聖女の力
王竜の間へ行くと、台座に腰を降ろした状態で翼を休めている王竜がいた。
緑色の鱗が美しく輝いていて、いつ見ても綺麗だと思う。
恐怖心を抱く者が多い中、リナは王竜の美しさと威厳に満ちた姿に感動するばかりだ。
「さっそくだが、聖女の力について話してくれないか」
一緒に来たロイドが台座に近づくと王竜を見上げて説明を求めた。
彼を通訳としてリナは王竜と会話をするしかない。王竜の言葉はロイドが伝えてくれる。
「聖女の力について知っていることを教えてほしい」
ロイドの言葉に王竜が首をもたげて彼に顔を近づけた。
聖女の力についてリナは聖女候補として神殿に行った時に監督神官から簡単な説明は受けていた。ギュンターに暮らす国民は王都を守っている結界が聖女によるものということは知っているが、その程度の知識しかない。神官は聖女が神から授かった守護の力で結界を保っているという説明をしてくれた。
聖女には『守護と幸運』という力があるのだが、どちらも目に見える力ではない。守護となる結界も人の目には見ることができず、鍛錬を積んだ神官や聖女本人が感じ取る存在なのだ。そこに見えない壁がある。その力を肌で感じ取るしかない。
もうひとつの幸運については、聖女が側にいると幸運がもたらされると言われているが、これは人によって度合いが違うし、感じ方によって幸運だと思える人とそうでない人がいる曖昧な力だった。
聖女自身にも幸運がもたらされるというが、リナの感覚では今のところよくわからない。
神官の説明を聞いていても、王竜から聖女だと言われてもリナには聖女としての力がはっきりと理解できていなかった。
本来聖女として認められれば、その後大神官から聖女に関する話をいろいろと聞くことができ、力の使い方も教わりながら自分に宿った力を極めていく。だがリナは偽聖女として国外追放を受け、大神官と会うことさえできていない。
「・・・聖女の力は神から授かった力の中で一番わかりづらいが頼りになる力ということか」
ロイドは王竜から説明を受けたようで、1人納得したように呟いている。
「聖女の力について、わかりましたか?」
質問してみると、彼は振り返って頷いた。
「聖女の力の説明の前に、この大陸にいた魔王の話は知っているか?」
それは500年前に大陸には5つの人が治める国と魔王と呼ばれる存在が支配している国があった。ちょうど竜王国がある場所だ。
「魔王は他国への侵害を繰り返し、大陸全土を支配しようとしていました。でも、人々はそれを拒み続け、魔王が放つ魔物と闘い続けていました」
幼い頃からおとぎ話として伝えられている話だが、これは実話でもある。
「5つの国は協力して自分たちの国を守ろうとしていましたが、それには限界がありました。やがて疲弊していく国が魔王の軍勢に支配を許すようになり、大陸はこのまま魔王の支配下に置かれると思われました」
ずっと聞いてきた話なので、すでに頭に入っている。滑るように話していくリナにロイドは頷いて話の続きを引き継いだ。
「誰もが諦め始めた時、神が5つの国に1人ずつ魔王に対抗するための力を授けてくれた。その者たちはそれぞれ違う力を持っていたが、お互いに協力することで魔王を倒す強い力を手に入れた」
「それが後の5聖者と呼ばれる存在です」
各国に神から授けられた力を持つ存在がいた。ロイドがいたグリンズ王国には『聖剣』の聖騎士。リナがいたギュンター王国には『守護と幸運』の聖女だ。他の国にもそれぞれの力が存在する。
「その5聖者が持つ力の中で、3つが武器に宿っている。もう1つは魔法国の大魔法師に伝えられている『大魔法』で、武器ではないが攻撃魔法として可視化できるものだ。だが、聖女の力だけは感じ取ることができても見ることはできない」
「そう言われると、そうですね」
5聖者の存在や、それぞれの力についてもおとぎ話として伝えられてきた。そう言う存在があるのだという認識ではあったが、深く考えたことがなかった。
「聖女の力は見えない上に攻撃力がない。だからと言って、決して侮っていい力ではないとヒスイが言っている」
他の聖者たちは魔王を倒すための攻撃的な力だが、聖女だけは防御の力だった。
「ともに戦う仲間を守り、彼らの助けとなる力が聖女の本来の目的だそうだ」
守護によって結界を作り上げ仲間を守る。幸運によって魔物への攻撃が当たりやすくなったり、的確なチャンスが訪れやすくなる。それが聖女の見えない力の正体だ。
「側にいるだけで聖女に護られ戦いがし易くなっていたそうだ。当時の聖者たちはそのことを理解していたのだろうな」
最後の言葉はロイドの意見だ。王竜から聞いた聖女の力によって魔王討伐が可能だったことを想像したのだろう。話を聞いていると、聖女という存在は重要な立場だったことがわかる。
王竜がもし敵に襲われてもリナは大丈夫だと言っていた意味がなんとなくわかった。
「私には攻撃する能力はなくても、防ぐための守護と、逃げるチャンスが生まれる幸運があるから大丈夫だと言っていたのですね」
聖女は見えない力で自分自身も守っている。その力があるおかげで敵に襲われても無事でいられるということだ。
「それでも襲われないのが一番だ。何かあった時にすぐに動ける者が側にいる方がいいだろう」
大丈夫だと言われても1人で行動するのは控えた方がいいのは間違いない。王竜も聖女に力があるからと言って自由に行動していいとは言わなかった。
「王竜様、教えてくれてありがとうございます。このままでは私が聖女だと言われても、聖女の力について知らなければ何もできない存在になるところでした」
王竜は神の使いと言われている。神が人に与えた力について知っていたのはありがたいことだった。
今後聖女の力を必要とした時に使いこなせるようにすることが課題となるだろう。見えない力のため苦労するかもしれないが、そこも王竜に教えてもらいながら訓練していくしかないだろう。
そんなことを考えていると、ロイドに近づいていた王竜の顔が、リナの方へと向いてきた。
リナが両手を広げても抱えきれないほどの大きな顔に迫力はあるが、恐怖は感じない。
これほど近づいてきたことがなかったので逆に感動を覚えていると、ロイドがフッと笑ったのがわかった。
「王竜様は嫌だそうだ」
「え?」
「ヒスイと呼べと言っている」
ヒスイは王竜の名前だが、名を呼ぶことを許されているのは竜騎士だけだと思っていた。実際にロイドだけがヒスイと呼び、ロゼストや使用人たちは王竜様と呼んでいた。リナもそれに習って呼んだのだが、気に入らなかったようだ。
「でも、私は竜騎士ではありませんし」
「王竜に属する者となったから、ヒスイと呼ぶことを許されたようだ。竜騎士のように意思の疎通はできないが、他の人とも違うことをはっきりさせておいた方がいい」
リナは竜騎士に選ばれたわけではない。だが王竜に認められた竜騎士の婚約者という立場だ。そこに他の人たちとの差をつける意味合いも込めてヒスイと呼ぶことを許された。
呼んでみろとでも言うように、王竜の鼻先がリナの頭に触れる。
「・・・ヒスイ、様」
ググっと王竜の喉が鳴った。
「まぁ及第点だな。慣れれば様はいらないそうだ」
とりあえずは許しをもらえたらしい。ほっとしていると王竜の顔が離れていく。それとは別に今度はロイドが近づいてきて、リナの耳元で囁くように言葉を放った。
「俺のこともロイドと呼べるようになってほしいな」
ドキリとして顔を離すと、悪戯が成功した子供のような顔をした彼と目が合った。
「婚約者なのだから許されるだろう。俺はすでにリナと呼ばせてもらっているし」
平民のリナとして最初から呼んでもらっていたが、貴族出身だと知られた時は一時的にリナ嬢と呼ばれた。だが今度は婚約者となったことで今度は親しい感情を込めてリナと呼んでくれていた。
囁かれた耳を押さえると熱を持っているのがわかった。きっと両耳とも真っ赤になっているだろう。
「ど、努力します」
そう答えるのが精一杯だった。
「努力はしなくていいと思うが、近いうちに呼んでくれると嬉しい」
そう言って王竜の間での聖女の力についての説明は終わりとなった。最後の要求を除けば、リナにとっては有意義な情報が得られた時間となった。




