慰め
その日の夜はいつもより早い夕食を済ませて休むことになった。
突然の乱入者に、ロイドが対応してくれてあっさり終わることができたが、気がかりなことも残っている。それを考えると少し気が重くなるのも事実だ。
王竜との面会で侯爵令嬢のマリアナは竜騎士の妻になることは出来ないとはっきり自覚できただろう。だが、その後にロイドが心配していた王妃の件が片付いていない。
「このまま何事もなく終わればいいけれど」
自国に戻ったマリアナがどう説明するのかわからないが、グリンズ王国がどんな反応をしてくるのか気になる。
下手なことをすると国同士の揉め事にもなりかねない。そうなると当然王竜ヒスイが動くことになる。竜騎士を巡ってグリンズと竜王国で争いが起こるのは出来れば避けたい。
ため息をついていると、寝室の扉が開いてロイドが入ってきた。
浮かない顔をしていたリナを見て首を傾げる。
「どうした?」
もう寝るだけの恰好をしているロイドは、ベッドに腰掛けているリナの隣に座った。
「心配事か?」
おそらくリナの考えていることを察知している。それでも直接話を聞きたいのか問いかけをしてきた。
「グリンズ王家とは縁が切れているはずなのに、どうしてここまでロイドに執着するような行動をとったのかしら」
マリアナは王妃の命令だと言っていた。ロイドもそのことを否定しない。国王ではなくなぜ王妃だったのかその疑問もあったが、王家全体でロイドと関わろうとしている可能性もあるため、王家の繋がりを聞いてみた。
「俺が竜騎士になっただけなら監視はついているが、何もしてこなかっただろう。おそらく結婚したことが原因だろうな」
「廃嫡したなら、どこで誰と結婚しても今後王家に関わることはないと思うけれど」
リナと結婚したという報告を受けて、初めて王家はロイドに対して動きを見せた。それまではマルスという監視役はいても、それ以上の関わりを持つことはなかった。
すでに第3王子ではなくなったロイドが結婚しても、放っておけばいいと思うのだが、グリンズ王家の考えは違ったようだ。
「俺も放っておいてくれると思っていたんだが、どうやらそういう訳にもいかないらしい」
心底落胆したようにロイドがため息をつく。
「今のところ王妃が動きを見せたが、今後国王も何かしてくるかもしれない」
マリアナは王妃の命だと言っていた。そこにグリンズ国王の名は出なかった。王妃が動いただけで国王は動きを見せていない。廃嫡したことで放置してくれるつもりなのか、今後何か仕掛けてくるのかわからない。
「あの国王は見て見ぬふりをしてくれると思っていたが、考えを改めたほうがいいかもしれない」
ロイドが虐められていた時、父親である国王は何もしなかったという。虐める側と虐められる側の両方を放置していたのだ。そしてロイドが竜騎士になって王家と縁を切るという手紙を送った時も、あっさりと廃嫡の手続きをしてくれた。ロイドに興味がないように思えるくらいに。
正妃との間に男児が2人いるのだから、国の繁栄のため側妃を娶ってロイドが生まれたからといって3人目の子供を大切しようという気持ちは最初からなかったのかもしれない。
何のためにロイドが生まれてきたのか、考えると胸が締め付けられそうだ。側妃とロイドは虐げられるために存在しているわけではない。
そっと彼の手に触れると、ロイドは少し驚いた顔をしたがフッと穏やかに笑った。
「大丈夫だ。リナには一切手出しをさせないから」
何か仕掛けてくるのではとリナが不安に思っていると考えたようだ。本当はロイドのことを思って切なさが募っているだけだ。
「相手は俺とリナの間に子供ができることを警戒している可能性もある」
話が元に戻って、ロイドは続ける。
「すでに縁が切れた存在ではあるが、子孫が残ることで将来的にグリンズの脅威になる可能性を心配していると思っている」
「ロイドの子孫が国の脅威になるの?」
「王位継承の問題だろう。今は第1王子に子供が生まれているが、この先の不安があるようだ。さらに子孫が続いていけばいいが、途中で問題が起こった時、俺の子孫が王位を取ろうと動かれる心配をしているのだろう」
「そんな遠い未来を心配しても仕方がないと思うけど」
第1王子には幼い子供が1人いる。今後さらに子供が増える可能性もあるし、第2王子が結婚すればその子供たちだっているはずだ。ロイドの子供が王位を狙える立場になどない。
「不安の芽は最初から摘み取っておきたいという考え方だろう。国王がというよりも王妃がその不安を払拭したいために動いたと考えることもできる」
あまりにも先のことを深く考えすぎだと思う。それでもそこまで不安になる要素がグリンズ王家にはあるのかもしれない。その問いに、ロイドはしばらく考えてから口を開いた。
「情報によると、第1王子はあまり賢い王子ではないらしい。国王の仕事を少しずつ任されているようだが、的確な判断を素早く出せていない」
竜王国からグリンズの情報を得るために神殿の使用人を送り込んでいることがある。未だにリナがあったことのない使用人もいるくらいだ。彼らが定期的に情報を送ってくる。それを確認した限りでは、第1王子を国王に据えるのはどうかという声も聞こえているという。
「それに比べると第2王子は無難に物事を処理できるらしい。才能に溢れているという程ではないが、国王に据えるなら第2王子がいいのではという意見も聞かれる」
優秀な王子という程ではないようだが、比べてしまうと第2王子の方が次期国王にふさわしいと思う貴族が多いようだ。現在の国王はまだどちらを次の王位に就かせるのか公表していない。
「今後国王が動き出すとすれば、狙いは俺というより、俺の子供になるだろう。もしも優秀な子供なら、王家に引き込みたいと考えることもできる」
王妃だけでなく国王が動いた時のことも話し合っていたようだ。
竜騎士の継承は血筋ではないため、ロイドの後に竜騎士になる者がその子供ということにはならない。優秀な子供が生まれるという保証もないが、グリンズ王家として繋がりを持ちたいと考えることは可能性としてあり得る。
「すべてが可能性の域を出ないただの想像なのに、王家は気にしすぎている」
すべては未来予想であり確定事項ではない。それにロイド達は予想を言っているだけで、実際に国王がどう考えているのかは本人にしかわからない。
「それだけ、竜騎士になったロイドに注意を払っている証拠でもあると思うわ」
すべての国を監視し、悪意を持って他国を害する存在を排除する力を持つ王竜。国のバランスを見定めている絶対的な王者と会話をすることができ、その背に乗ることを許された存在である竜騎士。王族出身ということも相まってロイドはグリンズ王国から徹底的に見張られているのだろう。
「・・・ただ面倒なだけだな。それに」
縁を切ったことで赤の他人として生活しているロイドにとっては迷惑以外のなにものでもない。
ロイドがリナの頬に手を伸ばした。触れてくる手のひらは優しくて、されるままでいるとそっと口づけをされた。
「まだ子供もいないのに余計なお世話だと思う」
「あ・・・」
夫婦になって半年ほどが経つ。まだその兆しはない。
先ほどから子供の話をしているが、存在していないことを話し合っていたのだ。そう気が付くと、途端にロイドがリナを押し倒すようにベッドへと沈み込んだ。
深い口づけに驚いて固まると、離れたロイドが静かにリナを見下ろした。
「子供の話は生まれてからでいい。それよりも今は君と一緒に過ごせる2人だけの時間を大事にしたい」
甘い言葉にドキドキが止まらない。
「私も、ロイドとの時間を大切にしたいわ」
恥ずかしいと思いつつもここはちゃんと返すべきだろう。視線を合わせるのはさすがにできなかったので、横を向いて言うと、ロイドの吐息が首筋にかかった。
優しいキスが首に触れる。
「ロイド、あの・・・」
「大丈夫。少し前からヒスイは離れているから」
何を言いたいのか察したように言われ、ほっとした気もするがドキドキは収まらない。
竜騎士は王竜といつも繋がっている存在だ。だがロイドがリナと夫婦になったことで、寝室での時間だけはその繋がりを離してくれていた。王竜ヒスイにとってロイドとの繋がりは自由に操作できるらしい。
「これで思う存分口説けるということだ」
不敵に笑うロイドに2人の時間を大切にしたいと言ったリナだったが、急な展開は心の準備が出来ていない。
そう思いながらもゆっくりと近づいてくるロイドを拒むこともできず、2人の夜は更けていくこととなった。




