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第五十三話:準備

 ラウンドシールドの湾曲した表面へ、十字に並んだミスリル製の鋲から、青白く眩い光線が放射状に伸びて行く。


 洞窟の暗闇を切り裂く幾條もの光線は、途中から螺旋を描き密集した腐肉蟻を殲滅する。付近にいた影蝿や麻痺蚊も巻き込まれ、光線が掠っただけで小さな身体は粉々に飛び散った。

 二十本以上の光線は収斂と拡散を交互に繰り返す。その全てが束になっても、普段の魔力剣よりも太くない。しかし単純に細くなっただけではなく、密度が高まっている様で一本ずつの威力は高かった。


「凄まじい破壊力だな」

 楯を構えたアルの背中を見詰めて、サブリナは溜め息をつく。

「先程のデモンストレーション以上に強い」

 続けて彼の背中へ話し掛けた。

「アルタイル君は私と同じ魔法剣士なのに、まるで異質な魔力の使い方をしている。何処からそんな発想が浮かぶのか、全く信じられない思いだ」

 トトの指示に従い遠距離から魔物を攻撃する彼の姿は、短槍から火焔魔法を放つサブリナとは違っていた。

「剣や槍ではなく楯を通じて魔力剣を放つとは、私にはできない発想だよ」

 いつもの鼻にかかったハスキーボイスだが、その顔には呆れた表情が浮かんでいる。

「膨大な魔力量の為せる技だな」

 トーマスも低音のハスキーボイスで冷静な分析をした。ダークエルフの兄妹は、声が似ているのだ。


 楯に並んだ二センチ角で四角錐のミスリル製の鋲の先端から、アルは細い魔力剣をレーザービームの様に撃ち出した。火焔魔法や雷電魔法とは違う、これ迄に誰も見たことが無い攻撃である。


「撃つ度に魔力剣の操作が上達しているぞ」

 トーマスの言葉だ。

「複数の束を、それぞれ違う方向へ動かせるなんて、エルフ魔女のエマ並みだよ」

 サブリナは黙って頷く。


 休憩スペースを出た一行は、アルが楯から放つ光線によって魔物を倒せる事が分かり、移動速度が格段に速くなった。火焔魔法の熱を冷ます時間が短縮できたのだ。



◇◇◇



「到着した」

 相変わらずトトの口数は少ない。アルのお陰で一時間も速く着いたのは、高温多湿な晶洞だった。

「皆、揃っているな」

 トーマスがリーダーらしく確認する。

「よし、各自配置へ付け」

 アルが着ている服にはシスター・マリアンによる耐熱の魔法が付与されており、高温多湿な環境の負荷はかなり抑制されていた。陽だまりのメンバーが着用している黒装束にも同様の処理が施されており、皆がストレス無く行動可能であった。彼等も教会との繋がりは深い。


 そこは巨大な空間だった。天井の高さは十五メートルを越え、横幅は八十メートルにも及んでいる。直径五メートルを越える巨大な水晶の柱が、何本も輝きながら様々な方向へ伸び、広大な地下の空間を埋め尽くしていたのだ。


「何とも、言葉で、表せられない、光景だな」

 アルは茫然と見上げる。

「昔は地底湖だった、と思われているのよ」

 ドワーフ娘のタミー嬢メートル近いメンバーの中で、一メートル七十センチのアルよりも背が低いドワーフ娘である。丁度アルの顔の辺りの高さだった。

「あの奥の方を見てごらん。壁から床まで大きな亀裂があるだろう」

 タミー嬢が指を差すもアルには少し見え難かったので、マジックランタンに魔力を追加しようと持ち直す。


「待て」

 トーマスがアルを止めた。

「カークからの伝言だ。迂闊に魔力を使わせるな」

 無事にマジックランタンは壊れずに済んだ。


「大きな亀裂だな」

 アルは照れ隠しで話す。

「比較的な小規模な地殻変動だった様で、山の形は変わらなかったのさ」

 タミー嬢は野太い声で続けた。

「此処を満たしていた大量の水は、全てあの亀裂から流出した。しかし、水脈はまだ活きている」

 亀裂の底には、今も地下水路が流れているのだ。

「落ちたら助からないよ。恐らく太陽の大湖へ続いているのだろうが、何処へ繋がっているのか誰も知らない」

 崖から落ちた過去を持つアルは、絶対に亀裂へ近寄らないでおこう、と心に決めた。


「入り口を振り向いてご覧。此方からだと、彼処も亀裂だと分かるだろう」

 タミー嬢の言葉に視線を移したアルは、天井へ向かってV字に広がった亀裂を認識する。

(かなり大きな亀裂だが、この晶洞全体からすると極一部でしかない)

 地下の洞窟内で巨大な自然の造形に、アルは軽い目眩を覚えた。




「キャンプを設営する」

「魔物避けの結界を宜しくお願いします」

 ポーターである水牛獣人の夫婦は、トーマスへ確認を取ってから行動に移った。巨大な晶洞の入り口にある窪みが、貴重な休憩スペースとして設けられていたのだ。


「宜しく頼む」

 トーマスが結界を張ると、水牛獣人の夫婦は休憩スペースの奥で何やら組み立て始めた。薄く細長い板が四枚組み合わされた扇風機だ。

「この発条(ゼンマイ)を巻いておけば、八時間は持ちます」

 ワイバーンの翼の骨を加工したバネである。ゆっくりと回転する扇風機は、穏やかな風を生み出した。


「アルタイル君、お手伝いを頼みたいわ」

 メリーアンに呼ばれて、休憩スペースへ赴く。

「製氷の魔法が込められているの。この器具に魔力を流して欲しいのよ」

 一メートル四方の箱へ水が張られ、格子状に木炭が並べられていた。箱は三つある。幅十五センチの木枠を組み合わされた箱に、メリーアンが魔法で周囲の湿気を集めて注水したのだ。その上に鍋の蓋が載せられている。蓋の持ち手は太い筒だ。

「この筒の中には、フロスト・ジャイアントの魔石が仕込まれているから、それに魔力を流すと凍ります」

 フロスト・ジャイアントは、湖北の深雪山に湧く強力な魔物である。当然、貴重な魔石だ。しかし、それを知らないアルは、言われるままに持ち手を掴み慎重に魔力を流した。

 ピシッ!

 鋭い音と共に一瞬で凍結し、膨張した氷が木枠を軋ませる。

「凄いわね」

 メリーアンは呆れた様に首を振った。

「残りの二つもお願い」

 アルが応えて直ぐに凍らせる。


「此処に置けば、冷風が得られるのよ」

 箱を解体して取り出された氷は、扇風機の前に設置された。

「タミー嬢が一時間おきに涼みます」

 高温多湿な環境での採掘作業は、著しく体力を消耗するのだ。定期的な水分補給と休憩は欠かせない。




「これから採掘作業に入ります」

 幾つもの道具を携えたドワーフ娘のタミー嬢が、氷嚢を載せたヘルメットを被り宣言した。

「では、順番に護衛しよう」

 トーマスの指示で組み合わせと順番が決まっている。最初はトーマスとトトの二人で、次はサブリナとアルだ。タミー嬢の休憩に合わせて交代する。メリーアンはポーター二人と休暇スペースの護衛を担当しており、休憩するタミー嬢へ回復魔法を施す役目を負っていた。


「身体を動かしながら、此処に現れる魔物の情報をおさらいしよう」

 サブリナがアルへ話し掛ける。

「先ずは晶洞という環境に適応した<クリスタル・スライム>についてだ。特徴を言ってくれ」

 二人は向かい合ってストレッチしており、高温多湿の負荷が高い環境を利用したトレーニングも始めていた。

「水晶の成分を濃密に含んだ水中で育ち、その多くを体内に取り込んでいる」

 アルは往路で教えられた情報を思い出しながら話す。

「マッドスライムよりも靭性に富み、打撃耐性が高い」

 まだ実際には遭遇していないが、凡その姿を思い描く。

「スライム共通で火に弱い。捕獲したら金網の籠に入れて重しを乗せ、ジックリと水分を抜いて弱らせる」

 染み出した水分にも水晶の成分が多く含まれており、様々な用途に重宝されていた。

「稀に砕けた水晶の欠片を取り込み、複数が集合体へ成長したのが<クリスタル・ゴーレム>だ」

 スライムは生物が持つ生体エネルギーに惹かれ、積極的に吸収しようと襲い掛かって来る。

「クリスタル・ゴーレムも捨てる処が無い程に貴重な資源として、見つけ次第に捕獲が推奨されているのだったな」

 アルの説明に、サブリナは満足して頷いた。


 




続く

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