その後の神殿
神官たちをギュンター王国へ送り戻して数日が経った。
箱詰めされた神官たちは空中を振り回されるように運ばれたらしく、神殿の入り口に置き去りにされると、全員意識を失った状態で発見されたらしい。
王竜がギュンター上空を飛んでいたことはほとんどの国民が知らない。神殿の近くまではかなり上空を飛んでいたためだ。箱を降ろすために降下してきた王竜の姿は神殿にいる神官たちに気づかれてしまう。
突然王竜が現れたことで神殿内は大混乱に陥ったようだが、箱を降ろすとすぐに飛び立った王竜に、誰もが呆然としたようだ。置き去りにされた箱を神官たちは恐る恐る開けると、見知った顔が入っていたことに驚いていたことだろう。
「とりあえず手当てをするために神殿に運び込まれたようですが、なぜこんなことになっているのか誰もが混乱しているようでした」
そう話すのは、ギュンターに調査派遣されていたスカイだ。彼は神殿で起こったことを報告するために戻ってきていた。
話はロイドの部屋で行われたが、リナにも聞く権利があるということで部屋に招かれることになり一緒にスカイの報告を聞いていた。
「何があったのか他の神官たちが問うのですが、意識を戻した神官たちは何も言わなかったようです」
今回の偽聖女に加担していない神官たちに何が起こっているのか言うことはできない。そのため運ばれた神官たちは口を閉ざしていた。
「ですが、1人だけ大神官に手紙を預かっているという話をする者がいました」
それはゼオルだろう。彼には2通の手紙を渡しておいた。必ず大神官に届けるようにと念押しも忘れずに。
「手紙はすぐに大神官へと届けられたようです。部屋の中の様子は確認できませんでしたが、手紙を読んだと思われる大神官は、すぐに他の神官に指示を出していました」
今回の聖女選定で不正があったことを知った大神官は、それに関わった神官たちの洗い出しを始めた。ミルの監督神官をしていたルクタス。それに協力していた神官たち。
聖花を咲かせた時に審判をする上位神官にも協力者がいないとリナを偽聖女にするのは難しい。
「上位神官も3名が聖女を自分たちの都合のいいように操ろうと考えていたようで、すぐに拘束されました」
「そんなにいたなんて」
予想より多い人数にリナは衝撃を受けた。
「彼らはすぐに拘束されましたが、神殿を追い出されるのではなく部屋に監視役を付けて閉じ込められている状態です」
「今回の件を国王にも報告するのだろう。証人は必要だからな」
ロイドの意見にリナも同意する。
偽聖女の事実を大神官は国王陛下に伝えるようだ。その犯人たちを捕まえて彼らの罪を陛下に委ねるのかもしれない。神殿内で起こったことは大神官が判断して処遇を決めるのが基本だ。だが聖女選定は神殿で行われるとはいえ国を挙げての大事な行事。王族が関わっていることを考えると、国王陛下が判断を下すのが良いと考える。
「陛下が的確な判断を下してくださることを祈るしかありませんね」
「そうなると、神官だけではなく本当の偽聖女であるミル=ブラウテッドも刑罰の対象になるな」
自分が偽物だとわかったうえでリナを陥れた自覚は妹にはある。神官たちは都合がいいと考えてミルを利用したが、彼女も共犯者として判断されても仕方がない状況だ。
「ブラウテッド侯爵家にも大きな影響が及ぶでしょうね。まだ何も知らされていないようで、侯爵家の方は静かなものでした」
スカイの言葉にリナは心が凪いでいることがわかった。これといった感情が芽生えなかったのだ。
スカイはブラウテッド侯爵家の調査もしてきたようだ。リナが侯爵家から縁を切られて以降も、特に変わりないようだったが、リナが本物の聖女であり、ミルが偽聖女だと判明すれば父は聖女を見捨てて偽聖女を保護したように周りから見えるだろう。そうなれば侯爵家の存続にも影響する。
リナには侯爵家の長子として厳しく、妹には甘く接してきた父親の判断が仇となった結果だ。リナは侯爵家に戻るつもりがないので、今後のことはすべて侯爵である父が背負っていくだろう。
特に反応を見せないリナに、スカイは話を続けた。
「大神官の調査が終わり次第、国王への報告は行われるでしょう。そうなった時に、リナ様を国外追放した第1王子にも何らかの判断が下されるはずです」
「そういえば、リヒト殿下がいましたね」
神官と侯爵家のことに気を取られて忘れかけていたが、聖女選定には第1王子のリヒト殿下も関わっている。彼の判断でリナは国外追放になったのだ。
「確か、今回の聖女選定で成果を上げることができれば、王太子として認めてもらえるという話を聞きました」
王太子としての認定を受けるための試験として、聖女選定の大切な行事を任されたという話は聞いたことがあった。聖女が無事に選ばれた後で、リヒト殿下は王太子として指名を受けることになっていた。
「でも、今回のことで王太子としての認定は取り消されたでしょうね」
「下手をすれば廃嫡だろうな。聖女を国外追放したのだから当然だろう」
スカイの言葉にロイドが頷きながら言っている。
この場に第1王子を憐れむ者はいなかった。
ギュンター王国には3人の王子がいる。たとえ第1王子が後継者としての立場を失っても他に後継者がいるのだから問題はない。第1王子の処遇がどうなるのか国王の判断を待つしかないが、リヒト殿下が次期国王になることはないと判断していいだろう。
「妹の話しか信じなかった王子の落ち度です。そんな殿下に慈悲を向けるつもりは私にはありません」
それがリナの判断だった。
「後はすべて大神官と国王の判断に委ねるのが一番だろう。我々は部外者だ。リナのことに関しては口出しするつもりだが、それ以外はギュンターで好きにやればいい」
聖女選定の結果やその後の対応はギュンター国内の話だ。ただ、リナはすでに竜王国の人間となった。聖女だからと言ってギュンターが何かしてくるのであれば、ロイドも黙ってはいないつもりでいる。
王竜も動いてくれるようだし、リナは心強い相手がすぐ側にいることに嬉しさを覚えた。
「スカイはこのまま神殿に留まってくれ。これからギュンターの判断によってはいろいろと面倒ごとが起こる可能性がある。人手はあった方がいい」
「わかりました」
ギュンター王国の報告のために戻って来たスカイだが、さらに情報を収集するため再び出かけると思っていた。だがロイドは今後のことを考えてスカイを留まらせる判断をした。
「国王の判断が出るまではまだこちらも警戒はしておいた方がいいかもしれない。もしも街に出かけたい時は必ず護衛を付けて1人にならないようにしてくれ」
話が終わるとスカイはすぐに部屋を出て行ってしまった。残されたリナはロイドから今後も護衛を付けての行動を言われた。神殿内なら1人になることもできるが、出かけた時に襲われでもしたらリナには反撃する力がない。
「わかりました。気を付けます」
どうしても必要な物があればアスロに買いに行ってもらうこともできる。聖女に関しての決着がつくまではまだ油断しない方がいい。
そう心の中で確認していると、急にロイドが天井に視線を向けた。
「・・・そうなのか?」
急な疑問の言葉に首を傾げる。
「どうしました?」
「・・・ヒスイが、リナには聖女の力が備わっているから襲われても撃退はできないだろうが、防ぐことは可能だと言っている」
「聖女の力ですか?」
ギュンターの聖女は守護と幸運を神から授かった。守護は王都を守っている結界であり、幸運はリナにもよくわからなかった。神の使いとされる王竜は聖女の力について詳しいようだ。
「王竜の間に移動しよう。そこで聖女の力について教えるそうだ」
スカイからの報告は終わった。特にこの後の用事はなかったので、ロイドの提案にリナはすぐに応じることにした。




