34 モンスターの巣
「先生、先に行ってください!
私もう、先生の走る速度についていけません……」
肩で息をしていたエメラルドが立ち止まった。
魔術師のエメラルドは剣術を修めているが元々体が弱く、走り込みを長くは続けられない。
「無理するな。
だが、自分の身だけは自分で守れ。
先に行くぞ」
「わかっています! ユイカを守ってやってください」
「言われなくても」
爆発音を目指し、全速力で走った。
――ようやくユイカたちに近づけた時には、ユイカは膝をつき、剣を落としており、オークはユイカ目掛けて棍棒を振り上げていた。
「アスラン先生、私頑張ったよ」
くそ、オレは愛弟子が死ぬ覚悟を決める瞬間が見たくて、今まで剣を振るって来たんじゃねえぞ!
斬るのが間に合わない、だったら……
懐にしのばせていたナイフを、全身のバネを使ってオークの心臓目掛けて射出する。
「オラアアアア!」
勢いよく飛んで行ったナイフがオークの胸を貫いた。
だが、一発で仕留め損ねる可能性を考慮して、走り込むスピードは落とさない。
オークが棍棒を落としたのを見て少し安堵したが、オークはそのままユイカに倒れこもうとしていた。
くそ、計算に入れてなかった。
間に合うか?
慌てて走り込み、オークの身体に押しつぶされる寸前でユイカを抱え上げる。
「頑張りすぎだぞ、ユイカ」
「アスラン先生!」
ユイカはぎゅっと抱きついて来た。
14歳にしては肝が据わってるユイカだがさすがに怖かったのか、腕の中で身体を震わせていた。
ユイカが安心できるよう、軽く頭をなでてやった。
「えへへ……」
ユイカは嬉しそうだ。
「さてと……」
「剣士様、ご助力感謝するわ。
私、ウルザ魔法学園で教師をしているジゼルと言うわ」
近づいて来るなり軽々しく握手を求めてきたジゼルを睨みつけた。
「ひっ……」
あえて殺気をぶつけたから、ジゼルはたじろいだ。
「経緯はどうあれ、愛弟子のユイカを危険に陥れたアンタに対して少々怒ってはいる」
「先生……」
ユイカは複雑な表情をしていた。
「ただ、文句は後だ。
この状況を切り抜けよう」
オレはジゼルと握手をした。
「剣士アスラン・ミスガルだ」
「魔法学園教師ジゼル・ルチェルトラよ」
とりあえず共闘して窮地を脱しないとな。
「それにしても、敵の攻撃が落ち着いてるようね」
ジゼルは辺りを見回した。
「ああ……それはだな」
「ハアアアアッ!」
エメラルドの氷魔法が炸裂する音がここまで聞こえてきたようだ。
「エメラルドがおとりになるために派手に立ち回ってくれてるんだろう」
「なるほど、エメラルドさんも来てくれてるんだね」
ユイカの表情にも明るさが戻って来た。
「ユイカ、立てるか?」
「うん、もう平気」
抱きかかえられていたユイカは、地面に着地しピースサインをした。
「ねえ、アスランさん。
この状況、どうやって切り抜ける?」
ジゼルが尋ねた。
「ん? 斬り抜ける方法なんて一つしかないだろ?
ただ斬り抜けるだけだ」
「だから、策はどうするの?」
「斬り抜けるのに策って何なんだ? 斬り抜けるんだから斬り抜けるんだろう」
……何だ、ジゼルって話の通じない奴だな。
「何よ、話しの通じない人ね!」
ジゼルはオレに対して怒っていた。
ユイカがジゼルに話しかけた。
「二人とも話が全く通じてなさそうだね……
私はなんとなくわかるけど。
ジゼル先生、きっとアスラン先生の後をついてくだけでいいよ」
―オレを先頭に、ジゼル、カンナ、最後尾にユイカ。
「よーい、ドン!」
ユイカの合図で一斉に飛び出した。
「アスラン先生、速すぎだってば!」
ユイカが苦情を言った。
「お、そうか。
すまんすまん」
……ちょっとついて行こうとしたジゼルとカンナは肩で息をしていた。
「じゃあ、これくらいか?」
「そうそう、いい感じ」
オレだけ飛び出してもな。
こんなの正直眠くなる速度だが……
「アスランさん、前見て火炎鬼よ!
周りに10体くらい鬼もいるわ!」
ジゼルがびっくりしたように指さした。
「最近多いよな」
オレは走りながらあくびをした。
「何あくびしてるのよ。
それに……ちょっとちょっと何で止まらないのよ!」
ジゼルはオレの肩に手を置いた。
「……止まるような相手か?」
「はあ? 火炎鬼なんて騎士団と魔術師団がチームを組んで倒すようなランクよ!」
「そうは言っても、この前倒したしなあ」
「は? 何言ってるの?」
「ジゼル先生、アスラン先生が火炎鬼倒したって話、私したのに信じてないんだね」
ユイカはため息をついた。
「うわ、ぶつかるぶつかる!」
ジゼルがオレにしがみついて来るが放っておく。
「よっと」
【走の型、横薙ぎ】
駆け抜けざまに火炎鬼を腰の位置で切り裂く。
悲鳴を上げる暇さえ与えず、火炎鬼を地面に沈めた。
近づいて来る鬼も流れ作業のようにスパスパと斬り裂いていく。
「う、噓でしょ?」
ジゼルが仰天していた。
「どんな魔法を使ったのよ?
風魔法? わかった支援魔法を重ね掛けしたのね!」
「オレは魔法は使えないんだ、魔絶型だから」
「じゃあどうやって倒したのよ?」
「斬った」
「はあ?」
ジゼルは全く信じてなかった。
「ジゼルとりあえず離れろよ、重いんだよ」
ジゼルは怖かったのか、オレにピタッとくっつきおんぶしてるような格好になっていた。
「お、重くないわよ!」
「ユイカより重かったけどな」
「アスランさん、デリカシーってものがあなたの辞書には無いの?」
ジゼルは文句をいいながらオレの背から降りた。
急に怒り出したジゼルを見て、ユイカは笑っていた。
「ごめんなさい、ユイカちゃん」
「何が?」
カンナが急にユイカに謝った。
「ユイカちゃんは、アスラン先生のことを話すとき、お話を盛って話す人だと思ってました。
でも、本当なんですね。
アスラン先生は、ユイカちゃんが話した通りの人なんですね」
「うん。
アスラン先生がサンドワームを倒したのも、氷の精霊を倒したのも全部本当だよ、私が直接見たわけじゃないけどね」
ユイカとカンナは楽しそうに話をしていた。
「アスラン先生!」
手を振るエメラルドはオレたちの到着を待っていたようだ。
オレたちはいったん歩みを止めた。
「エメラルド、この場所の安全の確保はできたか?」
「ええ……この壁のこちら側はですが」
エメラルド特製の分厚い氷壁の向こうには、ギチギチにモンスターがうごめいていた。
「変だな、これだけのモンスターをせき止めてくれているのに、さっき火炎鬼にあった」
「ということは至る所からモンスターが出現している。
この場所はモンスターの巣ってことですね」
異常な数のモンスターがあちこちから出現する場所のことを『モンスターの巣』と呼ぶ。
モンスターが多いだけですぐにその場を離れた方がいいことに間違いはない。
しかし、それよりも恐ろしいのは、上位種のモンスターや魔族がいる可能性が高いってこと。
「すぐに出た方がいいな」
「わかりました」
エメラルドは杖で魔法陣を描き、呪文を詠唱しだした。
「氷壁の向こうのモンスターどうするんだ?」
「ぶっ潰します。
実は2枚の氷壁でモンスターを挟んであるんですよ。
【合掌!】」
エメラルドが手を合わせると、氷壁がじりじりと内側へ動きモンスターたちの叫びが大きくなっていく。
「「ギイイヤアアア‼」」
「モンスターの叫び声ってわかってるけどさ、あんまり気持ちのいいもんじゃないよね」
「全くだ」
オレもユイカの意見に全面同意だ。
あまりの叫び声に耳を塞いだオレたちは、エメラルドが作ってくれた通路からそそくさとその場を後にした。