第五話 少年とおばあちゃん
幹部討伐の翌朝、町は幹部が倒されたというニュースで大騒ぎだった。何年もの間誰も成し遂げられなかった快挙に、町はまるでお祭り状態だ。過去に何度か幹部に戦いを挑む者がいたらしいが、全員帰らぬ人となってしまったようだ。
「すごいな……。だいぶ活気づいてるな」
「そうだね。でもそれだけすごいことをしたってことなんだよね」
幹部が倒されて一番大きいのは、次の大陸への道が開かれたことだろう。これによって魔物の凶暴性こそもとには戻らないが、大陸間の移動が可能になり商業などの幅が広がる。
「それにしても結構人の数は減ったな」
「うん。みんな次の大陸に向かったんだろうね」
次の大陸。それは二人にとって未知の世界。何が広がっているかわからないということは、それだけで人を不安にさせるに十分な材料となる。それに、当然ながら魔物のレベルも上がる。
「私たちはどうする?」
「ここにずっといても仕方ないしな。俺たちも向かおうか」
次の大陸へはアルマ湿原から移動可能だ。春人は不安という感情を自らの胸に閉じ込め、次の大陸へと歩いていく。
◇◆◇◆◇◆
「ここの大陸すごく平和になったね。昨日まで魔物でいっぱいだったのに」
「完全にいなくなったってわけではないけど、これなら町が攻め込まれることもなさそうだね」
「それなら安心だね」
「うん」
春人にとって、久しぶりに誰かと過ごす時間。それもきれいな女の子となんて、誰が予想できただろうか。普段女の子と話すことなんてめったにない春人が、これほどまでに自然な会話ができているのは、真白の雰囲気の変化によるものだろう。初めて会ったときこそ気まずかったが、今では気まずさのかけらもない。
しかし、楽しい時間はすぐに終わる。
「もうすぐ着くぞ」
ここからはまた死と隣り合わせの危険な世界。そう思うと自然と体に力が入る。
昨日までは霧が立ち込めていて見えなかった道を進んだ先には、荒野地帯が広がっていた。
「うわー、なんもないね。魔物はたくさんいるけど」
「まさかあの湿原の先にこんな荒野が広がっているとはね。とりあえず進んでみよう。町があるかもしれない」
「そうだね」
春人たちは町を目指して、荒れ果てた大地を歩き進める。
「とりあえず魔物の強さを知るためにも戦っておこうか」
「それもそうだね。レベル上げにもなるし、どっちにしても戦わずに町に行くことなんてできそうにないしね」
この世界では魔物を1度でも倒せば、左腕の装置に魔物のデータが保存される。そのデータには弱点や耐性などが表示されるため、次戦うときはデータをもとに戦うことで、戦いを有利に進められる。
「はあっ!」
「やあっ!」
確実に倒すために、二人で一体を相手に戦いを進めていく。
「なんとか倒せたみたいだな。わかってはいたけどやっぱり一体一体が強いな」
「でもとりあえずここら辺の魔物のデータは一通りとれたね」
ここらの魔物は種類が多く、一通り倒すのにかなり時間がかかってしまった。
魔物を倒すのに夢中だった春人たちも、気が付けばかなり進んできたようで、魔物と戦う人たちをちらほら見かけるようになった。
「それにしても広いな。あの平原と比べてもかなり広いんじゃないか?」
「あ、でもあれ町じゃない?」
奥の方にうっすらと建物の影が見える。それも一つや二つではなく、かなりの数が視認できることから、大規模な街が期待される。
「やっとか……。おなかもすいてきたし、着いたら何か食べない?」
気づけば時刻はすでに14時を回っている。
「私も言おうと思ってたところだよ」
「じゃあ決まりだな」
◇◆◇◆◇◆
街に到着した春人たちは、街の入り口にある案内板を見る。異世界だからといって、文字が読めないということはなく、そこはご都合主義らしく自然と理解できるようになっている。字体はアルファベットに近いが、文字列の規則性は春人の知るものとは全く違う。そのため、書くことはできない。
「この街かなり大きいね。荒野が続いていたから意外かも」
「それどころか、この街の向こう側には草原に森林に山まであるみたいだな」
魔王が大陸を分けた影響なのか、この大陸にはそういった場所が集まっているらしい。街はちょうど各バイオームの重なる中心に存在している。
「とりあえず飲食店を探そうか」
街を歩き始めると、武器屋に防具屋、道具屋に酒場などがあちこちにあり、この街の発展具合が現れている。
「こんなに発展しているということは、この街は魔物に襲われたりしないのかな」
「――そりゃそうよ。この街には魔物が嫌いなマナの木があるからな。ほらあそこに見えるだろ。あのでかい木がこの街を守ってくれてんのさ」
街のにぎやかさに驚きの表情を浮かべる二人を見て、横から気さくなおじさんが、真白の疑問に答える。
「お前さんたちもイセカイジンってやつかい?」
「そうですけど……。あなたは?」
「俺はイッテツ。そこの酒場の主人だ。どうだ、なんか食べていくか? 安くするぜ。ホーンラビットの肉が絶品なんだよ」
男は酒場――イッテツ食堂の主人だったようで、お昼を食べる予定だった春人たちは厚意に甘え、そこで昼食をとることにした。
中に入ると、お昼過ぎということもあってか比較的すいていた。酒場の主人ならばこの大陸にも詳しいだろうと、春人たちはカウンター席に座り、話を聞きながら料理を待つことにした。
「少し聞きたいことあるんですけど、俺たち強くなるために魔物を倒したくて……。効率のいい場所とかって、あったりしないですか」
「んー、効率のいい場所かー。そりゃよくわかんねーが、山のほうはかなり魔物がでるぜ」
――山のほうか……。
山――デルラード山はこの街の北西に位置している。標高500メートルの岩山は人の手で整備されておらず、急な斜面も多い。
「お待ちどうさま! ホーンラビットの肉だぜ!」
二人の前に出されたのは、ホーンラビット丸ごと1匹を丸焼きにして、秘伝のタレがかかった迫力満点の料理。男子高校生にとってはまたとないごちそうだ。
真白も相当腹を空かせていたのか、料理が出されるや否やかぶりつく。髪を手でかき分けて食べるしぐさもまたどこか上品さを感じる。
「どうよ、俺様自慢の料理は。うまいだろ」
「ええ、おいしいです」
肉汁たっぷりで、噛むたびにうまみがあふれ出す。タレの濃さもちょうどよくて、口の中で絡み合う。ほっぺたが落ちそうとはこういう時に使うのだなと春人は思う。
「そういえばホーンラビットの肉とか言ってましたけど、これ魔物の肉なんですか?」
「おうよ。ここから北東ににある森で捕まえられるのさ」
「危なくないんですか?」
「なーに、人数けしかければちょちょいのちょいよ」
森というと危険なイメージもあるが、森もレベル上げ場所の候補にしておいてもよいかもしれない。
「ありがとうございました。おいしかったです」
「おう、またいつでもこいよ」
腹も膨れ、有意義な情報も得ることができ、二人は満足して酒場を後にする。
時刻は3時過ぎ。日が暮れるまで時間もあまりないので、春人たちは様子見程度に山へと向かう。しかし、案の定人がすでにたくさんいて、とてもレベル上げができそうな場所は残されていない。
そこで二人はもう一つの候補である山へと向かうことにした。
「うん。ここならそんなに人もいないし大丈夫そうだね」
「よし、じゃあ始めるか」
春人がバッグから剣を取り出した次の瞬間、森の奥のほうから男の子の叫び声が聞こえてくる。
「うわぁぁー!! 助けてーー!!」
「春人君!! 今の……!?」
「ああ……。早く助けに行こう」
春人たちはすぐさま声のするほうへ向かう。草木をかき分け奥へと進んでいくと、そこにはイノシシの魔物に囲まれた男の子の姿があった。
「やめろぉ! こっちに来るなぁ!」
男の子は手に持っている木の棒を必死に振り回す。
「このままじゃまずい……! 真白!」
「わかってる!」
慌てて飛び出していくと、魔物たちも二人に気が付いたのか、自慢の大きな鼻をヒクヒクと動かしながら突進する。
「「はああ!!!」」
二人は魔物の攻撃をうまくかわし、群れの一体を倒す。すると、魔物たちは再び襲い掛かることなく、一目散に逃げていった。
「ふう……、危なかった。大丈夫?」
「……うん。ありがとう、お兄ちゃんたち。」
男の子の膝からは擦りむいたような傷の後があるが、それ以外に目立ったけがは見当たらない。どうやら大事に至る前に助けに入れたようだ。
「それにしても、どうして森の中に一人でいたの? 危ないよ」
「ごめんなさい……。どうしても薬草が必要だったんだ」
「薬草?」
「うん。僕のおばあちゃんもうずっと病気なんだ。でも、その病気を治すには秘境の滝に生えている薬草しかなくって。それで……。」
「そっか。でも足も怪我しているみたいだし、一度家に戻ろうか」
◇◆◇◆◇◆
「ここが君の家?」
「そうだよ。おばあちゃん、帰ったよー」
男の子の家は町はずれに建っていた。発展している中心部とは違い、ここら辺は少し廃れているように見える。
「お父さんとお母さんはいないのかな」
「うん。ずっと前に出かけて以来帰ってきてないんだ。今は僕とおばあちゃんの二人だけ」
悲しげな表情で男の子は言う。
「そっか……。」
少し空気が重たくなる。この無慈悲な世界でずっと帰ってこないということは、もう亡き人となっている可能性が高いということを、男の子もわかっているのだろう。
男の子の気持ちを汲み取った真白は、とある提案を持ちかける。
「――よし! お姉ちゃんたちが薬をとってきてあげる」
「え、でも……」
「心配しないで。こう見えてもお姉ちゃんたち強いんだから。必ず君のほしい薬草を持って帰る。だから君はここでおばあちゃんのそばにいてあげて。ね。」
真白はとてもやさしい表情で言う。
「ありがとう。でも僕、秘境の滝がどこにあるかよくわかんないんだ。森の中っていうのは確かなんだけど……」
「そっか。それだけ分かれば十分だよ」
日が完全にくれる前に、二人は森へ向けて出発した。




