第十四話:レイラ
「恐らく<魔女>の仕業です」
とある一室で男は言った。
「想定の範囲内だよ」
女が笑う。
「彼は強い」
男が続ける。
「知ってたさ」
二人は頷き合い、男が部屋を出た。
◇◇◇
「……お早う」
「ああ、お早う」
日曜日の朝、ワーカーズ・インで目を覚ましたアルタイル少年は、腕の中に居る可愛いレイラへそっと口付けた。
「……今日も、頑張る」
彼女の健気な言葉に、愛しさを感じる。
小柄なホビットのレイラは経験不足だったが、懸命にアルの全てを受け止めてくれた。
宿のキッチンを借りて一緒に作った朝食を、二人並んで食べてから教会へ向かう。約束していた日曜礼拝に参列するのだ。
「……アルタは不思議」
早朝の街を歩きながら、レイラが言った。
「……色々と物知り」
手を繋いでいるが、彼女はアルを先導する様に前を行く。この街に不慣れな彼を案内しているのだ。
「……でも自分の事は思い出せない」
教会の近くになると、周囲に人が増えてきた。皆が日曜礼拝に向かっている。
◇◇◇
「おはようございます」
教会の前では複数のシスターが並んでおり、礼拝に訪れた人々へ挨拶していた。
「アル、おはよう。ちゃんと来てくれたのね、嬉しいわ」
「おはようございます、シスター・マリアン」
「……おはようございます」
彼の姿を認めたふくよかな中年のシスターが、笑顔で出迎えてくれる。
「あら、貴女は……そう、第一機動隊の方ね」
シスター・マリアンはレイラの首元に市民証とリングを見付けると、直ぐに理解した。
「さあ、どうぞ此方へ」
マリアンが二人を案内してくれる。アルが横を通る際に、他のシスター達は身体を避けた。
「大丈夫よ、気にしないで」
それに気付いたマリアンは優しく微笑む。
礼拝堂は満員だった。
総勢で百人は居るだろう。
レイラはアルの背中へ隠れて気配を消す。
(……何があってもアルタを護る)
バザールの時と同様に、護衛を勤めるつもりだ。
「皆さん、おはようございます」
ベテランのノーム・シスターが祭壇で挨拶した。
(確かヴィクトリアだったな)
アルは彼女の名前を思い出す。命の恩人であり、記憶喪失だった彼の身元保証人でもある。
ノーム・シスターにより、厳かにミサが執り行われた。
最後の挨拶が終わり、人々が礼拝堂を出て行く。その流れに逆らって、一人の女性が入って来た。
(この魔力は、エマだ)
アルは左手の薬指に嵌めた指環が、微かに光っている事に気付く。彼の態度に反応したレイラは一瞬で警戒体制に入るが、流石に教会の中ではナイフを出さない。
「おはよう、アル」
深緑の長い髪をサラリとさせて、色白なエルフの女性が挨拶する。
「首飾り、よく似合っているわ」
今日のアルはフランネルのシャツを着ており、胸の第二ボタンまで開けていた。市民証やドッグタグは肌着の内側へ仕舞ってあるが、エマに貰った首飾りは見えていたのだ。
「ちゃんと魔力が抑えられているから、使い方が上手になったのね」
彼女との一夜でアルの魔力操作は上達していた。
「今後は何処まで成長するのか、とても楽しみよ」
光った指環を見せ付ける様に、ワザと左手で髪を掻き上げる。
「……魔女がアルタの知り合い」
レイラは困惑していた。
「おや、まあ。珍しいこと」
シスター・マリアンが微笑みながら、おどけた口調で割って入る。
「でもね、この後はアルを診察するのよ。お布施を寄進したら、トットと帰ってください」
アルが初めて聞くマリアンの毒舌だ。
「今日はその付き添いに来たの」
エマは表情を変えずに応じる。
「私が魔力操作を教えた弟子なのよ。健康を確認するのは、師匠としての務めだわ」
平然と言い切った。
「覚悟はできているみたいね。良いわよ、着いて来なさい」
僧服の袖を握ってマリアンが言うと、後を向いて歩き始める。
(やれやれ)
諦めを顔には出さず、アルは着いて行った。
◇◇◇
「お帰り、アルタイル」
案内された部屋に入ると、ヴィクトリアが満面の笑顔で迎えてくれる。
「あぁん?」
しかし、直ぐに眉をしかめた。
「何だって死に損ないの魔女が居るのさ」
マリアンに向かって吐き捨てる。
「相変わらず口の悪い小娘だこと」
エマも遣り返す。
「私の弟子に悪影響を与えないで欲しいわね」
そう言って背後からアルの両肩へ手を乗せた。
「フン! 悪かったな。私はアンタの半分も生きていなから、まだ人間ができていないんだよ」
ヴィクトリアも負けていない。
「……」
恐ろしい攻撃の応酬に、レイラはすっかり怯えてしまう。アルは優しく肩を抱き寄せ、彼女を護ってあげよう、と意識した。
「ほらほら二人とも、仲が良いのは分かりました。でもね、アルにこんなにも強固な結界を張らせるなんて、もう少し自重してくださいませ」
マリアンの言葉で部屋が静まる。
「まだ教えていなかったのに」
「こんな結界が張れるなんて」
ノームとエルフのセリフが被った。
「はい、終わり。健康診断の結果は良好だよ」
慎重に診察魔法でアルを診たヴィクトリアは、全く問題なしと太鼓判を押す。
「顔の傷痕は無いし、骨折していた箇所も以前より強くなっている」
彼女は自分が行った治療の成果に満足していた。
「しかし、この首飾りは良くできています」
マリアンが感心して褒める。
「これがあれば街中でも平気でしょう」
エマと彼女は、お互いが付与師としての実力を認め合っていたのだ。
「アルが入院中は大変だったのよ」
マリアンは続けた。
「魔力が回復するに連れてドンドン増えるし、他のシスターは皆が怯えるし。いくら結界を張り直しても、私と筆頭司祭以外は近寄れませんでした」
(どうりで、他の人に会わなかった訳だ)
アルは病室に独りだけだった理由を知る。
「今日のお布施はこれよ」
エマがマントから取り出したのは、ピカピカ光る綺麗な水晶玉だった。
「アルの魔力が充填されているの。こんなにも明るく光るなんて、初めて知ったわ」
そう言ってマリアンへ手渡す。
「これを使ってアルの着替えを用意してもらえないかしら」
意外な提案だ。
「やっぱり貴女には見抜かれていたのね」
マリアンが悔しそうな顔で受け取る。
「入院中のアルから溢れた魔力を使ったから、色々な効果が付与できたわ。私の魔力だけでは、あそこまで重ね掛けできません」
それでも滲み出る期待に頬が緩んだ。
「ちゃんと費用は払うわ。マリアン程の付与師なら時給は金貨一枚以上でしょうからね」
エマの言葉に驚いたアルは、高額だった治療費に納得する。本人負担の一割でも、金貨五枚も支払ったのだ。
「費用は要りません。その代わりと言ってはおかしいけれど、毎週の日曜礼拝へ来た際に魔力を補充して貰えれば十分よ」
それまで黙っていたヴィクトリアが宣言した。アルの服を用意する以外にも、活用できる範囲が広いのだろう。
「全くもう。こんなにも大量の魔力を溜めておける水晶玉を作っていたなんて、やっぱりアンタはトンでもない魔女だよ」
その言葉を聞いたエマは、これまで見たことが無い自慢顔を披露していた。
(二人ともガキみたいだな)
そう感じたアルは、マリアンと視線が合うとお互いに無言で頷きあった。
続く




