43 勧誘と侮辱
冒険者ギルド会議室のソファに深く腰掛け、ノイスは朗々と話し出した。
「さて、エメラルド。
私は鉄血十字団を率いる立場にある。
冒険者集団では、それぞれの冒険者について爵位や身分に応じた扱いをするのは不都合でね。
うちの十字団では誰と話すにおいても、内輪の話であれば敬語なぞは省略してる。
非礼と感じたならばお詫びする」
これまた頭のひとつも下げず、ノイスは言った。
「それで私に、パーティー参加依頼をしたいということですか」
エメラルドの問いをノイスは鼻で笑った。
「参加依頼……そうだね。
形としてはそうなるね。
私はクライフ神聖王国出身だから、火山の状況に危機感を抱いてはいない。
しかし、ブレンダン火山の異常についてはユトケティアとしても放置できない難題だろう?」
「それは……確かに」
ブレンダン火山近くでは鉱石や鉱物が取れる。
それらは良質な武器や道具の原料となるうえ、錬金術師に火山由来の鉱物を売る『発掘屋』として生計を立てているものもちらほらいる。
だから、入山できないことはユトケティアの国力にとって深刻な影響を及ぼす。
「エメラルド、キミに迷宮踏破者となるチャンスをあげると言ってるんだよ。
キミとしてもうだつの上がらない低ランク中年冒険者とパーティーを組むよりも、よっぽどマシな選択なんじゃないか?」
「なんですって!?」
エメラルドは立ち上がり怒りをあらわにした。
「ははは、どうしてキミが怒るんだ。
アスランみたいなお荷物からキミは自由になるべきだ。
グレアス一刀流と言う王都一の道場にいながら、剣聖になれず、ただの初心者冒険者として生活をしている3流の男。
それがキミの師匠アスラン・ミスガルだろう?」
ノイスは笑いながら話し続けた。
「訂正しなさい、ノイス。
アスラン先生への侮辱、私は決して許しません。
ノイス、汚い口を塞ぎなさい。
さもなくば……あなたの生命は保障できません」
エメラルドはノイスに詰め寄った。
「ははは、キミへの侮辱に対しての非礼であれば、謝る準備もあるよ。
だけどね、アスランに対する侮辱に対して謝罪する気は一切ない。
今だ【石】ランクの冒険者に何の未来がある?
エメラルド、アスランはキミの荷物になるだけだ。
手を斬るなら、早い方がいい」
「ノイス、忠告はしましたよ」
エメラルドは聞いたことのないような低音でそう言うと、両手を広げた。
すると、黒いドレスの裾がふわりと広がって、縁に仕込まれた魔法陣が輝きだした。
エメラルドは瞬時に魔法剣を作り出せるよう、ドレスの裾に魔法陣を仕込んでいるのだ。
【氷刃】
ドレスが光り出し、エメラルドの手には氷剣が現れた。
「お父様、お母様。
公爵令嬢でありながら他国の冒険者を斬り、国際問題を引き起こす娘をどうか叱ってください。
でも、私にも引けぬときがあるのです……
それが今です。
ノイス、冥府の女帝にひざまずきなさい。
【氷刃剣乱舞!】」
怒りのあまり我を忘れたエメラルドは奥義を炸裂させた。
……のんびり見てる場合じゃないな。
「う……あああああ」
その剣が自分に及ぶ前に防御行動がとれなかったノイスはただ叫ぶばかり。
仕方がないので、ノイスの間に立ち、エメラルドの乱撃を受け流す。
剣撃自体は無力化できたが……冷気がぶつかって来てめちゃくちゃ寒いんだけど。
「おい、エメラルド。
オレのせいで国際問題とか御免だぞ」
「……ふふ、やっぱり先生です。
私が何の加減もなく殺す気でノイスに技を出しても、難なく受け流されてしまいました」
舌を出したエメラルド。
「殺す気で技を出すなよ……」
「だって、ノイスが失礼なんですもん」
「何だ、何が起こったあああ!」
ノイスは絶叫していた。
「では、失礼します」
スタスタとエメラルドは部屋を出ていこうとした。
「ま、待て!
話は終わってないぞ!」
「ノイスさん。
あなた、私の剣閃が見えましたか?」
「そ、それは……」
エメラルドはため息をついた。
「私の剣閃ごとき見れないのであれば、アスラン先生の剣が見れるわけありません。
ノイスさん、人を侮るのも結構ですが……はね返せとは申しませんが、せめて侮った人の剣筋くらい、見切ってください。
でなければ、あなたの存在自体が軽く見えますよ」
エメラルドはくすりと笑った。
「何だと……」
ノイスは唇をかんだ。
「では、ノイスさん。
失礼します、私暇じゃありませんので」
「覚えておけよ、エメラルド。
泣いてわめいても、うちの鉄血十字団には入れてやらないからな!」
――強がるノイスを置いてオレたちは会議室を出た。
「先生、ここにいたんだね」
イリヤが冒険者ギルド併設の食堂でパンをぱくついていた。
「聞いてください、イリヤ。
鉄血十字団のノイスさんがひどいんです!」
エメラルドはイリヤを見るなり、愚痴をこぼした。
よほど腹に据えかねたらしいな。
「……ボク、そのノイスって人に呼ばれてるんだけど」
「きっと火山攻略パーティーの誘いですよ」
「そう。
どうだったの?」
「私だけ誘われたので断りました」
「先生を誘わないなんて見る目がないね。
……じゃあ、ボクも断ってくるよ」
イリヤは立ち上がった。
「イリヤ、喧嘩しちゃダメですよ」
エメラルドがイリヤに忠告していた。
……どの口が言ってるんだろうか。
「フフ、ボクは温厚だから」
イリヤは笑顔で2階へ向かった。
「大丈夫かな?」
イリヤまでブチ切れたりしないよな?
上でドタドタしてたと思ったら静かになった。
「きゃー」
ギルドの職員が2階から慌てて降りてきた。
「ノイスさんが殺されます!」
それを聞き、慌てて2階へ上がり、ノイスのいた会議室へ行く。
「先生を侮辱したこと、謝るまで許さないよ」
「……く……」
会議室ではイリヤがノイスを組み敷いて、首筋に双剣を押し当てていた。
「イリヤ、放してやれ」
「……先生がそう言うなら放すよ」
投げ捨てるようにイリヤはノイスを地面に放ったので、ノイスはベタンと顔をぶつけた。
「う……うう……許さん、許さんぞ!」
ノイスは床をどんどんと殴りながら、怒りのこもった言葉をうめきつづけた。
「こっちこそだよ、こんなヤツのいるとこ、一秒も居たくない。
先生、さっさと降りよう」
ノイスに対し舌を出したイリヤは、オレと腕をからませた。
「早く降りよう、先生」
うめき続けるノイスを尻目に、二人で階段を下りた。