兄王子
「城内ではロイド様が結婚されたことはすぐに知れ渡りました。ですが国王は特に動く気配を見せず、王妃と第1王子が何やら動こうとしていることだけは掴みました」
「結婚したことは師匠から伝わったのだろう。だがそこで動きなどしないで放っておいてくれればよかったんだが」
ボルドの報告を聞いて、ロイドは呆れたようにため息をついた。
隣に座ったリナは何も言えずに2人の会話を聞いている。
ロイドが戻って来たことを知って夕食を一緒に食べられると思っていたのだが、彼は昼間に会ったボルドを一緒に連れてきた。
食事よりも先に話をしなくていけない雰囲気に、リナは私室に戻ることにしたのだが、それを止めたのはロイドだった。
一緒に話を聞いてほしいと言われて、少し驚いたがリナを信用して打ち明けてくれたことが同時に嬉しくも感じた。
アスロに夕食を遅らせてほしいと伝えてソファに座ると、向かいに座ったボルドの報告が始まった。最初は立ったまま報告を始めるつもりだったが、ロイドに座るように言われて渋々ではあったが座ってくれた。側妃の護衛騎士をしていたボルドにとってロイドは仕えるべき主になる。主従関係をできるだけはっきりさせておきたい性格なのかもしれない。
そんなことを考えていると調査報告が始まった。
「王妃は侯爵家と連絡を取っているようでしたが、その内容までは把握できませんでした」
それがマリアナの許嫁で婚約者だという乱入だったのだろう。ロイドとリナを別れさせてマリアナを竜騎士の妻にする。そうすることでグリンズ王国と竜王国の繋がりを作り、ロイドを掌握する計画を企てたようだ。
だが、竜騎士はどの国にも属さず王竜の相棒であり王竜に属する者となる。その妻も同じ立場になるため、王妃の目論見は最初から無理があった。そのことをきちんと理解していなかったのだろう。
「王妃の思惑はこちらで処理したと思っていいだろう。あとは王子が動きを見せたということだが」
ボルドの報告では王妃だけでなく第1王子も何か動き始めているということだった。
「こちらも部下達に何かさせているようでした」
王子の側近である者たちが動いていたようで、王子自身は指示を出すだけなのか大きな動きを見せなかった。
「何を企んでいる?」
「詳しいことはわかりませんでしたが、ロイド様が結婚したことが気に入らない様子でしょう」
「俺が結婚することをとやかく言われる筋合いはない」
あっさり切り捨てるロイドは、リナに手を伸ばした。そっと手の甲に触れてくると、労わるように指先が撫でてくる。
それを見たボルドが咳払いをして話を続けた。
「マルス様も同じような情報を持っていると思いますが、国王の密偵のような存在でもありますので、より詳しいことを知っている可能性はあります」
城内のことはマルスの方が詳しいようだ。ボルドは国全体の情報を集めるのが主流で、城の中を簡単に動き回れるわけではない。大まかな情報をより詳しく調べようとしたようだがあまり成果はなかったようだ。その間に王妃の動きであったマリアナ侯爵令嬢は竜王国へとやってきていた。
「師匠には明日にでも話を聞こう。他に国で何か変わったことはあったか?」
「第1王子に子供が生まれて、後継者ができたことに国全体が安心しているようです。ただ、第2王子の婚約者がまだ決まらないことに、狙っている貴族令嬢たちは目を光らせてお互いをけん制しているようです」
「もう結婚していてもいい年齢だが、まだ決まらないのか」
第2王子はロイドの1つ年上だ。王族としては早く結婚して後継者を設けることが暗黙のルールのようになっているが、第1王子が結婚して子供が生まれたことから、自分はまだいいとでも思っているのか、第2王子は未だに婚約者さえ決まっていないという。
「あの王子は気ままな性格でもあります。国王に似ているのでしょう。全体的に様子を見ては何もしない。必要に応じて口や手を出す方です。婚約者を決めないのも何か理由があると思います」
見て見ぬ振りが第2王子のやり方のようだ。
ロイドが虐められていた時も、虐めるのは第1王子であり、第2王子はロイドがどれだけひどいことをされていても何もしないでいた。ロイドに対して無関心であり、虐める価値もないと思っていた可能性もある。
「今は第2王子のことは放っておいてもいいだろう」
「それから、聖剣に関して今のところ動きはありません」
「・・・そうか」
「聖剣?」
2人の会話にリナがぽつりと疑問を呟いた。
聖剣で思いつくのは、500年前の魔王との戦いで各国に1つずつ神から力を授かった。ギュンター王国は『守護と幸運』を与えられその力を使える者を聖女と呼んでいる。グリンズ王国にも授けられた力があったが、それが『聖剣』と呼ばれていることを聞いたことがあった。聖剣を扱える者は聖騎士と呼ばれ、聖剣によって選ばれるという。だが、聖剣は魔王が倒されて以降、誰も触れさせることなく眠っているのだと貴族教育の一環で教えてもらった記憶があった。
「聖剣に動きというのは?」
誰の手にも触れることのない聖剣は、グリンズ王国のどこかで眠っていると聞いたことがある。その管理は王家が行っていて、誰の目にも入らない場所に保管されているらしい。すべては教えられただけの噂に近い情報だったので、不思議に思って質問すると、ボルドの鋭い視線を感じた。今のは質問してはいけないことのようだった。
聞き流すべきことだったのだと今さら気づいたがもう遅い。ギュンターにとって聖女が重要な意味合いを持つように、グリンズでも聖剣は重要な存在なのだろう。それを他人が勝手に踏み込むべきことではなかった。
謝ろうとした瞬間、ロイドが片手を上げてリナが口を開くのを遮った。
「彼女なら大丈夫だ。こちらの内情を知っておいた方がいい」
自分の過去を晒したことで、ロイドはリナに国の状況も隠すことをしないことにしたようだ。リナがいたギュンターの内情、特に聖女に関して彼も詳しいことを知っている。だからこそ自分がいた国のことを隠すことをしないと決めたようだ。
ロイドが許可したことでボルドはすぐに視線を逸らした。敵意が含まれそうな視線だったが、その気配はもうない。
「聖剣は城の奥深くに安置されている。そして、王族は成人すると必ず聖剣に触れられるか確認することになっている」
神から聖剣を授かった最初の聖騎士は王族だった。魔王を倒した後、聖剣は王族である聖騎士の手によって安置されたそうだが、その後、新しく聖剣を手にできるものがいないか王家の血を引く者たちが試したそうだ。
「聖騎士がいなくなってから、一度も聖剣は新しい主を決めていない」
聖剣が意志を持っているかのように触れようとする者を拒絶しているという。
「俺は成人すると同時に国を出たから聖剣に触る機会がなかった。その前に竜騎士に選ばれたことを考えると、聖騎士にはなれなかったと思う」
ヒスイに自分が聖騎士になれたかどうか聞いたことがあったらしい。だがヒスイは何も返事をしなかった。結局ロイドが聖騎士になれたかどうかはわからない。もしかすると王竜でさえわからない可能性もある。
「側妃の子供を王族として認めたくない正妃が邪魔をした可能性も十分にあるから、結局聖剣を目にすることさえできなかったかもしれない」
聖剣のことは最初から諦めていたのだろう。特に何の感情も見せることなく淡々と話していた。
「聖剣は今のところ王子には反応していません。他に王家の血筋である公爵家で最近成人を迎えた者がいましたが、駄目だったようです」
聖剣が新しい主を見つけることがあるのか、それは不明のままだ。城にその存在だけがあるということになっている。
「とりあえず今は動きを見せている第1王子の動向に注視するしかない」
話が本筋へと戻された。
「明日にでも師匠から話を聞いてみよう。より詳しい情報が得られるだろう」
ボルドはマルスと神殿で会った時に情報交換をしているようだったが、まだ話していない情報もあるだろう。ロイドだから話せる内容があれば、明日にでも話を聞くのがいい。
話はここで打ち切りとなった。
リナはすぐにアスロに夕食の準備を頼むため立ち上がると、それをボルドが制した。
「アスロには自分が言ってきます。奥様は休んでいてください」
「お・・・」
突然の奥様呼びにリナは驚きと緊張を覚えた。神殿の使用人たちはリナを名前で呼ぶため、奥様呼びにどう反応していいのか一瞬わからなかった。
「えっと、お願いします」
変な対応になってしまうと、ロイドがくすっと笑ったのがわかった。
「だから名前で呼ぶようにと言っておいたのに」
「え?」
何のことだろうと思うと、ボルドが気が付いたように軽く頭を下げた。
「申し訳ありません。ロイド様の奥様ということでそうお呼びしたのですが、不快に感じられるのでしたら、今後は名前で呼ばせていただきます」
「不快だなんて思ってないわ。そう呼ばれたことがなかったから驚いてしまっただけよ。どちらで呼んでもらっても構わないわ」
ここでは王竜が一番上だが、次に相棒である竜騎士、その次に竜騎士の妻という順番になっている。使用人たちはリナを女主人として定めてくれているが、すでに貴族ではないこともあり、上下関係を厳しくしたいとも思っていない。そのため親しみも込めてリナを名前で呼んでくれている。
だが、奥様という響きを聞くと慣れないことにむず痒い気持ちはあるが、ロイドの妻なのだという自覚がより一層芽生える気がして嬉しさもあった。
「では、奥様と呼ばせていただきます」
律儀に宣言するとボルドはすぐに部屋を出て行った。
奥様呼びに気持ちがふわふわするのを感じていると、ロイドが隣に来て抱きしめてくれた。
「そんなに奥様と呼ばれたいなら、奥さんと呼んであげようか」
悪戯を思いついたかのように聞かれたが、リナはすぐにそれを却下した。
「ロイドは名前で呼んでほしいわ」
リナと呼び捨てできるのも夫であるロイドの特権でもある。
それをわかっていたのか、反論することなくロイドは素直に笑った。
アスロが夕食を持ってくるまで、2人はお互いの温もりを確かめるように触れ合うことになった。




