夢だって思おうとしたけど、違う。あれは現実だ。
あの日から攻撃魔法を使うのが怖くなった。
先日もセオドア先生に「ナタリーはもっと思い切って魔法を使っていいぞ」と言われたけど、魔法を使うたびにあの時の旧魔法訓練場の思い出がよぎってしまい緩めてしまう。
今日も役に立たないとと勇気を振り絞ってきたのに、これまでずっと守ってもらいっぱなしだ。
『やりたいことは無いの?』
また声が聞こえる。
あれ……?わたし、何をしていたんだっけ……?何をしたいんだっけ?
頭に霧がかかったみたいでうまく思い出せない。
手足が自由に動かせない。鎖でつながれてるみたい。でも声は聞こえてくる。
誰?あなたは一体誰なの?
『誰だっていいじゃないか。今沢山の人に攻撃されてて、とっても苦しいんだ』
声が聞こえたほうを見上げ理解した。
あぁ、この声はテンペストゥス・ノクテムだ。目の前でみんなに傷つけられている人の声だ。
さっきはあんなに怖い声だったのに優しい声だった。
その声の主が苦しいと泣いている。
『君にやりたいことが無いなら、僕の事を助けてよ』
何だろう、頭に染み込んでくる。
『人の役に立つのは嫌いかい?』
そんなことない……目の前で苦しんでいる人を助けてあげたい。
でも私なんかにそんな事できるかな?
『僕には君が必要だ。だから助けて欲しい』
『わかりました』
助けられるかわからないけれど、私にできることはしたいと思う。
助けてと頼まれたんだから助けてあげたい。
私にはそれくらいしかできないから。
声のする方向に向かって手を伸ばす。
そして私の意識はテンペストゥス・ノクテムに一気に持っていかれた。
***
「ナタリー……!?」
ナタリーが急に立ち直ったかと思うと、そのまま宙に浮き大きく手を広げテンペストゥス・ノクテムを守るように立ちふさがった。
「これ以上この人をいじめないでください」
「いじめ……って、ナタリーあなた何を言ってるの!?」
「助けてって頼まれたんです。何もできない私ですけど、少しくらいなら助けられますから」
ポソポソと話すナタリーは焦点が合っていない。明らかに正気を失っているようだった。
「ナタリー!どうしたんだ!そいつは敵だ!」
マリウスも焦って声を上げる。私には何が起きているのか理解できなかった。ただ、この状況をつくった原因位はわかる。
「テンペストゥス・ノクテム……!あなたナタリーに何をしたの!?」
『我は虚となった幻想体に目的を注いだだけだ』
「ふざけないで!何が幻想体よ!!天空に渦巻く雷雲よ、我が力に応えて轟け!稲妻の竜巻、サンダーストーム!」
私が放った雷の竜巻は再び一直線にテンペストゥス・ノクテムに襲い掛かる。
「氷の結晶で織り成す盾よ、我らを守り護れ!氷結の防壁、フロストシールド!」
しかしテンペストゥス・ノクテムの前にはナタリーが立ちふさがり、同じように防御魔法を展開し私の魔法からテンペストゥス・ノクテムを守る。
「やめてください。レヴィアナさん。これ以上攻撃をするなら、私はテンペストゥス・ノクテム様を助けるためにあなたを攻撃しないといけません」
「くっ……!」
このままじゃ埒が明かない。本当に何かの精神攻撃の様なもので操られているのだとしたら、テンペストゥス・ノクテムを何とかして倒さないとナタリーを救えない。でも倒したら本当に解放されるの?
「卑怯者!ナタリーを開放しなさい!」
『娘よ。この幻想体だけでよいのか?』
「どういう……---!」
その言葉を言う前に、左側から飛んできたガストストームに中断させられる。
「ミネット……ジェイミー……っ!」
「私たちはレヴィアナさんから頂いたノートに書いた目標を達成してしまったんです」
「さっきレヴィアナさんと一緒に戦って、レヴィアナさんの役に立つっていう目標」
2人もナタリーと同じように虚な目をして、魔法の詠唱を始める。
「あなたたちも何を言っているの!?その詠唱を止めなさい!」
「目標がなくなった私たちにテンペストゥス・ノクテム様は目標をくれたんです」
「レヴィアナさんを倒すっていう本当に素敵な目標を!」
そう言うと2人の前に魔法陣が現れる。
「猛威を振るう風の暴力、破壊の渦を巻き起こせ!無慈悲なる暴風、ガストストーム!」
「爆炎の力、我が手に集結せよ!爆炎の閃光、フレアバースト!」
目の前には巨大な炎の壁と暴風が混ざり合い、そのままこちらになだれ込んできた。
即座に防御魔法を展開し直撃を避けるが、私の目の前の空間が炎と暴風によって跡形もなく消し去られてしまった。
(ミネット……ジェイミー……。)
あれだけ私の事を慕ってくれていた2人にこうして本気の魔法を放たれて、少なからずショックを受けた。
でも、今は冷静にならないといけない。辺りを確認するが、ほかのメンバーが操られている様子はない。
もう一度テンペストゥス・ノクテムに対して、今度は牽制のための魔法を放つ。
「レヴィアナさん……私警告しましたよね?次テンペストゥス・ノクテム様を攻撃したら私もレヴィアナさんを攻撃するって」
「えぇ、だからかかって来なさい!ミネットもジェイミーもまとめて相手になってあげるわ!」
この精神攻撃がいつ解けるか分からないが、それでもテンペストゥス・ノクテムを倒せば、そしてもし解けなくても日付が変われば3人は元通りになる、そういう確信があった。
「皆さんはそのままテンペストゥス・ノクテムを攻撃してください!セオドア先生!」
「なんだ!」
「あとは任せます!!」
そう言って戦場から距離を取ると、3人も私についてくる。
「レヴィアナ!」
「マリウス!」
「さすがにあの3人相手にお前ひとりじゃ大変だろう」
すぐに追って来てくれたのか、マリウスも合流してくれた。もしかしてマリウスも操られて?と一瞬勘ぐったがそんなことは無い様だった。
「嬉しいけど、ナタリーと戦えるの?」
「俺もナタリーには散々助けられたからな。助けてやりたいんだ」
「そっか。なら絶対テンペストゥス・ノクテムから取り返さないとね!」
「ああ!」
そして私たち2人は愛すべき3人の仲間と相対した。
***
「エレクトロフィールド!」
迫ってくるミネットの攻撃を防御魔法で受け止める。
魔法を放った後に間髪いれず、ジェイミーがヒートスパイクを放ってきたがそれも防御魔法で防いだ。
2人の攻撃は確かに強力ではあったけど、それでもお父様の館を襲ったエレメンタルエンフォーサーで強化された魔法の威力とは比べるまでも無かったし、セオドア先生やテンペストゥス・ノクテムから感じる威圧感も無かった。
「もういい加減に目を覚ましなさい!あなたたちは操られているのよ!!」
「操られてなどいません」
ミネットが声を張り上げる。
「私は私の意志でテンペストゥス・ノクテム様に協力しているんです」
その言葉に便乗するようにジェイミーも声を上げる。
「私もそうです。レヴィアナさんを倒すことが私たちの目標なんです」
2人の顔にはいつもの笑顔はない。虚な目をして、ただ私の事を敵として認識していた。
「マリウスも私がしたいことの邪魔をするんですか?」
「それは君がやりたいことではないだろう!」
「私は助けを求められたんです。だから助けないといけないんです」
「私の知っているナタリーはそんな人間ではない!目を覚ませ!」
ナタリーがマリウスに対して魔法を放つ。次々と迫る氷の弾丸に防戦一方だった。
「これは……本格的に駄目みたいだな」
「そうね。いくら話しかけても、攻撃しても正気に戻すのは難しそうね」
マリウスと背中合わせになり、ナタリーとミネット、ジェイミーの様子を窺う。
このまま戦っても全く連携の取れていない3人に負ける気はしない。でもテンペストゥス・ノクテムに操られた3人は、自分の魔力の残量も気にせずに一撃一撃に全力以上の魔力を込め魔法を放ってくる。
「どうする?何か考えがあって分断したんじゃないのか?」
「そんなもの無いわよ」
「おいおい……」
「でも下手にあの場所で戦ってあの3人が変に巻き沿いを食っても嫌でしょ?だからこうして移動したんじゃない」
収束されたフレアバーストが私たちを襲う。下手に防御して爆風を巻き起こすのを避け、お互い横に飛びのき次の攻撃に備える。
「まぁ、そうね……」
ナタリーの顔を見る。
氷魔法を使うときの凛とした表情でも、美味しいお菓子を目の前にしたときの眼をくるくる回したあの表情でも、マリウスといる時のもどかしく照れたような表情もそこにはない。
「冷静になってもらうために水でもかぶってもらいましょうか」
***
(レヴィアナさんを倒さないと……テンペストゥス・ノクテム様を助けないと……)
辺りがずっとふわふわしている。
テンペストゥス・ノクテム様に返事をしてから、ずっとこのふわふわは続いている。
レヴィアナさんを攻撃したくはない。私の魔法はこんなことに使うために練習してきたわけではない。
(じゃあ……何のため?)
何度目か分からない自問自答を繰り返す。
ずっと、ずっと誰かのためになる魔法を勉強してきたのに……師匠みたいに、師匠が私を助けてくれたように私も誰かを助けたいと思って来た。
じゃあ……
(助けてあげたい人が助けを求めてなかったら?)
わからない。
さっきまではレヴィアナさんと一緒に戦ってたのに、レヴィアナさんを倒すために、テンペストゥス・ノクテム様のために魔法を放っている。
「氷河の奔流、我が意志に従い押し寄せよ!冷たき波動、グレイシャルウェーブ!」
普通の人なら一瞬で氷漬けになってしまうような巨大な渦潮がレヴィアナさんめがけて向かっていく。
でもきっとレヴィアナさんはこんな攻撃防いでくれる。
ほら、やっぱり。私の魔法じゃレヴィアナさんを倒せない。
一緒にいる2人もレヴィアナさん目がけて魔法を放つ。そんな攻撃もなんでもないかのようにあっさり躱す。
(そんな攻撃じゃだめですよ。レヴィアナさんはそんな攻撃じゃ倒せません)
でもこの2人はレヴィアナさんの事を大好きで、いつも楽しそうに話しかけていたんじゃなかったっけ?なんで攻撃してるの?
あれ……?私もなんで大好きなレヴィアナさんを攻撃……?そう言えばマリウスさんは?
あれ?マリウスさんがいない。
よくわからない。もう考えたくない。
目の間にレヴィアナさんがいる。駄目だ、集中しないと。
とりあえず頼まれた通りレヴィアナさんを倒してそれから考えよう。
「氷河の奔流、我が意志に従い押し寄せよ!冷たき波動、グレイシャルウェーブ!」
あ、でもやっぱり倒せない。
レヴィアナさんを助けることも、テンペストゥス・ノクテム様を助けることも出来ない私は一体―――――
あ、レヴィアナさんがこっちを向いてる。どうしたんだろう。
「ちゃんと頭を冷やしなさい!!」
上空に気配を感じ顔を上げると、大量の水が空を覆っていた。
***
マリウスのウェイブクラッシュは寸分のタイミングの狂いもなく3人を呑み込んだ。
間髪入れずに魔法の詠唱を開始する。
「雷光の連鎖、我が指先に宿りて無限の鎖となれ!閃光の縛め、ライトニングチェイン!」
3人が押しつぶされて身動きが取れない今、この魔法を防ぐことは出来ない。直撃を受けた3人はそれぞれ痙攣するようにビクリと身体を震わせ、そして力なく倒れた。
「おいおい、大丈夫か?」
崖の上から魔法を発動したマリウスが降りてくる。
「さすがマリウス!完璧なタイミングね!」
「いや、それはお前の囮が完璧すぎるからだろう。そんな事より3人は大丈夫なのか?」
辺り一面、雷魔法を放った後特有の焼け焦げた臭いと水蒸気が立ち込めていた。
地面を見ると3人がそれぞれ倒れていた。
「ちゃんと手加減したわよ。大丈夫、ちょっと気絶させただけ」
水魔法との相乗効果なのか、時折ビクンビクンと不随運動で身体を跳ねさせる。
3人に近寄り、ちゃんと全員呼吸をしていることを確認する。
(それにしてもテンペストゥス・ノクテムは一体どういうつもりなの……?)
私が囮になって崖の上から大魔法を発動させるというのはこの作戦はナタリーが以前マリウスたちに仕掛けたものと同じだ。ナタリー本人がそのことに気付かないはずがない。
それにせっかくこんな精神攻撃の魔法があるのならもっと効率のいい方法があったはず。
――――ドガン!!!!
元居た場所から爆炎が上がった。
(まぁ、良いわ。考えるのは後にしましょう)
これ以上犠牲者を増やさないためにもまずはテンペストゥス・ノクテムを倒すことが先決だ。
「マリウス、あなたのジャケットも貸してちょうだい」
「どうするんだ?」
「これでさっきの洗脳が解けたか分からないし一応縛ってから連れて行きましょう」
ジャケットを受け取るためにマリウスの方に歩み寄る。
「痛い……」
「ん……あれ……私……?」
「おい!レヴィアナ!」
振り返るとミネットとジェイミーが目を覚ましていた。
「ミネット?ジェイミー?」
まだテンペストゥス・ノクテムの支配下に居るのかもしれない。2人に対して身構える。
「あれ……?ここは……」
「ミネット?」
2人がきょろきょろと辺りを見渡している。この様子ならもう大丈夫そうだ。
「ミネット、ジェイミー、無事で良かったわ」
「レヴィアナさん!!すいません。私!!」
「違うんです!私!!」
どうやら操られていた時の記憶も残っているようだ。本当に悪趣味な敵だ。
「大丈夫よ。あなたたちのせいじゃないから。悪いのは全部あのテンペストゥス・ノクテムよ」
2人に近寄り、優しく頭をなでる。
「それよりあなたたちの成長に驚いたわ。しばらく気絶させるつもりの威力で放ったのよ?」
「レヴィアナさんに追いつきたくて……」
2人は目を潤ませながらそんな嬉しい事を言ってくれる。
ただ、こうしている間もナタリーはまるで深く眠っているかのように目を覚まさなかった。
「じゃ、あなたたちをこんなにしたテンペストゥス・ノクテムを倒しに戻りましょっか。体は大丈夫?辛かったらここで休んでいていいわよ」
「大丈夫です!まだ戦えます」
「私も平気です!」
「それじゃあ戻りましょう。ナタリーはマリウスに背負ってもらおうかしら?」
ナタリーの体を起こそうとしゃがみ込むと、ナタリーの頬には涙の痕が残っていた。
(テンペストゥス・ノクテム……私の友達にこんなことして……絶対に許さないから……)
キッとテンペストゥス・ノクテムの方に鋭い視線を送る。
決意を新たにテンペストゥス・ノクテムを倒すため再び戦場へと戻った。




