新しい情報
「本当に申し訳ないと思っている」
部屋に入ってきてソファに座るなり、マルスの第一声はそれだった。
朝食を済ませると、計ったようにマルスが部屋を訪ねて来たのだ。
「まさかこんなことになるとは思わなかった。いや、何か起こる可能性が十分になることは頭に入っていたが、まさかここまで早く動いてくるとは思わなかった。俺は国王にロイドが結婚したことを伝えただけだが、王妃は詳しい情報を集めるよりも先に行動することを選んだようだな」
頭を抱えてしまいそうな勢いに、リナはどう反応したらいいのか迷った。
隣に座っているロイドはため息をついている。マルスが王に報告することはわかっていたし、それによって相手が行動を起こす可能性も考えていた。そのためリナも警戒することになった。だが予想よりもはるかに速く大胆な行動を示されてしまった。
「俺も想像していませんでした。まさか侯爵令嬢を送り込んだうえに、許嫁だの婚約者だのと押しかけてきてリナを蹴落として竜騎士の妻の座に居座ろうとするあり得ない存在がいようとは」
一息に言ったが、マルスを責めているわけではないが、確実に嫌味に聞こえる。
それを理解できたのだろう。マルスは気まずそうに視線を逸らしていた。
誰も想像いていなかったことが起こったというのが今回の結果だろう。ロイドの断固とした拒否と、王竜のおかげで騒ぎは落ち着いた。
「王妃の方がこれ以上何かしてくることはないと思っています。ただ、第1王子が俺の結婚を知って何か動きを見せているという報告を受けました。師匠も何か掴んでいますよね」
ボルドが掴んだ情報はマルスも持っているだろう。彼は国王の命によって動いている分、城の内情もより深く知ることができる立場だ。
「王妃もそうだったが、こそこそと動いているようだから、はっきりとしたことまではわからない。ただ、第1王子は昔からお前のことを嫌っていて虐めていたから、今回の結婚が気に食わないと思っているのは確かだ」
ロイドには2人の兄王子がいるが、王妃が側妃を虐めていたように、長兄もロイドを虐めていた。次兄はそれを見て見ぬふりをして傍観するだけ。引きこもってしまった側妃ではロイドを助けることもできず、国王も傍観者となっていた。
「昔、顔が気に入らないと言われたことはあったな」
虐められていた頃を思い出したのか、遠くを見るような視線で呟いたロイドに、リナは一瞬驚いた。
彼は女性でも羨むほどの美人と称していい美しい顔立ちをしている。ロイド自身その顔でいろいろと苦労したようだが、その美しい顔を嫌う人間がいたとは思わなかった。
虐められる理由が顔だなんて想像できなかったのだ。いや、それはただの口実なのだろう。
無意識に手が彼の頬に触れる。昔を思い出していたロイドが驚いたようにリナを見たが、すぐに優しい眼差しに変わった。
「理不尽な理由だと思った。師匠に出会って剣を学んだあとは、王子を返り討ちにしておいたから、顔のことで文句を言われなくなったな」
虐めていた理由は側妃の子供だからというのが一番大きいだろうが、顔のことも指摘されてロイドも反撃をした。それを期に王子自身が手を出してくることがなくなった。その代わり、王子に依頼されたのか別の者が直接的や間接的にロイドを追い込むようになった。剣では勝てないという表れでもある。
2人で見つめ合っていると、マルスの咳払いが聞こえた。
「話が逸れたな。第1王子だが、誰かに依頼して嫌がらせをする可能性が一番考えられる。まだその兆候はないようだが、十分に気を付けた方がいいだろう」
「そうですね。王妃は俺を手駒にするつもりだったのでしょうが、王子は俺を追い込みたいと思っているはずです」
ロイドを追い込めるならなんだってする可能性がある。
「精神的なダメージを狙うなら、リナさんを狙ってくる可能性が大きい」
「私ですか?」
「愛する女性が傷つけば、それだけでロイドの弱点になる」
リナの危機を話しているのだが、愛するという言葉に頬が熱を持ってしまった。他人に言われると恥ずかしいものだ。
「そこはこちらで対処します。出かけるときは護衛を付けますし、神殿内なら使用人が必ずいますから」
リナがここへ来た時から変わらない対応だ。それで大丈夫だと言えるのは、リナがギュンターの聖女であるからでもある。『守護と幸運』は聖女の目に見えない能力だ。
マルスはそのことを知らないので不安そうにこちらを見ていた。
リナはそれを笑顔で受け止めるだけにした。
「とにかく十分に気を付けろ。俺も数日ここに滞在するつもりでいる。協力できることがあれば言ってくれ」
国王に報告するのはマルスの義務ではあるが、それが引き起こした出来事に彼なりの罪悪感はあるようだ。
「わかりました。ボルドもしばらくいられるはずです。リナだけじゃなく神殿全体の警戒をするべきでしょう」
王竜が住まう神殿に何か仕掛けてくる愚か者はまずいないが、ロイドを追い詰めるためなら第1王子は何をしてくるのかわからない。警戒して損はない。
話がまとまると、ロイドは王竜と一緒に空へ行くと言って部屋を出て行った。残されたリナは、一緒に出て行こうとしたマルスを呼び止める。
「これからの事、よろしくお願いします」
そう言うと彼は首を横に振って笑った。
「リナさんが気に病むことはないよ。これはロイドの問題に巻き込まれたといっていい」
「そう言いますが、私がロイドと結婚したからこそ起こっていることでもあります」
ロイドの事情に巻き込まれただけだと思っているようだが、そもそもリナがロイドのプロポーズを受けて夫婦にならなければ、今回の件は起きなかったと考えることもできる。
リナがすべて悪いとは思っていないが、少しは関わっている。
「そんな風に思っているとロイドが悲しむぞ。リナさんと結婚できたことあいつは心底喜んでいると俺は思っている。人に心を開くことがなくて将来を心配していた時期もあったんだ。それと比べると今のロイドは心底幸せに見えるよ」
剣を教えた師匠として、人生の先輩としてロイドのことを心配し、彼の幸せを喜んでくれているのだとわかった。
「だから、リナさんはあいつを幸せにすることを考えてやってくれ」
「はい」
笑顔で返事をすると、マルスは満足したように頷いて部屋を出て行った。
何も解決したわけではないが、部屋に残ったリナは心がぽかぽかと温かくなっているのを感じた。最初はマルスにロイドのことで責められるようなことを言われたが、今は完全に味方になってくれいてるとわかる。ロイドが自分の過去をリナにちゃんと話したことを伝えていなかったが、彼なりに勘付いているのだろう。だからこそ何も言わずに彼は協力してくれているのだと思っている。
警戒が必要ではあるが、今のリナはどこか落ち着いていて、気持ちが軽くなっているのを実感するのだった。




