42 エメラルドと昼食
5章スタートです。
「これが王都ディオラの食堂街ですか!」
エメラルドはウキウキしながら、人でごった返す王都を歩いていた。
王都の中でもひと際活気のある場所、食堂街。
露店が立ち並び、食欲をそそる匂いが辺りに充満している。
昼時の食堂街は、石畳を歩く足音すらかき消してしまうほど、商人と客の声が激しい。
「ディオラの中でもうるさい場所だが、今日はひときわ人が多いぞ……何かあるのか?」
今日は煮込みを食べたい気分なんだが……」
いつも行く煮込みの店にも行列ができているようだ。
「……他を当たるか……って他の店も混んでるな」
「ここは先生、二手に分かれましょう」
「だな。
好きなものを二つずつ買って、持ち寄るってのはどうだ?」
エメラルドはパチンと胸の前で手を合わせた。
「賛成です、先生の好きなもの食べてみたいですし」
「よし、じゃあこのテーブル付近で落ち合うか」
エメラルドと別れ、オレは煮込みの店に並んだ。
ボーっと待つのは別に苦手じゃない。
ただ、立ったままでも寝そうになるのが、困るけどな。
「アスランさん、アンタの番だよ」
――なじみの店長から声をかけられたようだ。
「あら、寝てたか」
「器用なもんだねえ、壁によりかかりながら寝てるんだから」
初老の店長は威勢よく笑った。
グレアス一刀流時代からよく通った店だ。
肉と野菜をようく煮込んで、パンにぶっかけてくれる。
「あ、大将。
煮込み二つ」
「年なのによく食うねえ、アスランさん」
「バカ言うなよ、二人で食うんだ」
「へえ……」
おい、何ニヤニヤしてるんだ。
「先生、こちらは買い終わりましたよ」
エメラルドが甘そうな匂いのする包みを持って、こちらへ来た。
「あらま、綺麗な人だねえ。
アスランさんにはもったいないよ」
煮込み屋の大将は軽口を叩いた。
「うるさい、ただの門下生だ」
「へえー、門下生からってことかい? やるねえ」
「からって何だ」
からかいやがって、もう買いに来てやらないぞ。
「可愛い奥さんのためにもう一個おまけしちゃう、ほら持ってけ」
「ありがとうございます!」
エメラルド、否定という言葉がお前の辞書にないみたいだけど……
「奥さん、アスランさんに幸せにしてもらうんだよ!」
「はい!」
エメラルドは大将の軽口にも笑顔で対応していた。
……別に、煮込み屋の店長なんて適当にあしらえばいいのに、素敵な笑顔をしてやがる。
――大将の軽口に付き合ってられないので、とっとと会計を済ませ、どうにか空いたテーブルを見つけた。
「エメラルドが買ってきたヤツ甘そうだな……おお、パイか。
これ、うまいよな」
「え?
知ってるんですか、アスラン先生甘いものなんてあまり食べないのに」
エメラルドが意外そうにしていた。
「別に甘いものが嫌いなわけではないぞ?
ただ、自分では買わないだけだ。
前食べたときはな、ユイカが買ってきたんだよ」
「あ、ユイカちゃんのおすすめなら間違いなさそうですね」
エメラルドはうなずいている。
「アイツ食い意地が張ってるからな」
「もう、女の子なんですから、食いしん坊って言ってあげてください!」
エメラルドにたしなめられた。
……食いしん坊って言うのはいいのか?
「ま、甘いのは後にして先に煮込み食うか」
「ええ、美味しそうですね」
小皿に盛られた煮込み料理を3つテーブルに広げる。
「ふふ、夫婦と間違えられましたね」
エメラルドは何がそんなに楽しいんだか、笑っていた。
「……門下生だって言ってるのにな」
「仲良さそうに見えたんですかね?」
「……さあ、冷えるからさっさと食べちまおう」
「はーい」
グレアス一刀流は、師範代候補にならなければ大人になる年、15で卒業することになっている。
それから、数年たった。
公爵家のお嬢さんであるエメラルドには、ひっきりなしに縁談が舞い込んでいるだろうに、剣聖になれなかったオレを心配して慌てて駆けつけてくれた。
緊急招集から帰って来て、オレとエメラルドとイリヤで夕食を食べた。
楽しい時間だったが、こんな時間は長くは続かないだろう。
二人とも、もう結婚してたっておかしくないからな。
「この煮込み、美味しいですね。
パンにかけて食べるなんて初めてです」
「クレイ公爵家でパンにかけたら怒られそうだな」
「……そうですよ、お行儀悪いって怒られてしまいます。
私、食堂街で食べるのも初めてですし」
確かに周りを見回しても、エメラルドみたいな上等のドレスを着ているヤツなんていない。
っていうか、食堂街に多いのは冒険者や職人だから、荒っぽい男が大半だけど……
「でも、ホント美味しいです、スジ肉が軟らかく煮てあって……」
「だろ、肉のうまみが野菜にも出てるんだよな。
このパン硬いんだけど、ちょっと待つとスープを吸ってテロテロになる。
それが、美味しいんだよ」
あ、オレちょっと早口になってる。
好きなものだとつい熱く語ってしまうなんて、誰にでもあることだよな?
「……ホント、トロトロですね。
スープの美味しさが染み込んでます」
エメラルドはぶっかけ飯なんて今まで食べてこなかっただろうけど、何事も経験だからな。
「失礼します!」
短髪の男が突如声をかけてきた。
「エメラルド・クレイ様でいらっしゃいますでしょうか」
「ええ、そうですけど……」
エメラルドは口元を清潔な布でふいた後、その男を睨んだ。
口には出さないが、昼食を邪魔されて怒ってるな。
「食事中に声をかけてくるのは感心しません。
しばらく待っていただけますか?」
おっと、予想を裏切って口に出したな。
かなり怒ってるな。
「いや、しかし……」
何やら急いでそうな様子だ。
「……仕方ない、行こうかエメラルド。
どうやら相手さんは急いでいるようだ」
「先生がおっしゃるでしたら、仕方ありませんけど……それで、あなたはどなたの遣いで来たんです?」
「はい。
鉄血十字団ノイス様の遣いです、冒険者ギルドに来ていただけますか?」
知らない名だな。
重い腰をあげ、テーブルを片付けてパイを持ちギルドを目指した。
「鉄血十字団、エメラルドは知ってるか?」
「他国にある大規模な冒険者集団と聞いたことはありますが……」
★☆
「こちらへ。
ノイス様がお待ちです」
いつもより活気のある冒険者ギルドにつくと、すぐに2階へ案内された。
短髪の男が部屋の前で立ち止まりノックをした。
「失礼します。
ノイス様、エメラルド様をお連れしました」
扉が開き、ノイスと呼ばれた男が顔を出した。
ノイスは背が高く細身で、神経質そうな顔つきをしていた。
「お呼びたてしてすいません、エメラルド様。
本来こちらから、伺わなければなりませんのに」
そう言いながら、ノイスはエメラルドをソファに案内した。
案内されるままにソファに座る。
ノイスも向かいにあるソファに腰かけた。
先ほどからノイスはオレに視線を一切合わせてこない。
「単刀直入に言う。
元王宮魔術師長エメラルド・クレイ。
我らが鉄血十字団とブレンダン火山攻略に行って欲しい。」
公爵令嬢のエメラルドに対し頭もさげず、ノイスはそう言い放った。




