謝罪
まだ警戒心を持って行動しなければと思っても、10日も過ぎると気持ちが緩んでくるのは自然な事なのかもしれない。
今日も平和に過ごせているなと思いながら昼食後のお茶を楽しんでいると、アスロが手紙を届けてくれた。
「ギュンター王国の神殿からね」
相手の名前はなかったが、封筒に押されていた印を見てすぐに相手の予想がついた。
「いよいよ神殿からの返事がきたみたいね。中身を確認するからロイド様の部屋に行くわ」
「わかりました」
彼は今日王竜と一緒に空へ行かなかった。行く日もあれば行かない日もあるのがこの10日間続いていた。どういう基準で神殿に留まっているのかわからなかったが、神殿にいる時はロゼストの仕事を手伝ったりもしていて、いつも動き回っている。部屋にいることもあったが、書類の処理をしているようで休んでいる姿を見ることがなかった。
今どこにいるのか確認してもらって、彼の部屋で手紙の内容を確認することにする。
「神官たちの処理と今後の対応が書かれていると思うけど」
大神官がどんな判断を下したのか、その内容によってこちらの今後の動きも考えなければいけない。リナ1人で決めていいことではないので、ロイドとも相談して彼と繋がっている王竜の許可も取りたいと思っていた。
アスロはすぐに戻ってきた。
「ロイド様はお部屋に居ました。すぐに対応できるということです」
部屋にいるのならすぐにでも話し合いたいと思って、手紙を持って部屋を移動することにした。
ロイドの部屋は2部屋になっていて、入ってすぐの部屋は執務室になっていた。窓際に執務机が置かれていてそこで作業をしているが、机の前には人が来た時に応対できるように対のソファとローテーブルが置かれていた。スカイの報告を聞いたのもこの部屋だ。
もう1部屋は続き部屋になっていて、リナの部屋の反対側にある。そちらが寝室になっていて、バスルームも奥にあるという話だ。さすがに寝室に入る機会がないので確認したことがない。
リナの部屋にもバスルームはあるが、他の使用人たちは共同で使っていると聞いている。竜騎士とその家族への対応はしっかりしている神殿だ。
「ギュンターの大神官から返事が来たようだな」
部屋に入るとソファに座るように促され、リナは手紙をテーブルの上に置いた。
「中身を確認して今後の対応を決めないといけません」
「聖女をどう扱うつもりなのか、大神官の考えを聞かせてもらおう」
向かい合うように座ったロイドは手紙を確認すると開けることなくそのまま戻してきた。リナが読んで確認するべきだと判断したようだ。
頷いて封を切ると、中には1枚の紙と、とても小さな紙袋が出てきた。
まずは2つ折りになっている紙を開いてみる。そこには丁寧な文字で大神官からの謝罪の言葉が書かれていた。
今回の聖女選定に関して、すべてを神官たちに任せた責任は自分にあるということ。リナを偽聖女に仕立て上げて自分達の思う通りに操ろうとした神官たちの思惑の内容も書かれていた。国外追放となったリナを放置してしまったことの謝罪もある。
「大神官様は聖女選定で神官たちの思惑に気が付けなかったことを悔いているようです」
中身を読んでロイドに渡すと、彼は目を通しながらため息をついた。
「前半は謝罪の手紙だが、後半は今後の対応と頼みごとが書かれているな」
この期に及んで頼みごとをしてくることに彼は眉根を寄せていた。だがその頼み事はリナにしかできないことだったので、仕方がないとも思ってしまう。
「聖花を咲かせることで種を採取したいというのは神殿としても重要なことですから」
未来の聖女のためにも聖花の種は必須となる。リナの監督神官をしていたゼオルも懇願してきたが、あの時は都合がよすぎることに返事が出来ず突き返す形になった。だが大神官もこれだけは譲れないと思ったのだろう。今はいいだろうが、未来の聖女排出に大きな損失を残すことになりかねない。それを阻止するためにもリナの力は必要なのだ。
手紙と一緒に入っていた小さな紙袋には聖花の種が入っていると書かれていた。それを撒いて花を咲かせてほしいということだろう。
無事に聖花が1か月咲き続け、その後枯れた花から種を採取して神殿に送ってほしいということのようだ。リナに神殿に戻ってきて花を咲かせてほしいとは書かれていない。竜王国にいることを大神官は許してくれたようだ。
たとえ大神官が竜王国にいることを反対したとしても、リナはギュンターに帰るつもりはなかったが、許しが出たことには正直安堵している。
「聖花を咲かせて種を取ることはできるでしょうね。でも、それを大神官様は強要するつもりはないようです」
頼み事として記載することで強制しているのではないと伝えてきていた。だが、神殿としてもどうしても種は欲しいはずだ。葛藤の末に頼み事という言い方になったのだろう。
「リナはどうしたい?」
手紙をテーブルに置いてロイドはどうするのかと聞いてきた。すべてはリナの判断で決まる。
「偽聖女として追い出した神殿に対して制裁を加えたいのなら、聖花を咲かせないことは痛手になるだろうな。それに聖女が祈りを拒否すれば王都を守っている結界もいつかは消えることになる」
「王都の結界は保つべきだと考えています」
守護の国として知られていて、戦争時には結界が他国を寄せ付けなかった。戦後もその結界は保たれ、他国とのバランスを保つ一因だと考えている。その結界が消えてしまえばすぐに他国に知れ渡り、王竜がいることで戦争こそ起こらなくても、護りのない国として蔑まされる可能性は十分にある。そして、結界は魔物も寄せ付けなかった。それがなくなれば王都への魔物侵入も許すことになる。
多くの騎士や兵士が駆り出され、犠牲者を出すこともあるだろう。神殿の数人の神官の欲のために、結界が消えて苦しむ国民が出てくるのはリナにとっても不本意だった。
「結界の維持は年に一度の聖女の祈りで保つことができます。その時はギュンターの神殿に行かなければいけませんが、それ以外はここに居ることは可能です」
祈りを捧げることは必要不可欠だ。それを無事に済ませることができれば、聖女が神殿に不在でも結界は保たれる。
「だが、それ以外にも聖女の仕事はあるのだろう?」
「聖女として認められた時には、神官から聖女としての仕事をいろいろと教えられることになっていました。やることはあるようでしたが、絶対に聖女がいなければいけない仕事ではないはずです」
国中の村や街を訪問して新しい聖女の顔を覚えてもらう巡礼もあった。それ以外にも神殿を訪れた民への挨拶や王族の行事への参加など、顔を出さなければいけないことはあった。しかし、どれも聖女の力が必要なことではない。
「必要なのは、結界の維持と次の聖女を見つけるための種を作ること。これができればあとは平気なはずです」
実際前の代の聖女は高齢で体を壊した時に、神殿で静養しながら結界の維持だけは役目を果たしていた。それ以外は体調を考慮していた。聖花の種は聖女に選ばれた時に作っていただろう。結界が保たれていれば聖女としての役目は果たせていた。
「結界は維持するとして、種はどうする?」
「そうですね。とりあえず聖花をもう一度咲かせてみたいと思っています」
これはリナの好奇心でもあった。神殿で咲かせた聖花は枯れてしまったため、最後の種取りまでできなかった。王竜はリナが聖女であると宣言していたが、本当に聖女であるのなら聖花を美しいまま咲かせ続け、枯れると種を残せるという。聖女であると自分自身で納得するためにも、聖花をもう一度咲かせてみたかった。
「種が取れたとしても、大神官様に渡すかどうかはその時に考えたいと思います」
内緒で聖花を咲かせ、種を採取する。その間に神殿に何か動きがあれば、種を渡すかどうかはその時に判断したいと思った。
「わかった。必要な物があれば言ってくれ。すぐに用意する」
ロイドは反対することなく、リナの意見を尊重してくれた。ギュンターの聖女に関して口出しするつもりは最初からなかったのだろう。
「手紙の返事は、聖花を咲かせるかどうかまだ判断できないと書きます」
簡単に咲かせますとは言えない。大神官は落胆するだろうが、自分達の判断ミスが招いたことだ。もう少し反省していてもらうことにする。
「結界のことがあるので、どこかで一度ギュンターに戻ることになるでしょうね」
種のことは花を咲かせてからだとしても、結界は近いうちに強化させなければいけないだろう。
王竜の見立てでは弱まってきている。放置すれば消えてしまう可能性がある。
「まだしばらくは維持されるだろうとヒスイは言っていた。種を採取してからでも遅くはないだろう」
「あの・・・その時は一緒に来てもらえますか?」
ギュンターの戻るとなれば、リナを国外に出したくないと考える人間は必ずいるだろう。聖女の力があるとはいえ、不安がないわけではない。竜騎士であるロイドが一緒にいてくれれば心強い。
だが、竜騎士は王竜に属する者。他国への干渉を避けるべきなのかもしれない。そんな不安を持ちながら尋ねてみた。
「当然婚約者を1人で行かせたりしない。ヒスイも姿を見せるようなことはできないだろうが、一緒について行く気でいる」
空からリナ達を見守ってギュンターについてくるつもりだと、今の話をロイドを通して聞いていた王竜が返事をくれた。
「いざとなれば力づくで連れ帰るから心配ないそうだ。王竜に属する者を害することがどういうことか、神殿にもしっかり教えなければいけないと言っている」
リナは聖女ではあるが、王竜に属する者という立場でもある。強引なことをしてくるようならその時は必ず動いてくれるだろう。だが、王竜が手出しする前に、一緒にいるロイドが何とかしそうな気もする。
リナは大丈夫だろうが、神殿側は大丈夫では済まされないことになりそうだ。そんな想像をすると、彼らが味方でいてくれることに安心感と嬉しさがあった。
出来れば穏やかに事が運ぶことを祈って、手紙に同封された聖花の種を撒くため、話を終えたリナはすぐに準備をすることにした。




