(番外編)アスロの年齢
「もう少し可愛らしい刺繍にした方が良かったかしら?」
出来上がった刺繍を眺めてリナは首を傾げた。
今はアスロの私服のワンピースに刺繍をしていた。スカートの裾の一部にバラと蔦が這っているようにしてみたが、少し落ち着いた雰囲気に見える刺繍だったので、アスロの見た目では大人びた感じになったように思う。
普段は使用人の服の修繕がほとんどだ。ハンカチの刺繍をしてしまうと、あまり刺繍をする機会がなかった。アスロの服なら喜んでくれるが、他の服は男性のものなのであまり刺繍を入れて喜ばれるとは思えない。そのため自分の服かアスロの私服に刺繍をすることにした。
無地の黄色のワンピースをアスロが持ってきてくれたので、赤いバラを施してみた。
だが、完成してから幼さの残るアスロには、もっと可愛らしい雰囲気の方が似合うのではないかと今さら思ってしまったのだ。
気に入ってくれるか心配になりながらワンピースを畳んでいると、ふとアスロの年齢を聞いたことがなかったことに気が付いた。
見た目が15歳くらいに見えるので年下であるとは思っていたが、正確な年齢を知らない。
「それでも年下ではあるわよね」
独り言を言いながら考えていると、ちょうどそこへアスロがやってきた。刺繍をしていたリナを気遣ってお茶を持ってきてくれたようだ。
「ありがとう。ちょうどアスロの刺繍が終わったところなの」
畳み終えたばかりのワンピースを広げてみせてあげると、明らかに喜んでいるのがわかるほど耳がピンと立った。
「素敵です。いつもの服が特別になった気がします」
アスロはいつも女性使用人用のワンピースを着ているが、動きやすさを重視しているため可愛らしさが皆無だ。レースや刺繍を施せば少しばかりのお洒落になる。男ばかりの神殿では誰もアスロの服装を指摘する者はいなかったのだろう。
年頃の女の子なら、お洒落を気にしていておかしくないのに、アスロは文句を言うことなく神殿で働いている。
「長く神殿で働いていますけど、こんな風に手直ししてもらえて嬉しいです」
服のほつれを自分で直したりはしていたが、不器用なためいつも雑な仕上がりになると言っていた。刺繍をするなど考えたこともなかったのだろう。
刺繍ができる者も他にいなかったため、アスロがお洒落をすることから遠ざかってしまっていた。
「お役に立てて良かったわ」
嬉しそうにするアスロを見ているとこちらまで嬉しくなる。
「ところで長く働いていると言ったけれど、アスロは神殿で働いてどれくらい経つの?」
ちょうど年齢のことを考えていたのでさり気なく聞いてみることにした。
リナが神殿来てからずっと世話をしてくれているが、アスロのことをあまり聞いたことがない。年齢も知らないくらいなのだから、普段どれだけお互いのことを話していないのか改めて気づかされる。
「そうですね。ロイド様が竜騎士になってすぐにここで働き始めたので、7年と少しでしょうか」
その言葉を聞いて、お茶を飲もうとした手が止まった。
「それだと、随分幼い頃から働いていることにならない?」
アスロが15歳なら、使用人になったのは8歳ということになる。
「ここへ来たのは15の時です。まだ成人はしていませんが、行く当てがなかったこともあって、ロイド様が使用人として雇ってくれました。お給金は少しだったんですが、住まいと食事を提供してくれたことが私にとってはなによりも幸せなことでした」
「・・・15歳」
リナは頭の中で何度も計算していた。15歳で神殿に来たアスロが7年使用人をやっている。そうなると現在は22歳ではないだろうか。
ということは、確実に20歳のリナより年上ということになる。
「アスロ、あなた年上だったの・・・」
驚きを通り越して呆然とした呟きが漏れると、アスロは数回瞬きをしてから何かを思い出したようにパンと手を打った。
「お話していませんでしたか?」
見た目が15歳の少女は見た目通りのかわいらしさで首を傾げたが、年上だったという事実にリナは返事をすることを忘れてしまった。本人は隠していたつもりはなかったようだが、年齢を言っていなかったことを今さら気が付いたようだ。
「獣人族は、見た目と実年齢が違うものなのかしら」
ギュンターでは獣人を見かけることがなかった。竜王国に来て初めて間近で獣人と触れ合ったのだ。
他にも神殿には獣人のスカイがいるが、彼ももしかすると見た目以上の年齢なのかもしれない。
「見た目が幼く見えるのは私くらいですよ。スカイは年相応に見られることが多いですし、もう1人獣人の使用人はいますが、彼も見た目と実年齢は変わらないと思います」
アスロだけが特別幼く見えるのだと説明される。神殿に来た時と容姿があまり変わっていないそうだ。その後ロゼストにも確認を取ったリナは、アスロが本当に年上であり、ロゼストもまったく変化のない彼女にいつまでも少女と接しているような錯覚を覚えるのだと笑いながら話す内容を驚きながら聞くことになるのだった。
「見た目で判断してはいけないわね」
そう考えた時、今まで刺繡を可愛らしいものばかりにしようとしていたことを恥ずかしく思ってしまった。これからはもっと大人びた雰囲気の刺繍を心掛けるようにしなければと思う。
1人意気込むリナに対して、アスロは特に気にすることなく、もらったワンピースをもう一度眺めて嬉しそうに微笑むのだった。




