41 寝床
「クビをはねる前に、こちらから質問をさせてくれ」
「ふん、勝手にするが良い」
「……いつからその姿だ?」
白いワンピースを着たカーミラは、10代前半くらいの少女にしか見えない。
「100年ほどは前になると思うが……わらわが地下にこもってから大地を揺るがすほどの戦争が2回ほどあったじゃろう?」
「……文献によればな、さすがにオレは100年も生きていられない」
オレは肩をすくめてみせた。
「ふふ、つまらぬ冗談は止せ。
……私は王都ディオラ生まれでの。
貴族の家に生まれて蝶よ花よと愛されて育まれていたのじゃ」
きっとこの頃はカーミラにとっても、楽しかった時なんだろう。
「……やがて、わらわは日の光を浴びると体調を崩すようになった。
いつも臥せっていたわらわの身体が、ちっとも大きくならないことも……しばらくして問題となった」
カーミラは自嘲するように笑った。
「この子は呪われているのではないか?
さんざん医者や祈祷師に見てもらっても治らず、困り果てた公爵家はわらわを地下牢に隠した。
でも、それほど苦痛には感じなかったのじゃ。
誰かと会うと、人と違うのがばれやしないかと、いつも心配だったからの」
「いつ自分が半吸血鬼だと知った?」
「……大陸中が戦禍に襲われた時、わらわは取り残されたのじゃ。
燃え盛る屋敷から必死で逃れようとしたら、体が水蒸気に変化しておった。
王都を出たわらわはいつのまにやら髪の色と、眼の色が変わっていることに気づいた。
金色の髪は、銀色に。
碧色の瞳は赤色に変化しておった。
その戦で結局、父も母も帰らぬ人となっての。
わらわが半吸血鬼となった理由はわからずじまいじゃ」
カーミラはゆっくりとだが、丁寧に話し続けた。
もう隠す気はないのだろう。
「その後、行き場が無くなったわらわは、魔族領域に行った。
……だがの、瘴気が体に合わず数日で離れることになった。
行く場所が無くなったわらわは気づけば、ユトケティアに帰って来ておった」
カーミラは大きく息を吐いた。
「辛い思い出の多い土地だがの、やはり故郷というのは特別なものなのやもしれぬな」
人でも吸血鬼でもない少女。
魔族領域にも適合できないカーミラはどこで暮らせばいいのだろう。
「カーミラ。
一つだけ聞く、人を殺したことはあるか?」
「ないな」
カーミラは首を横に振った。
「仲間が欲しくて、操心術をかけたものを噛んでみたことはあるがの……何ともならなかったからすぐに解放したのじゃ」
カーミラの瞳に偽りがあるようには見えなかった。
「そうか」
オレは納刀した。
「先生、いいのですか?」
「魔族領域に適合できないならば、人の世界にいるしかない。
人を殺してないなら、殺す理由はない」
「……先生がそうおっしゃるのでしたら、異論はありません」
エメラルドはうなずいた。
「いいのか、わらわは吸血鬼の血を引いておるのじゃぞ?」
カーミラは驚いていた。
「仕方ないだろ、オレが斬りたくないんだから」
「吸血鬼なのじゃぞ?
冒険者ギルドは許さぬのではないか、吸血鬼にあって逃がすなど……」
「……ギルドに言われても嫌なものは嫌だからな。
オレにはお前が人間の少女にしか見えないから」
「……」
カーミラは身体を震わせていた。
「ずっと、化け物だと言われてきたのだ。
……人間の少女と言ってくれて、嬉しかったぞアスラン」
カーミラはそう言うと、急に身体を水蒸気に変え、トルトナム湖の方を目指していた。
「なんだアイツ、急に水蒸気になって……」
カーミラはさようならも言わず、あっという間に去っていった。
「たぶんあの子の気持ち、わかりますよ。
嬉しくなったと同時に……照れくさくなったのでしょうね」
「そういうもんか」
慌てて水蒸気になったカーミラの気持ちはわからなくても、嬉しかったといってくれたカーミラが笑顔になっていたことは、オレにだってわかるぞ。
★☆
「お帰り、先生。
ごはんもう少しでできるよ」
足音でオレ達に気づいたのか、イリヤが出迎えに来てくれた。
「エメラルドもお疲れ」
「速かったのですね、帰って来てご飯作る時間もありましたか」
エメラルドは話しながらもてきぱきと荷物を下ろしていた。
「ボクは馬車で帰って来たからね、先生たちは歩いて帰って来たの?」
「ああ……足がパンパンだよ」
家に帰った途端、急に疲れがどっと来るな。
「あ、先生。
お風呂沸いてるよ、ご飯前に入ってきたら?」
「風呂まで沸かしてくれたのか」
「ふふ、偉い?」
イリヤは褒めてほしそうな顔をしていた。
「ああ、助かるよ」
「……褒められた。
あ、そろそろスープの火加減見ないと……」
イリヤは嬉しそうにしていたが、バタバタと料理場へ戻っていった。
――ちゃぽん。
イリヤの準備してくれた風呂に入る。
石造りの簡素な風呂だが、熱々のお湯が冒険の疲れを癒してくれる。
気持ちよくてつい歌を歌ってしまった。
「お湯加減、いかがですか?」
外からエメラルドの声がした。
どうやら火の面倒を見てくれているらしい。
「ちょうどいいぞ。
だが、恥ずかしいな」
「何がですか?」
「さっき歌ってるのを聞かれたからな」
「なーんだ、そんなことですか」
くすくすとエメラルドは笑った。
「気持ちよいと、お風呂でも歌ってしまいますよね」
「エメラルドもか」
「はい……ついつい……
人はお風呂に入ると歌うようにできているのかもしれませんね」
――風呂に入った後、二人と一緒に夕食を取った。
冒険で起こったことを肴に酒も楽しんだ。
エメラルドもイリヤも楽しそうに笑っていた。
疲れがたまっていたので早めに寝床へ。
ウトウトとしながら、不意にカーミラのことが頭に浮かんだ。
ずっと一人でいたカーミラはこんな風に笑える日があるのだろうか。
そんなことを思いながら眠りに落ちた。