お茶会
マリアナ侯爵令嬢の押しかけ騒ぎから10日。
特に大きなことは起こらず、平和だと思える日々が続いていた。
だがその間に神殿の中は少しだけ変化があった。
リナが提案していた使用人たちと一緒にお茶を飲めてくつろげる部屋を完成させていたのだ。
1階の厨房に近い部屋が、使用人達が寝るための部屋より広く、場所を取るソファではなく丸テーブルと椅子を入れることで貴族令嬢が庭でお茶会を開くときのような場所を作り上げた。
色々と解決してからだと思っていたのだが、いつになるのかわからないのを待っていても仕方がない。ロイドはすぐに使用人たちに提案して部屋の準備に取り掛かってくれたのだ。
「窓を開ければ庭が見えますし、東屋気分くらいにはなるかもしれません」
テーブルの真ん中に一輪挿しを置いて、少し雰囲気を出してみたロゼストだが、アスロとゼオルは納得していない顔をしていた。
「ロゼスト様、無理やりすぎて言い返す言葉がありません」
「さすがに東屋にはならないかと」
この2人妙に息が合っている気がする。そんなことを思いながらリナは椅子に座ってみることにした。
解放されている窓からまだ少し冷たい風が吹き込んでくるが、春を知らせるように土と草の匂いがしていた。神殿の裏手は広大な森とハンクフ山が聳えている。山からの風が森の緑の匂いも運んでくるのだろう。
「これからはここでみんなと一緒にお茶を楽しむことができるわね」
「リナ様とお茶を飲めるなんて、考えていなかったので楽しみです」
アスロがリナの右隣に腰掛けると、ゼオルは少し戸惑うようにその隣に座った。ギュンターの神官としてリナの監督神官をしていた頃は、一緒にお茶を飲むなど考えられなかったことから、未だに戸惑いと抵抗があるようだ。
「せっかくなのでお茶を用意しましょう」
「タイトにお菓子も頼んでいたのでもらってきますね」
ロゼストの提案にアスロがすぐに立ち上がって部屋を出て行った。
料理担当の元傭兵のタイトは食事の料理以外にお菓子も作れる。時々クッキーやマフィンを焼いてくれるが、リナがロイドと結婚したときは本格的にケーキを作ってくれたこともあった。
なんでも作れる彼は元傭兵のはずなのに、いったいどこで腕を磨いたのか謎である。
ロゼストがリナの左隣に座ると、アスロがカートを押してお茶とクッキーを乗せた皿を持って来た。
厨房と近いのは利点だ。
「広い部屋があってよかったわ。狭い部屋にみんなで集まるとかえって窮屈で居心地が悪くなるもの」
アスロがお茶とお菓子を用意している間、部屋を見渡してリナが言うと、ロゼストが嬉しそうに頷く。
「そうですね。ここは神殿が建設された当初、使用人たちの食事場だったようです。もっと人数がいたようなので、一か所に集まって食事をした方が効率が良かったのでしょう」
今はそれぞれ部屋で食事をするようになっているが、もっと大人数が神殿にいた頃は、この場所が食堂のような機能をしていたという。
神殿には地下部屋があるようで、今までの歴史を記した書物が保管されている。リナはまだ行ったことがないが、創設時の資料もあるらしい。この部屋だけ広いことを疑問に思っていたロゼストが調べてみたようで、その事実を知ることになった。
「部屋が沢山ありますから、昔はもっと人がいたような気はしていました」
ゼオルが納得したように頷くと、アスロが手早く皆の前にお茶とクッキーを並べてくれた。
「神殿の昔の話。私も聞いたことがありませんから、聞いてみたいです」
アスロも椅子に座ると、ちょうどいい話題ができた。ロゼストを見れば彼は少し困ったような顔をする。
「この部屋のことを調べるのに資料を読んだだけなので、より詳しいことはわかりません。ただ、読んだ範囲の事なら、お伝えできるかと」
食堂であったということを確かめるだけの資料探しだったので、詳しい神殿の歴史をロゼストも知っているわけではない。部屋のことを探しながら読んだ資料の内容を話すくらいが限界だと言うが、それでも神殿の歴史が少しはわかるなら聞いてみたい。
「そんなに真剣に話をする場ではないわ。何気ない会話に華を咲かせることが重要なのよ」
貴族令嬢のお茶会は友人同士なら、最近の流行りなど日常の楽しい会話が主流だった。それ以外のお茶会だと、相手の思惑を察知して腹の探り合いをすることもある。笑顔を絶やすことなく違うことを考えているのが貴族社会では普通とも言えた。
ここではそんな裏を見極める必要はない。何気ない会話を楽しむだけの集まりだ。
リナの言いたいことが伝わったのか、ロゼストが一度咳払いをしてから資料で読んだことを話し始めた。
建設当初の使用人のおおよその人数や、どんな仕事をしていたのか、その頃から獣人も混ざっていたことなど話してくれた。
「初代の竜王様は赤色の体表だったようで、姿かたちは資料を読んだ限りではおそらく今の王竜様と変わりないと思われます」
そんな話まで出てくる。それほど調べていないと言っていたが、それなりに資料に目を通していたのではないだろうか。
戦争を始めた各国の争いを鎮めるため神の使いとして降臨した王竜は、現在のヒスイで3代目だった。初代は真っ赤な体の竜だったようで、青い空を燃え上がる太陽が駆け抜けるように飛んでいたという記載があったらしい。
その力を見せつけるように戦争を起こしてきた国を制圧し、大陸全体を鎮めていったという。
「王竜様を恐れる者たちが多い中、魔王が支配して放置されていたこの場所を寝床にした王竜様のために、神殿を建設しようと考えた人たちがいました。彼らは戦争で虐げられて苦しんでいた人達でしょうね。戦争を起こした国を退けてくれたことで、王竜様に感謝をしていたようです。だからこそ、神殿を建てて王竜様を称える事にしたのでしょう」
「王竜様は英雄ですね」
ロゼストの推測も混ざっているだろうが、ゼオルは感心したように呟く。
「ゼオルはリナ様の補佐のようなものでもありますが、ここの神官でもあります。これから神殿の歴史について少しずつ勉強していかないといけませんよ」
「は、はい。頑張ります」
聖女であるリナとギュンターの神殿を繋ぐ連絡係であるゼオルだが、竜王国の神官としてここにいる。これから竜王国のことを知っていき、王竜がいる神殿で生きていかなければいけない。
気合を入れ直すゼオルに、リナはアスロと顔を見合わせて微笑み合った。




